第四十二話
電子音で目を覚ますと、まだ目覚めきらないまま浅見は、枕元の電話の受話器を取る。
「……はい」
『まだ寝てたのか……。帰る前にあのゲート横の小部屋に来てくれ。支部長が来ててな』
特徴のある低い声。すぐに浅見は城戸からの電話だと分かった。
「……分かりました」
電話を切って体を起こすと、寝ぼけた頭を軽く振って意識をはっきりさせる。時計の針はすでに13時を過ぎていた。
ここはセンター二階にある個室の宿泊施設。
昨夜、建物の前をマスコミたちが占拠し、通る人間全員に話を聞いていたのを見た浅見は、ここに泊まったのである。
少しだけ傷んできたジャケットを羽織る。そして下駄箱の近くにあるタッチパネルを操作して清算を済ませ、一階に降りていく。
すると、昨夜とさほど変わらない光景が建物の外で繰り広げられていた。外でマスコミたちが忙しそうに走り回っている。
浅見はちらりと一瞬目をやるが、興味が無さそうにゲート横にあるブースの方に歩いていくと城戸が顔を出していた。中にはダンジョン協会の制服を着た、浅見の知らない男性が座っている。
やせ細った体つきに、どこか頼りなさそうな雰囲気だ。この人物が城戸の言っていた和歌山支部長だった。
「こんにちは。えーっと……」
「私が支部長の木下祥吾です」
木下は申し訳なさそうに微笑んだ。
ダンジョン協会を束ねる支部長という肩書きを持つからには、堂々とした人物を想像していたが、彼は正反対のタイプだった。
「まずは、お礼を言わせてください。今回、城戸や日下部、職員が無事に戻ってこれたのも浅見さんのおかげです。ありがとうございました」
そう木下は深々と頭を下げた。
「そんな……。頭をあげてください。皆が無事でほんと良かったです」
笑顔で返す浅見と違って木下の表情は晴れない。
「それで、その……」
木下は気まずそうに口を噤む。ちらりと城戸の方を見るが、城戸は頷くだけだった。
「報酬の事なんですが」
「……? ――あぁ、城戸さんがそういうこと言ってましたね。忘れてました」
「色々と交渉したのですが、結果……百万円となりました。申し訳ありません」
また頭を下げる木下。百万円を稼ごうと思うと、どれだけのカエルの皮を剥げばいいのか、考えるだけでも嫌になる。
なぜ木下が謝りながら頭を下げているのかが理解できない浅見は城戸を見た。
「あれだ。お前が倒したオーガの素材を、全部売れば軽く百万を超える。今回は持ち帰れないからダン協が補填と言う形になるわけだが、本部の連中は何かにつけて出し渋るからな。今回は百万と言う数字になってしまった」
「そういうことですか。あの倒したオーガの素材は、自分のものだなんて全く思っていなかったです」
あっけらかんと笑う浅見に呆れたように城戸はため息をついた。
「それで、あの変異種の引き取り額が、今回無しになったのも合わせてお詫びを……」
以前は研究対象として、かなりの金額でダンジョン協会が買い取ったが、今回、あの変異種は元人間と分かっている。さすがに変異してしまったとはいえ、元人間を売買するのは、と声があがり値が付かなかった。
「はい。分かってます」
「重ね重ねお詫びを……」
ひとしきり頭を下げた後、これから関西支部に行ってくると城戸に伝えると、木下は帰っていった。
「何だか、凄く腰の低い柔らかな人でしたね」
「でも、ああ見えてやり手でな。おかげで俺も日下部も割と自由に動けてるところがある。――それで振り込み先は前と一緒でいいな?」
「はい、大丈夫です」
用事が済むと、城戸と浅見はブースを後にする。するとセンターにいる探索者の視線が普段より浅見に集まる。
人の口には戸が立てられないのだ。浅見がスキル持ちだという事は知れ渡っていた。自らのチームに引き入れようと画策しているが、日下部と組んでいることは周知の事実。探索者たちはどうすれば浅見と日下部を引き離せるか必死に頭を悩ませていた。
「無駄な努力だな」
城戸がこの光景の意味を悟って呟くが浅見は分かっていない。
