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第三十六話 襲撃③

 地鳴りのような振動とともに、オーガたちが迫ってくる。

 装備品を身に着けた探索者たちが、バリケードの向こう側へ飛び出していく。皆がやる気に溢れていた。


 撤退する事も考えたが、このオーガたちはどう見ても異常だった。追いかけて地上まで来る可能性がある。

 城戸は覚悟を決めた。


「オーガの攻撃を受け止められる奴は前に出ろ! 遠距離武器を持ってる奴は、後の事を考えるな! 撃って撃って撃ちまくれ!」


 指示が飛ぶと同時に盾を構えた探索者たちが走り出す。その後ろを近接武器を持ったものが追いかける。後方では弓を持った探索者が弓矢を放った。


 浅見もテントから装備を身に着けて駆け出した。肩で息をしながら、オーガの大群を目にした瞬間、足が止まった。


「こんな事って……」


 目の前の光景が浅見にも異常だと分かった。


 そして、内臓まで震えるような激しい衝突音が十階層に響いた。



「ぐっ、重てぇ!!」

「任せろ!」


 盾を構えてオーガの突進を受け止めた探索者たちから、くぐもった声が上がる。踏ん張る足は、じりじりと後ろにずり下がっていく。

 オーガの動きを止めている間に、他の探索者が斬りつけるのだが、分厚い筋肉は生半可な攻撃では致命傷にならない。足を止めて攻撃をしたいが、すぐ隣には別個体のオーガがいる。悠長に足を止めるわけにはいかない。


 オーガの勢いを殺すことには成功した。だが、オーガたちは探索者たちを囲い込むように広がっていく。半包囲する形だ。

 すぐに両者が入り乱れる乱戦になった。弓を放っていた探索者たちも、剣や槍に持ち替えて駆けだしていく。


 皆が盾を持つ探索者と連携する中で、単騎でオーガの群れに切り込む日下部の姿があった。

 振り下ろされる拳を紙一重でかわし、日下部が刀を一閃する。赤い刀身はオーガの肘に吸い込まれるように入り、肉と骨を切り裂いた。

 しかし、斬り飛ばすまではいかない。だが骨まで達している刀傷からはおびただしい量の血が流れ出ていた。

 日下部は一瞬たりとも足を止めず、別の個体に攻撃を仕掛ける。

 次のオーガは膝の腱を斬られ、巨体を支えきれずに崩れ落ちる。倒すことよりも、敵を戦闘不能にすることを優先した動きだった。

 日下部の視線が目まぐるしく動く。次に通り抜ける場所を一瞬で判断して声を上げず静かに、ただただオーガを無力化していく。


 一方で熱く声を上げてオーガと肉弾戦を繰り広げる城戸は、オーガと殴り合っていた。


「まだまだぁ!!」


 渾身の振り下ろしがオーガの肩に当たると、骨が砕ける音が響き、肩が心臓に届きそうなほどべっこりと凹んでいる。その凹んだ部分からは折れた骨が飛び出しており、失神するようにオーガは大の字で仰向けに倒れた。

 次の獲物は、盾を力任せに殴りつけていたオーガだった。背後からチョークスリーパーを極めると、全力で締め上げながら体重をかける。ごびゅっと粘ついた唾液が混じった息が漏れ、オーガの四肢がだらりと弛緩した。そして全力で後方に投げ捨てた。


 このまま何とか抑えきれるかと思われた。しかし、


「後続あり!! 数30以上!!!!」


 誰かが叫んだ。

 まだ地獄のような戦いは続きそうだった。



 次第にオーガが探索者たちを圧倒していく。半包囲が広がっていき、拠点に到達するのは時間の問題だった。

 探索者たちの、けが人もそれなりに出ている。衝撃で気を失って救護所へと運び込まれたものは、意識を取り戻すと、打撲や打ち身なら無理を押して前線に戻って行くが、骨折のような怪我があれば前線には戻れない。

