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ギッ!
「些細な挑発に容易くのってくるとは……さすがは馬鹿」
「なっ!?」
何時の間にかスカーレットの手に握られていた不思議な形状の剣。それが王子の剣を防ぎ、ぎりぎりと鍔迫り合いを起こしている。
そう。
シ国で素晴らしい剣の使い手だと称される王子の剣戟は、容易く女の手によって止められたのだ。
スカーレットは、曲線と直線を合わせた不思議な刃の向こう側から、王子に艶然と微笑んだ。
「私が何様かだと?ミルバンガンディヌス帝国およびサーリア帝国皇帝、スカーレット・ローゼリッチェ・ミルバンガンディヌス・サーリアだ!」
「皇帝、だと…?それをどうやって証明する! この、異世界人がっ!」
受け止められた自分の剣を、信じがたいものをみるような目で見た後、王子は再度スカーレットに斬りかかった。
王子という自らの地位を貴いものだと思っている彼には、皇帝を名乗るスカーレットがとんでもない無礼者に思えたのだ。
一度頭に上った血はなかなか落ち着かないもの。
けれど。
ギ、ギ、ギと何度打ち込んでも、受け止められる己の剣に王子の血の気はだんだんと引いていく。
「う、うおぉおおぉおおおぉ!!!」
そして、自棄になったかのように、力任せに突っ込む。
キン――――ッ!
ガランガランガラン……。
「ふん……。頭も悪く、腕も悪いというわけか。使えん男だ」
王子の剣を壁際まで弾き飛ばしたスカーレットは、追い打ちをかけるように言葉を吐き出す。
「良く見てみよ。私は片手でマントを押さえたままだぞ?貴様はその私に負けたのだ。王子だと言うのなら、この敗北を恥じるがいい。人の上に立つ者が弱者な馬鹿であって良いはずがない。民は惰弱な王など望んでおらん!」
スカーレット・ローゼリッチェ・ミルバンガンディヌス・サーリア。
十八の時に母国サーリア帝国の皇帝の座につき、その後彼女を女と舐めてかかってきた大国ミルバンガンディヌスを返り討ちにし、遠い親戚の血を利用してその国でも皇帝の座につき、以後広大な土地を治める女帝として大陸に君臨。
彼女は、彼女のやり方でその自分の地位を築き上げてきた。
初めは自分と相手、どちらが上なのかを推しはかる。
自分の方が劣っていればにこやかに接し、蹴落とす手段を念入りに考える。時間は惜しまない。
逆に自分が優れていれば毅然とした態度で対応する。そして相手がこちらに恭順の意を表す賢い者ならば重用するが、優劣の判断が出来ない者や、言ってもわからぬ馬鹿には実力行使に出るのである。
言って分からぬ馬鹿には、体でわからせる。それが彼女の道理だからだ。
そして、今回もそれが適用されただけの話。
何一つ驚くことではない。
優劣の差もわからない馬鹿な王子が、スカーレットの容易な挑発にのり、馬鹿さ加減をさらに露呈し、あげく自分の得意分野で負け、優劣を見せ付けられた。ただそれだけの事。
「ふぅ……。話が逸れたな?二国を治める私は大変忙しい身なのだ。そんな私だが、貴様らのあまりの馬鹿さ加減に憐れみを催したので、しばし滞在してやろうというわけだ。その間に貴様らが人並みに賢くなったなら、救ってやらんこともないぞ?精々頑張って私の気持ちを変えて見せよ。私はただの馬鹿は嫌いだが、努力する馬鹿は嫌いではないのだ」
ポイっと剣を投げ捨てて、クッションソファーに身を沈めるスカーレット。もう言いたいことは言った。そんな風情である。
口紅も塗っていないのに、赤く輝く唇が開き、ふぁぁ~と欠伸が一つ零れる。
無防備に伸びをするその姿は、今度こそ本当に、誰も目に入っていない様子だった。
上手い言いまわしが思いつかず悶々としています…。
あと、長ったらしい国名を打つのが面倒です←
6/10 誤字訂正