最終話 新しい日常
昨夜の打ち上げから一夜明けた朝、浅見は二日連続で電話で起こされることとなった。ベッドの上で浅見は薄く目を開け、枕元のスマホを探り画面を見る。
「……誰だ?」
画面には見ず知らずの番号が表示されていた。無視しても良かったが、しつこく鳴り続けている。ため息をつきながら通話ボタンを押すと、媚びたような女性の声が聞こえてきた。
『浅見さんの~お電話ですよね? 私たちのチームに是非~』
すぐに切った。
しばらくして、またしても知らない番号からの電話が掛かってくる。無視していると、またも違う番号から掛かってくる。三度目ともなれば、浅見はスマホの電源を落とした。
すっかり眠気が飛んでしまった浅見は、仕方なく体を起こした。テレビのリモコンを手に取ると電源を入れる。そこには和歌山城を背景に、ダンジョンセンターが映し出されていた。朝の情報番組のようで、レポーターが興奮気味に話している。
『——ここ、和歌山城近くに位置するダンジョンで事件が起きました。何者かが薬物を使いモンスターの力を得ようとしたのです。その者は変わり果てた姿となって運ばれて行きました。……私たちの生活には無くてはならなくなったダンジョンで、一体何が起きているというのでしょうか。ダンジョン協会の公式の発表を――』
浅見はチャンネルを変えるが、どこの局も似たようなことを言っていた。時折、伊藤が運び出されて行く映像や、城戸たちとダンジョン課の部隊がゲートから出てくる場面の映像も流されていたが、上手いこと浅見と日下部の顔は横顔しか映っていない。とはいえ、浅見たちを知っている者が見れば、直ぐに分かってしまうだろう。
浅見はSNSも覗いてみようと思うが、どうせ事実と違う噂話や憶測で溢れているだろうと思い、見るのをやめる。
適当に朝食を済ませた後、今日の予定が何もない事に気が付いた。昨夜の城戸の助言通りに、日下部にはしばらく休むことを伝えてあった。
とりあえずと言った感じで、浅見は日課となっているランニングへと向かっていった。
「絶対いいと思います!」
市役所の中にあるダンジョン協会のフロアで、日下部が自信ありげに言ってのけた。
「うーん……。私も彼のことは裏表のない好感のもてる人物だとは思うけどさあ」
反対にダンジョン協会和歌山支部長の木下は、あまり乗り気ではない様子だ。煮え切らない様子の木下に、日下部がさらに詰め寄った。
「私が職員に復帰したら、……まだしませんけど、ソロになった浅見さんが他府県に行ってしまうかもしれませんよ。あれだけのスキルを持つ人なんてそうそういませんし、かなりの好待遇で引き抜かれる可能性だってあります」
もしダンジョンで何かあった場合、戦える戦力が多いに越したことはない。
依然としてモンスターの数も増えたままで、これから先、何が起きるか分からないとなれば、浅見のような人材を流出させるわけにはいかないことは分かる。
分かるのだが、
「予算がねえ」
日下部は、浅見を和歌山支部公認の探索者として、雇ってしまおうと考えていた。企業探索者の、ダンジョン協会版と言える。ただ人を雇い入れたり、新しい事を始めようにも先立つものがいる。無い袖は振れないのだ。
だが日下部には打開案がある様子。
「そこも考えてあります。今やアイドル以上に人気がありますし、和歌山支部公認という確かな身元。そして圧倒的なスキルを持ちながら、謙虚で真面目な男。スポンサーがつかないわけがありませんって」
「そんな上手いことスポンサーが付くかなぁ……?」
「私もチームに入りますし、この名前はかなりのエサになると思いません?」
「うーん、まあそうだろうけど……」
そして日下部は決めにかかった。
「まず市長に伺いを立ててみてください。全国で和歌山が初のダン協探索者チームを設立しようと思ってますって。スポンサーも募集して大々的にやる予定だと。それで却下されたら諦めます」
「聞くだけでいいなら」
木下は内線をかけ始めた。
日下部は十中八九、市長は許可すると踏んでいた。市長の性格からして、和歌山が注目されて人が増えることを喜ぶ。なにより今、報道されている変異種絡みのマイナスイメージを早く払拭したいはずだと考えた。
