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剣客魔導譚  作者: 闇薙
8/10

第八話 屈辱/Mortify

眼からは涙が落ち、やがて血が、そして魂までもが流れた ―― 内面の全ては搾り出され、黒ずんだ過去の泥の中へと滴っていった。



「かふっ……」


 腹部から血を流し、紅の華を咲かせたのは蓮の方だった。突き刺さった刃は幾つもの内臓を貫き、彼女の下僕はその腕を裂かれ、首を落とされ沈黙している。


「は……まさか、こんな隠し玉を持ちこんでるなんて……本当に魔法使いになってたんですね、先輩」


 致命の傷を負いながら、蓮はそう笑う。

 それに対して刹姫の表情も、驚愕を示していた。

 予想外の出来事に彼女自身困惑しているらしい。


「刹姫様。撤退を、目的は既に果たしました」


「え、ええ」


 蓮を切り裂いた男がそういった。

 その肩には唯が既に背負われている。

 主の危機を助けつつ目的をさらりと達成していく忍び装束の男に、蓮は純粋に賞賛を送った。その技量の高さに、そのそつの無さにだ。


「よもや、私の領域で不意打たれるとは思ってもみなかったっす。御名前を聞いても?」


 それに答えることなく、男は唯を背負ったまま、その場を離れようとして。

 刹那、懐からナイフを投擲する。

 放たれたのは直刃のナイフだった。突き刺す事を目的として生み出されたナイフは、とっさの投擲とは思えない速度を持って飛来する。

 硬質な音と共に、そのナイフが弾かれて蓮の家の柱に突き刺さった。


「唯……と一応、蓮」


「一応っすか」


 現れたのは和仁だ。

 最初から敵意むき出しで、戦闘態勢に入っている。

 その姿を見て僅かに蓮の緊張が緩んだ。

 自分はともかく、これで唯の安全は確保されたも同然だろうと。

 殺し合いをしていたとしてもあの二人は兄妹だ。ならば、和仁は唯を救うために最大の動きをするだろう。そうすれば和仁に並ぶ達人は数少ない。

 だが、そんな蓮の思惑とは対照的に和仁の表所は硬い。

 踏み込むことを躊躇している。それが見て取れる程に彼は忍び姿の男を警戒していた。



「刹姫様」


 声をかけて男が唯を刹姫に投げ渡した。

 無造作に放られた唯を、彼女はどうにかこうにか受け止める。


「ちょっとナハト、いきなり何を!?」


 そんな無茶な行為に対して抗議をする刹姫。その抗議は正当な物だがしかし、今はあまりにも間が悪い。唯を放り投げたその瞬間の隙をついて和仁が踏み込んだ。

 数メートルを僅か一歩で零にする神速の踏み込み。

 そこから放たれる斬撃は回避不可能な一撃だ。なんせ、ナハトと呼ばれた男の後ろには刹姫がいる。防がなければ刹姫の体が二つに増える。

 鮮血が舞う。

 和仁の踏み込みに合わせて走った糸が彼の斬撃を僅かに遅らせ、そのタイミングに合わせた一撃が和仁の肉を僅かにえぐったが故の鮮血だ。

 その光景を見て蓮は驚愕に瞳を開いた。

 和仁は不用意に踏み込んだ自分の失態を恥じた。

 戦い方が上手い。

 剣を振らせてくれない。

 和仁の戦い方は基礎を基にした究極にも等しい斬撃を放つことを基盤においている。究極の斬撃は即ち基本性能による必殺。故に放たれた以上防ぐことは難しく、また回避することも困難となる。故に剣をそもそも振るわせない、振るえない状況を作り出すことで、五分以上に立ちまわっている。

 言うだけなら単純だ。相手に実力を発揮させない。誰にだってわかる戦闘の基本。だがそれを、和仁ほどの技量を持つ者相手に成すというのなら、それは最早凄まじいと言うほかない。ましてや、和仁は全力だ。唯の時とは違い、先ほどの時間を稼がれた戦闘の時とも違い、初手より手抜きは無い、にもかかわらず抑え込まれているというのは、一重にナハトの技量故にだ。

