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第十一話「クレープ」

お気に入り4500件突破です!ありがとうございます!これからも頑張ります。

 セレーナ姫の使役獣の儀を明日に控え、同日に行われるらしい暗殺を阻止するべく、案を考えていた俺には、すこし試したいことがあった。


 それは、使役獣の儀よりも先に、敵を誘き出すってことだ。


 敵はきっと、明日の使役獣の儀のために、綿密な計画を練っているはずだ。

 今の現状では、王女を狙う敵に対して、どうしても後手に回らざるを得ない。

 しかも、使役獣の儀の最中には、誰一人セレーナ姫の近くへは近づけないため、そこを狙われれば、セレーナ姫を危険に晒してしまうことになる。


 どうせ狙われているのなら、こちらが少しでも対応でき易い場所に、相手を誘い出した方が、安全性が高いと思うんだ。

 

 そんなわけで、使役獣の儀の前日である今日、俺はセレーナ姫を王都の観光に誘っていた。 

 ……昨日、拗ねたセレーナ姫を、なだめるためのとっさの思い付き、とかではない。 

 

「それでは父上、行ってまいります」


「ああ、気を付けてな。王女殿下のこと、しっかりとエスコートするんだよ」


「はい」


 今回の王都観光は、俺と王女のお忍び、ということになっている。

 まぁ、目につかないところに我が家の護衛やら、王女の護衛やらが控えているのだろうけど、見た目は二人きりだ。


 馬車は使わず、セレーナ姫の手を引いて、貴族の屋敷の立ち並ぶ街並みを抜けていく。

 セレーナ姫の歩くペースはゆっくりで、俺が周囲に気を配る時間は十分にあった。


 やはり、町人に変装しているが、俺たち二人を囲うように見知った顔が数人いた。

 我が家の護衛の連中だ。

 公都から連れてきていた護衛たちも今回の警固に加わっているらしい。

 俺が知らないだけで、他にもたくさんの護衛がいるのだろう。


 父上の話では、使役獣の儀の最中、警備兵たちは壁際に待機しているだけらしいので、今の状態で敵が襲ってくれたほうがいいんだけどなぁ。

 儀式の会場には貴族たちが溢れるほどいるだろうから、その中心にいるセレーナ姫まで移動するのも大変なはずだ。


 ただ、これだけ護衛がいれば、刺客は出て来ないかもしれない。

 そこでふと、隣にいるセレーナ姫が、ご機嫌に鼻歌を歌っていることに気が付いた。


「ふふ、随分とご機嫌ですね、セレーネ王女殿下」


「うむ。このように城の外を見て回るのは、初めてなのじゃ」


「そうなのですか。私もこんな風に街を歩いてみて回るのはこれが初めてです」


「いっしょじゃな。でも、任せるがよいぞ。わらわはお城の窓から、街の様子をずっと見ておったからな。行きたいとこ……コホン、紹介したいところがたくさんあるのじゃ。よし、ついて来い、アレス! 」


 セレーナ姫が、俺の手を引いて走り出した。

 白銀の髪からすけて見える無邪気な横顔がとても愛らしい。


 本当にこんな子供を狙うような輩がいるんだろうか。

 この子を絶対守ってみせる、そんな決意を新たにしながらも、今日という一日を、一緒に楽しもうという思いも浮かんできた。


 貴族街を抜けると、そこは様々な店が立ち並ぶ商業区のようになっていた。


「アレス、あれを見よ。屋台じゃ、まずあれに行くぞ。窓からは売り物までは見えんからな。ずっと気になっておったのじゃ」


 ずんずんと、人混みの中を掻き分けていくセレーナ姫。

 貴族街よりも人通りが増し、しっかりと手を握っていないと、はぐれてしまいそうなほどだ。


「店主、この屋台は何を売っておるのじゃ? 」


「なんだい、お嬢ちゃん。この店を知らないとは、そいつはいけねぇ。この店は王都一と名高いクレープ屋さ」


「クレープ? なんじゃそれは? 」


「ありゃ、お嬢ちゃんはクレープも知らないのかい? クレープってのはなぁ、普通はそば粉や小麦粉なんかで作った生地に、肉やチーズなんかを巻いたもんなんだが、うちの店はそこが余所とは違う。甘めに味を付けた生地に、ジャムやら蜂蜜やらを撒いたものを売ってんのよ! これがまた、絶品でなぁ。ここだけの話、お忍びで貴族様だって食いに来るんだぜ! 」


