後編
じっくりコトコト語った自己PR ー侯爵令嬢人災編ー
まるでシュクリーの真似をするように、人差し指がピンと立てられた。
「まずは一つ。私に子が産めるのかと尋ねられましたが、逆にシュクリー様は本当にお子を産めるのですか?」
は、という言葉は、思いのほか低くなった。
虚弱な令嬢に言われる筋合いはないと、怒りが沸々と湧き上がってくる。
だが、ディルシアンヌは気にした様子も無い。
「シュクリー様はご自身の健康を自慢されていましたが、興味のあることに集中されると昼夜問わず勉強され続けるとか。
確か、卒論を仕上げる時も、連日夜更かしを続けられたそうですわね」
「それが何だって言うのよ。
健康だからこそ、できることじゃない」
噛みつくように言葉を返す。
けれど、ディルシアンヌは騒ぎ立てる子犬を見るような目で、怯えるどころか驚くことさえない。
「いえ、跡継ぎの問題を言われていましたから、そこから正しておこうかと思いまして。
シュクリー様こそ不規則で不健康な生活をされていて、ご自身が健康な子を産めるという自信はどこからくるのかと不思議で仕方がないですもの」
すい、と指が唇に当てられる。
「目元の隈が、濃い化粧でも隠せていませんわ。
学園を卒業してなお、研究漬けでいらっしゃるのは結構ですが、その生活をいつまで続けられるのでしょう」
疑問として投げかけられているが、答えを必要としていない棒読み感が伝わってくる。
「これからも研究をなさるのでしょう?
一年?二年?それとも生涯?」
艶々の林檎のような唇から、吐き出されるのは菓子ではなく、毒にも似た言葉の数々だ。
「では、子はどうされるのかしら?
世継ぎを重視するのなら、若い内に子を生せた方が良いでしょうに、シュクリー様は研究が楽しいのでしょう?
子を産むのは少し後に、などと考えていらっしゃるかも」
言われた通りで、反論しようとしたシュクリーの口が閉じられる。
シュクリーの研究は国外まで広げてしまうと、もうどれだけの時間が必要かわからず、けれど自分ならできると信じ、手を伸ばそうとしている。
本当に国からの支援が認められてしまえば、おいそれと気軽に中止できるものではない。
もし中断なんてことになったら、支援金を返却しなければならなくなる。
ディルシアンヌと比べての健康だったが、少しばかり研究に前のめりだったかもしれない。
けれど、それだってシルヴァンとの合同にすれば、問題無いはずなのだ。
シュクリーに子どもができたら、研究はシルヴァンに引き継げばよいだけ。
同じくらいに優秀だった彼ならば、伯爵としての仕事を片手間に研究を進めることが可能だろう。
「そして、シュクリー様は私が虚弱であると声高におっしゃっていますが、何を根拠にしての発言かを知りたいですわね」
その場でクルリと優雅に回り、「こんなに元気ですのに」と言う。
「体が弱い原因は既に判明し、解決もしていましてよ。
普段から交流している高位貴族のお姉様方は、大変よくご存知ですわ。
単に魔力保有量が多すぎて体がついていかないだけでしたから、そこを解決さえすれば問題無いですもの。
他国に留学したのは、お世話になったお医者様からのお誘いと、こちらでは学べない高度医療を勉強できるからです」
扇子が開かれ、笑むばかりの口元が隠されると、もうディルシアンヌの表情が全く読めないものへと変わった。
きっと笑っているはず。きっと。
「魔力保有量が多いなんて、よくある話だわ。
そんなことぐらいで領地に引っ込んでいたのだったら、やっぱり体力が無いだけじゃない」
苛々しながらシュクリーが言葉を吐けば、ディルシアンヌはシュクリーを見ながら首を振る。
「これについては、後でもう一度話しましょう。
私から言えることは、今は健康だということです」
そうして唇に当てられていたはずの手が、二本目の指を立てる。
「次は両家の利益でしたわね。
これに関しても問題ないこと。パスティヤージュ侯爵領は海に面した数少ない領地の一つ。
ミエルクール子爵領は鉄鉱石の採掘量的に、国内での販売が精一杯ですからご存知ないでしょうけど、この貿易権を得る為ならば、誰もが縁を持ちたがるの」
学校で習っていないのかと無邪気に問う姿が、シュクリーの心を逆撫でしていく。
「ヌガレ伯爵領が加工後の鉱石素材を販売するにあたって、航路はとても重要だから。
そしてパスティヤージュ侯爵家としては、新しく手に入れた高品質の鉱石素材を武器に、新しい販路を開拓できるわ。
ミエルクール子爵領では鉄鉱石を採掘しますから、ヌガレ伯爵家に販売することで利益が出ると推測されていますけど、鉄鉱石は手に入りやすい素材の一つであるし、質も普通となれば、相互の利益がどこで出るのかと聞きたいところ」
そもそも、とふわりと優しそうな印象を与える声音が、容赦の無い言葉を続けていく。
「お話を聞いて不思議なのだけど。利益が出るのはどちらなのかしら?