 不意にナハトが刹姫に向かって手を振った。

 先に行けの合図。

 和仁をここで抑えるという意志表示。

 それを見て刹姫はため息をつきながらもその指示に従った。


「……これでは、どちらが主か解りませんね」


 漏れ出る言葉は自分の未熟を嘆く言葉。

 そんな彼女に追いすがろうと和仁も再び踏み込むが、それと同時に再び短刀が投擲される。

 その狙いは蓮だ。

 額に向かって真っ直ぐ放たれた一撃。

 歯噛みしながらその一撃を弾き飛ばす。そこへ更に二本の刃が迫り、それを更に弾き飛ばす。その場に釘づけにされた。上手いと、内心うめき声を上げながら和仁は眼の前の相手に集中する。

 既に刹姫は蓮の家を離脱した。

 近場の窓に飛び込んで、ガラスを砕いてそのまま夕暮れの先に消えていく。

 後はナハトが撤退を完了するだけで彼の任務は成功だ。そうさせないためにも和仁は剣を強く握りこむ。そんな和仁に対して再び短刀を投擲した。今度はただの一本。それを再び弾く。弾かれた刃は再び柱に突き刺さり、そして発火した。


「なっ!?


 驚愕する和仁をしり目にナハトは撤退行動を開始する。

 それを和仁は追えなかった。

 このまま蓮を放置していく訳にはいかない。

 凄まじい勢いで発火した短刀は即座に客間の柱を火だるまにしている。動けるか怪しい蓮を放置するという事は、彼女を見殺しにする事に他ならない。


「くそっ!!」


 それを悟って、珍しく和仁は悪態をついた。

 ナハトを追う事を諦め、燃え盛る柱に向かう。そのまま真横に一閃。短刀をへし折り剣圧で炎をかき消して再び、ナハトの方を確認するが、気配で感じていたままに既にその場所にその男はいなかった。窓から吹き込む風がカーテンを揺らしている。


「……鮮やか見事。褒めるしかないね。大丈夫か蓮?」


「……心配するのが遅いっすよ先輩」


「腕切り裂いたのを治す手際を見てたんだ。その程度で死にはしないんだろお前」


「まあ、死にはしないっすけど、それでも痛いもんは痛いんすよ?」


 そう言いながら蓮は刺された場所を抑えながら立ちあがった。ぼたぼたと落ちる血潮をそのままに、自身の研究室へと足を向ける。濃密な血の匂いに僅かに眉をひそめながら、和仁は蓮の後を追った。







「檻守刹姫。この土地の魔魔法使いではない、ドイツの流れを組む魔法使い。第二次世界大戦の頃にこちらにわたり、日本の魔法使いの一族と血を交わらせた、暦1000年を越える、名家の三女。才に優れる反面、性格的には魔法使いに向いていない、そういうタイプの魔法使いっす。本来なら私と先輩の敵に成りえない半端物っす」


 手当てをしながら蓮はつらつらと刹姫について解説する。

 その解説の中の、半端物という言葉に和仁は眉根をひそめた。


「……半端者があれほどの手錬を下に置いているのか?」


「……まあ、それが予想外っしたね。あの忍者さん、先輩を抑える技量もさることながら、魔法使いとしても一流っすよ。使ってる術はおそらく陰陽の類っすけど、ものすごく実戦向きにカスタムされてて、最早別物っすね。この私が肉体に対する呪術を無効化するのに、十五分もかかってるんすから」


「……魔法については解らんが、確かに戦術眼も良い。お前に対して怪我で済ませたのは、先の戦闘における、俺に対する重しであり、これから唯を捜索するにあたっての初動の遅れの為の布石だ。一手に二手示す。戦術のお手本のような動きだな」


