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剣客魔導譚  作者: 闇薙
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第六話 基本に帰れ/Back to Basics

支配者は宝冠をかぶり、我々は帽子をかぶる。しかし、雨のときにはどちらがいいだろうか。

 華開く。

 そこまでは先ほどの光景の焼き増しだ。

 だが、今度ばかりは結果が違う。


「っ!?」


 驚愕の声が漏れたのは和仁の口からだ。

 だが、その驚愕も当然だ。

 弾いたはずの斬撃がその軌道を逸らすことなく迫って来たのだから。

 それでも、降り抜かれた斬撃を半身になって回避する。

 その後に迫って来たのは五爪による斬撃だった。振り下ろされる斬撃、それをかわされることまで予知していたかのような爪の振り上げ。崩れた体制からの回避は難しい。その一撃を、再び切り返した木の棒で迎撃する。

 火花は散らなかった。

 だが、衝撃音は三度鳴った。

 一度で迎撃出来いと悟ったが故の三連撃。

 三度鳴った音が一度であるかと錯覚するほどの高速斬撃を持って、彼はどうにかこうにか、爪の一撃の軌道を変える。

 外れた爪は、その勢いのままアスファルトをバターのように切り裂いていった。

 鳴らす舌打ちは一つ。

 距離を取るために下がった和仁に喰らいつくように、唯は再びアスファルトを蹴る。

 爆ぜる道路。

 踏み込むという行為にアスファルトの強度が根負けする。

 その力は人外のそれだ。

 人ならざる物を身に宿した唯の肉体は、そのスペックだけで人という天蓋を容易く踏みにじる。斬撃と爪撃が和仁を襲う。だがそれらを先と同じように一撃に対して複数回斬撃を当てることで時和仁は受け流す。

 その防御術は最早芸術だ。

 人の身でありながら、悪魔的なまでに流麗な剣舞。

 斬撃を素早く振るうというそれだけの行為なのに、突き詰めるとここまで美しく見えるのかと、唯は感嘆の息を漏らす。

 だが、それだけだ。

 彼女の銀髪がなまめかしく動く。

 彼女の武器は刀と爪だけではない。

 人知の枠外にまで跳ね上がった身体能力と頑強さは、それだけで魔的な力を発揮する。

 音が響く。

 剣撃と剣撃がぶつかり合う音の連なりは、まるでオーケストラ奏でる楽曲のように。その合間を縫って、彼女の銀髪が和仁に牙をむいた。

 払う。流す、迎撃する。

 髪の毛の一本一本がピアノ線よりも遥かに頑丈な強度を誇る現在の唯にとって、それは武器に等しい。いかなる原理かその一つ一つを自らの意志で動かせるこの状態において言うならば、その厄介さは、刀よりも、その爪よりも遥かに上だ。伸縮自在、死角すら存在せず縦横無尽に和仁を狙う。

 波状攻撃。

 特に、和仁は人間だ。

 何か一撃でも掠れば出血し、そしてひとたび出血すればそれだけで体力の低下は免れない。どうしようもなく、無力な人間だ。故にこの一撃を全て防ぐ以外に彼に勝機は無い。

 防ぐ、防ぐ、防ぐ、防ぐ。

 剣を振るう速度は至速のそれだ。

 人の扱う技量における究極だ。

 それを唯は認めた。

 認めてなおそれを嘲笑う。

 人の枠組みの矮小さ。

 これが、和仁と唯の十年の差だと。

 やはり年月は私を裏切らなかったと。一撃振るう度に笑う。一撃振るう度に脳裏に電流のような快感が奔る。追い詰めていく、だが足りない。既に理性を失った彼女の本能が叫ぶ。もっと、もっと、十年の歳月を自らの兄に刻めと。その罪深さと共に。


「……成程、蓮」


 不意に、和仁が蓮を呼んだ。

 その唐突な言葉に唯は動きを止めた。そして今まで干渉してこなかった少女の姿を見る。魔法使い。その中でも外法、外道の類を得意とする事を唯は知っている。それ故に介入された際のリスクは大きい。


