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第三十話 出発にむけて

よろしくお願いします

 浅見が、十階層にいると思われる伊藤宗一郎の捜索に参加することが決まっても、日常はそう変わらない。

 その日のうちに浅見たちは三階層で仕事をしていた。


 手慣れた動きでグリーンフロッグの舌の攻撃を躱して肉薄する。

 もう浅見は伸ばされた舌に驚くこともないし、バランスを崩してたたらを踏むことも無くなっている。

 倒し方にもスマートさが見られるようになっていた。

 今までは両断に斬り伏せていたが、今は突き刺すようになった。そして皮を剥ぐのにも抵抗が無くなったようで、会話をする余裕すら見える。

 浅見は周囲に人がいないことを確認して、日下部に話しかけた。


「そういえば、後方支援って言ってましたけど、具体的にどんな事をするんですか?」

「んー、拠点を作るときの、テント設営を手伝ったり、トイレ用の穴を掘ったり、火の番をしたりですかねー」


 思い出すようにして指を折りながら話す日下部に、浅見はテントの言葉に反応した。


「テントとかって自前のを持って行った方がよかったりします?」


 帰りにD-GEARにでも寄ろうと考えていた浅見だったが、どうやらその必要は無さそうだ。


「いらないですよ。今回はダン協が主体ですからね。自前の後方支援専門の部隊がいますので、着まわせる程度の下着ぐらいでいいと思いますよ。持っていくものって」


 ダンジョン協会はダンジョンの調査を目的とした探索も行っている。地図の作成やモンスターの分布など、様々なことを調べるが、当然日帰りでは行えない。

 何日か掛けて調べるわけだが、その間の食料や水、寝床を準備する専門の部隊をダンジョン協会は抱えている。


「後方支援専門の部隊って……そんなのがあるんですね」

「ダンジョンで何日か泊まるときじゃないと、表に出ませんからねー。裏班とか後方支援部隊とか裏方部隊とか色々な名前で呼ばれてますよ」


 日下部はグリーンフロッグを捌きながら説明を続ける。


「人によっては戦闘よりもそっちの方がキツいって言うくらい、重労働です」


 浅見は少し驚いた。

 探索者といえば戦うものだとばかり思っていたが、それを支える裏方が存在することは考えもしなかった。


「重労働って物資の運搬とかですか?」

「ええ。食料、水、テント、調理器具にバリケードとか。生活に必要なものは基本的に全部持って行かないとですし、ゴミも持ち帰らないといけませんからねー。一日に何度か往復することもありますよ」

「そこまで体力に自信が無いんですけど……」


 後方支援に放り込まれると聞いていた浅見が不安そうな声を上げた。


「そういう重い荷物を持つ人はスキルを持ってますし、浅見さんの足腰が砕けるようなことは無いと思いますよ」

「砕けるって……」


 冗談で言っているのか、真面目に言っているのかどちらか分からなかった浅見の顔は引きつった。

 そして日下部は、剥いだグリーンフロッグの皮をカバンに入れて立ち上がった。


「日下部さんは前線ですよね?」

「ですねー。もっぱら露払いが私の仕事です」


 手を前に伸ばして、露を払うように左右に振った所で、「あっ!」と何かを思い出したように日下部が浅見の方を見た。


「そういや、前に調査の人の手伝いで地図を書くことがあったんですけど、城戸さんってばヒドイこというんですよ」

「ひどいこと?」


 あの城戸が、理由もなくヒドイことを急に言う人物には、見えない浅見は何があったのか不思議に思った。失敗をすれば叱責を受けるのは当然だし、日下部がそれを不満に思うタイプでないことを浅見は知っている。