「裏口から出るといい。少しはましだろう」
「わかりました。それでは、また夜に」
そして城戸は表へと出ていくと、あっという間にマスコミに囲まれてしまう。昨夜、ゲートから出てきたのを見られている。大柄な城戸はよく目立つ。
浅見は裏口から顔を覗かせるが、そこには誰一人としていなかった。城戸が囮になったのである。
この隙に浅見は、足早に駐車場へと向かって行った。
そして、その日の夜。
「皆の無事を祝して、かんぱーい」
「かんぱーい」
各々がグラスを合わせていく。音頭を取ったのは宇佐美だった。昨夜、休憩スペースで話をしていた時に打ち上げの話になった。そして、スキルを黙っていた手打ちとして、城戸と浅見と日下部が、今回の打ち上げの費用を持つことが決まった。城戸からすれば知らない所で、話が勝手に決まっていたのである。
「ジャンジャン飲み食いしよう! 良い肉をいっぱい食べてやる!」
打ち上げの会場は焼肉屋だった。宇佐美が我先にと、頼んでいた肉を網に乗せていく。六人がゆったりと並んで座れる長いテーブルには、浅見、城戸、小巻、日下部、宇佐美、花村の面々が並んでいる。丁度よく性別で分かれて三対三で向かい合う形だ。
「私まで来て良かったんですかね……」
「自分もよくわからないまま城戸さんに連れてこられたので、いいんじゃないですか?」
花村が落ち着かない様子で小巻に話しかけていた。小巻も今日の仕事終わりに城戸に呼ばれて、何が何だか分からないままここにいる。
テーブルには二ヵ所、焼き網があるが、ひとつは宇佐美が、もうひとつを浅見が担当していた。肉を焼くのにも性格が表れていた。
宇佐美はトングを手に取り嬉しそうに、厚い肉、薄い肉、タン、ハラミなどお構いなしにどんどん網に乗せていく。一方浅見は、丁寧に火の弱そうな部分にタンなどを置いていた。
「おい、焦げるぞ」
城戸がジョッキを煽りながら宇佐美に言う。すでに宇佐美が担当している網の上には、真っ黒になった肉が端に追いやられていた。
「細かいなーもう」
宇佐美は口を尖らせながら、その焦げた肉を取って、標的を選ぶ。
「焦げたのはちょっと……」
小巻が首を横に振った。
「私もやです」
花村も振る。
「あさみん頼んだ!」
「私は自前の分があるので遠慮します」
「うん、とでも私が言うと思う?」
浅見と日下部にも断られた宇佐美は、正面に座る城戸を窺うように見た。
「親分お願いします」
「誰が親分だ。自分の不始末は自分で何とかしろ」
そう言って城戸はちょうどいい焼き加減の肉を取っていった。
観念した宇佐美が、焦げた肉を食べて「苦い」と顔をしかめているのを見て花村が笑う。
「日下部さんも、この辺り焼けてますので大丈夫ですよ」
「あ、こういうのは勝手に取っても、いいものなんですか?」
浅見が食べごろの肉を日下部の皿へのせてやる。
「あれ? 姫ちゃんと肉、食べに行ったことなかったっけ?」
「ないない。私、焼肉屋さんに入るのが生まれて初めてだもん」
本人と宇佐美を除く四人がざわめいた。
「これだからお嬢様は……。焼肉は戦場だからね。油断しているとやられるよ?」
「あっ! せっかく育ててたのに、何てことするんですか」
宇佐美は、日下部の目の前にある網の上から食べごろのカルビを取って、自身の取り皿に入れた。浅見は抗議の声を上げるが、無情にも育てていたカルビは宇佐美の口に吸い込まれていく。
そんなやりとりを見ながら皆が笑い、楽しい時間が過ぎていく。
そして、注文した肉がすべて、それぞれの腹に収まったころ、城戸が浅見に言った。
「明日からしばらく休んだ方がいいだろうな。お前のスキルを知った連中がどう動くか……。それにマスコミに追いかけまわされるのも困るだろ」
「そうですけど……」
困った様子で考え込む。
すると酒が入り少し顔が赤い日下部が「任せてください」とニヤリと笑ったのを見て、城戸が慰めるように浅見の肩を数回叩いたのだった。
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