表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/11

第9話 悪役令嬢、元婚約者の国を救う

 ヴァレンティア王宮の作戦室に、重い沈黙が落ちていた。


「グランベルト王国より、正式な救援要請だ」


 ユリウス殿下が書状を卓上に置く。赤い封蝋は、わたくしの生まれ育った国の紋章だった。


 王と重臣たちは、ひとしきり利害だけを並べ立てる。そのあとで、ユリウス殿下が静かにわたくしを見た。


「――きみが決めるといい、レイチェル。あの国を助けるのかどうか」


 そう来ると思っていた。


 壁の魔力地図では、グランベルト一帯がひび割れたガラスのように明滅している。聖女システムの暴走。あれを放置すれば、世界規模の崩壊さえあり得る。


(ゲームなら、ここでバッドエンド確定ですわね)


 けれど今、盤面の中にいるのはプレイヤーではなく、この身体だ。


「見捨てるのは、たやすいのですわ」


 自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。


「あの国はわたくしを断罪し、爵位を奪い、命まで狙いましたもの。恨み言を並べるなら、いくらでもあります」


 重臣たちが息を呑む。


「ですが、あれでもわたくしの生まれた国です。聖女システムが壊れれば、他国まで巻き込みます。世界のバランスが崩れるのは、さすがに業務外ですわ」


 前世社畜の習性は、転生しても抜けないらしい。


「だから――行きます。元婚約者の国ごと、後始末をしに」


 ユリウス殿下の口元がわずかに緩んだ。


「よし。ヴァレンティア軍はグランベルトへ進軍する。指揮は俺とレイチェルだ」


     ◇


 国境を越えた瞬間、空気が変わった。


 薄曇りの空の下、遠くから魔物の咆哮と悲鳴が重なり、大地の魔力がひどく歪んでいるのがわかる。


「レイチェル様、前方に魔物の大群です!」


 斥候のルカが馬を駆って戻ってくる。


「グランベルト軍だけじゃ、押し切れてません!」


「なら、こちらで支援しますわ」


 わたくしは馬車から飛び降り、杖を地面に突き立てた。


「広域防御結界、展開」


 光の波紋が戦場一帯を包み込み、こちら側からの攻撃だけを通す盾を形作る。突撃してきた魔物が、透明な壁に弾かれていった。


「うわ……」


「感心はあとです、ルカ。今は数を減らしますわよ」


 結界に守られたヴァレンティア兵が前進し、魔物を次々と斬り伏せる。その向こうで、グランベルト兵たちが呆然とこちらを見ていた。鎧の紋章も号令も、かつてわたくしが整えた軍制そのままだ。


 懐かしさを、奥歯で噛み砕く。


「殿下、魔力の流れを解析しました。暴走の中心は王都、大聖堂の地下です」


「聖女と教会の巣か」


 ユリウス殿下が目を細める。


「前線は将軍たちに任せる。俺とレイチェル、それから少数精鋭で大聖堂へ突入する」


 そうして、わたくしたちは王都へと駆けた。


     ◇


 ルミエル大聖堂の地下は、半ば崩れかけていた。


 床いっぱいの巨大な魔法陣にはひびが走り、中心の祭壇から白い光が吹き上がっている。折れた増幅柱の足元には、神官たちが転がっていた。


 その祭壇の上に、聖女服の少女が縛られるように座らされている。


「エリス様」


 全身を光に灼かれたように震えながら、彼女はそれでも祈りの姿勢を保とうとしていた。


「レイチェル……来ちゃだめ。わたし、もう制御できない……」


「一人で抱え込むから、こうなったのでしょう」


 わたくしは祭壇に近づき、彼女の手を握る。溢れ出す光が、皮膚を焼くように熱い。


「聖女は本来、どこの国の所有物でもありませんわ。それを鎖で繋いで、王冠の飾りにした人たちがいるだけです」


 瓦礫の下でうめいている大司教に視線を送りつつ、魔力を流し込む。


「どうせ私は代わりなんでしょ。あなたが捨てられたから、仕方なく選ばれただけ」


 エリスのつぶやきは、絶望そのものだった。


「いいえ」


 わたくしはきっぱりと言う。


「あなたは悪女なんかではありません。ただ、弱さを利用された被害者ですの」


 エリスの瞳が揺れた。


「だから今は、仕事を分担しましょう。社畜の先輩として、残業のお手伝いくらいはして差し上げますわ」


 彼女がかすかに笑う。その隙に、わたくしは暴走した光を自分の結界で包み、世界の魔力線へと迂回させていく。


「出力制限、再配分完了。これで、聖女システムは一旦停止ですわ」


 嵐のようだった光が落ち着き、エリスは糸の切れた人形のように崩れ落ちた。わたくしはそっと受け止める。


「レイチェル……」


 背後から聞こえた声に振り返ると、剣を杖代わりにしたエドワード殿下が立っていた。金の髪は埃にまみれ、あの頃の余裕は影もない。


「ここまでしてくれるとは、思わなかった」


「わたくしも、ここまで大事にする予定ではありませんでしたわ」


 肩をすくめると、彼はぎゅっと唇を噛み、跪いた。


「国王陛下と重臣たちの前で、もう一度言わせてほしい。レイチェル・アルノー。僕は君を断罪し、追放し、命まで奪おうとした。すべての責任は僕にある。許される資格はないが、それでも謝らせてほしい。本当に、すまなかった」


 静まり返った地下聖堂に、その言葉だけが響く。


 わたくしはゆっくりと息を吐いた。


「謝罪は受け取りますわ、殿下。あの頃のわたくしも、従順でいすぎましたもの」


 彼の肩がわずかに震える。


「ですが、もう一つ」


 わたくしは背後にいるユリウス殿下の気配を意識しながら続けた。


「わたくしはすでにグランベルトの公爵令嬢でも、殿下の婚約者でもありません。ヴァレンティア王国の客将としてここに立っています」


「……ああ」


「今後、わたくしに何かを求めるなら、元婚約者ではなく、一つの国に助けを請うつもりでどうぞ」


 エドワード殿下は顔を上げられないまま、小さくうなずいた。


 これで一区切りだ。学園の断罪の日から続いていた鎖は、ようやく外れた。


 崩れかけた天井の隙間から、薄い光が差し込む。


(あとは、わたくし自身の未来をどうするか、ですわね)


 ――その答えを、後日とんでもない形で突きつけられることになるのだけれど。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

第9話は「悪役令嬢、元婚約者の国ごと後始末する回」でしたが、楽しんでいただけましたでしょうか。


やっとエドワードとは一度、きちんと清算できました。

断罪から始まった物語が、「国ごと救う」という形で一区切りつくのは、

レイチェルの社畜根性(?)と、読者さまの応援あってこそです。


もし少しでも

「レイチェル、かっこいい!」

「エリス守ってあげたくなる……」

「元婚約者よ、その土下座をもっと早くしておけば……!」

などなど感じていただけたら――


評価★やブックマーク、感想をポチっとしていただけると、とても励みになります!


この作品は、皆さまの応援があるほどランキングに乗りやすくなり、

続きもさらに張り切って書けます。

「更新の燃料=あなたの一票」と思っていただければ嬉しいです。


次回は、国を救ったレイチェルに“とんでもない形”で訪れる転機のお話。

公開プロポーズ(?)な展開を予定していますので、

よろしければこれからもお付き合いくださいませ!


ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。

ぜひ、評価・ブックマークで応援していただけると泣いて喜びます!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