第三十一話 出発
よろしくお願いします
そして遂に捜索の日がやってきた。
体調を万全にするために、浅見は昨日、ダンジョンと稽古に行かずに家で休養を取っていた。そのおかげか顔色もよく体調はすごく良さそうに見える。
バックパックの中に着替えやタオル、色々と準備したものを詰め込んでいる。さらに、もしものための非常食として、インスタント食品と水を多めに入れてあった。
普段より重たくなったバックパックを背負い浅見は家を出た。
センターに入ろうとするが、普段はない大きなトラック、――運送会社が使いそうな宅配トラックが停車していた。ロゴも何も入っていないトラックを横目に浅見はセンターに入っていった。
時間は8時30分。センター内は多くの探索者で賑わいを見せていた。
日頃、浅見は昼を回ってからダンジョンに入っている。早く入ったとしても昼前だ。
今のような混雑するセンターを見たのは今日が初めてだった。
きょろきょろと知っている顔、日下部、宇佐美に花村を探すが、さすがに人が多くてピンポイントで探し当てるのは無理があった。あの大柄で目立ちそうな城戸でさえ見当たらない。
このまま突っ立っているわけにもいかない浅見は、手が空いていそうな職員に聞くことにした。
「忙しいところすみません。城戸さんのおられる場所って――」
「こっちだ!」
買い取り所近くにいた職員に浅見が声を掛けるが、全て言い終える前に野太い大きな声が響いた。
声の方を見るとゲート横のブースから顔を覗かせている城戸の姿があった。
浅見は人ごみを避けながら進んでいく。
「おはようございます。凄い人ですね……。まさか……?」
「全員じゃないが八割方そうだな。今回の捜索に加わる関係者だ。にしても、カバンなんか持ってきたのか?」
「一応、水とかインスタント食品とか、持ってきました」
浅見のトレードマークとなっているバックパックを、城戸が不思議そうに見ていた。
そうこうしていると、小柄な探索者の恰好をした浅見と同年代に見える男性が城戸の方にやってきた。
「物資の確認も完了しました。問題なく、いつでも出発できます。――こちらが?」
城戸に報告を済ませた職員が浅見を一瞥した。
「そうだ。面倒を見てやれ。何かあったとしても守る必要はない。こいつも日下武館の一員だからな」
日下部の道場に通っているからどうの、という訳ではなく、危なくなったらスキルでなんとかするだろうと城戸は思っている。
「わかりました。私は小巻と言います。裏班の責任者と思っていただければ」
「私は浅見と言います。よろしくお願いします」
お互いに自己紹介も終わり城戸がブースを出て、ゲート横に行って近場にいる探索者と二、三言葉を交わすと探索者の集団がゲートに進んでいった。よく見ると日下部の姿もあった。普段とは違い、以前に変異種と戦っていた時と同じ装備をつけていた。
声を掛けられる雰囲気じゃないため、浅見は日下部の後姿をぼんやりと眺めていたが、小巻に話しかけられて我に返った。
「それじゃ浅見さんは物資の搬入を手伝ってください」
「はい」
小巻に連れていかれる形でセンターを出ていくが、外に停車している宅配トラックの荷台の近くで立ち止まった。その周りには大勢の探索者の恰好をした男女がいる。
彼ら彼女らがダンジョン協会の後方支援部隊の面々だ。
小巻が荷台の扉を開けると、中にぎっしりと今回使う物資が詰まっていた。そして荷台の中に乗り込むと、各々が慌しく動き始める。
「浅見さんはここで、私から荷物を受け取って後ろにまわしてください。リレーで行きます」
バケツリレーの要領で、センターの中に置かれた台車まで運ぶようだ。
慌てて浅見はカバンを邪魔にならない場所へ置いた。
「っしゃあ! 気合入れろ! 怪我に気を付けろよ! 声出して行け!」
「おお!!」
人が変わったように小巻が檄を飛ばすと皆の声が重なった。こういうノリは嫌いじゃない浅見は、高校時代の部活を思い出していた。自ずと浅見自身にも気合が入る。
荷台の半分以上運び終えたが、大半はテントや寝床に使うマットのようだった。
そして浅見の視界に見慣れた段ボールが飛び込んでくる。それを見て気合を入れた。
