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『夜祓衆 ― 見ると増える呪いの記録 ―』  作者: こうた
第一部 江戸編 第一章 供物の村

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第五話 供物

 村が、食べられる。


 その言葉が、新十郎の耳に重く残った。


 炎は広がっていた。


 村の中央。


 藁屋根が燃え上がり、火の粉が夜空へ舞っている。


 だが妙だった。


 燃えているのに、村人たちは火を消そうとしていない。


 誰も水を運ばない。


 叫びながら逃げる者もいない。


 皆、戸を閉ざし、家の中へ隠れている。


 まるで。


 火事より恐ろしい何かが、外にいるみたいに。


 空の上では、人影たちが蠢いていた。


 逆さに。


 見えない天井へ張り付くように。


 ガリ。


 ガリガリ。


 爪を立てながら。


 新十郎は刀を握り直した。


「……何だ、あれは」


 隣の子供は答えなかった。


 代わりに、燃える村の中央を指差した。


「あそこ」


 見る。


 炎の奥。


 広場のような場所だった。


 石柱が並んでいる。


 その中央に、穴があった。


 黒い。


 真円の穴。


 井戸ではない。


 もっと大きい。


 人一人が余裕で落ちるほどの穴が、地面にぽっかり口を開けている。


 周囲には注連縄。


 札。


 そして大量の白骨。


 新十郎の背筋に寒気が走った。


「あれは……」


「供物の穴」


 子供が言った。


 淡々と。


 まるで昔話でも語るように。


「毎年、一人落とすの」


「……何だと」


「落とさないと、出てくるから」


 新十郎は子供を見た。


 冗談を言っている顔ではない。


 本気だ。


 この村では、本当に人を捧げている。


 その時。


 穴の周囲で、人影が動いた。


 数人の村人。


 白装束。


 何かを運んでいる。


 いや。


 人だ。


 小さい。


 子供だった。


 縄で縛られている。


 新十郎の顔色が変わる。


「待て……!」


 走り出す。


 子供が後ろから叫んだ。


「行っちゃ駄目!」


 無視した。


 村道を駆け抜ける。


 空では逆さの人影たちが蠢いている。


 何人かが、新十郎を見た。


 白い目。


 裂けた口。


 ガリガリと空を這いながら、ゆっくりこちらへ向きを変える。


 だが新十郎は止まらなかった。


 広場へ飛び込む。


 熱気。


 煙。


 穴の周囲には十数人の村人が集まっていた。


 全員、上を見ている。


 顔色は死人のように青い。


 だが誰も泣いていない。


 感情が抜け落ちている。


「やめろ!」


 新十郎の怒声に、村人たちが振り向いた。


 その中央。


 縄で縛られた子供がいた。


 十歳ほど。


 痩せている。


 長い黒髪。


 異様に白い肌。


 そして。


 目だけが、静かだった。


 泣いていない。


 暴れてもいない。


 ただ穴を見ている。


 庄屋が前へ出た。


「……見てしまわれたのですね」


「これは何だ!」


「供物です」


 あまりに平然とした声だった。


 新十郎は怒気を滲ませた。


「子供を殺す気か!」


「殺さねば、村が終わります」


「狂ってるのか!」


 庄屋の顔が歪む。


 初めて感情が見えた。


 恐怖だった。


「もう始まっているのです……!」


 震える声。


「見た者が増えた……今夜は駄目だ……!」


 新十郎は刀を抜いた。


「その子を放せ」


 村人たちがざわめく。


 だが誰も逆らわない。


 新十郎の殺気に怯えている。


 新十郎は供物の子供へ近づいた。


「大丈夫か」


 子供はゆっくり顔を上げた。


 静かな目。


 妙に大人びている。


「……お侍さま」


 声が小さい。


「逃げて」


「何?」


「もう、遅いから」


 その瞬間。


 ゴォォン。


 山が鳴った。


 違う。


 鐘じゃない。


 地面の下から響いている。


 穴。


 黒い穴の奥から、音がしていた。


 新十郎は凍りつく。


 穴の中が、揺れている。


 何かいる。


 底が見えない。


 暗闇だけ。


 なのに。


 見ている。


 穴の奥から、何かがこちらを見上げている感覚。


 新十郎は思わず目を逸らした。


 その時。


 空の人影たちが、一斉に止まった。


 静止。


 風も止む。


 村全体が息を止めたみたいだった。


 そして。


 全員が。


 穴を見た。


 逆さの人影。


 村人。


 庄屋。


 皆。


 穴へ向かって頭を下げる。


 供物の子供だけが、新十郎を見ていた。


「名前」


 子供が呟く。


「え?」


「もう、忘れちゃった」


 新十郎は眉をひそめた。


「何を言ってる」


 子供は小さく笑った。


 寂しそうに。


「ぼくの名前」


 その瞬間。


 穴の奥で。


 何かが、笑った。

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