第四十一話 騒ぎ
変異種の姿のまま死んでいった伊藤を、ぼんやりと見ていた浅見に日下部が近づいてくる。城戸は四人の気絶している男たちを見に行った。
浅見の隣までやってきた日下部は何も言わず、同じように伊藤を見た。
彼が何を思い、こんなことをしたのか今となっては分からない。スキルを使った浅見に、並々ならぬ感情をぶつけていたが、それも聞くことはできない。
今回の目的を、少し違う形だが解決することができた浅見だったが、気分が何ひとつ晴れなかった。無理やりにでも気分を変えようと、浅見は軽く息を吐いて呟いた。
「とりあえず、お腹が減りました……」
「何か残ってると思いますよ? 撤退時は何も持って行きませんから」
空腹が余計に気を重たくする。
日下部の言葉を聞いた浅見は拠点内へと戻ろうとするが、拠点の方から重い足音が響いてきた。
「――来たか」
気を失っていた四人を観察していた城戸が呟いた。
黒を基調とした戦闘服に身を包んだ隊員たちは、警察組織に属するダンジョン課のものたちだった。
防弾ベストに肘と膝を保護するプロテクター、腰には弾倉や拳銃が装着されている。手には小型の軽機関銃を構えていた。その佇まいは、警察というより特殊部隊を彷彿とさせる。
「銃かよ……」
その姿を見た城戸が、わずかに顔をしかめた。
隊員たちが規則正しく散開しながら周囲の警戒にあたる中、先頭に立つ一人の男が城戸に近づいてくる。がっしりとした体格に精悍な顔つきの男は、城戸を見て露骨に嫌そうな顔をして、ヘルメットのバイザーを上げた。
「連絡が遅えんだよ。もっと前に情報が上がってたんだろ?」
「こっちにも色々事情があるんだよ。ダンジョンに銃とか無粋なやつらだ」
互いに険のある口調でやり合うが、どこか慣れた調子だった。二人は高校の同級生で、何かにつけて張り合ってきた経歴がある。それは大人になった今でも変わらないようだ。
「言ってろ。それで、コマが言ってた変異種ってのはアレか?」
隊長が、血だまりに横たわっている変異種を見て言うが、城戸は首を横に振った。
「違う。向こうのやつだ」
「ん? やけに小さいな。あんなのにやられたのか?」
「……説明すんのが面倒くせえ。さっさと回収していけ。四人とも、例の薬の服用者だ。どうせお前らん所で調べるんだろ」
面倒くさくなった城戸が、隊長に説明をすることをやめた。どっちみち後で嫌という程、あちこちで説明をしなければならない。
隊長は「はいはい」と適当に返事をした後、手早く四人と変異種の生死を確認し、無線のボタンを押した。
「担架4、袋2を前に持ってきてくれ」
伊藤の確認はしていないが、城戸が回収と言ったため、死んでいると判断した。
そして、気を失っている男たちを拘束する。
隊員たちが担架と遺体袋を持ってきて、手際よく回収と搬送を始める。隊長は「ところで」と城戸に振り向いた。
「お前んとこのお姫様はどこだ?」
日下部のことだ。
「王子様と一緒だよ」
「なんだそれ」
城戸はこれ以上説明する気がないようで、拠点の中へ戻って行った。
そんなお姫様と王子様は、テーブルに残された食事に視線を落としていた。そこには手つかずのまま残されていたおにぎりと、すっかり冷めてしまった味噌汁があった。
「これ貰ってもいいんですかね?」
「もともと私たち用に作ってありますし、いいと思いますよ」
空腹状態の浅見は、おにぎりを手に取って頬張った。冷えてはいたが、空腹だったこともあり、思った以上に美味しく感じられる。
「どうぞ。お味噌汁です。冷えちゃってますけど」
手渡された紙コップを浅見が受け取ると、口の中にある米を流し込んだ。
「ありがとうございます」
「私も、貰おうかなー」
そういって日下部も味噌汁を飲み始めた。隣には天然水も置いてあり、水分も補給できた二人はようやく人心地着くことが出来た。
しばらくして城戸がやってくる。どうやら本部のゲルに寄ってきたようで、城戸の身体は新しい制服に包まれていた。
「それを食べたら、あいつらと一緒に戻るか。――ゆっくりでいい。……ゆっくりで」
慌てた様子で咀嚼を始めた浅見を見て、城戸は呆れたように笑った。
探索者というものは実力が上がれば、それに比例して態度や話し方といった、色々なものが大きくなる傾向にあるが、浅見にはそれが一切見られない。スキルで荒稼ぎすることなく、コツコツと自力でダンジョン活動をしている。
企業探索者をしていた時や、ダンジョン協会の職員になってからも、城戸は数多くの探索者を見てきた。目の前でリスのように頬を膨らませている男は、その気になればこの階層にいる全員の首を取ることもできる。
そういう次元のスキルを持っているそんな男が、人を待たせないように必死になって食べているのだ。
「……お前は修行僧か?」
