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Interlude:Emotional Strike of Nayu

奈悠編のinterludeです。

奈悠編interludeの前編となります。




『奈悠、俺野球部辞めるわ』




幼なじみの銀がアタシに向かってそう言ったのは中学二年生の春だった。


とにかくアタシはその時銀を思いっきり殴った。


じんじんと手が痛んだがそんなのには目もくれず、まるでサンドバックのようにアタシは銀の腕を、腹を、胸板を、顔を次々と殴った。 


レギュラーでエースで、……なのに何でそれを手放すの!?


今まで少ない時間の中で勉強も家のことも部活も全部両立してきたのに、何で辞めちゃうの!?



銀のバカヤロォオオオオッ!!!



そう思いっきり叫んで私は銀が気絶するまで殴り続けた─






それでも何事もなかったかのように、




『おはよう奈悠、昨日はよく眠れたか?』




アタシに向かって銀はそう爽やかに言って見せた。


顔中に絆創膏という何とも締まらない格好で。


しかも今日はアタシが起こしに行かなかったから始業開始ぎりぎりの時間で銀は登校してくる。


『よ、芳月!? それ、どうしたんだよ!?』


『よ、芳月くん大丈夫!?』


銀の顔を見てクラスメートたちが銀の周りへと群がった。


『何だ何だ、お前ら揃いも揃─っておい!! 芳月どうしたんだその顔は!?』


そこへ事情の知らない担任が教室内に入ってきて銀の方へ。


『いやー、先生何でもないっすよ。怪我しただけっすよ』


『そりゃ見りゃあわかるわッ!! ちょっと来い、それとお前ら朝ショートはなしだ、各自一時間目の準備をして待ってろ!!』


そう言うと銀の周りにいた生徒を押しのけて席へと戻し、担任は銀を連れて教室の外へと出て行ってしまった。


        

        ◇



『─はぁ、マジついてないぜ』


今は昼休み。


謎の……っていうかアタシが負わせた怪我で銀の元にはクラスの男子どもが集まっていた。


『何だよ芳月、お前喧嘩でも売ったのかよ!?』


『その顔ほんとにのされたサンドバックみたいだな!!』


男子どもはみんな大笑い。


『ちっ、笑いたきゃ笑っとけよ!!』


周囲の笑いによって完全にぶすーっと膨れてしまっている銀。




─え~、お前等の知っているとおり芳月の怪我の事だがあれは喧嘩でできたわけじゃない。芳月の家は剣術を指南している家でな、どうやら稽古中に兄弟子にサンドバックにされてしまったらしい。憶測で変な噂をたてないようにな。



つまりはこういう説明うそだった。


たしかに銀の家では剣術をやってるけど、兄弟子なんて嘘もいいとこだ。


あそこは銀と銀の義姉である莉愛さんしかいないし、その莉愛さんは留守だ。


『それにしてもよー芳月』


どうした、とクラスメイトに首を傾げる銀。


『お前、野球部辞めたってほんとかよ!?』


『─ッ!?』


聞きたくなかったその言葉げんじつに私は反応してしまう。


─お前、野球部辞めたってほんとかよ!?


才能はそれなりにあったはず。


現に銀は先輩たちレギュラーを押しのけてエースだったのだから。


それが例え全国区レベルではなかったにしろ才能があるのは確実。


だからこそ銀が野球をやめるという決断せんたくは私には理解できないし受け止めたくなかった。


『ああ、家の剣術で忙しいからな。それに俺みたいに投げても球はストライクに入んねーし、大して打てもしねーしなあ。才能なんてなかったんだよ』


才能・・がない? 


銀に、才能・・がない?



