第八話 デビュー戦
ユニーク数が100人を超えました!
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次の日、無事探索者になれた浅見は早速ダンジョンに向かう事にした。インナーを着てジャケットにズボンを履いて準備をする。
リュックサックに2リットルの水が入ったペットボトルを3本入れて背負うと、屈伸したり体をひねったりと動きを確認する。多少動きにくく感じるが問題ないと判断したようで、空のペットボトルに入れ替えた。
どうやら、スライムを入れた時の重さを想定しているようだ。
事前に印刷しておいた、ダンジョンの地図やLEDライト、お茶やタオルなど必要そうなものも準備し終えると、革手袋をポケットに入れて安全靴を履いて家を出た。
ただしヘルメットはさすがに被っていかないようで、リュックサックにしまっていた。
ダンジョンに向かう道中で、色こそは違うが、同じ装備をした初心者と思われる探索者と目が合い、お互いに会釈をするという事があった。
浅見がやってきたのは城のダンジョン。人の多くない時間帯を狙ったおかげで、探索者の姿はまばらだ。ヘルメットと革手袋を装着してからゲートへと向かい、少し緊張しながら自身の探索者カードを端末へ読み込ませると、ピッと音が鳴りゲートが開いた。
すると職員が「気を付けてくださいね」と声をかけてくれた。
もしかすると探索者全員にかける決まり文句かもしれないが、その一言が今の浅見には嬉しかった。
浅見は「ありがとうございます。行ってきます」と返していた。
以前は隣に花村と日下部がいた。だが今は一人だ。スキルの事があるとは言え緊張を隠しきれていない。リュックサックを背負い直すと、揺らめく膜へ入りダンジョンの中へ進んでいった。
肌寒く少し薄暗いダンジョン内。地図を取り出してライトで照らしながらゆっくりと歩いていく。
地図には二階層への階段も記されているが、浅見は逆側へと向かって行く。道中でスライムが間引かれていると考えた。しばらく歩くと、初心者向けの狩場とされている広めのフロアにたどり着いた。
すでに数人の探索者がスライムを探して歩き回っている。
このフロアは地方球場ほどの広さがあるため、曲がり角でスライムと予期せぬ遭遇がないため初心者向きらしい。
浅見は壁際をゆっくりと歩き始めた。そしてスライムを見つける。
近くに他の探索者の姿は見えないが、教えにならってまず周囲を確認して他の探索者と獲物が被っていないかを確認する。次にスライムの周囲、そして自身の位置を確認し、スライムが単独でいることを確認した。
手に持ったライトでコアの部分を照らしながら、ゆっくりと近づいていく。
やがてスライムが浅見を感じ取ったのかにじり寄ってくる。そしてコアが膨らみ攻撃を仕掛けてくるが、横に移動するだけで簡単に避けることができた。
酸を吐き終えたスライムが縮んでいくのを見届けてから、浅見はコアを踏みぬいた。パキっと軽い音が鳴り、記念すべき初めてのスライム退治となった。
リュックサックからペットボトルを取り出して、スライムを入れようとした時だった。
「あっ……漏斗を忘れた……」
浅見はゆっくりと天を仰いだ。
忘れたものは仕方ない。浅見は何とかスライムを入れようと試みるが、柔らかく垂れるスライムは中々ペットボトルに収まらない。スライムの体を千切り、両手で漏斗の形にして数回に分ける事で何とか入れることが出来た。
花村の教えの通りコアには触れないように千切ったため、コアは地面に放置される事となった。
「よしよし、なんとかいけそうだ」
たった1匹。されど1匹。値段にすれば数百円だが浅見は誇らしげだった。
それからペットボトルをしまうと次のスライムを探して歩き始めた。
歩き始めるのだが、浅見はスキルの練習も兼ねることにした。
スキルを使う感覚は理解しているつもりだが、何ができて何ができないのかを試しておきたかった。
浅見はスキルの発動と停止を繰り返しながら歩く。
