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第三十四話 襲撃①

 拠点の簡易的なバリケードの向こう側で、警戒に当たっていた探索者とオーガの戦闘が始まろうとしていた。

 十階層で見られる変哲のないただのオーガ。身長は2メートルほどで、筋肉質な体躯で肌は赤黒い。額から小さめの角が二本伸びている。その怪力は脅威で、当たれば無事では済まない。


 五体のオーガが、探索者たちと衝突した。


「一体ずつ仕留めるぞ! 囲まれるな!」


 探索者たちは次々と攻撃を繰り出すが、鈍重そうな見た目とは裏腹に、オーガは機敏な動きで致命傷を避けている。攻撃が当たっても分厚い筋肉に防がれるせいで、耐久力も高くなかなか倒れない。

 大量の米を背負って運んでいた剛力のスキルを持つ女性が、オーガの攻撃を受け止めているが、一体で手一杯だった。


「くそっ! 初っ端から五体はキッツイ! っての!」

「ちっ! そっちに流れた!!」


 探索者たちの隙を突いたオーガが、拠点内へ侵入しようとした時だった。


「こいつは私がやります!」


 日下部が走り抜けすれ違いざまに、オーガの右腕を刀で斬り払った。血飛沫が上がり、オーガが声を上げる。


「グガアアアア!!」


 腕を斬られたことでオーガの意識は、拠点から日下部に移っていた。日下部はオーガと対峙すると鋭い目つきで刀を構えたが、その刀身は赤く、まるで血塗られているように見える。三階層で使っていた刀とは別のものだった。

 

 オーガが咆哮を上げながら突進してきたが、日下部は無駄な動きをせず、一瞬で間合いに入り込むと、鋭い踏み込みと同時に、先ほど斬り落とすまで行かなかった右腕を正確に斬り落とす。

 振り下ろされた左腕を半歩ずれて躱すと、返す刀でオーガの右膝を斬り飛ばした。


 その凄まじい剣技に、周囲の探索者たちが息をのんだ。


 バランスを崩して倒れたオーガが、日下部を怯えた表情で見た。その瞳は揺れ動き、うめき声は命乞いをしているように聞こえる。

 しかし日下部には、一切の動揺は見られない。

 痛みで力が入らないのか、血を流しすぎたのか分からないが、オーガの首は何の抵抗もなく日下部に斬り落とされた。


 何の感情も窺えない日下部に、探索者たちは畏怖した。


 遅れて日下部の班員が走ってくる。裏班に所属していない、戦闘を主にする探索者登録している職員だ。


「私の班は援護に回ってください!」

「はい!」


 指示を出していた日下部の耳に、裏班の報告の声が入る。


「さらに六体、向こうから走ってきます!」


 一心不乱に拠点めがけて突っ込んでくるオーガを見て日下部が呟いた。


「おかしい」


 オーガはもともと好戦的なモンスターではあるが、こうもなりふり構わず襲い掛かって来るという事は今まで一度も無かった。

 一つの集落には前後するが、だいたい十体のオーガが暮らしていることが多い。今、襲い掛かってきているオーガは、集落を投げうって襲い掛かってきているという事だった。


「もう二体!!」


 土ぼこりを上げて向かってくるオーガ。


「城戸さんは!? のんきにごはん食べてるんじゃないでしょうね!」


 責任者の姿が見えないことに日下部が叫ぶと、後ろからのっしのっしと走ってくる城戸の姿があった。日下部の声も聞こえていたようだ。


「俺は、走るのが、苦手なんだよ!」

「遅いです! 向こうの二体は任せましたよ!」


 泣き言をいう城戸に、追加で向かってきている二体を任せた日下部は、乱戦になっている中に向かっていった。


 ダンジョン協会の制服姿の城戸が、走ってくるオーガ二体の前に立つと、獰猛な笑みを浮かべた。市役所で指示を出していた時とはまるで別人だった。


「ゴアアアアア!」

「どっせい!!」


 一体のオーガが城戸めがけて突進をするが、掛け声をいれた城戸が難なく受け止める。その横を残りのオーガが走り抜けようとするのだが、


「おっと、通行禁止だ!」


 オーガを受け止めながら、走り抜けようとしたオーガの首根っこを掴み引き留める。相当な力を込めているのか、制服越しでも分かるほど膨れ上がった身体、血管が浮き出た腕。二体を同時に拘束している姿は、まさにねじ伏せると言う、そのものだった。