 セレーナ姫は店主の話を夢中になって聞いている。

 これは絶対買うことになるな、父上にあらかじめお小遣いをもらっておいてよかった。 


 この世界にクレープがあることにも驚いたが、そもそも食事のいらない世界で、食べ物の屋台があるとは思わなかった。

 でも確か、父上の話では、人々は飢えなくても楽しむために食事をするらしいから、こういった屋台は庶民にとって、娯楽の一種なのかもしれない。


 もう一つ驚いたことがあった。

 なんとこの店主、樽のように太っていたのだ。

 それとなく聞いてみると、毎日、クレープを食っていたら太ったらしい。

 飢えのない世界といっても、完璧な栄養管理が行われている世界ではないようだ。

 これはあくまで仮説だが、神の加護とやらによって、人間は必要なエネルギーを常に不足なく提供されているだけなのかもしれない。

 だから、必要もない食事をして余剰に栄養を取ると、その分肥るというわけだ。


 まぁ、この話はいくら考えても想像の域を超えないので、とりあえず置いておこう。

 それよりもセレーナ姫に、はやいとこクレープを買ってあげないと、食い入るような目で屋台を覗いていて、若干怖いくらいだ。


 屋台店主のお勧めを二つ買い、それを持ってどこか座って食べられる場所を探す。

 貰ったクレープは思ったよりも大きく、そのままでは食べているうちに落としてしまいそうだったのだ。


 小さな広場のような場所を見つけ、そこにあった石で出来たベンチに二人で腰を下ろす。

 念のためにセレーナ王女の分のクレープを一口かじる、毒見のためだ。


 口いっぱいに、ジャムやバターなんかの甘さが広がる。

 毒ではなさそうだ。

 というより、思った以上においしい。

 これなら王都一というのも頷けるな。

 遅効性の毒というのも考えられるが、即効性の毒という可能性は消えた。


 遅効性の毒だと、解毒されてしまう可能性が高いため、使用する可能性は低いだろうと考えて、食べて大丈夫だろうと判断し、一口齧ったそれをセレーナ王女に返す。


 セレーナ王女は、ほっぺたを膨らませて、すこし怒ったような顔をしていた。

 なにも一口くらいで、そんなに怒らなくともいいじゃないか、と笑おうとしたとき、俺達は周りを囲まれていることに気が付いた。


 出かけるときに近くにいた護衛たちではない。

 町人の恰好をしているが、暗く沈んだ目つきが明らかに堅気ではない。

 雰囲気だけでいえば、あの影の男にも似ている。

 ただ、影には敵意が感じられなかったのに対して、目の前のこいつらには俺たちに対して明確な敵意が感じられる。


 広場には俺たち以外に人影はない。

 護衛の者たちの姿も見えない。

 どこかで、足止めされているのかもしれない。

 だが、人目がないというのは俺にとってはむしろ好都合である。


 暗殺計画が外部に漏れている時点で罠か、はたまた底なしの間抜けかと、思っていたが、どうやらこいつらは後者だったようだ。

 明日まで待てば、もっと有利に計画を実行できだだろうに、のこのこ出てきやがって。

 いいぜ、相手してやろうじゃないか。

 こんな小さい子供を殺そうとするような奴には、二度とそんな気が起きないように、すこし痛い目に遭って貰わないとな。


 近頃の子供は、こわいよ?

 

  


 

評価、感想、お気に入り登録等があれば作者は感動のあまり死んでしまうかもしれません、ご注意ください。


次回、主人公の魔法が暗殺者を襲います。逃げてー、暗殺者超逃げてー。

更新はやはり、一週間後です。

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