第7話 国境会談と、元婚約者との決別
国境要塞の空気は冷たく重い。ヴァレンティアの白旗と、グランベルトの金旗が、風の中で向かい合ってはためいていた。
会談用の大きな天幕へ向かう途中、隣を歩くユリウス殿下が小声で尋ねる。
「震えてないか?」
「まさか。こんなに分かりやすく敵意を向けてくださる相手、仕事としてはやりやすい方ですわ」
「そういうところ、本当に肝が据わってるよな」
心臓はうるさいほど鳴っていた。これから会うのは、かつての婚約者と、私を断罪した国。その震えを、私はハイヒールの音で踏み潰す。
天幕に入ると、円卓の向こうに彼がいた。
グランベルト王太子エドワード。かつて並び立つと信じていた人は、今や遠い他国の王族だ。その隣には白い聖女服の少女――異世界聖女エリス。怯えた顔と、その奥に潜む嫉妬が、あの夜と何も変わっていない。
「レイチェル……?」
名前を呼ばれても、胸はもう痛まなかった。私は一礼し、淡々と名乗る。
「ヴァレンティア王国客将、レイチェル・アルノー。わたくしの身柄と両国の行く末について、話し合いに参りました」
ざわめきが走る。「元公爵令嬢」ではなく「他国の客将」。その肩書きだけで、彼らの表情は十分に揺れた。
祖国の大臣が机を叩く。
「重大な罪で国外追放となった者を保護し要職を与えるとは、ヴァレンティアは正気か!」
ユリウス殿下は肩をすくめ、飄々と言い返した。
「そちらが捨てるほどの宝を、うちが拾っただけだ。廃棄物か宝石か、評価が違うだけだろう?」
殺気をはらむ視線が交錯する中、私は静かに口を開く。
「では、その“重大な罪”とやらの確認から始めましょうか」
机上の書類を指先で軽く叩く。
「こちら、私の横領を示す証拠とのことですが……この税収報告の書式、覚えておいでですか? 三年前から新様式に変わっておりますわね。にもかかわらず、ここにあるのは旧様式。日付と書式が矛盾しております」
「な……」
「署名欄の筆跡も、担当官のものとは明らかに違う。おまけに、聖女様への毒入り菓子に使われたとされる薬草は、加熱で毒性が飛ぶ種類。スイーツとして提供して効果を出すには、生のまま山ほど食べていただく必要がございます。随分と斬新なレシピですこと」
数人の貴族が青ざめ、侍従長は額に汗を浮かべた。
エドワードが震える声で問う。
「じゃあ……あの時の証拠は、偽物だと言うのか?」
「殿下がどこまでご存じだったのか、私には分かりません。ただ、あの断罪があまりにも雑な仕込みであったことだけは確かですわ」
卒業パーティーで、私は沈黙と服従を選んだ。処刑を避けるために。今は第三者として、冷静に欠陥を指摘できる。
沈黙を破ったのは、エリスだ。
「でも……私、本当に怖かったんです。レイチェル様がいつも冷たくて、皆も『あの人は危ない』って……!」
涙を浮かべた瞳が私をなぞる。守られる側にいることしか知らない少女。その不安を、私は理解はできても、もう抱きしめてやる気はなかった。
「恐れさせていたのなら、私の至らなさです。ですが――」
私はきっぱりと言い切る。
「聖女様が怖がったという“感情”を理由に、証拠を捏造して人を断罪してよい道理はありません」
ユリウス殿下が、空気を切るように声を上げた。
「話を戻そう。そちらはレイチェルの身柄の引き渡しを要求しているが、その方針は変わらないか?」
「無論だ!」重臣が吠える。「彼女は女神の前で裁かれるべき罪人だ!」
私は席を立ち、ヴァレンティアの紋章入りマントを翻した。旧い私と、新しい私を分ける境界線が揺れる。
「申し訳ありませんが、私はもうグランベルトの臣下ではございません。殿下の婚約者でもない。ヴァレンティア王国の客将として、この場に立っています」
エドワードの表情が歪む。
「レイチェル、本当に……戻る気はないのか?」
学園で理想を語っていた少年の姿が一瞬よぎる。愚かで、視野が狭くて、それでも国を良くしようとしていた少年王子。けれど、その彼が私を切り捨てたのだ。
「はい。今さら謝罪されても、戻る気はございません」
穏やかな声で、決定的な一線を引く。
「殿下ご自身の言葉で、私との婚約と、この国への忠誠を捨てさせたのです。追放という形で。ならばどうか、最後までその決断に責任をお取りくださいませ」
エドワードの肩から力が抜ける。あの日の言葉の重さが、ようやく彼の上に落ちたのだろう。
「グランベルトが今後も私を罪人と呼ぶなら、それも結構。ですがヴァレンティアは、私を有能な人材として扱ってくださっている。どちらの判断が国の未来にとって正しかったか――いずれ歴史が証明してくれるでしょう」
ユリウス殿下が満足げに笑った。
「聞いたな。なら、本日の会談はこれで終いだ。続きは、互いの国の行動で示そう」
椅子が一斉に引かれ、会談は形式的な合意もなく終わる。
天幕を出ると、鋭い風が頬を打った。両国の軍旗が、先ほどよりも激しくはためいている。
「お疲れ、レイチェル。最高だったよ」殿下が片目をつぶる。
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
灰色の空を見上げる。聖女システムの歪み、女神の加護の揺らぎ、きしむ祖国。その全てが、やがて一つの線で結ばれる予感がした。
――どうかこれ以上、誰も無駄に死にませんように。そして今度こそ、私自身の選んだ結末へ辿り着けますように。
私は、凍える空気の中でそっと祈りを捧げた。
第7話までお付き合いありがとうございます!
ついに国境会談&元婚約者との正式決別回でした。
ざまぁ成分強めのすっきり回だったと思いますが、書いている側としては
「ここまで言って大丈夫かレイチェル!?」と内心ヒヤヒヤしつつも
ずっと温めていた“言い返し”をようやく叩きつけられて満足しています。
ここから先は、
・グランベルト側の逆ギレ&悪あがき
・聖女システムの闇の本格的な掘り下げ
・そしてユリウス殿下との距離がじわじわ縮まる恋愛パート
を、テンポよくお届けしていく予定です。
「続きが気になる」「レイチェル頑張れ!」「ユリウス殿下推せる!」と
少しでも思っていただけましたら、
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次回以降も「国ごと救う羽目」なレイチェルを、どうぞ見守ってやってください!




