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第4話 聖女システムと十年前の光

 灰銀塔の書庫は、紙とインクと、少しだけカビの匂いがする。


 私は大きなテーブルに古文書を積み上げ、片っ端からページを繰っていた。


(魔導研究所に来て早々、ひたすら資料読み……まあ、前世のブラック企業よりはマシかしら)


「レイチェル様、目が怖くなってきましたよ」


 向かいの席から、ルカがそっと蜂蜜パンの袋を差し出す。


「休憩しません? さっきからページめくる音しかしません」

「ありがとうございます。けれど今、良いところなのですわ」


 私はパンを受け取りつつ、開いていた一冊を指さした。


「聖女とは、いかなる国にも属さぬ調停者。世界の魔力が偏ったとき、その身に引き受けて浄化し、再分配する……」

「世界の、安全装置みたいな役目ってことですか?」

「ええ。本来は、国の持ち物ではありませんの」


 ページをめくると、別の記述が目に入る。


「聖女を独占した国は、例外なく他国と争い、そして大きな代償を払った、ですって。嫌な前例ですわね」

「グランベルト、めちゃくちゃ当てはまりません?」

「だから調べているのですわ」


 私は別の巻物を手に取り、「十年前」と記された項目を探した。


 ――隣国グランベルトと同盟諸国の大規模戦争。その最中、戦場一帯を包む光柱が発生。両軍の魔力と武具が一時的に無効化され、直後、各地で魔力乱流を観測。


 さらに添えられた付箋には、灰銀塔の研究員が走り書きしたメモが残っていた。


「……ありましたわ。聖女召喚陣の痕跡」

「召喚、って、異世界から呼ぶアレですよね?」

「ええ。十年前のあの光は、未完成な聖女召喚が暴走した結果。呼び出された聖女は定着しきらないうちに、世界側が強制停止した……そんなところでしょうね」

「世界側、ってさらっと怖い言い方を」

「他に呼びようがありませんもの。女神様か、世界システムか。ともかく、上の誰かが非常停止ボタンを押したと考えるのが妥当ですわ」


(そして今、仕様書も読まずに続きを動かそうとしているのが、うちの元婚約者たち)


 私は大きく息を吐き、本を閉じた。


「まとめましたわ。殿下と所長に、報告に行きましょう」


   ◇


 会議室の長机を挟んで、ユリウス殿下とレナ所長が座っていた。


「で、読書魔導士殿の結論は?」

「所長、その呼び方やめませんこと」


 思わず眉をひそめつつ、私は用意したメモを机の中央に置く。


「本来の聖女は、中立の調停者です。世界全体の魔力バランスを整えるための存在。どの国にも属さないのが前提」


 殿下が静かにうなずき、続きを促す。


「ですがグランベルトは、聖女エリス様を王家と教会の象徴に据え、事実上、自国専用の加護装置にしています。そのせいで、あの国の上空だけ光属性がだぶつき、周囲とのバランスが崩れ始めているようですわ」


 テーブル中央の立体地図に埋め込まれた魔力石が、グランベルトの位置で不安定に明滅している。


「十年前の戦争で起きた光は、未熟な聖女召喚の暴走。その後始末を世界が半ば強引にやった結果、各地に乱流が残った。今の聖女システムの歪みも、その延長線上にあります」

「つまり、このまま放っとくと?」


 レナ所長が顎に手を当てる。


「どこかで大きな揺り戻しが来ますわ。まずグランベルトが吹き飛び、その余波で周辺諸国も巻き添え……世界ごとゲームオーバー、という未来が」

「物騒な例えだが、状況は分かった」


 ユリウス殿下が指先で地図をなぞり、私の国と、この国を線で結ぶ。


「きみの元いた国が自滅するのを眺めている、という選択もある」

「正直、ちょっとだけ惹かれますわね。ですが、それではこちらも被害を受けますし」


 それに、と心の中で付け加える。


(生まれ育った国を、本気で世界ごとろくでもないエンドにするのは、さすがに後味が悪い)


「なので提案がありますの」


 私は姿勢を正し、殿下を見据えた。


「聖女システムそのものを、本来の仕様に戻す。聖女は国の所有物ではなく、世界の調停者。各国は『借りる』側だと、ルールを書き換えるのです」

「そんなことができるのか?」

「理論構築は所長にお任せしますわ。私は、関係各国を巻き込んで運用ルールを作り直す担当で」

「おい、それ一番大変なやつだろ」


 殿下が苦笑する。その視線は、しかし面白がっているようにも見えた。


「レイチェル。きみは、自分がどれだけ面倒な役割を買って出ているか分かっているか」

「もちろんですわ。だからこそ、条件をひとつ」


 私は椅子から立ち上がり、長机越しに言葉を投げる。


「グランベルトが私を取り戻そうとしても、ヴァレンティアは、私を一人の人間として守ってくださいませ。私はもう、あの国の駒ではありません」


 一瞬の沈黙のあと、ユリウス殿下も立ち上がる。


「約束しよう。俺はきみを駒としてではなく、対等な味方として扱う。二度と、勝手に捨てたりしない」


 真正面から告げられた言葉に、心臓がどきりと跳ねた。


(ずるいですわ、そういうまっすぐな台詞)


 私はいつもの悪役令嬢スマイルで、なんとか表情をつくる。


「では殿下。世界規模の炎上案件、しっかり一緒に消火していきましょう」

「望むところだ、レイチェル」


   ◇


 その夜、私は観測室の窓から、星の少ない空を見上げていた。


 立体地図の上で、グランベルトの光だけが、相変わらず不安定に瞬いている。


「本当に、間に合いますわよね」


 ぽつりとこぼした声に、自分で小さく笑う。


「悪役令嬢ですもの。どうせなら、エンドロールの内容くらい、自分で選ばせてほしいですわ」


 揺れる光は何も答えない。ただ、遠い空の向こうで、少しだけ強く瞬いた気がした。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。

第4話では、聖女システムの本来の役割や、十年前の光の正体に少し踏み込んでみました。


レイチェルの中では

「平穏に暮らしたい」

「でも、分かってしまった以上は放っておけない」

という気持ちがせめぎ合っていて、そこにユリウス殿下の言葉や態度が絡んで、じわじわと関係が動き始めています。


今後は

・グランベルト側の動き

・聖女エリスがどう巻き込まれていくのか

・レイチェルとユリウス殿下の距離感

あたりを、恋愛要素も増やしつつテンポ良く描いていく予定です。


もし少しでも

「続きが気になる」

「レイチェルがんばれ」

「ユリウス殿下好きかもしれない」

などと思っていただけましたら、


・ブックマーク

・評価

・感想


を入れていただけると、ものすごく励みになります。

ひとつひとつの反応が、この作品を続けるための大きな支えと、ランキングに挑戦するための力になります。


次回も、何回でも読み返したくなるような物語を目指して書いていきますので、よろしければお付き合いください。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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