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剣客魔導譚  作者: 闇薙
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第二話 憎悪/Hatred

あなたの肉から皮膚を、骨から肉を引きはがしてあげる。骨についてる肉片も全部こそげ落として……それでもまだ十分じゃない。

――― ???から和仁へ

 朝の涼しげな日差しの中朝練に励む生徒たちを脇目に、和仁は自らの教室へ向かう。靴箱で靴を履き替え、階段を一つ上り、自らの学ぶ教室に到着して、ようやく自分の失敗を悟った。


「ミスった。この時間じゃまだ来てないだろうな……」


「ん? どったのかずっち。こんなに朝早くから?」


 そんな彼に声をかけて来たのは男だった。制服をラフに着崩し、へらへらとした軽薄な笑みを浮かべている同級生。人付き合いのあまりよくない和仁は、クラス内でもそれほど友人がいない。孤立している訳ではないが、遠巻きにされている。そんな彼に対してさえ、いつも通りの態度を崩さないその男の態度を和仁は気に行っていた。


「信也か、いや……今日は珍しく遅く起きてな。家に居ても仕方が無いから、早めに来たってわけだ」


「遅めに起きたら、学校に来るのが早く成るんだなお前。普通、遅刻寸前になるんじゃねーの?」


「遅く起きたから、朝走れなかったんだよ。どうにも疲れてたらしくてな」


「かー、相変わらず帰宅部なのに、訳わかんない事してるんだな。せっかくの青春だぜ、もっとこう、楽しく遊ぼうや」


 理解できないと言わんばかりに、やれやれと首を振って信也はそう言った。その態度に和仁は苦笑して言葉を返そうとするが、ふと思いついた事があってその言葉を飲み込んだ。女の子の事を信也に尋ねのは、少しばかり不安があったが、その人脈の広さに関しては、この学園でもトップクラスだろう。あれ程の美貌を持つ蓮の事を、こいつが知らないはずもあるまい。


「と言う訳でだ信也。聞きたい事があるんだが」


「聞きたい事? 珍しいね。お前が俺に聞きたいことなんて。……生憎効率的なトレーニングとかの方法を聞かれても答えてやれねーぞ。俺の専門はもっぱら、遊ぶことと女の子だ」


「女の子の事だよ」


「なっ!?」


 眼を見開いて大げさに驚いた事を体で露わして、その後マジマジと和仁の事を信也は眺めた。まるでありえない物でも見たかのような反応に、今度こそ和仁は苦笑して言葉を返す。


「何だよ? そんなに以外か?」


「以外なんてものじゃねーよ。驚愕だよ。驚動天地だよ。貝原学園通学以来、一番驚いたよ。もしかすると、生まれてきて一番驚いたことかもしれねぇ」


「そこまで言うか」


「入学以来どんな女の子との会話も義務的に済ませて、全く表情を変えない鉄仮面、堅物が、いきなりそんな事を言い出したんだ。それ位言うさ」


 そんな風に思っていたのか。

 そんな事を思い、和仁は僅かに眉をひそめた、そんな彼の態度が面白かったのか信也はけらけらと笑う。普段まるで見せない彼の子どもらしい一面は、信也にとって新鮮な一面だった。


「笑うなよ」


「わりぃわりぃ。その代わりどんな女の子の事でも教えてやるから機嫌直せって。美少女の情報ならスリーサイズから、好きな物、嫌いな物、電話番号まできっちり教えてやっからよ」


「クラスだけで良いんだけどな」


「あ? そっから? ……まあ、同じ学園の子ってのは解ったけど、そこからその子を落とすのは難しくね?」


「別にそういうつもりはない。……そうだな、落し物を拾ったから届けたい、みたいな物だ」


「いや、みたいな物って、間違いなく落し物じゃねーじゃん」


「似たような物だ。気にするな」


 記憶の消去を失敗した落ち度であることには変わるまい。そんな詭弁を胸の内で展開しながら、和仁はひらひらと手を振った。その態度に信也は和仁が答えないであろうことを察し、ポリポリと頭を書きながらも、気にするなと言う言葉に従った。


「それで? その子の名前は?」


「烏丸蓮。そう言っていた」


「烏丸ちゃんか」


「知ってるのか?」


「そりゃまあねぇ、目立つ子だし? 可愛い子だし? 知らない訳ねーけどさ……」


「何だ? 歯切れが悪いな」


「お前らしくは無いなと思ってさ。お前の好みはもっとこう硬い女の子ってか、大和撫子―って感じの女の子だと思ってたよ。妹ちゃんみたいな」


「うちの妹が大和撫子ってのは初めて聞いたな。大和撫子の意味合いは、一体いつ変わったんだ?」


 普段の家での態度を思い出しながら、和仁はそう返した。彼にとっての妹のイメージは奔放で気安いイメージだ。おしとやかな印象など欠片も無い。


「……学園でのイメージと実際の姿は違うってか? ……まあ、いいやこれ以上藪をつついて蛇を出すのはごめんだ。女の子に対する幻想は長い間持っていたいタイプなんでね」


「そうか。ならば烏丸のクラスを教えてくれ。それだけで十分だ」


「はいはい。んじゃまあ取りあえず基本情報からな」


 そういうと信也は服の内ポケットから生徒手帳を取り出した。ぺらぺらとページをめくり、後ろに付いているメモ帳のあるページを開く。


「……生徒手帳をそんなん風に使ってる奴はお前くらいだな」


「限られた資源の有効利用って奴さ」


 皮肉げな笑みを浮かべて信也はそういうと、つらつらと彼女の情報を語りだした。

 烏丸蓮。一年四組。八月二十二日生まれ。血液型はO型。身長一五二センチ。体重四十九キロ。スリーサイズは上から89・57・82。所属クラブは無し、趣味はカラオケ、好きな食べ物はチョコレートケーキ。家族構成は父親、母親、彼女の一人っ子……


