第2話 国外追放と、黒髪王子の提案
がたん、と馬車が大きく揺れて、私は天井をにらんだ。
(……絶対、わざと荒い道を選んでるわね)
窓もない護送用の馬車。外からは、護衛騎士たちの笑い声が聞こえる。
「悪役令嬢様も、これでおしまいだな」
「婚約者に毒なんて盛ろうとするからだ。ざまあみろってやつだ」
はいはい、どうせなら当人に聞こえないところで言ってほしい。
(毒なんて盛ってないし。むしろあんたたちの上司が話を盛ってるのよ)
私の名前はレイチェル・アルノー。つい数時間前まで、グランベルト王国の公爵令嬢であり、王太子エドワードの婚約者だった。
今はただの、国外追放される女。
(……前世から数えて、昇進どころかまた降格って、なかなかの人生よね)
前世では社畜OL。デスクで倒れて、そのままゲームそっくりの世界に転生して、公爵令嬢コース。
けれどこの世界は、乙女ゲーム『光の聖女と四つの王冠』。私はよりにもよって、断罪されて死ぬ悪役令嬢ポジションである。
(だからシナリオを変えようと、あんなに頑張ったのに)
学園では聖女エリスを庇い、派閥貴族の暴走も止めて、内政の改善案まで出した。
それでも卒業パーティーで、王太子は台詞通りに叫んだのだ。
『今日限りで、僕は君との婚約を破棄する!』
で、私はと言えば。
『では、これで晴れて他人ですね。二度と私の前に現れないでくださいませ、殿下』
笑顔でそう言い返し、場を凍り付かせた。
(あれは我ながら会心の一撃だったわ)
爵位剥奪、全財産没収、国外追放。処刑じゃないだけマシと、自分に言い聞かせる。
そんなことを考えていたとき、馬車が急に減速した。
「……止まった?」
外から、聞き慣れない足音と、低い声がする。
「目標はあの女だ。護送隊ごと片付けろ」
ぞくりと背筋が冷えた。
(やっぱり口封じコース来た)
私は即座に魔力を練り、手をかざす。
「結界」
透明な壁が馬車を包んだ直後、矢と火球が雨のように降り注ぐ。すべて結界に弾かれたが、すぐに内側まで軋む。
「なんだこの光は!」
「護送対象が結界を張ってるだと!?」
(こっちだって護衛頼まれた身だったのよ。魔導士くらいできるわ)
とはいえ相手の魔力も相当らしい。結界の表面にひびが走る。
「……しつこい」
さらに魔力を重ねながら、私は歯噛みした。
(国外追放って言ったなら、せめて目的地までは責任持ちなさいよ、王宮)
そのとき、空気が変わった。
冷たい風が一陣。次の瞬間、外から悲鳴が上がる。
「影が、動いている!?」
「ぐあっ!」
闇色の風刃が地面を駆け、黒装束たちをまとめて薙ぎ払っていくのが、結界越しに見えた。
(……闇と風。見覚えのある属性ね)
やがて外が静まり返り、こん、と馬車の扉が軽く叩かれる。
「中のご令嬢。危険は排除した。結界を少しだけ解いてくれ」
落ち着いた低い声だった。さっきまでの刺客の怒鳴り声とは違う。
私は逡巡しつつも、外側の結界だけを解く。
扉が開いた。
逆光の中に立っていたのは、黒に近い濃紺の髪の青年。琥珀色の瞳が、じっと私を見下ろしている。
「……学園の大講堂で、柱の陰からこちらを眺めていた方ですね」
私がそう言うと、青年はゆるく口元をゆがめた。
「覚えていてくれたとは光栄だ。自己紹介がまだだったな。俺はユリウス・ヴァレンティア。ヴァレンティア王国第二王子だ」
やっぱり。
(闇と風の王子、ユリウス。ゲームでは敵にも味方にもなる、危険なルートの攻略対象)
私はドレスの裾をつまみ、追放された身らしく簡素に一礼した。
「私はレイチェル・アルノー。元グランベルト公爵令嬢、つい先ほど悪役令嬢として追放された女です」
自嘲気味に告げると、彼の護衛らしい騎士たちがざわめいた。
ユリウスは、面白がるように目を細める。
「自分で悪役令嬢を名乗るとは、なかなか趣味がいい」
「他に呼び方がありませんもの。少なくとも、グランベルトでは」
「そうか。だが――」
彼は周囲に転がる黒装束と、青ざめた護送兵たちを一瞥した。
「ここはもう、グランベルトの管理が及ばない境界線上だ。彼らが勝手にきみを始末しようとしていた証拠も、十分に集まった」
「……助けていただいたことには感謝します。ですが、敵国の王子に命を拾われるなんて、皮肉ですね」
「敵国、か」
ユリウスは小さく肩をすくめた。
「俺は自国を脅かす愚かな隣国を敵と呼ぶが、目の前の女性をそう呼ぶつもりはない」
「そうやって口のうまい人は、前の職場で散々見ましたので」
「職場?」
「あ、いえ。前世の話です」
ぽろっとこぼした私の言葉に、彼の目がきらりと光る。余計な興味を引いた気がして、私は内心頭を抱えた。
けれどユリウスは、ただ静かに笑みを深めるだけだった。
「面白いな、レイチェル・アルノー」
名前を、丁寧に呼ばれる。その声音に、胸がわずかに揺れた。
「きみがグランベルトで悪役令嬢として不要になったのなら――」
彼は真っ直ぐに私を見据える。
「俺の国で、悪役令嬢のまま働いてみないか?」
「……はい?」
「きみの魔力と頭脳は、捨てるには惜しい。我がヴァレンティア王国に来れば、客人として……いや、国の顧問として迎えよう」
予想外すぎる申し出に、私は言葉を失った。
ゲームの中で、悪役令嬢はここでただ死ぬだけのモブだったはずだ。
でも今、私の前には、確かに別の道が差し出されている。
(……前世より、だいぶ面白くなってきたかもしれない)
鼓動を落ち着けるよう深呼吸してから、私は口を開いた。
「その条件、詳しく聞かせていただけます?」
ユリウスは満足そうに微笑む。その笑みを見ながら、私は直感していた。
この一言が、私と、二つの国の運命を、大きく変えていくのだと。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
第2話では、国外追放のレイチェルと、黒髪の第二王子ユリウスが本格的に接触しました。ここから先は、敵国で「悪役令嬢のまま働く」レイチェルが、内政・陰謀・恋愛にガッツリ巻き込まれていく予定です。
少しでも続きが読みたい、ユリウスが気になる、レイチェルの毒舌もっと見たい……と思っていただけましたら、ブックマークや評価を入れてもらえると、とても励みになります!
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今後もテンポよく更新していきますので、よければこれからもお付き合いください。




