Interlude:今まで、そしてこれからも
奈悠編のinterludeです。
奈悠編interludeの後編となります。
『―幼馴染みに迷惑かけてまで部活なんてやってられるか』
あいつが、銀が担任に向かって言った言葉。
何も分かってなかったのは銀じゃない、―あたしの方だったんだ。
どうすればいいのか分からない。
明日また学校に行けばまた銀に会う。
その時あたしは銀にどんな顔をすればいい?
どんな顔をして話せばいい?
どんな顔をして謝ればいい?
どんな顔をして銀にー
『……はあぁ』
あれから一週間が経ったがあたしは未だに銀と話せずじまい。
銀は普通通りに接して来てくれる。
だけど銀を見るたびにあたしはそそくさと逃げる。
銀が部活を辞める理由を作り、あまつさえ理由も聞かずに殴り続けたのだ。
あたしのしたことは許されない。
そんな感情が渦巻く中で銀がやってきてもあたしには銀と話す資格がない。
そうやってずっと逃げてまくっている訳だ。
『……桜坂、話聞いてるか?』
『―え、っ、は、はい!!』
『じゃあ今俺が言った注意事項は?』
『え、えっと……』
はあ、と溜め息を吐き担任は頭を掻いていた。
言わずとも話を聞いていなかったことは伝わったらしい。
『じゃあ、芳月説明してやってくれ』
―芳月。
それを聞いただけであたしの身体はびくんとはねる。
あたしと銀のことは知っているはずなのだが担任は気にした風もなく銀に説明するよう促す。
『はい、近頃変質者がうろついてるらしいのでそれらしい人物を目撃した際には近寄らずにすぐ逃げること、だったと思います』
変質者ねぇ、まあ何かあれば銀がたす―
……そうだった、銀には頼れないか。
『そうだ。なんか分からんが最近やばっちい奴が闊歩してるらしいからな、お前ら気をつけろよ!! 以上ホームルーム終わり!!』
ホームルームが終わり担任が教室から出ていくと同時に教室は生徒たちの喧騒で包まれる。
どうやらあたしがもやもやしてるうちに終わったみたいだ。
それじゃあ早く帰ろう、じゃなきゃまた銀がやってきて一緒に帰ろうと言ってくる。
そんないつも通りの銀にどう接すればいいというのだろう。
その答えが見つかるまでは銀と普段通りの関係には戻れない。
自分のスクールバッグを取りに立ち上がる、と同時に教室の戸が開く。
『あー、桜坂。帰る準備してからでいいから保健室に来てくれ』
◇
『あ、奈悠ちゃんだ~』
『り、莉愛さん?』
保健室にいたのは思いもかけていなかった人物。
芳月莉愛さん、―とどのつまり銀のお姉さんである。
『ど、どうしてここに?』
莉愛さんは高校生である。
昨年この学校を卒業し、市内の高校に入学したのだ。
だというのに目の前にいた莉愛さんは昨年まで袖を通していた中学の制服に身を包み目の前にいる。
何故ここにいるのか、何故中学の制服を着ているのか、湧いてくる疑問があたしの頭を渦巻いていく。
そんなあたしを見て助け船を出すように担任が言った。
『芳月姉は俺が呼んだんだ。中学の制服で来たのは予想外だったがな』
『先生が?』
ああ、と担任がうなずく。
『お前、まだ芳月とのこと解決できてないだろ?』
『う、そ、それは―』
図星である。
担任のいうことは的を確実に射抜いていた。
『それでな芳月姉や養護教諭の神條先生、それに担任の俺も相談に乗ってやろうって訳だ』
『何を言ってるのかしら?』
養護教諭もとい神條先生は冷ややかな目をして担任を見つめる。
『永理く、―いえ先生にはセッティングのことは感謝するわ。だけど後は私たちだけのガールズトークということで出て行って
もらえるかしら?』
『はぁ!? れい―、いや待て神條先生それは何故に!?』
『邪魔だからよ』
神條先生は担任を保健室から押し出し鍵を掛けてしまう。
『神條せ、―おい待て!! れいゆー、てめー!! 保健室に鍵を掛けるなんて横暴だー、職権乱用だー!!』
担任の叫び声と扉を揺する音が聞こえてくるが、それを意に介すこともなくこちらに戻ってくる神條先生。
『別にあの人のことは気にしなくてもいいわ』
『『は、はあ……』』