軽い足取りでデスクへと戻ると、日下部はこれからの活動について考えるが、その表情はとても楽しそうだった。
その日の夜。浅見はだらだらと家で過ごし、動画配信サービスで映画などを見て、自堕落な休日を満喫していた。ちょうど見ていた映画のエンドロールが流れ始めた時だった。
呼び鈴が連打されたのだ。
まさかマスコミが、家にまで押し寄せてきたのかと思い、息を殺して覗き窓から外の様子を窺うと、そこにはダンジョン協会の制服を着た日下部がいた。肩には肩掛けカバンがある。
日下部は覗き窓に向かって笑顔を向けた。気配で浅見が扉の向こうにいることを察したようだ。
「どうしましたか?」
浅見は鍵を開けて迎え入れた。
「電話繋がらないから来ちゃいましたよ」
「あ、勧誘の電話が凄くて、今日一日電源を切ったままでした」
「おじゃましまーす」
テーブルの横で正座をする日下部は、A4サイズの茶封筒を取り出した。
「なんですか? それ」
冷蔵庫からお茶を入れながら浅見が問いかけるが、日下部はにやにやと笑みを浮かべるだけだ。すでに日下部とチームを組んでそれなりになる浅見は、大体の事を察する。また突拍子もないことを言いに来たんだと。
お茶が入ったコップを日下部の前に置くと、満を持して日下部が茶封筒の中身をテーブルに置いた。
「これから私たちは、和歌山市公認の探索者チームとして活動することになりましたー」
パチパチと拍手をする日下部だが、一人だけの拍手とはこうも寂しいものなのか。ポカンとしている浅見に説明を始めた。
「簡単に言いますと、私たちに手を出したら市が黙ってねえぞ。ってことです」
あまりにも後ろ盾が大きすぎるフレーズだったため、思わず浅見は笑ってしまう。
「これで引き抜きとか、勧誘とかも無くなると思いますよ!」
「へぇー。それはいいですね」
ただ、テーブルに置かれた書類には色々と活動内容が記されていた。
定期的なダンジョン調査・探索、ダンジョン関連のトラブル対応、スポンサー協賛による広報活動などだ。これを見た浅見が少し嫌そうな顔をする。
自由気ままな探索者が気に入っていたのに、サラリーマン時代のような生活には戻りたくない。
そのページを見た日下部は、すかさずフォローを入れた。
「あー、それは提出用のコピーなんで、そんな感じに書いてますけど、適当でいいですよ適当で。ぶっちゃけますけど、本当の目的は、浅見さんの他府県への移籍を封じる目的が大半の理由です」
「なるほど。せっかくのスキル持ちを確保する目的なんですね」
「ですね。それにスポンサーが付けば色々と特典とかあるかもしれませんし、悪いようにはならないと思います」
「日下部さんが言うなら……、大丈夫なんでしょうけど。本当に忙しくならないですよね?」
「多分大丈夫だと思います。多分」
浅見がすっと腰を浮かせようとした瞬間だった。
「待ってくださいってば」
日下部の両手が浅見の手をつかむと、二人の肩が震え始めた。そして同時に笑い合う。
「あははは、前にもこんな感じのやりとりしましたね」
「浅見さん、すぐに話を終わろうとするからですよ」
「あー、もういい感じに乗せられてるんでしょうけど、やりましょうか、市の探索者」
「大丈夫ですって。絶対楽しくなりますよ」
笑ったからか、浅見の腹が空腹を伝えた。時計は19時になろうとしている。ちょうど夕飯時だ。
「ご飯食べに行きましょうよ。私、てんかけラーメンが食べたいです」
「いいですね。久しぶりに食べると美味いんですよね」
浅見が言うと、日下部は急ににやりと笑った。
「スポンサーになってくれると良いですね」
「え? 今からそういう話をしにいくんですか? だから制服? まさか違いますよね?」
日下部が先に玄関に向かって歩き出すと、浅見も慌てて準備をして、後に続いた。
しばらくしてエンジンの掛かりが悪い車の音が聞こえてくる。こうして市の探索者となった浅見の新しい生活が始まろうとしていた。
――完――
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