第八話「上位世界」
お気に入りが3400件を超えてました、驚きで感覚がマヒしそうです。
今回はこの物語の核心に関わるお話です。
ただ、作者にも若干突飛すぎるのではないかという思いもしており、賛意を頂けないかもしれません;
ご意見有れば補足等もさせていただくので遠慮なくお願いします。
ただし私の心臓は、若干くすんでいますがガラス製ですので、批判も真綿で締めるように遠まわしに表現してくれると、ハートが砕けずに済みますorz
一話の字数が少なすぎるとのご意見が多々ありましたので、少し多めです。
いつもこれくらいの書ければいいのですけど……まぁ、頑張ります。
召喚の儀から2ヶ月が経ち、今日は王女殿下の使役獣の儀に参列するため、公爵領の本拠地である公都より王都に向かうことになった。
今回の王都行きだが、公都の政務を執るために母上は領内に残ることになっている。
また、まだ自らの力を御することのできない使役獣たちも留守番だ。
よって今回の旅は、父上と俺、それに加えて馬車の御者と護衛のための少数の私兵だけということになる。
実を言うと、俺が公爵邸から外に出るのはこれが初めてのことだ。
いままでに屋敷から出たのは公爵邸内にある広い庭園くらいのものだった。
公爵邸には屋敷を囲む壁があるために庭や屋敷から公都の街並みを垣間見ることすら叶わなかった。
身長もまだ5歳児だから低いままだしな。
本音を言えば、この世界のことを知るためにも、父上が治める公都の街を見て回りたかったのだが、公爵家の次期当主という立場もあり、自分勝手に外へ抜け出すことはできなかった。
転生して5歳児にはあり得ない精神年齢を持っていても、天賦の才を秘めていても、俺はいまだ世間知らずの坊ちゃんでしかないのだ。
俺の能力も、魔法はすでにマスタークラスと言っても過言ではないと自負しているが、体術などはまだまだ原石のままだといえるだろう。
この世界の5歳児としての強さでは今の俺はきっとトップクラス、いや、間違いなくトップだと断言できる。
しかし、肉体的に成熟し、熟練の経験と技能を有する大人に勝てるかと言われると、答えは否だ。
残念ながら今の俺はそこまでの領域に達せていない。
両親のために何かをなしたいという想いは、いまだに色褪せることなく俺の心に宿っている。
この世界に来て5年も経っているのに、いまだに自分が何もなせていないことから生じる焦燥感も日に日に強まっているのを感じる。
だが、俺は目的のために後先考えず突っ込んでいけるほど若くないのだ。
もちろん精神的に、ではあるのだが。
前世での俺は若い頃かなりの無茶をした。
それは若さゆえの無鉄砲さで、その勢いも時としては一種の武器だったのだろう。
しかし、無理を押し通した結果は情けないもんだった。
無理をして得たものの代わりに、俺は多くのものを失っていた。
気が付いたときには遅すぎた。
あの時の後悔は今も忘れない。
そして、俺はこれが二度目の人生。
同じ過ちは繰り返さないつもりだ。
少しシリアスになったが、どういうことかというと、今回の俺は強欲だってことだ。
両親の幸せも、公爵家の栄光も、全てを手に入れる。
俺にはそれができる力も時間もある。
最終的には全てを手に入れるんだから、焦らずじっくりやっていく。
フフ、フハハハハハハハハハハハハハハ、見ていろ神よ! 俺はお前たちを超えて、この世界のかみにな……おっと、少し調子に乗りすぎたか。