子爵相手と安く買い付けるヌガレ伯爵家?それとも伯爵家という新規顧客に、身内価格だと高く売りつけるミエルクール子爵領?
今までと変わらずだとしたら、どちらも利益を見込めないわ。
第一、ミエルクール子爵領の鉱山は今以上の産出量は見込めないのに、当主でもない貴女が新しい取引先を勝手に決めるのはいかがなものかしらね」
言われた言葉にカッとなり、頬が熱く感じる。
思わずディルシアンヌに詰め寄ろうとするのを、シルヴァンに止められた。
「シル様、どいて! この人がうちを、ミエルクール子爵家を侮辱したんです!
最低! そうやって私が子爵家の出身だからと見下しているんでしょう!」
シルヴァンの背の向こう側で、「言われたから返しただけですのに」と鈴を転がすような声が聞こえ、それが一層怒りの炎に油を注ぐ。
強く握りしめたこぶしのせいで、手袋に皺が寄った。
なんとかドレスのスカートに握りしめなかったのは、それがシルヴァンの色だったからだ。
「ふふ、大丈夫よ。自分の身ぐらい、自分で守れるわ」
シュクリーよりも小柄な癖に随分な言い草だ。シュクリーが突き飛ばしでもしたら、無様に床へと倒れるだけでは済まないというのに。
もっとも、いくら無礼講だと言われていても。ディルシアンヌに怪我をさせたらマズいことぐらいは理解している。
精々詰め寄ってみせて、小さなお姫様を怯えさせるぐらいだ。
フンと鼻を鳴らしてやれば、相変わらず眉間に皺を寄せたままのシルヴァンがディルシアンヌの横に戻る。
大広間の空気は着々と変わっていく。
最初は若人の熱気から始まり、シュクリーの発言によって緊張感が生まれ、今ではディルシアンヌの言葉に支配されていく。
周囲の人々から見れば、ディルシアンヌにある余裕と優雅な態度から、シュクリーが無様に喚き立てるだけの仔犬に見えて仕方がない。
そしてディルシアンヌが甘いだけの砂糖菓子ではないことにも、薄々気づいている。
わからないままなのは、認めたくないシュクリーと友人達だけだ。
「三つ目は、ええと、マナーと社交でしたわね。
これも別に問題無いわ」
あっさりと返された言葉にシュクリーは目を丸くするも、ディルシアンヌは気にする様子もない。
「領地に引き籠っていたことを理由にされていましたけど、領地でマナーが学べないとでも?」
ここにきて明らかに馬鹿にした風に笑われる。
「面白くもないご冗談をおっしゃるのね。領地に帰れば行儀を放り投げ、自分のしたいことにしか見向きもしない子爵令嬢と違って、私はとっても忙しいの」
菫の瞳は今やシュクリーを射抜くようで、真っ直ぐと逸らすことを許してくれない。
「侯爵令嬢として必要なだけのマナーと知識、他国との交流が多い留学先の為に必要なだけの語学は世界共通語と他三ヵ国分程。高水準の医療を学ぶために必要な、一般教養と必要な専門知識の基礎教育。
同時進行で伯爵夫人になるための勉強もしたわ」
どよめく周囲を見渡して、値踏みするような視線を送る。
「国内の社交についても言われていましたけど、私の世代で学園に通う意味があって?