『─そんなわけないでしょッッッ!! 銀の馬鹿ぁああああっッ!!!!』



教室内の生徒の視線がこちらに集中する。


だけど私はそんなことにはかまっていられない。


ありったけの叫び声で銀に向かって心の咆哮をぶつける。


『今までだって両立できてたのに何で今更辞めるのよ!?』


『……奈悠』


銀もこちらを向く。


あたしの名前を呟いただけだった。


そして、ただこちらを見つめている。


『何で!? 何がそんなにあんたから野球を奪ったの!? 何でそんなに才能があるのに簡単にあきらめられるのよッッッ!? 何で─』


終着点をどこに持って行きたいのかその時のあたしには分からなかった。


ただ幼馴染みに家業で忙しい中で青春の一コマを味わってほしかったのか、それともただ才能のある者の暴挙に苛立っただけなのか、あるいは─


『何だ!? いったいどうした!?』


私の思考はこの教室にはいなかった第三者の声で途切れる。


『五時間目だが……、何かあったのか? もしかして俺が何かやらかしたか?』


教室に授業の担当教師が入ってくる。


『いえ、何でもないっすよ。先生、授業お願いします』


だが、当の本人である銀は何事もなかったかのように教師に授業を促していた。


─それを見てあたしは銀の方へ駆け出した。


何かこんなに必死になってたあたしがバカみたいに思えて、そして滑稽に思えて、銀の態度に苛ついた。


そしてただただその苛立ちを銀にぶつけるために銀に殴りかかる─!!


校内じゃ普通はあり得ない事態。


教師も生徒もみんなその事態ひげんじつに一つも動くことができなかった。


─ただ、銀を除けば。


『奈悠、今は授業時間だ。文句なら後で聞くから……』


あたしの拳は銀にダメージを与えることなく、銀の掌の中に吸い込まれただけだった。



         ◇




あたしはその後、放課後に担任に呼び出されることになった。


失礼します、とあたしは扉を開け保健室へと入る。


『おー、桜坂か。とりあえず座ってくれ』


『……はい』


あたしは担任に促されるままにソファーに腰掛ける。


『んーとな……、どっから話したらいーもんかな』


呼ばれた理由は分かってる。


昼休みのあの一件だろう。


『先生、素直に言ってください。─昼休みの件ですよね?』


『まぁそうなんだが……、どうした桜坂? 芳月と何かあったのか?』


─何かあった、か。


あたしは言いづらくなって押し黙ってしまう。


考えてみればこの件はあたしがただ暴走していただけなのだ。


ただ銀に感情的になってぶつかってしまった、ただそれだけの話。


『言いたくなければそれでもいいから、少し先生の独り言を聞いていかないか?』


『……独り言、ですか?』


私の言葉に応えず、先生は独り言をつぶやき始める。


『先週の授業中、一人の女子生徒が居眠りしたそうだ』


『……あたしのことですか?』


そう、多分それはあたしのことだ。


そういえばこの前、お前が居眠りなんて珍しいなと先生に言われたんだっけ。


『その女子生徒は、決して多くはないがそれから居眠りが目立つようになった』


『─先生?』


先生はどこに話を持って行きたいのだろう?


さっぱり見えてこない。


『だがそんな時だ、俺のところに野球部のエースが訪ねてきたのは』


─野球部のエース?


『何事かと思ったら、そいつがいきなり野球部をやめると言い出してな。正直俺も焦った』


『それって─』


『いくらエースとは言え、そいつが選んだことだからな。生徒の考えに対して学校側としても真摯に受け止めなければならなかった』


だけどな、と先生は頭を掻きながら続ける。


『俺はなそいつがやめる理由が気になってな、そいつに理由を聞いてみた』


そいつが、─銀が、野球を辞めた理由。


私には見当もつかないその理由。


『そしたらそいつは言ったよ。─幼馴染みに迷惑かけてまで部活なんてやってられるかってな』


『─え?』




─幼馴染みに迷惑かけてまで部活なんてやってられるか。

 



その言葉があたしの頭のなかで、まるで水面の波紋のように広がっていく。


『俺の家は今、俺しかいなくて、俺は朝は弱くて、それでもいつも朝早く幼馴染みに、……まあ起し方は最悪だけど起こしてもらって、メシだってたまに作ってもらって、そのせいで彼女の生活に支障がでるくらいならエースでもなんでもすぐに放り投げますよ。第一、自分で何一つできないくせに好きなことだけしかも他人の時間を奪ってまでやろうなんて虫のいい話だ。─とそいつは言ってたよ』


『─っ、じゃあ銀が……』


銀が部活をやめたのは、あたしのせい。


あたしのせいだったんだ─!!


『とまあ俺の独り言は以上だ。じゃあな桜坂、気をつけて帰れよ』



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