count2:後悔を薙払う終末世界。
ほらな、世界は腐ってたんだよ。
だって、目の前で起こっていることは到底信じられるものではないのだから。
俺はそこで破滅と邂逅してしまったのだ。
─通学路途中にいた二人の男。
そこだけ見れば何ら不思議のない構図。
もしかしたら、友人同士かもしれないし会社の同僚かもしれない。
─だが、そんな考えはあっさり打ち砕かれた。
そこにいた男二人は取っ組み合いになり、一方の男は、あ゛あ゛ぁ゛と奇声を発しながら襲いかかっていたからだ。
口の端から垂れ流される涎。
ボロボロで赤黒い衣服。
汚らしいと言っても過言ではない風貌の男が、それとは対象に黒いスーツで身なりを整えた男に馬乗りになっている。
「やめろッ!! やめてくれぇッッッ!!」
下になっていた男は必死に足掻き、馬乗りになっている男に向かって叫ぶ。
「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
だが、そんなこともつゆ知らず。
馬乗りになっている男は口から奇声しか漏らさない。
─この時点で狂ってるってことに気づいてればよかったんだ。
そうすりゃ、あの下になっていた男の人を救えたかもしれないのに。
しかし俺も近くにいた人々もただそれを呆然と見つめていただけだった。
その異様な光景に目を引かれどうすることもせずにただそこに棒立ちしていたのだ。
そうしている間にも汚らしい風貌の男は両手で体重を掛け下にいる男の肩元へと口を寄せていく。
そして、その瞬間は訪れた─
「ぎゃぁぁああアアッッッ!!!!」
舞い上がる血飛沫。
「いだいッ、痛゛い、イタ゛イッッッ!!!」
つんざく悲鳴。
グチュグチュと貪る音。
「ァ゛ァ゛ア゛ア゛アッッッッッ゛!!!!!!」
白目をむく男。
あ゛あ゛あ゛と返り血を浴びた男の双眸がこちらを向く。
腹に大きな穴を開けながら、だ。
……は、ちょっと待て。
人ってあんな奴が開いてても大丈夫な設計だったのか?
いや違うよな?
普通なら死んでてもおかしくないはずだ。
否、絶対に死んでるはずだ。
だのに何だ、あれは?
何でそれで動けるんだよ?
コイツはまるで─
「きゃあああっっ!!」
ドサッと尻餅の間抜けな音。
─そして悲鳴。
「う、ぅあああッ!!!」
「ぎ、ぎゃあああ!!!」
「ひ、ヒィィ!!!」
更に悲鳴の連鎖。
ドタドタドタと人々の足音が響き、誰も彼もがこの場から逃げてゆく。
そこで俺の意識は思考の深層から現実へと引き戻された。
そうだ、奴が何者かなんて今は考える暇はないはずだ。
それよりもやるべきことを優先しろよ俺!!
─今すぐここから逃げろぉッッッ!!
本能がそう叫んでいる。
自分を生かすために自らに向かって警鐘をならしているのだ。
それに気づいた俺はすぐさま次の行動に移る。
俺は血にまみれた男とは反対側の方に体を向け逃走し─
「─おいッ、何してんだッ!! 早く逃げるぞッ!!」
ようとしたができなかった。
反転した先には一人の少女。
目の前で起こった事象に怯え、ただただその場に座り込んでいたのだ。
「……あ、は、はい!!」
放心していた少女は俺の声によって、本能に気づいたようだった。
落とした鞄に手を伸ばし、立ち上がり俺の方へと手を伸ばす。
俺もそれを見て、少女へと手を差し伸べた。
だが─
「こ、腰が抜けちゃいました……」
「はぁ!!?」
今何つった?
腰が抜けただと?
じ、冗談だろ!?
ちらりと俺は後ろを見やった。
人ではないであろうそいつは男を貪り喰らい、とうとう標的を俺たちへと絞り込む。
あ゛あ゛あ゛とこちらに向かってゆっくりと歩を進めてくる血まみれの男。
まずい、このままでは向こうで倒れている男のようになってしまう。
俺は死にたくない。
こんな意味不明な死に方でこの世を去っていきたくはない!!
かといって、目の前にいる女子を殺人者の餌食にさせるような真似もしたくない!!
だったらもうそうするしかない。
迷ってる暇は、ねぇんだッ─!!
「チィッ─!!」
「─ふ、ふえ!?」
俺がとった行動はもちろん逃げること。
ただ逃げるわけではない。
それが少女が間抜けな声を上げた理由だった。
艶のある美しく流れる白い髪に緋色の瞳、整った顔立ちと乳白色の綺麗な肌、柔らかみのある人の身体と女子独特の良い香り。
それらが俺の両手の中に収まっている。
つまり、こうだ。
─俺は今、女をお姫様だっこしている!!
「な、何で─」
「うるせぇ!! 少し黙ってろ!!」
「す、すみません!!」
─初めて女子をお姫様だっこした感触はどうだろう。
全ッ然、うれしくも何ともねえ!!
むしろ何やってんの俺!?
とにかく俺は女子を抱きかかえ道を蹴って、蹴って、蹴って、蹴りまくった。
後ろを振り向かずただただ走る。
現実から逃れるように─
「ぐ、ぐわぁあああッ!!!」
だったがそうは世界が許さない。
「な、何なんだよぉッ!!」
走る先々で先程のような阿鼻叫喚が響きまくり、俺たちの町はまるで地獄へとその様を変えてしまっていた。
火の赤が、血の赤が、殺人者の赤が世界を埋め尽くす。
「た、たすけてく─っぎゃあああッ!!!」
今の助けを求める声。
だが俺の腕の中には彼女がいる。
彼女は耳を塞ぎ、目を閉じ、必死に現実をどこかへ追いやろうとしていた。
そんな怯えている彼女を救うため、俺は他の奴らを助けることはできなかった。
いや、助けることを放棄したのだ。
だからこそ俺は俺の決めた決断が間違いではないと思いこむためにとにかく他の奴らの声は無視したのだ。
前までの俺ならばそれがどれだけ非人道的行為であるか正常に判断できたはずだろう。
─だけど、世界は狂っちまったんだ。
だから、俺も狂っちまったんだよ。
「ぎぃゃやああぁあああッ!!!!」
もう俺は振り返らない。
自分自身と腕の中の彼女の生命を守るために、耳に残った残響を振り払い、とにかく俺は駆けた。
どう走ったかなんざ覚えちゃいないが俺の計算だったのか、本能がそこを求めたのか。
気がつけば俺は学校の門をくぐり抜け、玄関の中に立ち尽くしていた。