私達の年頃の高位貴族は公爵令息が一人だけで、王族もいらっしゃらなければ、他高位貴族の子女である方々とも学ぶ時期が重ならない。
シュクリー様は存知ではないかもしれないけれど、交流の盛んな国で他国の高貴なる方々と知己になるのも、大切な社交ですの」
ご理解できたかしらと聞いてくる口元は扇子で見えないが、きっと嫌味な笑みを浮かべているに違いないと、シュクリーは怒りにブルブル震える。
同時に、何も反論できないことにも焦っていた。
爵位以外、全てシュクリーが上回っていると思っていたのに。
蓋を開けてみれば、盤上の駒が次々と薙ぎ払われている有様。
このままだと盤上に残るのは、甘い甘い砂糖菓子のクィーンだけ。
「もう、これくらいでいいかしら。
そろそろ相手をするのに飽きてしまって」
丁寧な所作で閉じられた扇子の向こう側、唇は微笑みの形だけは作られていた。
シュクリーへの興味を失ったかのように、視線が他へと向けられる。
もしかしたら、ディルシアンヌにとってはシュクリーなど、一時的に興味が湧いた玩具ぐらいだったのかもしれない。
けれど、シュクリーだって本気なのだ。
ここでシルヴァンを手に入れなければ、もう恋愛結婚なんて難しいだろう。
今の時期に婚約者がいないとなると、親が探してくることになるし、もう相手などほとんど残っていない、
場合によっては後妻か平民相手だったりして、予算の捻出が危ぶまれるだけではなく、シュクリーの研究を理解してもらえないようなら、このまま研究だってできないかもしれない。
だから、顔も良くて、地位もあって、似たような研究をしていたから理解もあるはずの、シュクリーにとって一番大切な人。
シルヴァンでなければならないのだ。
「ま、待ちなさいよ!
私は爵位を持つことにな」
「それ、貴女ではなくてよ」
え、と言葉の形を成さずに声が漏れる。
甘い笑い声だけが、嫌になるくらい鮮明にシュクリーの耳へと届く。
「ずっと自分だと思って自信満々でいらっしゃるのが可愛いから、後でのサプライズに黙っておこうかと思ったのだけど」
少し眉尻が下げられて、困ったと言わんばかりの表情が形ばかりに作られた。
「叙爵するのはシュクリー様ではなくて、私なの」
思わずディルシアンヌをぽかんとした顔で見る。
けれど、すぐに我に返って、ギラギラとした怒りを宿す目を向けて口を開く。
「嘘よ! 絶対にあり得ない!
他国に留学していただけのあんたなんかに、手に入るはずないじゃない!」
笑うのを止めないディルシアンヌを糾弾するも、言われた本人はさぞ可笑しいとばかりに増々軽やかな笑い声を上げるだけ。
けれど、笑い声を不意に止めたかと思えば、表現し難い笑顔でシュクリーを見ていた。
「何を勘違いしていらしたの?
まさか、いくら優秀だとはいえ、学生の域を超えない論文を書いたぐらいで叙爵されるとでも?」
「だったらディルシアンヌ様だって、学生の交流如きで叙爵されるはずないじゃない!
どうせ金でも積んで手に入れた、汚い爵位なんでしょう!」
シュクリーが怒りのままに吐き散らした言葉に、誰もが息を呑んで硬直する。
彼女の友人達も同様だ。
「今の発言、王家とパスティヤージュ侯爵家の間で不正がなされていると言いたいのかしら?
