EP:3 魔王様といっしょ
「リリア・エヴァンスさ〜ん?
受験票の手配が完了しました〜。
受付の2番テーブルへお越しくださ〜い。」
リリアの名が呼ばれたので
俺たちは再び先ほどのスタッフのもとへ向かう。
その途中、ギルドの看板の前に立つ一人の男が
こちらに視線を向けていることに気づいた。
(俺、いやリリアへの視線だな。)
リリアがスタッフの人間と会話している間、
俺はその男への警戒心を解かずにいた。
リリアがいじめられていた過去を持つからだ。
あいつがリリアの知り合いである可能性は高い。
面倒なことはなるべく避けたい。
「それでは、こちら受験票になります。
試験は二日後、場所は"第一訓練場"になります。
健闘を祈ります、未来の冒険者様!」
「ありがとうございます。」
ひとまず試験は受けられるようだ。
リリアはご機嫌な様子で
受験票を握りしめていた。
「まだ試験の登録が終わっただけだ。
落ちたら元も子もないぞ?」
俺が忠告するとリリアは口を尖らせて言った。
「ぶぅ、わかってるし。」
受験票を受け取ったリリアのもとへ先ほど
俺たちを眺めていた男が近づいてきた。
俺はそっとリリアを守るように立ちはだかる。
「…お前は誰だ。」
俺が尋ねると男は名乗り出した。
「…"カイト・ブライト"、
リリアの知り合いだ。
お前こそ何者だ。」
俺とカイト・ブライトが睨み合っていると
リリアが男に気がつき、そっと目線を逸らした。
(やはりこいつは、リリアを虐げた奴の一人か?)
俺の返答を聞く前に男はリリアに
人相よく話しかけた。
「リリア、久しぶりだな。
元気にしてたか?」
「…うん。」
二人の間に気まずい空気が走り渡る。
浮かれていたリリアは
即座に気持ちが落ち込んだ様子だ。
「聞いたよ、冒険者免許取得試験受けるんだろ?
やっとお前の努力が報われるな。」
「ハハ、そうだね…」
男の世間話に対しリリアは乾いた笑いを返す。
この二人の確執は相当なものなようだ。
「実は俺が受けるのも同じ試験なんだ。
合格できるように、お互い頑張ろうな。」
「…うん。」
リリアの怪訝そうな態度には目もくれず、
その男、カイト・ブライトは話し続ける。
俺は二人の間に手を差し込んで話を遮る。
「こいつは疲れてるんだ。
この辺にしといてもらえるか?」
邪魔してきた俺に納得がいかないのか、
男は鋭い眼光で睨みつけながら
俺に話しかけてきた。
「…なんなんだよお前は、何者だ。」
「俺は…」
俺が返答に困っていると
リリアが代わりに答えた。
「この子はクロ、私のテイムモンスターだよ。」
クロという呼称も、
テイムモンスターという扱いも、
だんだん受け入れられるようになってきた
自分に嫌気が差しつつも、
今はリリアのおかげで助かった。
リリアの返答に対して男は言った。
「そっか、リリアは勇者だもんな。
俺はてっきり、その、彼氏的なものかと…」
「こんな奴もらってたまるか。」
俺がそう言うとリリアが
ぼかすか俺の背中を叩いてきた。
だって嫌なものは嫌だし…
「ふ、二人は仲がいいんだな…
俺はこの辺で退散させてもらうよ。
リリア、二日後の試験でまた会おう。」
そう言い残して
カイト・ブライトは去っていった。
リリアは肩何を下ろすかのようにため息をつき、
その場に座り込んでしまった。
俺はそっとリリアの肩に手を置いて語りかける。
「大丈夫か?」
リリアは俯きながら答えた。
「…うん、平気。」
「お前をいじめてたって奴はあいつか?」
俺が尋ねるとリリアは目を丸くして驚いた。
「なんでその話知ってるの!?」
「いやその、お前の母親に話を聞いた。
俺はてっきりあいつが
そうなのかと思ったんだが、違うのか?」
俺が質問するとリリアはバツが悪そうに答えた。
「違うよ、カイトは幼馴染なの。
小さい頃は仲良くしてたんだけどね…」
リリアは言いづらそうに口を閉じた。
人には言えない、嫌な思い出があるかのように。
「言いたくないなら言わなくていいぞ。
俺は所詮ただの使い魔、
お前のプライベートを深掘りする義務はない。」
「ううん、話すよ。
クロにならいいや。」
そうしてリリアはぽつりぽつりと話し始める。
「カイトとは小さい頃から一緒で、
昔はずっと一緒に遊んでたんだ。
カイトは昔から冒険者になりたいって言ってた。
だから私の天の紋章をすごい羨ましがってた。」
「ほう、珍しいな。
冒険者は落ちぶれた職業扱いなのだろう?」
「まあね。
でも子供の時はそんなの知らなかったから、
二人で冒険者ごっことか、
魔王退治ごっことかやってた。」
(なんか複雑な気持ちになるな。)
「その流れで一緒にエリオスの学校に
入学したんだ。
その時はまだ私も冒険者を目指してた。」
(その時は?目指してなかったのか?
