第三十三話 嵐の前
伊藤の不穏な言葉を前に、男は戸惑いを見せた。
「さすがに殺るってのは、宗さん……いくらなんでも」
喧嘩やゆすりを繰り返してきた素行の悪い探索者といえど、その一線を超えるわけにはいかなかった。
だが宗は男の肩を引き寄せると、耳元でささやいた。
「殺るってのは言い過ぎたわ。ちょっと痛い目をみせて、俺らに手を出すと割に合わないって知らしめるんだよ」
「上手くいきますかね?」
「今まで俺が失敗したことがあったか? それに、こっちにはこれがあるだろ」
伊藤の指をさす先には、机の上に無造作に置かれた透明なパウチがあった。その中には、いくつもの錠剤が入っている。
ダンジョン協会が少し痛い目を見た所で、伊藤宗一郎の捜索を諦めるはずがないのだが、これまでの伊藤に対する信頼感が、この男から考えることを放棄させていた。
伊藤はパウチを手にすると、男を連れて小屋を後にした。行き先は、子飼いの男たちが時間を潰したり、休んだりするときに使っている洞穴だ。
中には四人の男たちが、リラックスした様子で談笑している。探索者たちが拠点を作っていたのを見ていた者も、この中にいた。
「はーい。ダンジョン協会が俺たちを捕まえに来たと思われまーす」
ざわめきが大きくなっていく中、伊藤は続けた。
「日頃は助けてくれやしないのに、俺らが稼ぎだしたとたんコレってヒドイと思わない? 思うよね。だ、か、ら、さ」
伊藤がパウチに入った薬を見せる。
「ちょっと痛い目を見せて、俺らに敵わないって思い知らせてやろうぜ」
すると子飼いの一人から声が上がった。
「暴れるって、あいつら結構強いって噂なんすけど、大丈夫っすかね?」
「強い? ならこれの飲む量を増やせばいいんだよ」
そういわれた男の顔が青ざめた。
「それ、飲みすぎたやつってバケモンみたいに変わったって……なぁ、お前も聞いただろ!?」
あの薬を飲みすぎた男の末路を知っている様子で取り乱すが、伊藤は落ち着いた声で諭すように言った。
「あいつは、体に馴染んでいない状態で大量に服用したから、ああなったんだってば。それに、ゴブリンベースで作った時は質が悪かった。でも今は違う」
間を取って全員の顔をなめるように見渡した伊藤が頷いた。
「オーガベースで作り直したし、君らはちゃーんと、俺の言う事を守ってくれたおかげで、下地は出来上がった。ほら、睡眠薬とか使いすぎると効きにくくなるって聞いたことあるだろ? それと同じで、君らには抵抗が出来ているのさ。だから心配することはない。これでも元薬剤師なんだから、信用してくれないと」
取り乱した男は、睡眠薬や痛み止めを飲みすぎると効き目が薄くなると聞いたことがあったせいで、伊藤の話を全面的に信用してしまう。元薬剤師という肩書もそれなりの効果を見せているようだった。
「それに、酒も女も娯楽もないダンジョンで一生暮らしていくか? 嫌だろ? 男を見せるなら今しかないと思うけどね」
さらに伊藤が煽ると感化された男が立ち上がった。
「やってやろうじゃねえか!」
また一人。
「おお! ダン協に目に物見せてやろうぜ」
そして皆が声を上げていきり立った。
その光景を満足そうに見ていた伊藤が手を上げると、男たちは静かになり伊藤を見る。
「俺の計算によると5錠なら問題ないから。それじゃ配るけど、ダン協に仕掛ける少し前に飲んで欲しいんだよね。結構高揚感が凄いと思うからさ、念のためね」
そういって伊藤は手渡しで薬を配っていく。
受け取った男たちは、意気揚々とやる気に満ち溢れて洞穴を後にしていく。
「溶けやすくしてあるし、水なしでも飲めると思うからー。頼んだよー」
こうして男たちを見送った伊藤は、次の作業に向かうため掘っ立て小屋へ戻ってきたのだが、
「くっ……、くくくっ……、あははははは! 馬鹿すぎて笑いが止まらねえ! 成分なんて俺の思いのままなのに、くくく……、あー駄目だ。面白すぎて涙が出てきた」
掘っ立て小屋から漏れ出した伊藤の笑い声は、男たちには届くことは無かった。
十階層に設営された拠点では、昼時ということもあって、料理人は忙しそうに働き、物資担当は水と食料の管理に追われていた。
そして指揮を執る城戸は、本部とされるゲルの中で作戦会議を始めていた。
ゲルの中は想像以上に広く、中央には折りたたみ式のテーブルが置かれており、その周囲を囲むように、小さな椅子が並べられていた。
その椅子には城戸と日下部をはじめとした、戦闘を任されている班を率いる班長が座っている。そして、テーブルの上に広げられた十階層の地図に視線を落としていた。
城戸は、地図の上に班に模した駒を置くと顔を上げた。