確かに、私への発言は無礼講であると言ったけれど、王家と侯爵家自体への無礼までは保証していないわ」
言葉の意味をすぐに理解したシュクリーの表情が、みるみる蒼褪めていく。
先程までの怒りが嘘のようだ。
「あの、私は別に」
「いえ、シュクリー様の王家に対する言動については、私に弁解される必要がなくってよ。
何度も言いますが、私への発言は今夜だけ無礼講ですから。
それ以外は抗議されるであろう、お相手におっしゃって」
私には関係無いとばかりに話を遮られる。
声音は柔らかかったが有無を言わさない迫力があって、シュクリーは言葉を返すこともできなくなっていた。
「話を戻しましょう。
健康についてのお話の際、私の魔力保有量が多いことについて、シュクリー様が言及されたのは覚えていますかしら。
確かに、魔力保有量が多いというのは、そう珍しいことではありませんわね」
ディルシアンヌが両の手首を飾る、無骨な色をした金属環を愛おし気に撫でる。
「これはね、シルヴァンが作ってくれましたの。
最高品質の鉄鉱石に他の金属をバランスよく配合した、アロイと呼ばれるものよ。
さらに内側には希少な宝石を砕いて埋め込んでいて、少し無骨な外見だけれど、一番のお気に入り」
両手が胸の高さまで持ち上げられる。
「この一対で、普通の鉄鉱石で作られる魔晶石の千個相当の魔力を保存できるの。
すごいでしょう?」
確かにすごいと思うけれど、今のシュクリーはそれどころじゃない。
この後に国王陛下が入場される予定だったのだ。
デビュタントの進行がスムーズに進んでいないことに合わせ、子爵家の娘如きが恐れ多いことを口にしたと知られてしまっては。
けれど、ディルシアンヌはシュクリーの心情など頓着せずに、会話を進めていく。
「どうして夜会にまで着けているかというと簡単な話で、これに私の魔力を吸い取らせているからよ。
私の魔力だと、一日でこの腕輪を一杯にしてしまいますの」
その瞬間、今日一番のざわめきが大広間を満たしていく。
シュクリーもディルシアンヌのとんでもない発言に、目を見開いて凝視する。
「……嘘、でしょ?」
魔晶石の作り方は単純で、人や生物に宿る魔力を適した石に込めるだけだ。
それこそ手の中に握り込んで、魔力を流せばおしまいである。
皆が驚いているのは、ディルシアンヌが流し込める魔力量だ。
通常の人が一日で作り出せる魔晶石は十個が精々。
体調を崩すほど魔力量の多い者であったって三十個が精一杯といったところである。
それをディルシアンヌは一日に千個相当と言うのだ。誰だって驚く。
「真実ですわ。シルヴァンが腕輪を作ってくれるまでは、部屋中に石を置いている生活で、王都に行くどころではなくて大変だったもの」
思わずシルヴァンに確認しようと視線を向けたら、不愛想なままに首を縦に振られた。
余りのことにへたり込んでしまいそうだ。
そういえば、近年魔晶石の輸出量が増えていたが、その原因は彼女なのかもしれないと、そんな考えがシュクリーの頭に浮かぶ。
「そういうわけで、叙爵されるのは私ですの。
こんな稀有な体質を他国に渡すくらいなら、爵位を与えてでも国に縛りつけたいみたい」
もはや戦意を失ったシュクリーの姿に、毒舌の砂糖菓子は満面の笑みへと変わり、また一つ笑い声を上げた。
「それなりに楽しい余興でしたわ。
でも、もう興醒め」
笑みの中で唯一据えた目が、物知らずであったシュクリーへと向けられる。
「シュクリー様はシルヴァンに相応しいと主張されていたし、慕ってもいたみたいですけど。
残念ですが、シュクリー様はシルヴァンの好みから些か外れているかと」
眉尻を下げて困ったと笑顔で言い放たれた言葉は、今のシュクリーには体を渾身のフルスイングで殴られたぐらいの衝撃を与えてくる。
