第10話 ざまぁと、敵国王子との公開プロポーズ
グランツェル王都の大広間は、かつて見たどんな舞踏会よりも重い空気で満ちていた。
白陽城の謁見の間。王族席の背後にはまだひびの残る柱、割れたステンドグラスの一部は修復中のまま覆いがかけられている。
(十年前の戦争でもここまでボロボロにはならなかったはずですわよね)
聖女システムの暴走。元婚約者の国は、本気で一度死にかけたのだ。
ヴァレンティア側の席で、私はユリウス殿下の隣に座っていた。
黒嶺城で着慣れた動きやすいドレスではなく、今日は外交仕様の深い紺色の礼装。胸元には、ヴァレンティア王家の紋章を模した小さなブローチが光っている。
(完全に、敵国側の人間ってわけですわね)
正面にはグランベルト王ユージーン陛下と王太子エドワード。少し離れた席に、青ざめた聖女エリスが座っていた。
和平条約の文書が読み上げられ、賠償や領地境界の確認が淡々と進んでいく。
「最後に、元公爵令嬢レイチェル・アルノーの今後の処遇について」
老伯爵が立ち上がり、私の方を見た。
「我がグランベルト王国は、彼女のこれまでの功績と今回の救国の働きを鑑み、改めて爵位をお戻しし、公爵令嬢として迎え入れたいと考えております」
ざわ、と広間が揺れる。
さらに別の貴族が、厚かましくも続けた。
「できれば、王太子妃として――」
「却下だ」
重ねた言葉を、冷たい声が斬り捨てた。
ユリウス殿下だ。隣で椅子から立ち上がり、いつもの皮肉げな笑みをほんの少しだけ薄めている。
「申し訳ないが、それは不可能だ。彼女はすでに、我がヴァレンティア王国の客将であり……王妃候補だ」
大広間の空気が、一瞬で凍りついた。
(え、ちょっと待ってくださいませ殿下。事前相談ゼロですの?)
心臓が跳ねる音が、自分でもうるさい。
グランベルト側の貴族たちが一斉に立ち上がった。
「なっ……王妃候補?」
「敵国の女に、そこまでの地位を与えるつもりか!」
ユリウス殿下は肩をすくめる。
「敵国の女、ね。そちらが勝手に悪役に仕立てて捨てた人材を、うちが拾って大事にしているだけだ。今さら『返してほしい』と言われても困る」
視線が私に集まる。
エドワードは顔面蒼白で、エリスは信じられないものを見る目で私を見つめていた。
「レイチェル……本当に、ヴァレンティアの……?」
「はい。殿下」
私はゆっくりと立ち上がり、両国の王の前で礼を取った。
「私はすでにグランベルトの公爵令嬢でも、王太子殿下の婚約者でもありません。ヴァレンティア王国の客将として、この場に立っております」
言葉を選びながらも、声は不思議と震えなかった。
「今回グランベルトを救ったのは、ヴァレンティアと、ユリウス殿下の決断です。私個人への恩返しをお望みなら、どうか国を通して行ってくださいませ。個人的な所有権を主張されても、困りますわ」
ざくり、と何かを切る音がした気がした。
エドワードがぎゅっと拳を握る。
「……君は、もう二度と戻らないのか」
かつて少年だった王子の声は、ひどくかすれていた。
「はい」
私は微笑む。
「そもそも殿下の方から『二度と顔を見せるな』とおっしゃいましたでしょう? 約束は守らなければ」
貴族たちの間に微妙な笑いとざわめきが走る。
自業自得、という視線がエドワードに集まっていくのが分かった。
(これで十分。ここから先は、私の役目ではありませんわ)
私は一歩下がろうとした。
その瞬間、ユリウス殿下がこちらに向き直る。
「では、こちらの番だな」
「殿下?」
彼は王たちに向き直り、はっきりと宣言した。
「和平の証として――そして、これからの世界を共に背負う伴侶として。ここで正式に彼女へ求婚したい」
え、ちょっと待って。
私の抗議は、喉の奥で情けなく迷子になった。
ユリウス殿下は一歩近づき、わざとゆっくりとひざまずく。
視線が、真正面から私だけを捕まえた。
「レイチェル・アルノー」
名前を呼ばれただけで、胸が熱くなるなんて反則だ。
「きみは自分のことを悪役令嬢だと言うが、俺にとっては世界を救った最強の味方だ。だから――俺の隣で、これからも世界相手に喧嘩を売り続けてくれないか」
「言い方が物騒ですわよ、殿下」
思わず口から出た言葉に、周囲から小さな笑いが漏れる。
けれど彼の瞳は真剣そのものだった。
「きみ自身の望みが第一だ。国も世界も、その次でいい。俺と一緒に、それを守っていこう」
前世では、一度も言われなかった言葉。
この世界でも、ずっと諦めていた言葉。
私はふっと笑って、差し出された手を見下ろした。
(いいでしょう。どうせもう悪役令嬢と呼ばれるのは慣れてますし)
今度こそ、自分で選びたい。
「お受けいたしますわ、ユリウス殿下」
そっと、その手を取る。
「今度こそ、私の選んだ婚約者として。途中で投げ出したりなさらないでくださいませね?」
「もちろん。二度ときみを捨てたりしない」
彼が立ち上がり、私の手に口づける。
ヴァレンティア側から歓声が上がり、グランベルト側は顔色を変えた。
元婚約者は、遠くからそれを見ていた。
悔しさと、安堵と、遅すぎた後悔をないまぜにしたような表情で。
その隣で、エリスが小さく息を吐くのが見えた。彼女には彼女の罰と、更生の時間が与えられるのだろう。
(殿下。あなたの物語は、あなた自身が立て直してくださいませ)
私は心の中だけでそう告げて、視線をユリウス殿下へ戻す。
悪役令嬢? ええ、好きに呼べばいい。
けれど──
(この物語の結末を決めるのは、もう私ですわ)
そう胸の内で宣言しながら、私は新しい婚約者と共に、一歩前へ踏み出した。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
『国ごと救う羽目』――これにてひとまず 最終話となります。
悪役令嬢として婚約破棄され、気づけば国ごと救う羽目になって、敵国の王子と並んで歩き出すところまで、レイチェルたちの物語を見届けていただけて、とても幸せです。
毎話の閲覧数やブクマ、感想、ポイントにどれだけ励まされてきたか、書いている本人が一番よく知っています。
画面の向こうで「更新まだかな」「レイチェルがんばれ」と思ってくださった方が一人でもいたなら、この作品は間違いなく幸せな物語でした。
もし少しでも
「続きも読んでみたい」
「レイチェルとユリウスのその後が気になる」
「元婚約者組のざまぁの先も見届けたい」
と感じていただけましたら──
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「連載版」婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢ですが、のんびりカフェを開いたら無愛想辺境伯様に溺愛されています
を載せてますので一度見ていただければ嬉しく思います。