神條先生は棚からクッキーの缶、そしてティーカップ二つ取り出し、ティーポットと共にお盆に乗せて私たちの前に運んでくる。
『さて……、ガールズトークを始めましょうか』
そう言って神條先生は微笑みながらカップにミルクティーを注ぐのだった。
◇
『シロくんったら何も言わないんだから……』
あたしが今までの経緯を話すと莉愛さんはそう言って顔を綻ばせる。
だがあたしの顔はそれを見てもただただ曇っていくのみだった。
『あたしのせいで、銀が部活辞めちゃって、あたしはそれも知らずに……』
あたしはぎりっと歯を軋ませる。
あたしはぐっと拳を握りしめる。
あたしのせいでこうなったのにあたしにはどうすればいいか分からない。
だからこうして悔やむことしかできないのだ。
『私には何も相談せずに辞めてしまった芳月くん側にも否があると思うのだけれど?』
『いえ、そういう事態に追い込んでしまったあたしが悪いんです』
あたしは神條先生の意見を否定する。
過程はどうあれ、結果は銀が部活を辞めるという結末に終息してしまったのだ。
その過程がどうであっただの悪かっただのと言ったところで銀が辞めた原因は間違いなくあたしにあるのだから。
あたしが元凶であるということは変わらない事象でしかない。
だからどう考えたところで私が悪いというところに現実は回帰する。
『―だったらさ、奈悠ちゃんはシロくんにその気持ちを伝えたのかな?』
―え?
『奈悠ちゃんはさ、自分が悪いと思ってるんだよね?』
コクリ、とあたしは莉愛さんの言葉に頷く。
『だったらさ一言伝えるなり謝るなりしたらさ元通り、―なんてことにならないかなあ?』
『で、でも、あたしは取り返しのつかないことを―!!』
ふふ、と笑みを浮かべ莉愛さんが脇に置いていたバッグからそれを取り出す。
『そ、それ!!』
あたしには見慣れていたそれ。
ここ最近触れることはなかったが見ただけでそれがあたしのものだと分かる。
『―ええと、莉愛さん。何で中華鍋なんて持ってきてるのかしら?』
疑問符が顔に浮かんでいる神條先生を他所に莉愛さんは取り出した中華鍋を机の上に置く。
『奈悠ちゃんとシロくんの築き上げてきた絆が壊れることは絶対にないよ。それは二人がちっちゃいときから今まで見
てきたボクとこの鍋が保証する』
だって、といい莉愛さんにひっくり返された鍋の縁。
そこにあったのは幼い頃の二人が書き残した言葉。
―ずっとともだち しろがね なゆ
『早く会って話して来て。きっと戻りたいってシロくんも待ってるよ!!』
『はい!!』
◇
保健室を出たあたしの足取りは軽すぎる。
―銀に謝ろう。
そう決めたからこそ心まで軽くなっていく。
『そうだったんだ、あたしたちは―!!』
あたしたちは“ずっとともだち”なんだ。
怒って、泣いて、ずっと逃げ回ってあたしは辿り着いたんだ。
結果は変えられないけどそれでも銀に謝るということ。
じゃないとあたしたちは“ともだち”に戻れない。
そう、あたしたちは、―あたしは銀と“ともだち”に戻るんだ!!
『し、銀?』
軽やかに駆け出した足がその回転を止める。
銀はいた、あたしの目の前にいる。
だけど―
『―ぐふ、ふ、ぐふふふふ!!』』
目の前には黒いパーカーを羽織った男。
手には鈍い光を放つナイフ。
校門の前に立ちふさがっているそれは明らかに異質なものだった。
『は、あ、はっはっはああああああ!!』
『―っ、危ねえ!!』
男の凶刃が銀の眼前を掠める。
『きゃあああああ!!』
『に、に、逃げっ!!』
『た、助けて!!』
それが皮切りとなり恐怖と悲鳴が伝染していく。
『お、お、おまえ。じ、邪魔、だ、な』
生徒たちが校舎の方に後退していく中で男は銀を捉えその刃を振るう。
『う、くっ―!!』
『は、はっあっはっあっはぁあああ!!』
銀がいくら武道の心得があるとはいえ相手は武器を持っている。
今は何とか躱し続けているがこのままじゃ分が悪い。
―銀を助けなければ!!
『ちぃっ、そんな物騒なもん振り回しやがって』
『う、う、うる、うるさいんだな!!』
―でもどうしたらいい?