「シュクリー様は健康的な美しさをお持ちで、心根は真っ直ぐな方。
外見と中身が乖離しないようですので、シルヴァンに好ましい女性のタイプとはいえませんもの」
ねえ、と横を見たシルヴァンが眉間の皺をさらに増やして、不愛想から不機嫌へと変わっていた。
「ディディ」
普段と変わらぬ不愛想な声が、咎めるように砂糖菓子の愛称を呼ぶ。
けれどディルシアンヌにはどこ吹く風といった様子だ。
「シルヴァンが最初にきちんと言っておけば、こんなに困ったことにならなかったのです。貴方も反省するべきですわ」
「不必要な接触は避けていたし、距離も置いていた。
それなのに、令嬢らしからぬ距離感で詰め寄ってきて、迷惑していた」
初めて聞いた想い人の本音に、ショックで呆然としてしまう。
誰よりも近い距離にいたと思っていたのは、シュクリーだけだったのだ。
「そ、そんな、勉強だって一緒にしていたのに」
「勉強会には参加していたが、二人で勉強なんてしたこともない」
にべもない返事に、失恋の痛み以前にショックに襲われる。
「人の目があるので令嬢相手だからと言及するのは避けていたが、毎回成績が発表される度に言い掛かりをつけられて、本当に鬱陶しかった」
ボロクソに言われ、満身創痍になったシュクリーが床にへたり込む。
「そんな性悪女の、どこがいいのよぉ」
シュクリーの情けない声に、シルヴァンの眉間の皺が増えない代わりに目が眇められた。
「ギャップ萌えだ」
瞬間、大広間の中から全ての音が消え去った。
ここにいる全員が、シュクリーすら瞬きを忘れてシルヴァンを見る。
何食わぬ顔でいるのは、視線の先にいる婚約者の二人だけ。
今、ギャップ萌えと言ったのだろうか。
いつも無表情で、クールで、顔はよくて、陰のある寡黙な王子様系と言われていたシルヴァンが、ギャップ萌え。
彼が言ったことは本当なのか。
まさか、さすがに冗談だろう。
でも、こんな状況で冗談を言うだろうか。
誰もが困惑した面持ちで口を開けずに、ただただ見つめる中でディルシアンヌがこれみよがしに溜息をつく。
「シルヴァン、ご覧なさいな。皆がとても驚いているわ。
いくら不精を自負していても、貴方はもう少し地を見せた方がよかったと思うのだけど」
まるで母親が説教でもするような口ぶりのまま、ディルシアンヌが扉の近くから離れずに、こちらを窺うフィリップへと声をかける。
「ヴィスコタン公爵令息、留学先でお会いして早々、私へと付き纏ってきた以来ですね」
再びの爆弾発言に周囲がどよめく中、フィリップの顔色が悪くなっていく。
「こんな下らない余興を思いついたのは、留学先の学園から厳重注意されたこと、あちらの国では私への接近禁止を言い渡されてしまったことへの、意趣返しだったのでしょうか?」
ただただ首を横に振りながら、「違う。違う」と呟くだけのフィリップに一歩近寄る。
「まさか、こんな所でお会いするなんて思っていなかったですが」
スッと細い指先が枷のように無骨な金属環を撫でる。
それだけでフィリップが後退った。
「お会いしたくない顔を見たせいで、うっかり魔力を暴発させそうよ」
ディルシアンヌの言葉に、フィリップの唇からは「ひぃ」と情けない悲鳴だけが漏れ落ち、そのままズルズルと床に座り込む。
もしかしたら魔力の暴発という名の下に、何かされた記憶が蘇ったのかもしれない。
ディルシアンヌはフィリップに向けていた視線を横へとずらし、彼が扉を閉めるよう言い付けていた下位貴族らしき令息に、扉を開けるように命ずる。
当たり前のように命じる姿は、愛らしくも傲慢で、そのくせ凛として。
さながらお菓子の国の女王だった。