「何すか?」


「アレはお前のか?」


 そしてその言葉に絶句した。

 唯も、そしてまた蓮も。


「……どうしてそう思ったんすか?」


「動きの系統が違う。唯が使っていた剣術とは明らかに初動がおかしい。剣術に魔法を取り込むこともあるだろう。その事を別に否定はしない。否定はしないが……ああ、まで噛み合っていなければおかしい。うちの剣術は千年以上の歴史があると聞いている。その歴史が事実なら、ああまで、歪な取り込み方はしないはずだ。無様だ。調和がとれていない。となれば、あの魔法に関しては唯が取り込んだものなんだろう。そうするとなると、その技術を提供した人間がいる。剣術への取り込み方はともかく、あの魔法の効果自体は結構な練度だ。ならば、それ相応の使い手が師事していた。無論剣術に対する造詣の深くない人間だ」


「……それで何で私が唯ちゃんに教えたと?」


「理由は三つ。一つ目はお前、唯の事を下の名前で呼んでいるな? あいつは割と内弁慶で優等生だ。容易く下の名前で呼びはしない。その事が一つ目、二つ目はお前に対する唯の態度だ。お前をあからさまに警戒していただろう? その理由が、こちら側に関わらせたくないという事なら、成程理解できる」


「……こじつけっすね。唯ちゃんの事を下の名前で呼んでいる事は、同じ学園のクラスメイトだから、二つ目の理由にしたところで、こっちに関わらせたく無いなら、私が魔法を教えていなくても、魔法使いってだけで警戒するでしょうに」


「ああ、そうだな。その通りだ。それじゃあ、最後の三つ目だ。

 お前、初対面で俺の事をおにーさんと呼んだろ。……これでも俺は人の肉体的に関する造詣はある。体を鍛えているからそういう目は自然と鋭く成る。背格好、雰囲気から大体の年齢を割り出す事位は出来る。出来るが、流石に同い年か、一こ下かの区別がつくまでじゃない。にもかかわらずお前は俺を年上だと断定してかかったな。つまり、お前は俺をどこかで見知っていたという訳だ。その情報源が唯だったんだろう?」


「……まさか、あの時も言ったように私はその筋肉の付き方で……」


「それに俺はあの時言ったぞ、俺と同じ篠馬の二年だと。篠馬ってのは、うちの家族が使う貝原だよ。死に瀕した馬を殺す処分場。死の馬。それを文字って篠馬。もう百年以上昔の地名。貝原学園があった場所の古い地名をつい十数年前に集まってきた魔法使いであろうお前が、何故ピンときた?」


 和仁の言葉蓮は小さく。そして何より楽しそうに笑った。その様子に唯も小さくため息をついている。


「……正解っす。唯ちゃんにあの憑依術を教えたのは私っす。ちょっとした価値観の相違で今は手を切っちゃいましたけど、人斬りを人斬りとして盛りたてるためについ最近まで、タッグを組んでました。……それで、それが何か?」


「いや、特に言いたい事は無い」


「およよ? 文句の一つや二つ言われることを覚悟していたんですけど……それでは、一体何故私を呼んだんすか?」


「ああ、お前に聞きたい事があった」


「聞きたいこと?」


「どの程度の怪我なら治せる?」


 その言葉に二人は絶句した。

 その言葉はつまり……


「今の唯ちゃんを倒せる。そう聞こえるっすけど?」


「そう言っている。そもそも唯はわかっていない。剣術の奥深さを知ること無く外法に逃げやがって。俺の憧れたうちの剣術があの程度のはずが無いだろう。基礎も固まっていないのに、応用になんて手を出すから、あんな無様な形でしかせっかくの技術を生かせていないんだ」