だったらなんで登録したんだよ。)
「でもね、周りの子は
みんな都会出身の人だったからさ、
冒険者がどう思われてるか
とっくのとうに知ってたんだ。
それで私はいじめられた。
勇者なんて人生負け組まっしぐらとか、
税金で食べるご飯は美味しいか、とか。」
「気分が悪くなる話だな。」
子どもの純粋悪というのは
恐ろしいことこの上ない。
「そんな嫌がらせや悪口を受けてるうちに、
私はどんどん孤立していった。
誰も私と仲良くしてくれる人なんていなかった。
カイトも、冒険者を目指してることを隠して、
自分は責められないようにって。
私のことは助けてくれなかったんだ。
だからちょっと、今は苦手になっちゃって…」
なるほど、そんな過去があったのか。
あの男が直接傷つけたわけではないようだが、
子ども心には相当な傷をつけただろうな。
「本当は私も冒険者なんてなりたくなかったよ。
でも、冒険者にならなかったら国からのお金は
もらえなくなっちゃうし、世間体も悪いからさ。
今日受付したのも仕方なくって感じ。」
「…なるほどな。」
一見おちゃらけたアホにしか見えないが、
心には深い深い傷を抱えている。
選ばれし伝説の勇者にも、
こんな側面があるとはな。
「あの男が苦手なら、
今から俺が始末して来ようか?
二度とお前に近づかないようにしてやるぞ?」
「だ、ダメだよそんなの!!
まったく、物騒なこと言わないでよね。」
「なぜだ?嫌な奴は消しておくべきだろ?」
「怖い怖い!別に平気だから!
私はもう割り切ってるからいいの。
これからは冒険者として、
気楽に暮らしていけばいいんだから…」
そう語るリリアの目はどこか虚ろだった。
英雄が虐げられるこの歪な世界、
リリアはその被害者の筆頭と言える。
魔王亡き今、手柄を立てて
汚名返上することも難しい。
何よりこいつがそれを望まない。
俺にできることは…
「腹が減った、朝食はまだだろう?何か奢れ。」
「このタイミングで!?」
リリアはため息をつきながら俺の手を引き、
ギルドの外に出た。
「あのレストランでいいね?まったく…」
俺にできること、
それはこいつの過去を清算すること。
まぁ何をすればいいかなんて
見当もつかないのが現状だけど…
俺たちは先につき、メニュー表を眺めながら
何を食べるか話し合う。
「俺は肉ならなんでもいい。」
「そう?なら一番安いやつで。」
「おい!」
こいつ、ナチュラルに俺のことを舐めてやがる!
「私はどうしようかな〜。」
(切り替えが早いな。)
ついさっきまで落ち込んでたのに
もうおちゃらけた雰囲気に戻っている。
それがこいつのいいところなのかもな。
俺とリリアは会話を楽しみながら朝食をとる。
その間リリアは俺に何気なく告げてきた。
「この後ショッピングしたいから
荷物持ちお願いね。」
「ふざけんな!」
俺は偉大なる大魔王バアル=クロウだぞ!
それが小娘の買い物の荷物持ちだと?
そんなことは絶対にあってはならな…
「クロ、次はこれね。」
そう言ってリリアは重い袋を手渡してくる。
何軒回ったのかもうわからない。
荷物が重いこと、買い物がつまらないこと、
思うことはいろいろあるが何よりも…
(魔王が勇者の荷物持ちをさせられるなど、
こんな屈辱があるか…!)
召喚の儀を終えてから俺の心が
どんどんすり減っていくのを感じる。
もはや魔王の威厳はどこへやら、
すっかりリリアのペットが
馴染んできてしまった。
こんな姿、かつての配下には見せられない…
「化粧品と、靴下と、鞄買ったから次は…」
(こいつ冒険者に必要なもの何も買わねえ!
普通は二日後の試験に向けて
装備を整えるものではないのか?
これはある種の余裕の現れということなのか?)
俺の心配などつゆ知らず、
今度は服を買いに来たようだ。
次々と服を試着していき、
やれおしゃれだのやれ可愛いだのと
楽しんでいる様子だ。
何回か試着をした後、
リリアは俺の方を見てこう言った。
「私のは決まったから次はクロのやつね。」
ん?俺の服?
「服などいらん。」
俺の返答を無視してリリアは男向けの服を
いくつか持ってきた。
「ほら、ひとまずこれ全部来てみて!
一着来たら私に見せて!」
「えっ、ちょっ…!」
俺は試着室に押し込まれてしまう。
誰もいない小さな空間で、
手には三着の男性物の服。
「俺って、つい昨日までは魔王だったよな…?」