 探索者の戦力が少しずつ減っていくなか、オーガは数を増やしていく。


 そしてオーガにとって拠点の馬防柵のような簡単なバリケードは、何の障害にもならなかった。足止めにすらなっていない。


「オーガが拠点に入った!!!! 誰か行けるやつは!?」


 バリケードを弾き飛ばして侵入したオーガが、テントを薙ぎ払っていく。声を上げた探索者の声に反応するものはいない。どこも手一杯で余裕など無かった。

 逃げ惑う拠点にいる裏班の職員たち。

 今、戦闘に出ずに拠点に残る者は、探索者登録こそしてはいるが、メインは応急処置や料理といった支援をメインに活動している者だった。当然オーガとは戦えない。

 拠点内は阿鼻叫喚と化していた。


「誰かいないか!!」

「キャァーー!! 誰か助けて!」


 浅見は迷っていた。

 城戸の言葉が脳裏をよぎる。『もしもの時』、それがまさに今だという事も分かっている。浅見がオーガと戦うにはスキルを使うしかない。使わないで戦うのは自殺行為だ。

 しかし、これほどの人前で使ったとなれば隠し通すことはできない。

 なにせダンジョン協会のホームページにも表記がないスキルだ。公になれば面倒なことになるのは目に見えていた。


「分かってる……やることは一つ」


 顔を伏せた時、腰に佩いている朱色の鞘が目に入った。とても美しい朱。そして桜模様が映えている。小太刀を見た浅見は、以前に日下部に言った事を思い出した。


「解決できる力があったら助けに行く……」


 顔を上げた浅見の表情からは迷いが消えていた。深くゆっくりと息を吸い込んで、そして、ゆっくりと吐き出す。

 次第に死闘の音が遠のき、世界が静寂に包まれると、周囲の動きがまるでスローモーションのように遅くなっていく。拠点に侵入したオーガが、テントを薙ぎ払った恰好のまま、止まっているように見える。

 逃げ惑う裏班の動きも鈍く、涙を浮かべた顔で振り返った職員の視線の先には、振り下ろされるオーガの拳があった。


 浅見は朱色の鞘から小太刀を引き抜き、そのオーガめがけて駆けた。



 オーガにやられる寸前だった職員は突然巻き上がった突風に顔を背ける。身をこわばらせ、襲ってくる痛みに耐えようとする。


「グオオオアオアアア!!」


 痛みに悶絶するオーガの声が聞こえ、恐る恐る目を開けると、どさりと音を立ててオーガの腕が地面に落ちた。

 傷口を抑えながらオーガが蹲ると、その背後に一瞬だが浅見の姿が見えた。しかし直ぐにかき消える。


「グオオアアアア……ァァァ……?」


 そして蹲っていたオーガの頭が地面に転がった。


「え? 一体なにが……?」

「大丈夫か!? これはどういう?」

「分かりません……」


 小巻が盾を持って駆け寄ってきた。

 目の前で事切れているオーガを見て地面に座り込んでいる職員に聞くが、職員にも何が起きたか分かっていない。だが、少しして何かを思い出したように小巻に言った。


「そういえば、一瞬だけ、あの朱色の刀を持ってた人が見えた気がします」

「……浅見さんが?」


 小巻が辺りを見回して浅見を探すが、姿は見えない。スキルを全開で発動しているときの浅見は、常人の動体視力では捉えることは出来なかった。


 そして小巻の目には驚きの光景が飛び込んでくる。


 こちらへ凄まじい勢いで駆けてくるオーガが、急に糸の切れた人形のように地面に突っ伏した。走る勢いそのままに地面を転がるが、すでに首が刎ねられていたようで、その拍子に胴と頭が分かれた。

 その次はテントを薙ぎ払おうとしていたオーガの巨体が、何も起きていないのに突然崩れ落ちた。


 次々に倒れていくオーガ。まるで現実離れした光景を、小巻は受け入れられずに笑ってしまう。拠点内に侵入していたオーガたちは一瞬にして撃退された。


「はは、意味分からねぇ……」


 そして小巻は、バリケードの近くに浅見の姿を見つけた。今までそこには誰もいなかったはずだ。

 浅見は戦いの行く末を心配そうに見ていたと思った瞬間、姿が消える。

 それを見た瞬間に小巻は察した。

 

「――あぁ、だから城戸さんは浅見さんを裏班に入れたのか」


 一人で納得した小巻は、目の前で茫然と座る同僚に手を伸ばした。


読んでくれてありがとうございます

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