思わず城戸が漏らした言葉に、意味が分からなかった浅見は日下部と城戸の顔を交互に見た。
「やっと分かりました?」
日下部に思っていることを見透かされたような気がした城戸は、そっぽを向いた。
おにぎりを食べ終えた浅見は自身の荷物を回収した後、ダンジョン課の部隊と共に地上へと向かっていた。
「自分のは持ってきましたけど、あそこに置いてきたテントとかはどうするんですか?」
さすがにそのままにはしないだろうと思いながらも、浅見は聞いた。
「こっちで適当に回収しておくさ。――それよりも、これからの方が大変だぞ」
「これから? 前みたいな感じでセンターが騒ぎになってる感じですか?」
以前の騒動の時のセンターの様子を思い出すが、城戸は首を横に振った。
「アレの比じゃないな。今日は朝からダン協の窓口も縮小している。けが人も救急搬送されてるだろうし、警察の部隊も出張ってきてる。当然マスコミも嗅ぎつけてるわな」
「へぇ……。マスコミですか」
ニュースで見る感じの光景を想像するが、大都市ならまだしも、ここは和歌山だ。さほど大層な事になってないだろうと浅見は思った。
「えっ!? なんですかこれ!」
「だから言ったろ。アレの比じゃないって」
ダンジョンから出てきた瞬間、浅見の耳に雑多な喧噪が飛び込んできた。陽が落ちているため見えにくいが、ガラス越しに見える建物の外に、カメラを担いだ報道関係者や記者たちが、ぎっしりと詰めかけていた。その数は明らかに通常の報道の規模を超えているように見える。
「和歌山にこんな数の記者っていたんですね」
「明日には他府県の記者もくるかもな」
規制線の内側では、警察やダンジョン課の隊員たちが必死に人を押しとどめているものの、マスコミは少しでも情報を得ようと、叫ぶように質問を投げかけていた。
「変異種の詳細を教えてください!」
「倒したのは誰ですか!? 映像はありませんか?」
「元薬剤師と言われていますが、やはり薬が原因ですか!」
内容までは聞き取れないせいで、どこか他人事の浅見だったが、スキルを使い大立ち回りをした本人だ。知られれば恰好の餌食になる。そして、浅見たちの姿に気が付いたのか、記者たちは一斉に規制線の前に押し寄せ、カメラのフラッシュが一斉に光る。
ダンジョン課の部隊と共に、遅れて戻ってきた探索者風の三名。その近くにはシートで隠されているが担架が見える。この三人が何か事情を知っていると考えるのは当然だった。
しかし、浅見には喫緊の問題があった。
「ものすごく見られてるんですけど……」
「あー、ああなったあいつは面倒くせぇぞ」
そう言い残して城戸は仕事を片付けに行った。浅見は助けを求めて隣にいる日下部を見る。
「もっと早く、スキルのことを話しておけばよかったかもしれませんね。説明すれば、分かってくれると思いますけど」
椅子に座りゲートの方を見る宇佐美の姿があった。その姿は以前の騒動の時と似ているが、今回は知り合いの無事を喜ぶといった風には見えない。
ゆらりと立ち上がって真っすぐ浅見の方へと歩いてくる。
「……全部教えてもらうから!!」
「わ、わかりました。先に武器を預けますので……」
こうして浅見は洗いざらい、今までの事をすべて宇佐美に話すことになるのだが、今後の事も踏まえた話もついでにすませるために、二階にあるちょっとした休憩スペースへと移動することにした。
椅子に座ると宇佐美が腕を組む。理由を知らない探索者がこの風景を見れば、男女のもつれによる修羅場にみえるだろう。
そして浅見は、一番初めであるダンジョンに車で入った所から説明を始めた。そのときにスキルを取れたこと、車が無くなってダンジョン協会に言ったこと、その時に日下部に会ったこと、ダンジョンツアーに参加したこと……。そして今日は新たにスキルが進化したことも伝えた。
浅見は、事細かに覚えていることをすべて話し終えて一息ついた。
そして最後に日下部も簡単な説明を宇佐美へとする。
「そういう訳で、凄いスキルなんで城戸さんが警戒しちゃってさ。悪事に走るかもしれない! みたいな感じで」
「あさみんが悪事?」
宇佐美がまさか、と言った顔で日下部を見た。
「そうなるよね。私も言ったんだけどさー。私が隣でいれば安心でしょ。って感じでチームを組んだんだよね。まあ、楽しそうってのも合ったけどさ」
「へぇー」
二人の声が重なった。
「え? あさみん知らなかったの?」
「はい。全然知らなかったです」
「ふーん」と相槌をした宇佐美は、先ほどまでの怒りはすっかり溶けてなくなっている様子だった。
そしてこれからの事や、当たり障りのない世間話、次に行く観光地の話などで盛り上がった三人は、他の利用者から「うるさい」と注意されるまで、しばらく盛り上がった。
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