第二十九話 会議
小説を書くことの難しさをひしひしと感じています
日頃、センターで待ち合わせをしている二人は、何かあった場合を除いて、浅見が日下部の到着を待っていることが多い。
浅見は十五分前に来て日下部は五分前に来る。そして、揃ってダンジョンに入るのだが、今日は違っていた。
待ち合わせ時間の二十分も前に日下部がゲート横に立っていた。
ただ普段の人当たりがいい雰囲気ではなく、眉根が寄せられている。
見て分かる通りご機嫌はよろしくなかった。
「私抜きでやってくださいよ」
「怪我や病気で休職中なら、俺も声をかけんがな」
日下部の隣にはダンジョン協会の制服を着た城戸が立っていた。
「私が休職中なのは、城戸さんの心残りを解消してあげてるんですってば」
「なら、その件はもういいから復職しろ」
「うっわ、大人げない! こんなペーペーの小娘相手に職権らんよーだ」
「小娘て……、お前みたいなドでかい苗字を背負ったやつを、俺は小娘とは思わん。それにぺーぺーって言うなら、これほど自由にダン協で振る舞えてるほうが、日下部の名の乱用と、俺は思うがな」
思い当たる節があちこちにある日下部はぐうの音も出なかった。
そしてぶっきらぼうに言い放った。
「こんなろくでもない家名でも、使えるなら使わないと損ですからね」
「まあ、俺が今の椅子から落ちない限りは、割と自由にはさせてやるから、仕事は手伝え」
「うす」
そしていつも通り十五分前になって、浅見がセンターにやってきた。
センターにやってきた探索者たちは、嫌でもゲート横にいる大柄な城戸が目に入る。浅見もそれに漏れず目に入った。
「あれ? どうしたんですか二人揃って」
「こっちに来い」
有無を言わさず、ゲート横にあった職員用のブース内へと肩を軽く押されながら連れていかれる。
そこはブースというよりも、小部屋と言った方がいい作りになっていた。テーブルと椅子が四脚。そして小さな本棚にファイルが並んでいる。
城戸は座るよう椅子を数回指差すと、浅見はおずおずと座った。
まるで先生に呼び出されたような気持ちになった浅見は、日下部に聞いた。
「何か怒られるような事をやったんですか?」
「前に言ったアレですよアレ」
何のことかパッと思い出せない浅見に日下部は「ほら」と続ける。
「ほら、一年ぶりぐらいにダンジョンに入って、深い階層の素材を持って帰ってきたって話の――」
「あー、前にそういや言ってましたね。素行が良くない探索者でしたっけ?」
日下部の説明でようやく思い出すことができたようだ。
城戸の話も、この探索者がらみのようで、テーブルの上に数枚の書類を無造作に置いた。
そこには探索者カードの情報と持ち込まれた素材が並んでいた。
以前に市役所で、日下部が浅見の活動内容を確認したことがあったが、それを印刷したものだった。
「それがこいつら、全員で八人ほどになる」
「最近だと――、十階層の素材ばかりですね」
手早く確認をしていく日下部が十階層ばかりと言ったが、ここで浅見が質問をした。
「十階層ってそんな簡単に行ける階層なんですか?」
「行くだけならな」
城戸の答えに日下部が補足する。
「モンスターって、縄張りやこっちから手を出さない限り、そこまで襲い掛かってこないんですよ。だから行くだけなら割と簡単に行けますね。その階層のモンスターと戦えるかは別問題ですけど」
「そうなんですね」
簡単にたどり着けたとしても、十階層のモンスターを相手にするにはそれ相応の実力がいる。もしくは多人数で圧倒するかだ。
「俺は、こいつらが戦って素材を持ち帰っているとは思っていない」
そう言いながら、城戸は数枚の写真をテーブルに並べた。
ゲートから荷物を背負った例の探索者が、買い取り所まで歩いていく姿を映しだされていた。
「監視カメラの切り抜きだが、見てみろ」
写真には四名の探索者の姿があったが、どの写真にも武器を持つ姿がなかった。
「預けていたとか?」
浅見が最近利用している武器を預けるサービスの事を聞いたが、違うようで城戸は首を横に振った。
「当然調べたが無かった。俺のような体を使うスキルがあれば素手でも考えられるが、約一年ぶりに入った八人の素行の悪い冒険者が、一度にスキルを得られるなど、考えられない。――そこで、違うやつに目を付けた」
