第9話 悪役令嬢、元婚約者の国を救う
ヴァレンティア王宮の作戦室に、重い沈黙が落ちていた。
「グランベルト王国より、正式な救援要請だ」
ユリウス殿下が書状を卓上に置く。赤い封蝋は、わたくしの生まれ育った国の紋章だった。
王と重臣たちは、ひとしきり利害だけを並べ立てる。そのあとで、ユリウス殿下が静かにわたくしを見た。
「――きみが決めるといい、レイチェル。あの国を助けるのかどうか」
そう来ると思っていた。
壁の魔力地図では、グランベルト一帯がひび割れたガラスのように明滅している。聖女システムの暴走。あれを放置すれば、世界規模の崩壊さえあり得る。
(ゲームなら、ここでバッドエンド確定ですわね)
けれど今、盤面の中にいるのはプレイヤーではなく、この身体だ。
「見捨てるのは、たやすいのですわ」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「あの国はわたくしを断罪し、爵位を奪い、命まで狙いましたもの。恨み言を並べるなら、いくらでもあります」
重臣たちが息を呑む。
「ですが、あれでもわたくしの生まれた国です。聖女システムが壊れれば、他国まで巻き込みます。世界のバランスが崩れるのは、さすがに業務外ですわ」
前世社畜の習性は、転生しても抜けないらしい。
「だから――行きます。元婚約者の国ごと、後始末をしに」
ユリウス殿下の口元がわずかに緩んだ。
「よし。ヴァレンティア軍はグランベルトへ進軍する。指揮は俺とレイチェルだ」
◇
国境を越えた瞬間、空気が変わった。
薄曇りの空の下、遠くから魔物の咆哮と悲鳴が重なり、大地の魔力がひどく歪んでいるのがわかる。
「レイチェル様、前方に魔物の大群です!」
斥候のルカが馬を駆って戻ってくる。
「グランベルト軍だけじゃ、押し切れてません!」
「なら、こちらで支援しますわ」
わたくしは馬車から飛び降り、杖を地面に突き立てた。
「広域防御結界、展開」
光の波紋が戦場一帯を包み込み、こちら側からの攻撃だけを通す盾を形作る。突撃してきた魔物が、透明な壁に弾かれていった。
「うわ……」
「感心はあとです、ルカ。今は数を減らしますわよ」
結界に守られたヴァレンティア兵が前進し、魔物を次々と斬り伏せる。その向こうで、グランベルト兵たちが呆然とこちらを見ていた。鎧の紋章も号令も、かつてわたくしが整えた軍制そのままだ。
懐かしさを、奥歯で噛み砕く。
「殿下、魔力の流れを解析しました。暴走の中心は王都、大聖堂の地下です」
「聖女と教会の巣か」
ユリウス殿下が目を細める。
「前線は将軍たちに任せる。俺とレイチェル、それから少数精鋭で大聖堂へ突入する」
そうして、わたくしたちは王都へと駆けた。
◇
ルミエル大聖堂の地下は、半ば崩れかけていた。
床いっぱいの巨大な魔法陣にはひびが走り、中心の祭壇から白い光が吹き上がっている。折れた増幅柱の足元には、神官たちが転がっていた。
その祭壇の上に、聖女服の少女が縛られるように座らされている。
「エリス様」
全身を光に灼かれたように震えながら、彼女はそれでも祈りの姿勢を保とうとしていた。
「レイチェル……来ちゃだめ。わたし、もう制御できない……」
「一人で抱え込むから、こうなったのでしょう」
わたくしは祭壇に近づき、彼女の手を握る。溢れ出す光が、皮膚を焼くように熱い。
「聖女は本来、どこの国の所有物でもありませんわ。それを鎖で繋いで、王冠の飾りにした人たちがいるだけです」
瓦礫の下でうめいている大司教に視線を送りつつ、魔力を流し込む。
「どうせ私は代わりなんでしょ。あなたが捨てられたから、仕方なく選ばれただけ」
エリスのつぶやきは、絶望そのものだった。
「いいえ」
わたくしはきっぱりと言う。
「あなたは悪女なんかではありません。ただ、弱さを利用された被害者ですの」
エリスの瞳が揺れた。
「だから今は、仕事を分担しましょう。社畜の先輩として、残業のお手伝いくらいはして差し上げますわ」
彼女がかすかに笑う。その隙に、わたくしは暴走した光を自分の結界で包み、世界の魔力線へと迂回させていく。
「出力制限、再配分完了。これで、聖女システムは一旦停止ですわ」
嵐のようだった光が落ち着き、エリスは糸の切れた人形のように崩れ落ちた。わたくしはそっと受け止める。
「レイチェル……」
背後から聞こえた声に振り返ると、剣を杖代わりにしたエドワード殿下が立っていた。金の髪は埃にまみれ、あの頃の余裕は影もない。
「ここまでしてくれるとは、思わなかった」
「わたくしも、ここまで大事にする予定ではありませんでしたわ」
肩をすくめると、彼はぎゅっと唇を噛み、跪いた。
「国王陛下と重臣たちの前で、もう一度言わせてほしい。レイチェル・アルノー。僕は君を断罪し、追放し、命まで奪おうとした。すべての責任は僕にある。許される資格はないが、それでも謝らせてほしい。本当に、すまなかった」
静まり返った地下聖堂に、その言葉だけが響く。
わたくしはゆっくりと息を吐いた。
「謝罪は受け取りますわ、殿下。あの頃のわたくしも、従順でいすぎましたもの」
彼の肩がわずかに震える。
「ですが、もう一つ」
わたくしは背後にいるユリウス殿下の気配を意識しながら続けた。
「わたくしはすでにグランベルトの公爵令嬢でも、殿下の婚約者でもありません。ヴァレンティア王国の客将としてここに立っています」
「……ああ」
「今後、わたくしに何かを求めるなら、元婚約者ではなく、一つの国に助けを請うつもりでどうぞ」
エドワード殿下は顔を上げられないまま、小さくうなずいた。
これで一区切りだ。学園の断罪の日から続いていた鎖は、ようやく外れた。
崩れかけた天井の隙間から、薄い光が差し込む。
(あとは、わたくし自身の未来をどうするか、ですわね)
――その答えを、後日とんでもない形で突きつけられることになるのだけれど。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
第9話は「悪役令嬢、元婚約者の国ごと後始末する回」でしたが、楽しんでいただけましたでしょうか。
やっとエドワードとは一度、きちんと清算できました。
断罪から始まった物語が、「国ごと救う」という形で一区切りつくのは、
レイチェルの社畜根性(?)と、読者さまの応援あってこそです。
もし少しでも
「レイチェル、かっこいい!」
「エリス守ってあげたくなる……」
「元婚約者よ、その土下座をもっと早くしておけば……!」
などなど感じていただけたら――
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次回は、国を救ったレイチェルに“とんでもない形”で訪れる転機のお話。
公開プロポーズ(?)な展開を予定していますので、
よろしければこれからもお付き合いくださいませ!
ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。
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