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第二十八話 三階層へ

よろしくお願いします

 緊張した面持ちで浅見はセンターにいた。そわそわと落ち着きがなく、壁にかかっている時計を何度も見る。

 落ち着かせようと深呼吸を繰り返しているが、あまり効果がないようだ。


 なぜ浅見がこうも落ち着きを失っているのか。それは今日、ついに一階層を卒業して三階層へと足を運ぶことにしたからだった。

 以前に変異種騒動で五階層まで行ったが、あれは無我夢中で冷静ではなかった。

 だが今回は自らの意思で三階層に行く。


 スキルがあれば大体のことは何とかなるのだが、浅見はスキルをあまり使いたがらない。努力して身に着けた技能ではないスキルのことを、浅見はズルだと思っている節があるために、極力使わないようにしていた。


「お待たせしましたー」


 そんな緊張を知ってか知らずか日下部がいつも通りにやってきた。日下部の手にも、布で隠されてはいるが武器が持たれている。


「それじゃさっそく、ケースを預けて行きましょうか」

「はい――」


 コインロッカーを開けて日下部が布を外していく。すると真っ黒な刀が姿を見せる。鞘も柄巻きも黒。無骨さを感じる刀なのだが、下緒の色がピンクだった。


「なんでピンクなんですか?」

「かわいくないですか?」


 少しミスマッチだと感じた浅見が聞くと、年相応の女性らしい答えが返ってきたのだった。


 次に浅見がケースから黒狼の小太刀を取り出した。

 昨夜、教わった通りに柄を下げずに鍔を親指で抑えていた。そしてケースをロッカーに入れて振り返った浅見が驚いた。


 センターにいた探索者たちが浅見を見ていたからだ。

 その視線は浅見が持つ刀に注がれていた。


「やっぱりその朱は目立ちますね。綺麗ですもん。でも、刀身の方がもっと綺麗なんですけどねー。ここで見せられないのが残念」

「わざわざ目立つことなんかしませんってば。早く行きましょう」


 いっそのこと、抜刀して名乗りでもあげたらどうかと言い出しそうな日下部を、浅見は急かしてゲートに向かった。


 一階層と二階層を通り抜けて初めて足を踏み入れた三階層。

 この階層はフロア型の湿地帯となっており、浅見や日下部が着ているジャケットの素材に使われているカエルのモンスターが数多く生息している。


「干潟のような場所は避けて、比較的足場が良い方に行きましょうか」


 一歩足を進めると、踏みしめた草の隙間から水がにじみ出る。動画サイトで三階層の事を事前に調べていた浅見だったが、思った以上に水気を含んでいるために、確認するように踏みしめながら歩いていく。

