第二十話 次の名前
空が、再び裂け始めた。
今度は静かだった。
音もない。
ただ“当然のように”開いていく。
新十郎は刀を握ったまま、空を見上げていた。
カヤは動けない。
膝をついたまま、空白の顔で見ている。
影の存在が、地面の上でゆっくりと立っていた。
顔はない。
だが、そこに“視線”だけがある。
その視線は空へ向かっている。
そして囁いた。
――次。
新十郎は眉をひそめる。
「何だと」
影は指を上げたまま動かない。
――まだいる。
その瞬間。
空の裂け目の奥に、何かが“増えた”。
新十郎の呼吸が止まる。
そこにあったのは、さっきまでの巨大な目ではなかった。
もっと小さい。
しかし無数。
まるで“視線そのもの”が群れを作っているようだった。
その群れが、一斉にこちらを見た。
カヤが震える。
「……何が起きてるの」
新十郎は理解し始めていた。
これは“終わり”ではない。
“整理”だ。
消えかけたものを、再び集め直している。
その時。
地面の影が動いた。
影の人間が、一歩前に出る。
そして、ゆっくりと指を伸ばした。
カヤを指した。
新十郎の全身が凍る。
「やめろ」
影は答えない。
ただ“見ている”。
次の瞬間。
カヤの身体が揺れた。
「……あ」
声が漏れる。
足元から黒い影が伸びる。
新十郎は咄嗟に駆け寄った。
「カヤ!」
刀を振るう。
影を斬る。
だが、斬れない。
刃が“通らない”。
まるで実体がない。
影はゆっくりとカヤを包み始める。
その時。
空から声が降ってきた。
――名前を。
新十郎は顔を上げた。
裂け目。
その奥。
小さな“誰か”がこちらを見ている。
そして、はっきりと聞こえた。
――次は、その女。
カヤが震える。
「やめて……」
新十郎は叫んだ。
「何のつもりだ!」
影は静かに答えた。
初めて“声”として成立した。
――順番だ。
新十郎の背筋が凍る。
影は続ける。
――忘れられた順番。
その言葉で、洞窟の記憶が揺れた。
新十郎の頭に映像が流れ込む。
供物。
村。
山。
そして。
ずらりと並ぶ“名前の消えた人々”。
それは順番だった。
消えた順番。
忘れられた順番。
新十郎は歯を食いしばる。
「だから何だ」
影は答えた。
――全部戻す。
カヤが涙を流す。
「戻すって……何に」
影はゆっくり空を指した。
裂け目。
そこにいる“群れ”。
――ひとつに。
新十郎の全身に寒気が走る。
戻すとは。
解放ではない。
再構築だ。
その時。
空の群れが揺れた。
そして、一つの“名前”が落ちてきた。
新十郎の頭の中に。
――カヤ。
カヤの身体が固まる。
新十郎が叫ぶ。
「聞くな!!」
だが遅い。
カヤの目が虚ろになる。
影がゆっくりと手を伸ばす。
カヤの身体が浮き始める。
その瞬間。
裂け目の奥で、“底の目”が再び開いた。
そして。
はっきりと告げた。
――次の器だ。
新十郎の視界が揺れる。
世界が、また変わろうとしていた。