慢心はいかんよ、慢心は。
俺と父上が乗った馬車が公爵邸前のロータリーより出発する。
「ああ、母上、いいかげん馬車の窓から離れてください、ホント危ないですから!!」
「ほら、お前たち、いつまでも馬車の天蓋に乗ってないで早く部屋に戻りなさい! 馬がお前たちの気配に怯えてかわいそうだろう」
涙を滝のように流し、わずか数日の別れを惜しむ母上と、馬車の天蓋の上に隠れて同行しようとする幼龍たちのおかげで、出発予定から30分以上遅れたのはもはやどうしようもないと諦めるしかない。
公爵家は今日も平常運転である。
馬車が普段は固く閉じられている公爵邸の門より滑るように走り出す。
移り変わる景色は当然ながら初めて見るものばかり。
石畳の敷かれた美しい街並みに、活気ある街人たちが行き交う。
領民たちの見た限り皆明るく、日々の生活を楽しんでいるように見える。
父上が善政を行っているがゆえなのだとしたら、誇らしい限りである。
しばらくの間は、衝撃が緩和された魔法の馬車に揺られながら、窓から見える景色をずっと眺めていた。
公都を囲む堅固な城壁が見えてきた。
公爵邸の壁と比べて格段に厚く、城壁の上には幾人かの衛兵が警邏をしているのがわかる。
馬車に描かれた公爵家の紋章を見た門を守る衛兵や城壁の上の衛兵たちが、馬車に向かって敬礼する。
門の出入り口には、公都を出入りする人たちの行列ができていたが、俺たちの乗る馬車はその横を悠々と通り過ぎた。
城門を抜けると馬車から見える景色が一気に開けた。
公都の周りはなだらかな丘陵地帯となっており、街道に沿って穀物や果樹の畑が広がっている。
街道には荷馬車や背中に大きな荷物を背負った旅装の人々の姿が見える。
王都と公都を結ぶ主要な街道のため、思っていたよりも人が多い。
そこで、ひとつになる気になるものを見つけた。
城壁の外側の城門近くに、布を張って建てられたであろう粗末なテントが多く存在していたのだ。
そのテントの周りにいる人たちもどこか薄汚れた服を着ており、その顔には疲労が浮かんでいる。
「父上、あのテントやその周りの人たちは?」
「ん? ああ、彼らか……彼らは遠くの国から流れてきた難民だよ」
「難民?」
「ああ、数年前に一つの国が亡びた。彼らはその国の住人だろう。いまだに安住の地を求めて、ああして世界を回っている」
「父上、あの者たちをどうにかすることはできないのですか?新たな畑を開墾し、村をつくらせるとか」
「……いいかい、アレス。私達貴族の責務は簡単に言ってしまえば領民の暮らしを守ることだ。領民の今までの暮らしを守りながら、彼らを無条件に受け入れることは、とても難しいことなんだよ。我が領内でも可能な限り受け入れたが、いまだにああした人たちは多い……」
父上は、自分の無力さを悔しがっているように見えた。
「ですが、父上はああした者たちのために食料を分け与えたりしているのですよね? 私が見た限り、彼らは皆、表情こそ疲れていますが飢えに苦しんでいるようには見えません」
俺は父上を励まそうと、声をかけた。
「飢え? ああ、そうか。アレスはまだ知らないんだね。この世界の人間は一部を除き飢えることはないのだよ。確かに私は彼らに対し、少ないが施しもしている。だが、彼らが飢えないのとそれは関係ないんだ」
俺は父上の言葉に耳を疑った。
人間は飢えないだと? どういうことだ?