「マジで怪獣じゃねぇか……」

「類友……」


 城戸の戦い方を見ていた誰かが呟いた。


「お前ら――、ぬうん!」


 首根っこを掴んだオーガを地面に叩きつけると、土煙が舞い上がった。

 さらにその勢いのまま、もう一体を無造作に投げ飛ばす。

 投げ飛ばされたオーガが他の個体にぶつかり、ドスンと鈍い音が響いた。


「集中しろ馬鹿者が」


 地響きを上げて転がるオーガたちを見て、探索者たちは城戸の常軌を逸した怪力を改めて間近で見て引きつった顔になる。これがスキルを持つ者の力だった。

 だが、戦いは始まったばかり。


 押し寄せてきたオーガを探索者たちは必死に迎え撃っていた。


「脚を狙え! バランスを崩させろ!」

「まかせろ!」


 槍を構えた探索者が、オーガの膝を狙って突きを繰り出した。だが分厚い筋肉に阻まれて深く刺さりきらない。

 ぎろりとオーガが槍を持つ男を捉えた。


「あっぶね!」


 オーガの反撃を何とか躱すと、無理な体制で攻撃を繰り出したオーガがバランスを崩した。


「そこだ!!」


 背後から幅の広い剣を振り上げた探索者がオーガの肩めがけて振り下ろした。

 すると鈍い音と共に血が飛び散り、そのままオーガは前のめりに倒れこんだ。


「今だ! 一気にやれ!!」


 倒れた隙を逃さず、探索者たちが一斉に武器を振るう。剣と槍がオーガの首や関節を次々と切り裂いていった。


 戦場の中央では、日下部が圧倒的な実力でオーガたちを無力化していた。

 一瞬で間合いを詰め、鋭い踏み込みと同時に刀を振るう。


「――ハッ!!」


 振り下ろした一閃が、オーガの右腕を斬り飛ばす。さらに膝を斬り崩していく。

 そして、離脱すると次のオーガに向かっていく。その場に残ったオーガは力なく伏して、他の探索者たちに仕留められていった。


「さらに追加!! 三!!」


 悲痛とも言える報告が上がった。


「これって何だかヤバそうじゃないですか?」


 拠点の中から城戸や日下部が戦うのを見ていた浅見が、隣にいた小巻に不安そうに聞いた。

 

「今のところは大丈夫だとは思いますけど……。ほら、増える数より、減らす数の方が多いですから」


 指差した先で城戸がオーガの胸部を陥没させていた。


「ただ、けが人も出ているみたいですし、救護所を早く設置したほうがいいですね。行きましょう」

「はい」


 オーガが来ている方から一番遠い場所、十階層の入り口付近に本部と同じようなゲルを立てていく。浅見はマットと簡易ベッドを運び入れた。遅れて他の裏班の人間が応急処置セットを並べていく。


 そろそろ救護所が完成するといった時、歓声が響き渡った。


「終わった……んですかね?」

「こっちはこれからですよ! けが人の確認と、体のケアの準備があります」


 小巻は救護所から飛び出していき、声を張り上げた。


「けが人は!? 重体の奴はいるか!!」


 するといち早く救護所の位置を確認にきた、戦闘に参加していた探索者が、その声に反応した。


「重体はいない! 骨折か脱臼の奴が数人!! 連れてくる!」


 腕を押さえている者や、肩を脱臼している者などが運び込まれたが、致命傷を負った者はいないようだ。

 命に係わるけが人が出ていないのを見て、ひとまず安心した様子を各々が見せた。

 そして治療が始まったが、この場にいてもやることがない浅見は外で仕事を探すと、おしぼりを配るようで、それを手伝うことにした。


「お疲れさまでした。おしぼりをどうぞ」

「ありがてぇ……」

「サンキュー」


 嬉しそうにおしぼりを受け取った探索者たちは、血や泥で汚れた手や顔を拭いていく。おしぼりが瞬く間に赤黒く染まっていった。

 浅見は直ぐに次のおしぼりを渡そうとしたが、やんわりと促された。


「早く他のやつらにも渡してやってくれ」

「ありがとうよ」


 頭を下げて浅見は次の探索者へと配りに行くが、そこでもお礼を言われる。

 戦闘を主にする班も、裏班も同じ職員ということもあり、お互いの仕事を尊重し合っている。

 どちらかが欠けても成り立たないことを理解しているため、非常にいい関係性と言えた。




「ふぅ……」

「無事か?」


 十体を優に超える倒されたオーガの死体が無造作に転がっていた。鉄臭さが漂う中、城戸が日下部に声を掛ける。

 日下部は刀についた血を振り払い、納刀して城戸の方を向いた。


「いい加減制服を脱いでから戦ったらどうです? また支部長に注意されますよ」

「TPOを弁えた格好で戦い始めんと、何を言われるか分からん」


 上半身はほぼ露出し、長ズボンだったはずが短パンになり、かろうじて残っている状態だった。惜しげもなくその肉体を披露している。日下部はそれ以上何も言わずに、この異常な光景について話始めた。


「普通なら、こっちがある程度戦力を見せた時点で、オーガは引きますよね」

「こいつらはゴブリンと違って知能があるからな」

「なのにこれですよ」


 日下部の鋭い視線が、戦場の跡をゆっくりと見渡した。これまでの常識では説明できない事態が目の前で起きている。


「まあ、とりあえず休め。考えるのは、捜索に出たやつらが戻ってからでも遅くないだろ」

「まだ捜索もしなきゃいけないのに……」


 鉢金の間から流れる汗を拭いながら、日下部は城戸と拠点に帰っていった。


読んでくれてありがとうございます

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