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剣客魔導譚  作者: 闇薙
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第四話 否認/Negate

秘儀の習得は美味なる皮肉の味がする。深く難解な秘儀の研究の果てに至るのは単純な結論、単に許可か不許可かを決める能力だ。



 契約の対価は単純だ。

 彼女の要求に応じて力を貸す。その事に関して和仁に否は無い。

 彼は自分の力を低く見ているところがある。その力に対する自覚が薄いとも言いかえることが出来るが、その点を蓮は性格に見抜いていた。故にこの点においてはすんなりと纏まった。だが、もう一つの契約については流石に彼も嫌な顔をした。その契約内容に対する不満ではなく、そんな事を契約内容に盛り込む彼女の精神のあり方を嫌悪したのだ。


「そんなに嫌ですかね? 生きている限りの不具合なんて何も無い、ただ魅力的な提案だと思うんですけど?」


「普通に考えて、頭おかしいだろその提案は……」


「魔法使いなんて人種に、倫理観の是非を問う方がおかしいんすよ」


 渋る和仁に蓮はそう言って笑う。自分の異常性を笑って肯定する。その位の事が出来なければ魔法使いなどやっていられない。魔法使いとはその名が示すとおりに、悪魔の法則を行使する者だ。悪魔の法則が人の世界の常識と迎合するはずもない。ならば魔法使いの精神が、常軌を逸していたとして何の不思議があるのか。


「チッ……」


 その事を理解して舌打ちを一つ。

 蓮の瞳に宿る光は理知的だ。

 理知的に狂気を肯定している。

 おぞましい。

 人に対する感想ではありえない。見た目麗しい少女の姿を取っている相手にまるで似つかわしくない感想を抱きながら、それでも自分の取れる手段に少なさに苛立ちが漏れた。彼女の言っている事は無理難題ではない。ただ、自身の倫理観に反するだけ。デメリットは和仁の心の内だけのもの。そうである事を理解しているために彼女の提案を無碍にはできなかった。


「……わかった。ただし……」


「勿論。生きている間に手出し、細工、その他諸々は出しませんよ。私は先輩が蓄えた歴史の果てが欲しいんです。自らそれを汚すなんて無様な真似はしません」


 観念したように和仁は瞳を閉じた。握手を求めるように手を差し出す。その手を、蓮は満足げな表情を浮かべて取った。


「さあ、これで先輩の死後は私の物っすね」


「生きてる人に言うようなセリフじゃ無い」


「これは失礼。ともかく、よろしくお願いしますね契約者さん」




 日が暮れた後。

 魔法使いの時間。

 外法共の時間。

 街がほのかな明かりのみに照らされた人工的な逢魔が時。

 日が堕ちてなお、夜を拒む人の英知が生み出した黄昏時。

 蛍光灯が導く道を和仁は蓮と共に歩いていた。

 カラオケからの帰り道。眠る事を拒む光の中を二人、寄り添うように歩いている。

 送っていくと言ったのはどちらか。送られるつもりも、送るつもりも無かったのに、自然と二人の歩む道は同じになった。

 家の方角が同じ訳ではない。むしろ正反対の場所に二人は住んでいる。そして今歩いている場所はそのどちらとも違う場所だ。人の気配を避ける様に、光を避ける様に二人は奥山への道筋をなぞる。二人の出会った場所へ。

 彼らの住む貝原という街は歪な街だった。

 急速な発展を繰り返す貝原駅の周辺。ビルが立ち並び、煌々とした明かりが夜を否定する大都会を形成すると同時に、中心街から離れれば即座に昔の街並みを取り戻し、更に行けばありのままの自然が多く残る山へと出る。

 停滞と発展。その二つを同時に内包する街。都市への変化を抱きながら、同時にかつてへの回帰を内に孕む矛盾。故にその街には良くない物が引き寄せられている。


「気がついているな?」


「そうじゃなかったら、こんな所にまで来ませんよ」


 蓮に一瞥くれるまでも無く、気が付いていたらしい。毒滴るような禍々しい笑みを浮かべて彼女は笑っている。敵対者に対する捕食者の笑み。それを見ながら、和仁は道端に落ちていた棒きれを拾った。空気を裂くように軽く振るう。流れる様に振るわれたそれは、それだけでも彼の技量の高さを語るかのように淀みが無い。


「先輩」


「ああ」


「初仕事です。頑張ってください」


 その言葉に和仁は蓮をかばうように一歩前に踏み出した。

 空気が変わる。

 大気が圧縮されていくかのような重圧。

 ピリピリと肌を焼くような気配が強く成った。

 どこか懐かしさを感じる気配。

 見知った気配。

 気配なんて物を感じ取れるようになる程、和仁は戦闘に習熟してはいないが、それでもこの気配だけは間違えることは無い。


「勘違いなら良かった。そう思っていたんだがな」


「……お兄ちゃん」


 何時現れたのか。

 それすら定かではない程自然に、彼女は二人の目の前に立っていた。

 和仁の妹。

 上霧唯。

 漆黒の鞘、漆黒の柄。背丈ほどもある刀を佩いて、彼女は二人の前に立った。


「何時から気がついてたの?」


「人斬り。その言葉を聞いた時から嫌な予感はした。嫌な予感で会ってくれと願いはしたが、中々どうして、そう上手くいかないらしいな」


 苦笑するように和仁はそう言った。拾った棒をだらりと下げながらも、その姿に微塵の隙も無く、眼の前の妹を射すくめる様に見つめている。


「……お兄ちゃんが蓮を待ってた時から嫌な予感はしてた。そうでは在りませんように。そう願っていたんだよ?」


「兄妹だな。だが、その願いは無意味だったらしい。お互い、兄妹に関しての運は無いな」


 その言葉に唯の表情が僅かにほころんだ。

 されどその身が放つ気配は更に強くなっている。

 敵意を越え、戦意を越え、最早殺意の領域にまで高められている。


「最後に一度だけ聞くよお兄ちゃん。……そこをどいてくれない? 蓮はこの街を乱す邪悪な存在。だからここで殺す。魔法使い。だから殺す。邪魔をするなら、お兄ちゃんも殺す」