「父上、人が飢えないとは本当のことですか!? でも、私は腹も減るし、毎回食事をしていますよ!? いったいどういうことなんです!? からかっているんですか!?」
父上は俺の剣幕に驚いたように目を丸くしていたが、説明を始めてくれた。
「何から話せばいいか、そうだなぁ、まずはこの世界の神話から話そうか」
昔、善神と悪神の二神がこの世界の覇権をかけて戦った。
二神の戦いは善神が不利になり、善神は悪神を倒すための兵器として人間を創った。
人間は戦い以外で死ぬことがないようにするために、動物のように飢えや病気で死なないようにと神の加護が与えられた。
二神の戦いは人間の助けもあり、善神の勝利に終わり、悪神は消えた。
善神は役目を終えた人間に褒美として、いままでと変わらぬ加護と使役獣を与えることにした。
それより人間は飢えもせず、病気にもならず、繁栄してきました。
めでたしめでたし、というのが俺に父上が語ってくれたこの世界の創造神話だった。
今の話で人間が飢えないんだ、とか言われてもイマイチ信じられないんだが、とりあえず父上の言うことだからいまのところ信じることにするが、このことは詳しく調べる必要がある。
「ですが、父上、私たち家族は食事もしますし、腹も減りますよね。私たちは神の加護がもらえていないのですか?」
「ああ、それは、私たちが神の系譜に連なる一族だからだと言われている。なぜ神の系譜に連なる者が食事を必要とするのか私にはわからない。詳しいことが知りたいなら教会の学者にでも聞くしかない。ただ、私たちのような者たちを判別するのは簡単だ。私たち家族や王家の王女殿下のように白銀の髪をしているのがその特徴とされている。私たちは人間でありながら神の血を引いているんだよ、教会の話ではね」
「なら、私たち以外の人間は食事をしないのですか?」
「いや、彼らも食事をとることはある。ただ、それはあくまで食べるということを楽しむためだ。食べなくても死にはしない」
この話が父上の冗談でなければ、前世と比べて上位世界ってかなりなんでもありだな。
突っ込みどころが多すぎて何を聞いたらいいかさえ分からん。
とにかく気になったことを父上に聞いてみることにする。
「父上、飢えがない世界では人々は働かなくなるのではないのですか?」
「ああ、だがそういった怠惰な者たちには教会が取り締まりを行っている。それに、人間は食事をとらないからといってそれだけでは生きていけないだろう?飢えで死ななくとも、より良い暮らしを求めて働くんだよ」
「なら、飢えのない世の中ならば争い事が少ないのではないですか? 戦争も!」
「確かに人間に飢えがあったなら、もっと争いの種が増えていたかもしれない。けどね、この世界にも戦争は起こるし、争いも決して少ないとは言えないんだ、残念なことにね」
飢えがないなんて、なんてとんでもな世界だと思いきや、思ったよりも、前世の世界とあまり変わりはないようだ。
「それに、戦わなければならない敵もいる」
考え込む私に向けて、父上が真剣な顔で口を開いた。
「敵?」
「ああ、善神と悪神の戦いのとき、善神を裏切って悪神に寝返った者たちがいるんだ。そいつらは悪神が敗れた今でも悪神の復活を願い、我々に戦いを挑んでくる。奴らは呪われた者たちとよばれている。あの門の近くにいた者たちの国を滅ぼしたのも奴らだ」
う~ん、一気にいろんなことを聞いたせいで、考えがまとまらない。
事の真偽も確かめなくてはならないし、もし呪われた者たちなんて敵がいるのなら、そいつらのことも詳しく知りたい。
深く考え込む私を心配したのか、父上が俺の頭を安心させるようにポンポンとたたいた。
「まぁ、我が国は幸いにして呪われた者たちの脅威にさらされてはいないから安心していいぞ。さぁ、王都までの旅行を楽しもう!」
心配してくれる父上を安心させるため、一旦思考止め、この世界での初めての旅を満喫することにした。
馬車は街道を飛ぶように駆け抜け、数時間が経ったところで人や馬を休めるために休憩を取ることになった。
辺りはすでに暗くなっていたが、休憩したら夜通し王都に向けひた走るらしい。
「公子様、暗くなっているので馬車からあまり離れすぎませぬようお願いします」
護衛の隊長を務める男が俺に注意を促す。
「ああ、わかっている。少し夜風に当たりたいだけだ。そう離れたところにはいかないよ」
馬車と護衛たちの人目から少し離れたところに立つと、夜空を眺めながら今日聞いたことをぼんやりと思い返していた。
まったくとんでもないところに転生させられたものだと思う。
今のところ前世の常識がかえって邪魔になりそうな感じすらする。
説明をしないほうが上司が楽しめると言っていたあの天使の野郎、本当に肝心なところは何一つとして教えていなかったな。
天国の連中は、混乱する俺を見てさぞや愉快だろうと思っていると、ふと暗闇の中に誰かの気配を感じた。
「誰だ!」
誰何とともに、指先にほのかな明かりを灯して周囲を見る。
「いやはや、一応気配を消していたのですがね、公爵閣下には見つかるかと思っておりましたが、公子閣下とは私も予想外でしたよ」
自嘲を含んだ声とともに、暗闇の中からすっと一人の男が姿を現した。
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