「トランジスタグラマーって奴だな」


「……クラスだけ解ればよかったんだが……」


「ああ? 女の子のスリーサイズは必須情報だろう!!」


 無駄な気炎を吐いている信也に対してため息をつく。取りあえず知りたい事は解ったが、眼の前の信也を宥める事を思うと和仁は気が重い。ギャーギャーとうるさい信也に対して、そんな状況にしてしまった者の責任として、和仁は宥めにかかった。




結局、朝の間に蓮の元へ和仁が向かう事は出来なかった。延々と女の子のスリーサイズに関する所感を述べまくる信也をなだめることは結局不可能だった。最終的に担任の先生が来るまで、和仁は信也の無意味な主張を聞き続ける羽目になった。その事について何かしら含む物が無いと言えば嘘に成るが、たまにある日常のイベントと思えばそれも悪くは無かった。流石に金髪巨乳原理主義を猛然とまくしたてる信也の姿には、少々ではないレベルでどん引きしたが。

 そんなくだらない事を考えている内に校門の前に到着する。

 目的は言うまでも無く烏丸蓮だ。

 既に放課後となっているこの状況では、彼女のクラスに向かうよりもこちらの方が確実だと信也にアドバイスされたための行動だ。ここで待っている事は、信也の伝手を使って既に伝えてある。話す内容が話す内容だけに、誰にも聞かれないような場所で話す方がいい。その事を信也に伝えると、ニヤニヤしながらも、内容をぼかして、蓮に伝えてくれたらしい。

 そのあたりのそつのない行動は信也の人脈の広さを感じ取れるが、その代償があのはっちゃけた姿だとするなら、頼ってよかったのか、よくなかったのかの判断は難しいところだった。


「お兄ちゃん?」


 校門の端で蓮を待つ和仁に声が掛けられた。その声の方に視線を送ると思い浮かべていた通りの姿があった。

 長い黒髪、黒曜石のような黒く輝く瞳。見慣れた容姿であるのに、時折ゾクリとする程の艶を見せる美貌の少女。和仁の妹、上霧唯の姿がそこにあった。


「どうしたのこんな所で? いつもならすぐ帰っちゃうのに……あ、もしかして待っててくれた?」


 にこやかに、実に嬉しそうにそう言って唯は和仁の傍へと近寄った。それに対して和仁は、首を僅かに振って否定を示す。そうすると、唯は小さく首をかしげた。


「あれ? 違うの?」


「残念ながらな。人を待ってる」


「え? ホントに珍しいね。お兄ちゃんが友達を待ってるなんて」


 クスクスと笑いながら唯は和仁の隣に並んだ。その姿を和仁は訝しげに見る。


「何故隣に並ぶ?」


「え? 良いじゃん。一緒に帰ろうよ。別に構わないでしょう?」


「構う。先に帰れ。俺には大事な用事があるんだ」


「ふぅん? 大事な用事って、何時もみたいに棒でも振り回すの?」


 皮肉気な物言い。その言葉を和仁は否定しなかった。

 和仁は知っている。

 唯が和仁の行い、修行と称して木の棒を刀に見立てて振るっている事を、あまり好んでいないという事を。その行為が代替行為にしか過ぎないという事を。


「誰に迷惑をかけてる訳でもない」


「……未練だよね。諦めて普通に学生生活を送ればいいのにさ」


 責めるような言葉に和仁は言葉を返さない。この事の議論に関してはもう飽きるほどした。結論は既に出ている。議論の余地は無い。和仁は何を言われても彼女の言うところの、棒きれを振るう事を決してやめはしないし、唯はその事を責める事をやめることは無いだろう。その事に対して彼女が抱く感情も和仁は知っている。だが、和仁が彼女に抱く感情を彼女は知らないだろう。それが同一だとしても。持てる者は持たざる者の苦悩を解りはしない。


「お待たせしたっすね先輩」


 二人の間の沈黙が不意に破られた。

 破ったのは和仁が待っていた少女。即ち烏丸蓮だ。実に楽しげな笑みを浮かべているその姿に、彼女の落ち度で今の現状があるという事を知る和仁は眉をひそめた。


「蓮さん? あなたがお兄ちゃんの?」


「そうっすよ。唯ちゃん。何か問題でも?」


 そう言って蓮は更に笑みを深くした。

 楽しくてたまらないという表情。

 それに対する唯の表情の変化は劇的だった。殺意に等しいまでの激情を言葉なく蓮に叩きつける。だが、それも束の間、隣に立つ和仁に向かって声をかけた。答えは解っているのに。


「蓮はだめ。お兄ちゃん。一緒に帰ろう」


 和仁は答えた。


「断る」


一日から三日くらいに一本投下していくつもりです。

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