その動きは、他の探索者からすると、まるで駆け足と徒歩を不規則に繰り返しているように見えるだろう。
幸い、周囲の探索者はすでにスライム退治に集中しており、浅見の動きに注意を払う者はいなかった。おかげで浅見の不可解な動きは見られずにすんでいる。
一通り思いつく限りのスキルの切り替えを試してみた浅見だったが、結果、特に不自由なくスキルを発動することができた。短い間隔での切り替えはもちろん、一瞬だけの発動なども問題なかった。
立ち止まり、次はどれほど速く動けるかを試す。意識を深くスキルに集中させると周りの音が消えた。このフロアにいる探索者の動きも止まって見える。
浅見は小さく手を振って確かめるが、特に早く動いている感覚はない。
どちらかというと、周りが遅くなり浅見本人が普通に動けるといった感覚に近かった。
「不思議だ……。俺だけ、違う時間の流れにいるみたいだ」
浅見は手を振ってみたが、自分には普通の動作でも、周囲の探索者たちには一瞬で腕が動いたように見えるし、浅見の言葉も聞き取れないだろう。
スキルを解除すると、周囲の音が一気に戻り、さっきまでの静寂が嘘のように感じられた。スキルを繰り返し使ったが、違和感は微塵も残らなかった。
スキルの確認も終わり、浅見はたんたんとスライムを退治して回った。
40分ほどで2リットルのペットボトルが満タンになり、少し休憩を挟む事にした。周りを確認して片膝を立ててその場に座り、水分を取った。
ずっしりとしたペットボトルを眺めながら、浅見は想像以上に単調で退屈なスライム集めに、じわじわと疲れを感じ始めていた。
時給にすれば約三千円。一見すると悪くはないが、今はダンジョンバブルの時代だ。
探索者に人材を奪われないよう、企業は高給を提示している。最低賃金も過去の2倍以上に引き上げられていた。スライム退治は最低賃金よりも少し高い程度と言える。
この際、最低賃金は置いておくとして、浅見が一番辛く感じたのは、スライムを探して歩いている時間の虚無感だった。
初めの数体は緊張もした。ただ要領をつかむと後は作業だ。変わらない風景に薄暗いフロアをぐるぐる回る。肉体より精神が参りそうだった。
ダンジョンツアーの時は話し相手がいた。浅見はふと、以前見たホームページに書いてあった『単独行動は控える』という一文を思い出した。
それは危険を避けるための注意喚起だと思っていたが、もしかすると、この退屈な時間を紛らわすための相方が必要だからなのかもしれない。
尻に根が張る前に、浅見は立ち上がった。
残りのペットボトルを満タンにするため、今回はほんの少しだけスキルを発動しながら動き始める。
もし誰かに見られたとしても、『あの人、頑張ってるな』程度の違いだろう。
スキルのおかげで2本目のペットボトルは半時間ほどで満タンにすることができた。ここまで退治したスライムは20匹ほどになる。
慣れてきた浅見は、ふと考えた。
スライムが液体を吐く前に、スキルを使って素早くコアを割れば、時間短縮になるのではないか? と。
今までダンジョン関連のホームページを見てきたが、この方法について書かれたものはなかったと浅見は記憶していた。
しかし、それは浅見が初心者向けの情報ばかりを見ていたからだ。
実際には、SNSなどで経験者が語っているのかもしれないが、浅見はSNSをやっていなかった。
そして浅見は試すことにした。
スライムを見つけるとスキルを発動させた。非常にゆっくりとコアが動いているように見えるが、すぐさま踏みつけて数歩下がる。そしてスキルを解除した。
「どうだ?」
ジュウジュウとスライムの体が音を立てて溶け、白い煙が立ち昇る。どうやらコアの内部に酸性の液体を貯めこんでいるようだ。
壁や地面に液体がかかったときは煙は出なかった。
『あ、何かやばそう』と思った時には遅かった。
「うっ、うわ、くっさ!! げほっ、ごほっ!!」
鼻の奥と喉が、焼けるように痛い。目にまで刺激がきて、涙が止まらない。鼻水も止まらない。
浅見は咄嗟に口元を手で覆いながら、這うようにして距離を取った。
結果、数分間悶え苦しむことになる。
