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第三話 ダンジョンツアー

よろしくお願いします。

 土曜日の午後、晴天。浅見は和歌山駅西口からバスに乗り和歌山城へと向かった。車内は市民が多いようで一目で探索者とわかる恰好をした者はいない。浅見も動きやすい服装のジーパンにTシャツ、薄い上着を羽織っている。

 バスに揺られること数分。

 浅見は和歌山城前で降りて大手門をくぐる。石畳の道を歩きながら右手を見ると、苔むした石垣が出迎えてくれる。


「……久しぶりに来たな」


 チラシを片手に足を進めると御橋(おはし)廊下が見えてきた。その手前の広場には簡易ステージが設営されている。


 広場には、ざっと20人ほどの参加者が集まっていた。親子連れや若者、年配の人々など様々だ。

 時間になるとスピーカーから軽快な音楽が流れ始める。テッテー、テレテ、テレテ……とリズムが刻まれる。和歌山の住人なら一度は耳にしたことのあるあのCMソングだ。会場にいる人たちもざわついている。

 『まさかあの会社が企画しているのか?』と浅見が思っていると、小さな声が聞こえてきた。

 『幸せですかー』やはりあの曲だ。

 すると、マイクを片手に、一人の若い女性がステージへと姿を現した。

 胸元には、見慣れた企業ロゴが刻まれた革製の胸当て。探索者装備といえるそれを身につけながらリズムを刻むと、おかっぱの髪がふわりと揺れた。まさか探索者が歌いながら出てくるとは……。

 会場にいる子供たちは一緒に歌っていた。

 そして最後のフレーズを歌い締めくくられると、ぱちぱちと拍手が送られる。

 拍手が落ち着いてくると、ステージに現れたのは見知った顔——ダンジョン協会の制服を着た日下部だった。


「みなさんこんにちわー。ダンジョン協会の日下部です。本日はお集まりいただきありがとうございます」


 日下部はステージ上から集まった人たちを見ながら話しかける。


「えーっと、ダンジョンに入れるのは16歳からなんで、小さいお子さんたちはごめんなさい」


 ステージで何かあるかもしれないと、興味本位で集まっているだけの家族づれの人もいるようだ。


「では、今回協力していただく、企業所属の探索者で、花村香さんです! 拍手ー」


 ぱちぱちと紹介されて前に出た探索者の花村は小さく頭を下げる。その姿は、いかにも控えめで、おとなしい印象を与えた。


「では、参加希望の方は向こうで必要事項を記入してくださいー」


 ステージ横に置かれた机の上に用紙がおかれている。参加するつもりでいる浅見は机の前に立ち用紙を見た。

 住所・氏名・年齢・電話番号と言ったありきたりの記入事項が並び、疾病歴など健康状態も確認される。そして最後に『ダンジョンで負う怪我などはすべて自己責任と理解しています』の欄にチェックを入れなければならないようだった。『すべて自己責任』の言葉に、一瞬たじろぐ。

 今から行くところは一歩間違えれば命の危険がある場所なのだ。


 浅見のペンが止まっていると日下部が顔をのぞかせる。


「昨日はどうもでした。やっぱり来てくれましたね」

「ん、まあ暇でしたしね」


 ちらりと用紙に視線を落とす日下部が、最後のチェックの場所が空白になっているのを見つけた。


「ああ、それですかー。大層に書いてますけど、このダンジョンの一階層で怪我をする人なんて滅多にいませんよ? よほどの運動音痴じゃなければ大丈夫です」


 学生時代は運動部に所属していた浅見は、それなら大丈夫かとチェックに印を入れた。それを確認した日下部が素早く用紙を回収する。


「はい、オッケーです。残りの方も、はい。では3人参加と言うことで、ありがとうございます。では早速行きましょう。付いてきてくださいねー」


 手を挙げて歩き始める日下部を見て浅見は『遠足かよ』と突っ込んだ。



 先ほどのステージの裏側に広場があるが、そこに平べったい建物が建っていた。一目で景観に配慮をした結果なのだと分かる。

 和風のデザインを基調とし、白壁と黒瓦が特徴的で、城と繋がっていれば小天守に見える。しかし、この建物は探索者たちの拠点としての機能を持つ、近代的な多目的施設となっている。

 建物の正面には大きな木製の看板が掲げられ、そこには「和歌山ダンジョン探索センター」と書かれていた。


 自動ドアをくぐると正面奥に大きなゲートが見える。あの奥がダンジョンへの入口だ。

 監視カメラが上下左右に設置されたゲートには、認証システムがあり、資格を持つ探索者のみがダンジョンへと進むことができるようになっている。脇にはダンジョン協会の職員が常駐するブースがあり、探索者の身分確認や持ち込み装備のチェックが行われたりする。