 まったくヒドイことの想像がつかないでいた。


「折角ちゃんと地図を書いたのに、『お前は剣以外握るな』って、失礼だと思いません?」

「それは、そう、ですね……」


 一体どんな地図を書いたのか気になった浅見だったが、笑ってごまかすことにしたようだ。


 そして二人は次の獲物を探して歩き始めるのだが、日下部が「忘れてた」と、浅見に大事なことを伝えた。


「アイマスクは必須ですね。ずっと明るいんで」


 指をさした先には、太陽を模したよくわからない光源が浮いていた。




 


「で、まだなんですか? あれから二日過ぎましたけど……」


 不満そうな声で浅見がグリーンフロッグの皮を集めながら、日下部に話しかけていた。

 城戸から捜索に加わるよう伝えられてから二日経っていたが、音沙汰が無い浅見は落ち着きがない。

 なにせ初めてのダンジョンでの泊まりに加え、大規模な拠点設営に加わるのだから、早く段取りや大まかな流れを知りたいと、気持ちが急いているのも無理はなかった。

 

 城戸からの連絡がまるで無いのか、と言えばそれは違った。

 日下部には新しい情報が伝えられているが、浅見に言う必要のない情報だったため黙っていたのだ。

 それは、五階層でボロボロになった装備品や下着が見つかり、傍に探索者カードもあった。そのカードの名前を調べてダンジョンに入った時期や、活動していた階層などから、この人物が変異種になった探索者だと断定されたが、決め手となったのは、この探索者が研究施設で見たタトゥーと同じ柄を入れていたと分かったことだった。


「まあ気長にのんびり行きましょ。何か言われたら、さっさと日程を決めない城戸さんが悪いって言えばいいんですよ」

「えぇ……」


 困った様子の浅見だったが、三階層からセンターに戻って来たところで、待ちに待った連絡が日下部のスマホに入った。


「もしもし。明後日の九時ですね、了解でーす。あ、そうそう。浅見さんが連絡遅いって怒ってましたよ。――はーい」

「いや、別に怒ってないですって」

「ふふ、城戸さんが『悪かったな』って言ってましたよ」


 困った様子で頭をかいた浅見を見て日下部が笑っていた。




「企業探索者への応援は済んだか?」

「はい。三チームに依頼を出して、了承を得られています」

「裏班の準備は」

「それも問題ありません。水、食料の手配済んでいます」


 和歌山市役所内にあるダンジョン協会、和歌山支部のフロアで城戸が指示を出していた。

 大柄で筋肉質で窮屈そうな制服姿からは想像もできないほど、細かく的確に指示を出していく。


「企業探索者の人数と、こっちの前衛の人数の合計も、ちゃんと伝えたんだろうな?」

「もちろんです!」

「なら、そこにあと一人追加しておいてくれ」


 城戸に言われた職員は、怪訝そうに聞き直した。


「一人、追加ですか? 職員と企業探索者以外に?」

「ああ。俺の知り合いで、日下部のお気に入りの奴を一人連れていく。裏班の仕事をさせるつもりだ」

「あー、あの朱色の刀の……。前線じゃなくて裏班でいいんですか?」

「今回はお試しだからな」

「了解です」


 良くも悪くも浅見はすでに、有名人の仲間入りを果たしている。そして日下部と共にいると言う事は実力もそれにあるのではないかと、噂が一人歩きを始めていた。

 あれほど派手な武器をもっているのに、前線ではなく、裏班に入れる理由が職員には思い当たらなかったが、城戸の指示通り裏班に一名追加と記した。


 今回の捜索に参加する職員や企業探索者は『違法薬物の取引の主犯格の男』の捜索と思っている。本当の理由を知るものは数少ない。城戸に日下部、あとは和歌山支部長ぐらいだったが……。

 城戸は受話器を上げて直通ダイヤルを押した。

 繋がった県警のダンジョン課である。事のいきさつを簡単に説明すると城戸の横に立つ職員にまで、相手の声が聞こえてくる。城戸は受話器から耳を遠ざけて、ため息をついた。




無事に三十話まで続けられました

読んでくれてありがとうございます

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