「えらい目にあった……」
これが毒性のあるガスだったらと思うと肝が冷える。汚くなった顔をタオルで拭った浅見はスライムを確認するが、自身の酸で溶けたスライムの体はぐずぐずになっていた。素人目からしても商品価値は無さそうに見える。
今回の一件で余計なことは考えず、基本に忠実に作業することを心に誓った。
気持ちが萎えた浅見はスライム集めを切り上げることにした。
イガイガする喉を気にしながら帰り道で数匹のスライムに遭遇するが、きちんとスライムに液体を吐かせてから処理していく。
センターに戻る膜の手前で浅見は手袋とLEDライトをしまい、ズボンとジャケットを手で叩いて埃を散らす。そして膜をくぐる。
まぶしさで顔を歪めるが、ふぅと一息ついた。
ゲートを通り抜け買い取り所に向かうと、他の探索者が買い取りをしている最中だった。ダンジョンツアーの時は1人しか職員はいなかったが今は2人いる。1人が接客対応にあたり、もう1人が受け取った素材を奥へ運ぶ役目をしているようだ。
「次の方、どうぞ」
浅見の順番が回ってくる。前の探索者にならってカゴの中にペットボトルを入れていく。
「以上でよろしいですか?」と職員が聞いてくると「はい」と浅見は返事をした。
そして2番と書かれた番号札を受け取った浅見は椅子に座って待つことになる。その間にヘルメットをカバンにしまう。
職員が1番の方と呼ぶと浅見の横に座っていた探索者が立ち上がった。続けて2番の方と職員に呼ばれて浅見が向かう。
「スライム4.6キロでしたので、四千六百円での買い取りとなります。よろしければ探索者カードをお願いします」
探索者カードを渡すと何やら機械に通している。おそらく収入の記録だろう。記録が終わりお金とカードを財布に入れた。そしてペットボトルは返してもらった。
時計を見ると17時を過ぎたころで、浅見は少し早い夕食を取ることにした。
センターにある食堂へ向かい、店員らしきひとに声をかける。
「すいません。注文って――」
「あちらの券売機でお願いしますー」
「あ、わかりました」
指された券売機で浅見は迷う。和洋中と何でもあった。浅見は中華そばにすることにしたようだ。
「お願いします」
「はい、この番号札をお持ちくださいー」
食堂というよりはフードコートのような感じが近かった。浅見は呼ばれるのをまっていると、番号を呼ばれ、完成したラーメンを受け取った。
和歌山で『中華そば』と言えば、世間で言う『和歌山ラーメン』のことだ。
出てきたのは、豚骨醤油のスープに、チャーシュー、青ネギ、カマボコ、メンマがのった スタンダードな一杯となっている。
「結構イケるな」
有名な中華そば屋が多い和歌山で、こういった場所で提供される料理の味に期待していなかった浅見は、想像以上に美味しくて驚いていた。
こうなると中華そばには欠かせない『早なれ寿司』が食べたくなる。
『なれ寿司』は、魚を塩漬けして米と漬け込み、乳酸発酵させたものになるが、『早なれ寿司』または『早寿司』と言われるそれは「なれ寿司」を、より食べやすくした鯖の寿司だ。だいたいの中華そば屋に置かれているが、センターの券売機には無かった。
和歌山ラーメンを食べ終えた浅見は返却口に食器を返すと、センター内でやることは無い。大人しく家に帰ることにしたが、帰り道に百均により漏斗を買っていた。
「ただいまーっと」
家に帰ると手洗いと、いつもより多めにうがいをしてから、顔を洗う。
ジャケットとズボンを脱ぎ、ハンガーにかけたところで、ふと独り言ちる。
「そういえば……装備の手入れって、どうすればいいんだ?」
とりあえず、スマホで検索してみると、すぐにいくつかの方法が見つかった。
浅見は画面を見ながら、さっそく手入れを始める。
こうして、探索者としての初めての一日が、静かに過ぎていった。
中華そば屋では「はやなれ」「ゆで卵」「どて焼き」は三種の神機だったりします。
そこに瓶ビールが合わさると神でさえ太刀打ちできない力を持ちます。
一度、その力を味わってみませんか?