 その言葉に和仁はたった一言で答えた。


「断る」


 その言葉に唯は確かには破顔した。



 華が咲いた。

 闇に飲まれた世界を刹那白く染め上げる。

 散ったのは火花だ。

 唯が斬りかかった一撃を、和仁が当然のように弾いた際の閃光だ。

 ギラリと輝く白刃を、ただの棒きれで弾き返すという絶技。

 その絶技に後ろで見ていた蓮は口元を歪めた。


「フッ!!」


 一呼吸で三連撃。

 一撃は首を、一撃は左手首を、一撃は胴を薙ぐ。

 それら全てを和仁は当然のように全て弾く。

 受けることはできない。

 唯の持つ刀と、蓮の持つ棒きれがぶつかり合った場合、当然彼の棒は斬り飛ばされるだろう。故に和仁が彼女の斬撃を交わす手段は唯一。彼女の斬撃に対して、刀の腹を打ち抜くことで弾き飛ばす事のみ。

 十を数えた斬撃の交錯。

 その全てを綱渡りのような防御術で越えて、唯は埒が明かない。そう感じ取ったのか、僅かに距離を取った。

 様子見は終わり。ここから先は相手を殺しに行く。

 そう言葉に出した訳でもないのに、彼女の雰囲気の変化に和仁はそれを感じ取った。


「流石はお兄ちゃん。これでも十年鍛えて来たんだけどな……」


「俺もお前の言う棒きれを振るって十年以上だ。打ち合えて何の不思議がある」


「不思議だよ? 不可思議だよ? 何の指導も無く、何の道標も無く、この領域に至ってるなんて思ってもみなかった。……ホント、なんでお父さんがお兄ちゃんをこの道に進ませなかったのか不思議なくらいに」


 言って、刀を構え直す。

 殺気が増す。

 それに呼応するように、和仁は一つ大きく息を吸った。

 鍛え上げた年月は和仁の方が長い。だが、彼女には正しく導く師がいた。その事を羨んだ事もある。否、本音を言えば今でも羨ましい。そもそも、彼が山で自身に過酷な修練を課したのも、その師に認められたかったから。師……即ち唯の父親に、和仁の父親に。ただ一言、よくやった。そう言われたいがために。


「先輩?」


「……成程。未練だな」


 沈黙した和仁を気遣って、蓮が声をかけた。

 その言葉に和仁は再び木の棒を構え直す。その行為を持って蓮への返答とした。


「行くよ? お兄ちゃん」


 言葉少なく。

 踏み込む音すら無く。

 唯は、その刀を真横に振り抜いた。

 まるでコマ落ちした動画のように、抜き放つ瞬間すら見せぬ神速斬撃。

 それを、和仁は眉一つ動かさずに弾き飛ばす。

 唯の斬撃は最早視認できない領域に至っている。

 幾つもの修羅場を越えた事のある蓮をして視認することは叶わない。

 体捌きは踊るように、次の斬撃へとつなげる動きは流麗に、その速度は天井を知らず、底を見せない。成程、彼女の武威は壮絶だ。剣を握る事が無い蓮をして、見惚れさせた和仁の一撃と同じ領域。人の天蓋足る一撃だ。


 だが、だとすれば、


「っ!?」


 それを悉く叩き落とす和仁の武威を何と称すればいい。

 その体捌きは人の範疇にある。それどころか、一つ一つの動きは蓮ですら理解できる程度の動きだ。常識の枠外の速度も、不条理なまでの特殊能力も何も無い、ただ、人が鍛えればそうなるだろう動き。ただその動きだけで、唯の武威を封殺している。

 放たれる斬撃は平凡だ。

 唐竹・袈裟・逆袈裟・右薙ぎ・左薙ぎ・右切り上げ・左切り上げ・逆風。斬撃の基礎、刺突を除く基本八種の斬撃。何の変哲もない基礎中の基礎。ただそれだけで唯の超人めいた斬撃を全て撃ち落とす。

 それを成しているのが何の変哲もない棒きれであるのだから、その技量に息をのんだ。

 超常の領域にある存在を、通常の存在が打倒する。

 言葉にすればそれだけだが、それが如何にありえないことであるのかを、超常の領域の住人である蓮は知っている。超常とは通常の存在を超越しているからこその超常だ。越えられるはずが無い。故に……


「ははは……成程、先輩。何が非日常に関わりたくない。っすか……」


 苦笑するように蓮はつぶやいた。

 誰に言うでもなく、ただ眼の前の信じられない光景に、せめて自分の常識を守るために漏れた言葉。


「先輩のそれは超常では無いっす。無いっすけど……」


 異常だ。

 その言葉を呑みこんで、眼の前で行われる戦いに意識を没頭させた。




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