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第6話 宣戦布告と悪役令嬢の囮計画

 ヴァレンティア王都の謁見の間で、私は一通の封書を見つめていた。


 厚手の羊皮紙、無駄に豪華な封蝋、妙に気取った筆跡。


(うわ、懐かしい。グランベルト宮廷文書部のセンスそのままですわ)


 第二王子ユリウス殿下が術式を確かめてから、封を切る。


「……グランベルト王ユージーンより。我が国が不当に匿う元王太子妃候補レイチェル・アルノーの身柄を、速やかに引き渡せ。応じぬ場合、友好関係は破棄し……」


 そこで殿下は読み上げを切り、鼻で笑った。


「要約すると『女を寄こせ、さもなくば戦』だな」


(はい出ました、責任を全部人に押しつけるパターン)


 玉座の上のヴァレンティア王カリスト陛下が、小さく息を吐いた。


「レイチェル嬢。そなたの祖国は、ずいぶん乱暴な要求を寄越す」


「お恥ずかしい限りでございますわ、陛下」


 私は礼をとる。


「ですが、あれでも必死なのでしょう。聖女の加護は乱れ、魔物は増え、税収も落ちている。そこで分かりやすい悪役として、私とヴァレンティアを選んだ……」


 側で腕を組んでいたレナ所長が、ふんと笑う。


「自分達でバグだらけのシステム作っといて、世界にエラーメッセージ投げてる感じね」


「所長、分かりやすすぎますわ」


「いずれにせよ、要求に応じる気はない」


 陛下の声が、空気を引き締めた。


「我が国は、一度迎えた客人を、他国の都合で差し出したりはせぬ。それはヴァレンティアの矜持だ」


 ユリウス殿下が、私に視線を向けた。


「問題はその後だ。向こうは、このままでは引き下がらない」


「聖女様とやらを掲げ、『女神の名のもとに悪役令嬢と敵国を討つ』。戦を望む人達には、最高のスローガンですわね」


 軍の将が口を開く。


「ならばこちらも、はっきり拒絶しよう。身柄引き渡し要求は即時却下、これ以上の侮辱があれば剣を取る、と」


「待ってくださいませ」


 気づけば、私は一歩前に出ていた。


 視線が集まり、心臓がきゅっと縮む。それでも、逃げるつもりはない。


「戦の口実を、向こうの思い通りにはさせたくありません」


 陛下が顎で続きを促す。


「どういう策だ、レイチェル嬢」


「はい。……私を、逆に利用するのはいかがでしょうか」


「ほう」


 ユリウス殿下の目が細くなる。


「グランベルトは、私の身柄を欲しがっています。ならば国境での会談をこちらから提案し、囮として私を前に出す。

 誰がどこまで私を憎んでいるのか、聖女陣営と貴族、王家の思惑が一致しているのか。顔を合わせれば、見えてくるものも多いはずです」


 陛下が腕を組んだ。


「敵の腹を探るための餌、というわけか」


「言い方が少々物騒ですが、概ねその通りですわ。どうせ向こうでは、私はもう悪役令嬢ですし」


 軽く流したつもりの言葉に、ユリウス殿下の声が鋭く重なった。


「軽々しく言うな」


 その声音に、思わず背筋が伸びる。


「きみは、『どうせ』と言うがな、レイチェル。グランベルトがどう評価しようと、ヴァレンティアにとっては貴重な顧問だ。俺は、きみを餌だの囮だのと呼びたくない」


 会議の空気が、すっと静まる。


「殿下」


 王がわずかに笑みを浮かべる。


「お前がそこまで言う人材を、私が手放すつもりはない。だが、策としては理にかなっている。

 危険を抑える前提でなら、国境会談を受けてもよいだろう」


 重臣達がざわめき、護衛や結界の案が飛び交い始める。


 私は一礼して一歩下がり、そっと息を吐いた。


(言ってしまいましたわね)


 それでも、前世のデスクで倒れた時よりはずっとマシだ。


 こうして、私を囮にした国境会談が正式に決まった。


     ◇


 会議のあと、私は王城のバルコニーで風に当たっていた。


 夕暮れのヴァルネアは、石造りの家々に灯りが点り始めている。


「逃げるなら今だぞ」


 背後から聞こえた声に振り向くと、柱にもたれているユリウス殿下がいた。


「殿下がそんなことをおっしゃるとは」


「冗談だ。……だが、まだ別の策を考える余地はある。グランベルトへの憎しみで、自分を危険に投げ込む必要はない」


「憎しみ、ですか」


 私は欄干に肘を置き、国境の方角を見やる。


「もちろん、怒りはありますわ。断罪も追放も、口封じの襲撃も」


「でも、それ以上に……うんざりしているのです」


 言葉が、自分でも驚くほどすらりと出てきた。


「前の世界でも今の世界でも、無能な上の人間が、自分では何も変えずに、現場だけ壊していくのを見てきました。

 聖女システムも、まさにそうですわ。仕様書も読まずにボタンだけ押して、世界ごと巻き込んでいる」


 殿下が目を瞬く。


「前の世界?」


「あ」


 またうっかり前世ワードを口にしてしまい、慌てて口元を押さえる。


 けれど殿下は、問い詰めるでもなく、薄く笑った。


「きみがどこから来たにせよ、今ここで怒っている理由は理解できる」


 そして、真剣な目でこちらを見る。


「レイチェル。俺は、きみを武器としてではなく、対等な味方として選んだ。二度と、誰かの都合で捨てたりはしない」


 胸の奥が、じくりと熱くなる。


 そんなふうに言葉を向けられることに、まだ慣れていない私は、つい視線をそらした。


「お言葉は光栄ですわ、殿下。ですが私も悪役令嬢ですので」


「ん?」


「利用できるものは、きっちり利用させていただきます。殿下の信頼も、この国の軍も。グランベルトと世界の炎上案件を片付けるために」


 ユリウス殿下が、愉快そうに笑う。


「望むところだ。きみが前に立つなら、俺は後ろから支える」


「頼もしいお言葉ですこと」


 視線の先、遠くかすんだ空の向こうに、私を断罪し、追放した国がある。


(さて。悪役令嬢らしく、きっちり幕を上げて差し上げましょうか)


 そう心の中でつぶやきながら、私はそっと拳を握りしめた。        

ここまで第6話を読んでくださって、ありがとうございます。


今回はついに、グランベルトからの宣戦布告と、レイチェルが自ら囮になると申し出る回でした。

断罪してきた祖国を前に、それでも感情だけで動かず、きっちり「悪役令嬢として利用できるものは利用する」スタンスを貫くレイチェルを書いていて、作者としても胸が熱くなりました。


そして個人的には、ユリウスが

「餌だの囮だのと呼びたくない」

と、レイチェルを対等な味方として扱う場面が、かなりの推しポイントです。

恋愛としての距離はまだ遠いけれど、信頼だけはがっつり積み上がってきたかな、と思っています。


次回は、国境会談に向けての準備と、いよいよ聖女陣営との本格的な対立の気配が見えてくる予定です。

政治的な駆け引きと、じわじわ進む恋愛フラグ、どちらも楽しんでいただけたらうれしいです。


もし少しでも続きが気になる、レイチェルとユリウスを応援したいと思っていただけましたら、

ブックマークや評価をポチっとしていただけると、本当に励みになります。

感想も一言でもすごく力になります。


ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。

それでは、次話でまたお会いできますように。

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