あんなに興奮してる相手には恐らく言葉は通じない。
だから最適な解決策は武力による制圧しかない。
つまりは、銀を助けるということは武器を持っている相手に踏み込むということ。
だけどあたしは無力だ。
身体能力が高いわけでも、超能力なんてものも持っているわけでもない。
ましてや武器なんて―、と言いかけてあたしは自分の右手に持っていたそれを見る。
『そっか、……あるじゃん武器』
それを見てあたしの決意は固まった。
銀を助けるため、そして銀に謝って“ともだち”に戻るために―。
あたしはそれを持つ手に力を籠め、少しずつ前に歩を進める。
―機会は一度だ。
不意を打って距離を詰め、これで思いっきり叩きつけるだけというシンプルな戦法。
だがそれで銀を助けられるならどうだっていい。
もう腹は括ったのだ、あとは実行に移すのみ。
『あ、な、何で、あ、当たらない、ん、だ』
『はぁ、はぁ、はぁ……、だからそんなの振り回すの止めろよ……』
『う、うる、うるさい、ば、ばかにするんじゃないんだな!!!』
男が怒声と共にゆっくりとナイフを振り上げ、銀に迫っていく。
―その瞬間にあたしは地面を思いっきり蹴りつけた。
『銀に、―そんな刃振るうんじゃないわよッ!!』
『な、奈悠!?』
『な、な、なん、なんなんだな!?』
完全に虚をついたあたしの登場に銀も男も固まっていた。
その間にあたしは男の方に肉薄していく―!!
『お、おま、えも、う、うる、さいんだな!!』
だが流石に距離を詰めたとはいえ、男はナイフを振り上げたままの姿勢。
あたしが片足で踏み込むと同時にそのナイフをあたしに向かって振り下ろしてくる。
だがそんなのは全くあたしの障害にはならない。
『銀は、―あたしが助けるんだ!!』
男がナイフを振り下ろし始めると同時にあたしはもう一方の足を斜め前の方へスライドし凶刃を躱す。
そして容赦なく相手の顔面に向かって、中華鍋を振り抜いた。
ぐへあ、とかそんな間抜けな声を出してその男はゆっくりと後ろに倒れていきピクリとも動かなくなった。
よかった……、何とかなって。
緊張感があたしの中から抜け出た瞬間にあたしの腰がカクンと地に落ちた。
『な、奈悠、大丈夫か!?』
『う、うん。だいじょぶ……』
だいじょぶと言ったものの立ち上がることができない。
どうしようと思っていると銀があたしの背中と膝に手を回し抱きかかえる。
『ちょっ、な、何してんのよ!!』
『素直に腰が抜けましたーなんていやあ可愛いのにな』
『う、うっさい!!』
◇
あの後は担任と数人の先生、それに警察も来て男の身柄を拘束して事件は解決。
話を聞くとどうやらあの男がついさっき先生が注意を促していた不審者らしい。
一応事情説明なるものをした後にあたしと銀は帰路に着いた。
その途中、あたしはようやくその言葉を口にする。
『……ごめん』
『どうした急に? 運んでやったことなら別に気にしなくてもいいんだが』
そうじゃなくて。
それもそうだけど、そんなんじゃなくて―
『銀が部活辞めたの、あたしのせいなんでしょ?』
『誰がそんなこと言ったんだ?』
『こんなこと言っても変わらないってことは分かってるけど、ほんとにごめんなさい……』
私が銀と“ともだち”でいるためにはこうしなければいけない。
でなければあたしは銀の“ともだち”でいることすら叶わないのだから。
『全く……、何を勘違いしてんだか分かんねえけど分かったよ』
ばつが悪そうに頭を掻く銀。
『だからもう謝んなよ、俺はそんなしおらしいお前なんて見たくないしな』
『うん、……ごめん』
『だから謝んなっつってんだろ……、ほら、いいかげん帰るぞ!!』
『わ、分かったわよ!!』
ぐいっとあたしの手を引っ張る銀。
その時あたしはこんな関係がいつまでも続いてほしいと思った。
それは“ともだち”としてなのか、それとも―
そんなことは分からないけれど銀といる日常。
その日常があたしのただ一つ変わらない“願い”であり“支え”なんだ。
そう、それでいいんだ。
こうしてあたしの日常は続いていくのだから―
―ちなみに後日、とある地方紙の片隅にて『お手柄少女 中華鍋で不審者撃退』の記事が載ったそう。
『奈悠、中華鍋を振るうのは不審者だけにしてくれ……』
『なら早く起きなさいよ!!』
本日も実に清々しい朝である。
次回もInterludeですが時間軸は過去ではなく、琉奈編Interludeの裏話になる予定です。