 その言葉に唯は歯噛みした。

 ギリリという音が周囲に響き渡る程に。


「……そこまで……そこまで、私を虚仮にするのお兄ちゃん」


 地獄の底から響くような声で唯がそう言った。

 それに対して興味すら向けずに和仁は蓮に再び問う。


「腕一本。切り飛ばしても治せるなら有難い」


「……まあ、その位ならそもそもあの憑依術を行使してる間ならオートで再生しますけど……」


「そうか」


 その答えを聞いて、それ以上の事は必要無い。そう言わんばかりに再び和仁は唯に向かって構えた。その態度に更に唯の理性が削られる。奥歯をかみ砕かんとばかりに噛みしめて、絞り出すように再び呪を紡ぐ。


「孤霊炎・陽炎」


 揺らめく焔が刀にまとわりつく。

 たった一言で、周囲を灼熱に照らす青い焔が彼女の剣に、爪に絡みつく。

 愛おしげにそれを見つめながら、唯は再び口を開いた。


「これで、もう受ける事も出来ないよお兄ちゃん。……絶体絶命だね」


 表情はにこやかに、だがその殺意は雄弁に、傍で見ている蓮すら震えさせるほどに。

 確かにこれで和仁は受ける手段を失った。

 燃え盛る一撃を受けてしまえば木の棒など燃え落ちる。

 何せあの焔は彼女の魔力で生み出した霊炎だ。

 木の棒はおろか、鋼鉄ですら触れた瞬間に融解させる。

 防ぐ手を失い、身体能力で劣る。彼女の言う通りまさしくもって絶体絶命の状況。そんな状況にあって尚、和仁は大きくため息をついた。


「……また、そういう小細工に頼る。……強く成れねえぞ?」


 その言葉を切っ掛けに、彼女は再び、突撃をかけた。

 大地に触れそうになる刀と爪の切っ先が、アスファルトをグズグズに融解させる。

 凄まじい灼熱と殺意を身に纏い彼女は二つの必殺を和仁に叩きつけた。

 その一撃は紫電が如く。その爪は流星が如く。

 人の認識が追いつかない速度で和仁に迫り……

 赤紅が唯の視界を染めた。


「……え?」


 それはありえない。

 霊炎を纏った一撃を受けたのなら鮮血が飛び散ることなどありえない。

 血液は沸騰という過程を飛ばして即座に気化し、肉体は間違いなく炭へと変貌するが故に、その一撃を持って血潮が視界を染めることなどありえない。

 だとすればこの視界を覆う物は何なのか、それを理解する前に視界の中の和仁が踵を返した。

 興味を失ったように、そもそも、彼女等眼中に無かったかのように。


「あ……がっ……まっ……」


 声が出ない。

 手を伸ばそうとして尚、何もつかめずそしてその場に倒れ伏す。

 水音が響いた。

 その水音が血だまりに自らが倒れ伏した際の音だと、彼女はようやく気がついて、そして自らの両腕が失われている事に気が付いた。空から何かが落ちてきて大地に突き刺さる。その数は二つ、一つは刀を握り締めた彼女の腕、もう一つも五つの長い爪を備えた彼女の腕だった。



「……何をしたんすか?」


 最後の瞬間、それを蓮は理解できなかった。

 見えなかった、等というそういうレベルの問題ではなく、コマ落ちしたかのように唐突に唯の腕が掻き消え、鮮血を吹き出したのだ。その後に自らの血だまりの中に倒れ伏す唯と、上空より落ちて来た二つの腕を確認して初めて、和仁が唯の腕を切り飛ばしたと認識できた。

 つまり結果を確認してようやく過程に認識が追いついたのだ。一瞬たりとも目を離したつもりはない、瞬きすることすら無理矢理止めて凝視していたのに、決着する瞬間を認識することが出来ない等、流石に意味が分からない。

 そんな彼女に和仁は、まるで当たり前のことを言うように告げた。


「別に? 拾った木の棒を全力で真横に振り抜いただけだ」


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