 その言葉に蓮は少しばかり苦い顔をした。

 蓮が刺されたのは間違いなく、蓮が刹姫を殺そうとしたためであり、自業自得の結果なのだが、その事を和仁は知らない。故に彼はナハトが時間稼ぎのためだけに蓮を利用したと思っている。最も、その事を訂正する気は蓮には無かった。そもそも、彼女は唯の捜索に対してあまり乗り気では無かった。正確に言うならどうでもいいと言うべきか。刺された事に対しては自らの未熟故にと割り切っているし、さらわれた唯に関しては結局、自分とは関係ない。彼女の屍は惜しいが、だからと言ってそれに執着する程愚かでも無い。あれほどの技量持つ者が相手側にいる以上、むやみに動くのは危険だと理性は断じている。


「……さて、後十分で動けるようになるっす。……先輩にも一仕事してもらうっすから、覚悟しておいてくださいね?」


「……意外だな。お前はこういう事に対して自分から動くような奴ではないと思っていたんだが……」


 その言葉に自分の事をよく見ていると、蓮は思った。だからこそ、今動くべきなのだともまた、彼女は思っている。


「今回は先輩の為に動いて上げるっす。……貸しにしておきますよ、先輩」


「……お前の貸しは怖いな」


 その言葉に蓮はにっこりと笑った。


「で、宛てはあるのか? 生憎俺は何故唯がさらわれたのか、その理由すらわかっていないが」


「……まあ、その辺は餅は餅屋っすよ。唯ちゃんを攫っててやる事なら大方の目処がつくっす」


「あいつを攫ったことで、目処がつくのか?」


 和仁の言葉に蓮はコクリと頷きを返した。

 この辺りの領分は魔法使いの領分だ。相手の魔法使いの能力はそれほど高くない。こんな風に強引な手段に出てきているのも理由の一つ。本当の魔法使いなら、交渉なんて下策は取らない。あれほどの手駒が下にあるのなら、それを使うのが一番手っ取り早い。倫理観を差し置いて動けるのが魔法使いの強みなのに、どうにもこうにも刹姫はまともな倫理観にこだわっている。才覚はあるのに、無駄な事をと蓮は思う。そのせいで狙いを読まれている。


「唯ちゃんの肉体は憑依術に非常に相性がいいんですよ。外部の物を受け入れるための容量が広いと言いますか、器自体が非常に柔軟と言いますか、何かの呼び代にするには非常に便利な器になります。そんな器を用いてすることで、あの檻守が扱う術ならば、降霊術か精霊術。この二つに一つ。んで、その内の精霊術は、日本という国でやるには少々相性が悪い、八百万の神々が住まうこの地では精霊の力が少し弱い訳です。精霊の役割を神々が担ってしまっているので、精霊に対する信仰が十分に発達しなかったんです。一方降霊術ってのは、精霊術と違って呼び出すのにいろいろな道具がいりますけど、この日本で行うにはうってつけの術っす。高位の神霊を呼ぶのは本来難しい事何すけど、こっちには八百万の神がいますから」


「……神霊を呼ぶ? 神様を呼ぶってことか?」


「呼んで、使役するんすよ。神様は神霊であるうちは色々と融通がききますが、一度肉体に降りてしまうと、そこから融通を聞かせるのは難しいんです。精神体の存在を肉体と言う名の檻に閉じ込めて支配する。故に檻守。檻守って名前は、オリカミ即ち、降り神から転じた名前であり、神を肉体と言う檻に封じて守るって意味から付いた呼び名っすからねぇ」


「それで? 肝心の場所は?」


「降霊術には多くの準備いります。道具もさることながら何より、霊地の確保が重要になる。ちなみにその霊地ってのは、私と先輩の因縁の場所っすよ?」


「……あの裏山か」


「霊峰ってわけでもないんですが、龍脈の集結点。それがあの、名もなき裏山です」


 そう彼女は笑って告げた。

 その内に隠した自らのにごった感情を隠して。

 それは、格下にやられた事による屈辱か、それとも自らに対する憤怒か。

 だが、どちらにせよ、彼女はその感情による常道を楽しんでいた。

 それをぶつける時を待ち望んでもいた。



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