 そして遠くにアマガエルのような色をしたグリーンフロッグを見つけて、急に不安になった。


「本当にこの装備で大丈夫なんですか?」


 武器は申し分ないが、防具は一階層の装備のままだ。背にはトレードマークになっているバックパックがあった。ただ漏斗は邪魔になると思ったのか外されている。


 グリーンフロッグは主に体当たりや舌での攻撃、毒が含まれる唾液を飛ばしてくるが、噛みついたり切り裂く攻撃がないために、一階層の装備でも事足りる。

 ただ、衝撃までは完全に防げないために、相応の痛みは感じるだろう。

 日下部も似たようなことを浅見に言った。


「大丈夫ですって。毒だけ気を付ければ、噛みついてこない二階層の蟻よりも安全ですよ」


 日下部のような雲の上の実力者に大丈夫と言われても、何一つ安心できない浅見は半眼で見る。


「なんですかその顔は。――ほら、縄張りに入ったので相手が向かってきますよ。早く構えて」


 ばしゃ、ばしゃ、と水音をさせてグリーンフロッグが三体こちらへ向かってくる。

 慎重に確認しながら浅見は抜刀するが、三体も向かってくるとは聞いていなかった浅見は慌てふためく。


「三体も来てますってば! 日下部さん!?」

「はいはい。落ち着いてっ!! ください!!」


 日下部が二度、力を入れて何かを投げた。

 すると今まで跳ねていた二体のグリーンフロッグが、力なくその場に突っ伏した。


「はい、一体になりましたよ。集中集中!」


 残りの一帯はすでに目と鼻の先まで来ていた。

 日下部はいつの間にか少し離れた位置まで下がっている。


 浅見の腰ほどの大きさのあるグリーンフロッグは、威嚇のつもりか喉を膨らませて鳴いている。

 鳴き声を聞いても動かない浅見に腹を立てたのか、大きく口を開けた瞬間だった。舌が浅見めがけて伸ばされた。


「あっぶね!」


 何とか半身をねじるようにして舌を躱すが、大きくバランスを崩して、たたらを踏む。慌てて体制を整えて次の攻撃に備えるが、攻撃が来ない。

 まるで格付けが済んだとでも言うように、グリーンフロッグはゲコゲコと鳴きながら浅見を見つめた。


「舐められてますよー。このまま帰りますかー?」


 舌打ちをして、グリーンフロッグににじり寄る浅見。するとグリーンフロッグが、飛び掛かってくるのだが、その高さがちょうど浅見の視線だった。


 何千回、何万回と繰り返してきた動きが、考えるより先に体を動かした。


 振り下ろされる濃い紫色に煌めく小太刀が、グリーンフロッグの頭に吸い込まれ、そのまま振りぬかれる。

 抵抗もなく両断されたグリーンフロッグが、浅見の下半身にぶつかると力なく伏した。

 しばらく放心という形で見下ろしていると日下部から声がかかった。


「素振りの成果が出てますね! いい感じでしたよ」

「あ、はい。ありがとうございます」

「ただ、一番初めに抜刀する時ですね。まだ慣れていないので仕方ないですけど、相手から目を切らないように」

「はい」


 確かに手元を確認しながら浅見は刀を抜いていた。もしその間に攻撃が飛んできていれば被弾していただろう。 


「次に、攻撃につなげられるような躱し方を意識しましょう。大きく躱すことも時には大事ですけど、カエルの舌ぐらいでしたら、あれほど大きく躱す必要はありません」

「はい」


 こればかりは訓練と場数を踏むしかない。

 師範からの注意に意気消沈する浅見だったが、褒めるところもあったようだ。


「斬った後に心を残すのは良かったです。最後まで油断しないのは大事ですからね」


 浅見は、放心してただけだとは言えなかった。


 まったく曇りも汚れも付いていない刀を、浅見はゆっくりと鞘へ収める。そして素材となるグリーンフロッグの皮を剥ぐのだが……。


「浅見さん、ナイフとかって持ってきました?」


 日下部が初めに仕留めた二体を引きずりながら戻ってきた。


「一応、包丁はカバンの中に入れてますけど……」

「さっさと剥いじゃいましょう。こんな感じで切り込みを入れて、片方を足か何かで抑えてから、一気に引っ張る! ね、簡単でしょ」


 事もなさげに日下部が実演してみせるが、浅見が躊躇しているのは作業の難しさじゃなく、見た目のグロテスクさが問題だった。両断にしてしまったがために、中が丸見えになっている。

 唾液が止まらなくなった浅見は、口呼吸をして心を殺し無になった状態で、持ってきた包丁を使って断面から皮を割いた。


 剥いだ皮を、そのあたりの水たまりで軽くゆすいだあと、軽く水気を拭きとってカバンに仕舞った。


「そういや初めに二体倒したのって、何をしたんですか?」

「棒手裏剣って呼ばれるものですね」


 そういって見せる手の中には、15㎝ほどの先のとがった鉄の棒があった。


「それなりに威力もあって柔らかい相手には、結構便利な武器です」

「へぇー。そういうのもあるんですね」


 何でもできる日下部に関心しながら、浅見はカバンを背負いなおした。



 五時間ほどグリーンやレッドといった色違いのカエルモンスターを相手にして、動きはそれなりに上達していた。

 カエルモンスターの舌の攻撃は主に上半身に集まっていることに気が付いた浅見は、半身になりながら前に踏み込んで躱すという事を覚えた。そしてそのまま肉薄した勢いのまま刀を振り下ろす。

 こうしてグリーンフロッグやレッドフロッグなどを、合計で30体以上仕留めることができた。


「あ、私のカバンにもう入りきらなそうです」


 そういう日下部のバックパックはいびつに膨らんでいた。スーパーの詰め放題の袋のようになっている。


「こっちもそろそろなんで、戻りますか?」

「そうですね。今日はこのあたりで切り上げましょう」


 こうして浅見にとって初めての三階層での探索は、大成功に終わった。


 ちなみにグリーンとレッドフロッグの皮の買い取り額は、全部で八万二千円になった。


 買い取りも無事に済み、帰ろうとした時だった。


「あれ?持って帰るんですか?」

「え?」


 コインロッカーからケースを取り出し、刀をしまって帰ろうとした浅見に、日下部が不思議そうに声をかけた。

 浅見は日下部が何を言っているのか分からなかった。


「持って帰るって武器のことですか?」

「はい。いちいち持ち帰るの面倒じゃないですか?」

「まあ、それはそうですけど」


 ただコインロッカーに入れっぱなしというのも、センターには24時間誰かの目があるとは言え防犯上不安が残る。

 日下部が手招きして、浅見をゲート横で座る職員の前まで連れてきた。


「ここで預けられますよ装備品全般。月一万円かかりますけど……」


 以前の浅見なら『高い』と断っていたが、今日の稼ぎを見ても楽に利用できる金額だった。それに帰り道に盗難や強奪にあう可能性を考えても、月一万円で預けられるのは安いまである。


「利用します!」


 思わず声が大きくなり興奮気味に答えた浅見に、職員が笑いながら申込用紙を手渡した。



読んでくれてありがとうございます。

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