EP:2 冒険者になろう
リリアから様々なことを教えてもらった。
リリアの手に刻まれている天の紋章は、
勇者にのみ刻まれる神からの贈り物と
言われているそうだ。
天の紋章が現れた人間は500年前が最後で、
リリアは500年ぶりに生まれた
伝説の勇者だそうだ。
その勇者を支えるために使い魔、
テイムモンスターと呼ばれる魔物や魔族を
呼び出す儀式こそが、
俺が巻き込まれた召喚の儀だった。
リリアだから俺を召喚できたのか、
俺を召喚するためにリリアが勇者に
選ばれたのか真偽は不確か、神のみぞ知る。
この一日で明らかになったことがもう一つある。
「クロ、お塩取って〜。」
「クロって呼ぶな!そして使うな!
自分で取れ!」
と俺は思っていたが、
俺の考えに反して体が勝手に動き、
リリアの命令に従ってしまった。
使い魔の俺はリリアに逆らえないらしい。
情けないことこの上ない。
勇者に塩を取らされる魔王など…
ドタバタする場面もあったが、
使い魔としての初めての夕食を無事に終えた。
かなり美味だった。
リリアの母の料理の腕はなかなかのものだった。
「私お風呂入ってくる〜。」
「はぁ〜い。」
(おいちょっと待て、俺を放置するのか?
お前の母と何を話せばいいんだ。
この空間気まずすぎるだろ…!)
リリア母と俺の間に
絶妙な静寂が走っていたとき、
リリア母が静寂を突き破るように口を開いた。
「リリアのこと、お願いねクロちゃん。」
「クロちゃん言うな。
お願いも何も俺はあいつの命令に背けない。
あいつが望むことは
全て俺がやらされるんだが…」
「そういう意味じゃないのよ?」
「…では如何様に?」
俺が聞き返すとリリア母は一瞬口を閉ざし、
意を決して躊躇いながら語り出した。
「リリアはね、
"エリオス"にある学校に通ってたの。
エリオスっていうのは、
さっきあなたが召喚された街のことで、
冒険者が旅立つ始まりの街として有名なの。」
ああ、知っている。
以前冒険者を根絶するためにその根幹の
エリオスを攻め落とす計画を立てたことがある。
結局腕利きの冒険者どもの
護衛によって阻まれたが…
勇者であるリリアがエリオスにいたというのは
まあ自然な流れと言える。
「それがなんだ?」
「リリア、学校でいじめられてたの、
天の紋章が原因でね。」
「…なぜ?」
勇者がいじめられる?
ちゃんちゃらおかしい話だ。
勇者は言うなれば正義の味方、
世界を救う英雄だ。
虐げられる存在ではないし、
その理由だってないはず…
「魔王が消えて500年、
この世界は大きく変わった。
魔王軍との戦争が終わりを迎え、
必然的に冒険者たちの需要が減ってね。
今となっては冒険者なんて
血税喰らいの怠け者なんて言われる始末なの。」
「…ほう。」
俺の全盛期では冒険者は
栄誉な職業であったと聞いている。
それが地の底にまで落ちぶれた現状は、
魔王のいない世界が見出した答えなのかもな…
「そんな今の時代、天の紋章、
すなわち勇者の証なんて刻まれてたら、
周りの子にどんな扱いを受けるのか、
あなたも想像に難くないでしょう?
かつては英雄の証だった天の紋章は、
今となっては落ちこぼれ決定の烙印なのよ。」
「皮肉なものだな、
その英雄のおかげで
今の世界があるというのに。」
「…そう、だからあなたは、
あなただけはリリアの味方でいてあげて。
たとえ世界があの子を蔑んだとしても。」
勇者、あらゆる戦場で俺の配下たちを
蹂躙した人類の英雄、
魔族にとっては恐怖そのもの。
それは旧時代の価値観、俺の価値観で作られた
"虚像"になってしまったんだな。
かといって俺がどうこうしてやる義理はないし、
できることだってないわけだしなぁ…
「まあ一緒にいてやるよ、嫌でもな。」
俺の言葉を聞いてリリアの母は安堵し、
よかったと小さく呟いた。
母親にこんなことを言わせるなんて、
あいつはどんな扱いを受けてきたんだ?
俺たちの会話に一段落がついた頃、
風呂上がりで髪の濡れたリリアが出てきた。
「上がったよ〜、次どうぞ。」
「私は後でいいから、
クロちゃん入っておいで。」
「クロちゃん言うな。」
俺は渋々風呂場へ向かう。
まあ風呂は嫌いじゃない。
湯に浸かりながら考え事をするのは好きだ。
自分を深掘りすることができるし、
気持ちを落ち着かせることができる。
まさに今の俺に必要なこと…!
俺は脱衣所で服を脱ぎ捨て、
湯船に思い切り飛び込む。
水飛沫が風呂場全体に散りわたる。
窓の小さな隙間から入ってくるそよ風が
ちょうどいい塩梅で心地いい。
「はひ〜。」
今日は色々ありすぎた。
脳の疲労が俺を苦しめる。
「俺はこれからどうなるんだろうか…」
再び魔王バアル=クロウとして
君臨できる日は来るのか?