「さて、どこからいくかだが……」
「ならうちの班を森林側にしてくれ。目と耳が良いやつらが多いからな」
企業探索者の一人が手を挙げるが、その表情は自信に満ちていた。
胸には花村と同じロゴが入っており、和歌山で知らない者はいないほどの大手企業で抱える探索者も粒ぞろいだ。スキルを持っている者も多く所属している。
城戸も頷いて駒を割り振った。
「なら、こっちは平野を任せてもらおうか。目が良いやつはこっちにもいるんでね」
次に名乗りを上げたのは、宇佐美と同じロゴが入った企業探索者だった。こちらも有名な企業で多くの探索者が所属している。当然スキル持ちもいる。
駒を置きながら城戸が二人に忠告する。
「よし、捜索のペースは任せるが、持ち帰る情報が何もないからと言って無理だけはするな。何もないのも立派な情報だ。ちょっとでもおかしいと思えば帰ってこい」
「了解了解。命あっての物種ってね」
「だな」
二人の企業探索者の班長は本部を後にした。
その場に残った城戸と日下部だったが、日下部が余った駒を手に取った。
「それじゃ、私はこっち側を見てきます」
「気を付けろよ」
「りょーかい」
そう言って駒を置くと、本部から出ていった。
本部を出たところで、香ばしい香りが漂っていることに気が付いた日下部は、捜索の前に腹ごしらえをする事にした。日下部は本部の外で待機していた自らの班員に「先にご飯食べよう」と提案をする。
捜索のペースは各々に一任されているため、緊急時以外はそれなりに融通が利く。
そしてタイミング良く、ちょうど列に並ぼうとしている浅見を見つけて隣に並んだ。
「刀は持ってきてないんですか?」
「っ、びっくりしたー。今は割り振られたテントの中に立てかけてあります。小巻さんが見ててくれるようで」
「小巻さんと同じテントなんですね。それに慣れてないと確かに邪魔ですもんね」
日下部が自身の刀の柄をポンポンと手で叩いた。
「それで、後は適当に過ごしてくれって言われて困って、とりあえず昼ごはんでも、と」
「確かに警戒に回らないと手持ち無沙汰になりますよねー。ただ、素の状態の浅見さんがオーガを相手にするのは、私は許可しません」
素の状態というのは、スキルを使っていない状態のことを日下部は指している。
十階層に出るモンスターのオーガは、人間のような動きをする。未だに仕合の許可を得ていない浅見が戦える相手ではない。
「はい。――オーガってどれぐらいの実力で、相手にしても大丈夫になりますか?」
「そうですね……。さーやぐらいで、まあ何とかギリギリのギリギリ……、花村さんで、ギリ、オッケー……な感じですかね」
「先は長そうですね……」
少し落ち込んだように見えた浅見に、日下部は慌ててフォローを入れた。
「あっ、一対一の話ですよ? 班で動くなら、さーやでも問題ないです」
どちらにせよ、今の実力では全然足りないという事だった。
「班という事は宇佐美さんも?」
「来てると思いますよ? さすがに私は、企業探索者の参加まで把握していないので分からないですけど、花村さんも来てるんじゃないかな? なんだったら城戸さんに聞いてみますか?」
「特に用事がある訳じゃないので、大丈夫です」
「冷たいなーあさみん」
「ははは、似せる気全くないでしょ」
毛ほども似ていない宇佐美のモノマネを笑っていると、順番が回ってきた。
「おにぎり何個いりますー?」
昼食を配る男性が、コンビニの二倍ほどはあるおにぎりを両手に持って浅見たちに聞いてくる。
「一個で」
「私は二個、お願いします」
それぞれおにぎりとおかずを受け取ると、適当な場所に腰を下ろした。
「おいしそうですね」
おかずを見て浅見は嬉しそうに言った。
ホイコーローにゴマ豆腐と味噌汁が昼食だ。さすがに種類は豊富とは言えないが、十分満足できる量があった。
「和歌山支部って食事のレベルが高いらしいですよ。前に転勤で来た人がびっくりしてました」
「地域で違うものなんですね」
「みたいですよ。この爆弾みたいなおにぎりも、和歌山だけみたいです。さすがに食べきれないので、残りは夕飯に回します……」
やっぱり女性は小食なんだな、と浅見は思いながら昼食をとりはじめた。
凄い勢いで削れていくおにぎりを見て日下部が笑っている。
他の探索者たちも思い思いに食事を楽しんでいるが、その平穏は突然破られる事となった。
拠点の外の方から襲撃の報告を知らせる怒声が響く。
「浅見さんは拠点から出ないで下さい!」
座るときに置いた刀を手に取った日下部は、声のする方へ駆けていった。
読んでくれてありがとうございます