一枚の紙と写真がテーブルの上に置かれるが、その顔に浅見は見覚えがあった。
「この人知ってます。前に一階層で『稼げますよ』みたいな事を言ってきました」
探索者カードには伊藤宗一郎とあった。ゲートの入出記録はそれなりにあるが、買い取り所での記録が一切なかった。
「調べたらこの男は、去年に大阪から和歌山にやってきた元薬剤師という事が分かった。こいつが素材を分け与えていると見ている」
「はぁ……、絶対にややこしいことになってますよね」
研究施設で西条に言われた変異種の事、ダンジョンに入るが素材を集めない元薬剤師の男、武器を持たない探索者が十階層の素材を大量に持ち帰っている事。
日下部は額に手をやって深いため息をついた。
浅見は城戸と日下部が面倒くさそうにしている理由がよくわかっていない様子だった。
研究施設で西条が言っていた、例の変異種が変異した元人間という事を知らないのが一番の要因だ。
「あのー、その元薬剤師? の人が十階層のモンスターを倒したとして、他の人に分け与えるのって何か問題があるんですか?」
問題はないが、この男の行動は金をばら撒いていると言ってもいい行動だ。
普通の探索者なら、まずしない。
日下部も城戸もうすうす感づいている。
こいつがモンスターの脳内の石を集めて、良からぬことをしていると。
「それ自体には何の問題もない。無いが……あの新種のモンスターの事があるし、なんでそんなことをしているのか、確認する必要がある」
城戸が日下部を見ると、その視線に気が付いた日下部は小さく首を横に振る。
そして眉をひそめた城戸が顎をしゃくった。
「浅見さん、例の新種のモンスターなんですけど、あれって、実は、えーっと、人工的に強化させられた可能性が出てきたんです。研究施設でも色々調べてるみたいなんですが、詳しいことが分かるまでは、色々と警戒をしようって話になってまして……、つまり、素材を持ち帰っていない元薬剤師の男が怪しいって話です」
何を適当なことを言っているんだ、と城戸の目が日下部を射貫くが、新種を倒したのは浅見さんですよ。元人間だなんて言えません。と日下部の目が言い返した。
異形とは言え元は人間と言われれば、少なからず浅見の精神に影響があると考えた日下部のやさしさでもあった。
そして浅見は、日下部の言葉を聞いて納得した様子を見せる。
「なるほど。だからその元薬剤師が……」
元薬剤師が薬か何かでモンスターを強化したと考えるのは、自然の流れと言えた。
「それで、どうするんですか」
「毎朝決まった時間に奴らはダンジョンに入っている。近々、十階層を見回ろうかと考えているが、そこで、伊藤宗一郎たちを見つけられれば話を聞く」
十階層はフロア型で、五階層のような丘陵や山岳に加えて森林地帯も増えている。しかもオーガたちは各々がコミュニティを形成、つまり集落を作っていることを考えても、全体を見回るのは容易ではない。何泊かする必要がある。
浅見からすれば完全に他人事だった。大変そうだなーと言う感じでぼんやりと聞いていたが、城戸がそれを許さない。
「なにぼんやりしてるんだ? 当然お前も参加してもらうぞ」
「え!? ちょっと待ってくださいよ。最近、ようやく三階層で仕事をし始めたレベルですよ」
三階層の人間がいきなり十階層で探索をすると言えば、普通なら耳を疑うが、残念なことに浅見は普通の部類には入らない。
とはいえ、ダンジョン協会の職員ではない浅見に、強制的に参加させることはできないのだが、そこは押しに弱い浅見らしさが発揮されることとなる。
「何も最前線で戦えとは言わん。普段は飯の準備や洗濯などの後方支援でいい。もしもの時だけ、あのスキルで手を貸してくれ。それにちゃんと報酬も支払うし、隠したがってるスキルにも配慮すると約束する」
「……そういう事でしたら、まあいいですけど」
そして浅見が隣に座る日下部に目をやると、城戸が言い放つ。
「そいつは強制参加だ」
やれやれ、と言った風に日下部が手を広げて肩をすくめた。
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