配下たちとの再会はできるのか?
俺がこうなった理由が
明らかになる日は来るのか?
問題は山積みだが、不思議と恐れはない。
むしろ義務から離れられて精々している。
この現状は、悪くないかもしれない。
「なんとかなるか…!」
そしてその日はそれから何事もなく幕を閉じた。
俺はリリアの部屋の硬い床で、毛布すらなく
雑魚寝をさせられたが…
次の日の朝、
俺はリリアに頬を叩かれて目を覚ました。
「おはようクロ、
今日は冒険者になる準備するよ。」
「一人でいけよそんなもん。」
と口では言っておきながら
俺の体は自然と起き上がる。
もっと寝たかったのに。
俺のその様子にリリアはご満悦なようだ。
「うんうん、それじゃ行こっか。
朝ごはんは向こうで食べよ。」
「…了解。」
冒険者登録をする、ということでいいのだろう。
実は少し興味があった。
冒険者がどのような過程を
経て冒険者になるのか、
せっかくだから見ておくとしよう。
再び長い長い徒路につき、
始まりの街エリオスにやってきた。
「ささ、ついてきて。
"冒険者ギルド"に行くよ!」
「なんだそれは?」
「冒険者ギルドっていうのは、
簡単に言えば冒険者の活動を
サポートしてくれる機関だよ。
冒険者登録はもちろん、
依頼の斡旋、報酬換金、素材の買い取りとか
やってくれるんだ。
この街の役所の役割も
果たしてくれてるんだよ。」
なるほど、そこまで重要な組織だったとは。
あのとき冒険者ギルドを潰していれば
もっと楽に戦いを進められたのかもしれないな。
歩くこと数分、
俺たちは荘厳な建物の前にやってきた。
建造物の風情から見て、
確かに重宝されている機関のようだ。
俺は重々しい扉を押し開き、
冒険者ギルドへ訪れる。
「いらっしゃいませ!
受付の登録はこちらになります!
まずはこちらで書類の作成をお願いしますね!」
中は活気あふれる空間だった。
かなりの数の冒険者がたむろしており、
それに伴いギルドの人間は大忙しのようだ。
俺がギルド内を見渡しているうちに
リリアは隣で受付書類作成を行っていた。
「えっと、試験登録はっと…」
「試験?冒険者になるために
試験を受けるのか?」
「そうだよ。
昔はなかったみたいなんだけど、
今は冒険者飽和時代だからね。
冒険者免許を取得するためには資格試験を
受けて合格しないといけないの。
面倒な時代になったよね〜。」
冒険者飽和時代、か。
皮肉なものだな。
俺が君臨していた頃、500年前は
冒険者は数多く求められたというのに、
魔王討伐を果たした後の方が
その数が増していると。
確かに世間から蔑まれるのもわかる。
今のこいつらは言うなれば腰抜け集団とも
言えるわけだからな。
この世界、なかなか興味をそそられる。
俺が学んできた冒険者の知識が
一切合切通用しない。
「…書けた。クロ、行くよ?」
「クロ言うな。」
俺たちは作成した書類を
持って受付にやってきた。
リリアは書類を手渡し冒険者登録を始める。
「はい、資格試験の申し込みですね。
それでは試験料として銀貨5枚いただきます。」
(冒険者になるのに金かかるんかい!)
「はい。」
そしてリリアは潤った財布から
銀貨を5枚手渡した。
「はい、確かにいただきました。
受験の登録をしますので
もうしばらくお待ちください。」
と言ってギルドのスタッフは
奥へと行ってしまった。
(なんか思ってたのと違う。)
冒険者登録って言ったら、もっとなんかこう、
職業の適性だったり、"スキル"を習得したりする
ものだと思ってたんだけど…
「そういえばお前、試験合格できるのか?
見たところ学はなさそうだが…?」
「ちょっと、失礼しちゃうな。
これでも成績は良かったんだよ?
筆記でも実技でもなんとかなるって。
もしやばくなったらクロに助けてもらうもん。」
リリアは余裕綽々の表情を浮かべた。
挙げ句の果てには俺を頼ろうとしている。
それでも伝説の勇者様なのか…?
俺はふと気になったことを尋ねてみた。
「お前やけに金を持ってるな。
何か仕事をしていたのか?」
俺が尋ねるとリリアは微笑みながら答えた。
「いや別に?これ全部、
国からもらえる助成金だよ?」
(助成金?こいつ国から金もらってんのか?)
「腐っても私、勇者だからね。
王権としては真面目に冒険者やってほしい
と思ってるわけよ。
だから最低限、衣食住が保障されるくらいの
お金は払ってくれるんだ〜。」
リリアはあくびをしながら言った。
国からの助成金、すなわち税金……
血税喰らいと言われるのも、無理はないか…?