「今から水行くぞー! 腕で持ち上げるなよ! 腰を入れろ腰を!」
2リットルのペットボトルが6本入った天然水の段ボールだ。
小巻が滑らすように浅見にパスをすると、両腕で抱えるようにして持ち後ろの人に渡す。そして次は20リットルのポリタンクが姿を現した。
「限界が来たら適宜交代しろ! 限界までやるな! 余裕を残せ!」
ずしりと20kgが両腕にのしかかる。20個ほど運んだあたりで、腕に乳酸が溜まったのか動きが鈍ってきた浅見を見た小巻が指示を出す。
「浅見さん交代! 佐伯! 入れ!」
「おーらい!」
有無を言わさず交代させられた浅見の手は微かに震えていた。
しばらく水のリレーが続いて、最後に米が運び入れられた。
「完了ー! さー移動するぞー」
こんな事ならカバンを持ってこなければよかったと思い始めている浅見は、自分の荷物を回収して小巻の後を追う。
「武器を預けている奴は今のうちに取ってこいよー。この台車の荷物をダンジョンに運び入れたら出発するぞー! ダンジョンに入ったら俺たちは探索者だ! 切り替えていけ!」
慌てて浅見は武器を取りに行く。手慣れた動きで、腰に黒狼の小太刀を佩いて戻ると、朱の鞘と桜模様が目を引くようで、小巻をはじめ大勢の裏班の者たちが浅見の刀を見つめていた。
「それじゃ行きましょうか。周囲を戦闘を主にする企業探索者の方に警戒してもらってますが、浅見さん自身も警戒をお願いします。――まあ日下部さんの関係者なら問題ないでしょうけど」
「足を引っ張らないよう頑張ります」
武器を携帯してダンジョンに入ったからには、常に周囲に気を配れと教えられている。これでも浅見は、あの日下部に教わっている。そのあたりの心構えはわきまえていた。小巻も特に問題に思っていないようだった。
ダンジョンの一階層では裏班に所属するものたちが、荷物を集めて搬送の準備を進めていた。そして鉄で補強された背負子に、30キロの茶色い米袋が載せられていく。2列の4段重ねで計8袋載せられたが、誰が運ぶというのか。
すると小柄な女性が背負子の肩紐を通した。
「んしょっと」
ぎちぎちと肩紐が音を立てるなか、女性は少しだけ重そうにするだけで歩き始めた。彼女は以前に、探索者のスキルを紹介する雑誌で、原付を片手で持ち上げていた女性だった。こうして重たい物資が、スキルを持つ者たちの手によって運ばれていった。
残る物資はマットやタオルなどの比較的軽いもので、小巻や浅見といったスキルを持たないものが運んでいく。
一階層を過ぎ、二階層に入ったところで浅見が何かに気が付いた。その事を隣を歩く小巻に聞いた。
「小巻さん。これ、両手がふさがってますけど、もしモンスターが来たらどうするんですか?」
両手で抱えるように段ボールを運んでいる。周囲を企業探索者が警戒しているとはいえ、もしもすり抜けて襲い掛かって来た場合、どうすればいいか分からないでいた。
だが小巻の答えはシンプルだった。
「荷物を放り投げて戦えばいいんですよ。汚れても洗えば綺麗になりますし、足りなくなったら取りに戻ればいい話ですし。――実際に、あんな感じです」
この人数で歩いていると、どうしてもどこかでモンスターの縄張りに入ってしまう。少し先で蟻が企業探索者に襲い掛かっていたが、その近くで荷物を持っていた裏班の人間が、その荷物を地面に落として武器に手をやった。
結局、蟻は企業探索者に退治されたが、浅見はなるほど、と理解した。
ぞんざいに扱わないに越したことはないが、身を守る行動のほうが大事という事だ。
そう言った小巻だったが困ったような笑みを浮かべた。
「ただ、三階層は落とすと段ボールがボロボロになってちょっと面倒なんで、皆ぎりぎりまで我慢したりします」
「たしかに……」
湿地帯で段ボール箱を落とした場面を想像して浅見は納得した。カエルに襲われないことを願って三階層に入ったが、その願いが届いたのか、裏班一行はスムーズに突破し四階層、五階層へと到着することができた。
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