 すると日下部がパンフレットを全員に渡していた。


「和歌山ダンジョン探索センターにようこそ! ちょっと長いので皆は略してセンターって呼んでいますね。ではお手元のパンフレットをご覧ください」


 言われるがまま浅見ら一行はパンフレットを開いて中を見る。どうやらダンジョン探索センターで利用できることが書かれているようだ。


 建物の一階には、探索者向けの施設が充実していた。

 モンスター素材の買い取り所では、ダンジョンから持ち帰った素材を即座に換金できる専用カウンターが設置されている。

 売店やコンビニももちろんあった。

 ただ通常のコンビニとは違って、モンスターの素材を活用した商品や、探索者向けの特殊装備、探索に必要な簡易食料や消耗品、応急処置用のキットなども販売している。

 休憩スペースとして簡易的な食堂もあるようだ。浅見がそちらへ目をやると、探索者同士が情報交換をしたり、食事をとったりしている。壁には巨大なモニターが設置されており、ダンジョンの最新情報や探索ルールの注意喚起が流れていた。

 医療設備も備わっているらしい。ダンジョン専門医が常駐しているようだ。

 そして、探索者同士のトラブルや犯罪を抑止するため、小さな交番が施設内にある。和歌山県警の警官が立番をしていた。


「続いて2階部分の説明です。パンフレットの裏面を御覧くださいー」


 二階部分は、主に長期滞在する探索者向けの宿泊施設が設けられていた。個室タイプと大部屋タイプがあり、個室は設備が整っている分やや高額だが、大部屋はリーズナブルな価格で利用できる。シャワールームやランドリーも完備され、探索を終えた探索者が身体を休めるのに十分な環境と言えるだろう。


 外から見たときは高さがあまりなく小さく感じたが、実際に入ってみると広々とした構造になっており閉塞感は感じない。探索者たちの拠点として機能しているセンターは『小さな城下町』と言えるだろう。


「とまあ、以上で説明を終わりますけど、何か質問のある方は?」


 どうやら誰も何もないようだ。来たばかりで何を聞いていいかも分からないといったほうが正しいかもしれない。


「では、こっちです」


 こうして正面奥にあるゲートにやってくると、日下部は書類や身分証のようなものを職員に手渡して手続きを済ませていく。一緒にダンジョンに入る花村も身分証を提示していた。

 ゲートの脇にいる職員が何やら操作をすると、ゲートが開かれた。その物々しさから浅見が唾をのんだ。

 まさに今からダンジョンに入るのだ。

 すると参加者の若い男が1人がおずおずと手を挙げた。


「あの、やっぱり、ちょっと止めたいんですけど……」


 それに引きずられたのか、もう一人の参加者の女性も手を挙げた。


「私も、ちょっと……」


 確かに浅見も昨日もらったチラシには、ちょっとお試しダンジョン。お気軽に試せると触れ込んであったが、厳重な警備や物々しさを見れば、ちっとも『お試し』感がまるでない。

 記入した最後の『自己責任』という言葉が、じわりと重くのしかかる。


「危険性は低いんですけどね。無理強いはできないので、その、今回はご縁がなかったと言うことで……。さきほど記入された用紙は、責任をもって処分しておきます」


 参加者2名が辞退して残りは浅見、ただ一人となった。不安がないかと言われれば不安はある。

 しかし、ワンツーマンになった分逆に安全なのでは? と考えるようになっていた。

 日下部が浅見を見る。「お兄さんはどうしますか?」と聞かれている気がした。

 浅見は迷いを振り払うように答えた。


「私は参加します」


 辞退した2人が、もの言いたげに浅見を見ながらセンターを後にした。


 パン、と柏手を打った日下部が『気を取り直して』と言いながら、胸当てのようなものを浅見に渡す。


「これは?」

「装備品ですよ装備品。さすがに私服じゃいろいろと言われちゃいますんで、念のためです」

「結構重たいんですね。エプロンみたい」


 厚手の革製エプロンだった。肩を通して前掛けのように装着し、腰のあたりでしっかりと紐を締めるタイプだ。


 身に着けてから浅見が腕を上げたり、足を上げたりと動きを確認している。動きに支障はないが、普段の服装とはやはり違う。

 動きにくい、とまではいかないが違和感がある。

 すると、動きを確かめていた浅見に花村が近づいてきてしっかりと装着できているか確かめている。ぐいぐいと引っ張る力には遠慮がない。小さな声でCMソングを歌っていた人物と同一とは思えないほど、その表情は凛々しい。

「大丈夫です」と花村が日下部に伝えると、「出発進行!」と、どこか締まらない日下部の号令でゲートをくぐっていく。


 ゲートの向こうには、揺らめく膜のようなものが漂っていた。膜の向こうに見える風景は少し薄暗い。これがダンジョンの入口だ。ここから内部へと進むことになる。


「まず私が先に……」


 と、花村が膜の向こう側へ消えていった。

 そして日下部が合図した。


「それじゃ行きましょうか、浅見さん」

「え、あ、はい」


 心の準備というものが出来ていないまま、浅見は促されるまま膜へ足を踏み入れた。


地元民にしか通じないローカルCMがあると思います。

各都道府県にありますよね。和歌山にもあります。

いろいろとありますが特に好きなCMがあります。

「Water、例えば水」

子供のころずっと言っていた記憶があります。

日本文化センターのCMも地域で違っていて面白いです。

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