第二十七話 黒狼の小太刀
最近ずっと小説の事を考えています
どうすれば面白くできるか……
ある日の夕方、浅見のスマホに知らない番号からの着信が入った。
「もしもし?」
『浅見様の連絡先でよろしいですか?』
えらくかしこまった感じの男性の声だ。
「そうですけど、どちら様ですか?」
『はい。私、D-GEAR和歌山支店の佐藤と申します。浅見様のご注文の黒狼の小太刀が仕上がりましたので、ご連絡いたしました。ご都合の良い時にお越しください』
「わかりました」
通話を終えた浅見は、カレンダーを見た。
久堂鍛刀場に行ってから一週間も経っていない。確かに三ヵ月よりかは、出来上がりは早いかなとは思っていたが、これほどとは思っていなかった。
「玄武さんにお礼の電話しないとな……」
玄武に感謝の念を抱きつつ、早速浅見はD-GEARに刀を引き取りに行った。
手続きは簡単に済んだ。
残りの支払いをカードで済ませてから、簡単に武器の取り扱いに関する説明を受けるが、店員もこれほどの刀を買う探索者に事細かく説明をしなかった。
そして楽器ケースのような高級感のあるケースを開けると、黒のベルベットが張られた中に、一振りの刀が姿を見せる。
柄は白糸で丁寧に巻かれ、その間から金色の目貫が鈍く輝いていた。
鍔は漆黒で、余計な装飾はなく、黒狼の名にちなんでいる。
鞘は鮮やかな朱色で艶があり、その表面には所々に白で桜模様が描かれている。その鞘に着けられている下緒は黒で、鞘の朱をより引き立たせていた。
今の今まで、骨董や絵画などの芸術品に触れても何も思わなかった浅見だったが、この刀を見て感動を覚えていた。
店で展示されていた見本とは比べ物にならない出来なのは一目瞭然である。
共に中を見た店員も、この刀の美しさに息をのんでいた。
浅見は蓋の裏側に一枚のメモが挟まっているのに気が付いた。
手に取って広げると、玄武から浅見宛ての走り書きだった。
ただ一言、何かあったらちんちくりんに聞け。
日下部に丸投げのメモだった。
ふたを閉めて、やうやうしく持ち上げると車へと急いだ。
運転席に座ると、辺りをきょろきょろと見回して、駐車場に誰もいないことを確認して、ケースの蓋を開ける。
そしてスマホのカメラを起動した。
何枚か角度を変えて撮ると、その中でも映りがよさそうな写真を選択して、メッセージアプリのグループへと張り付けた。
家に着くなり浅見はメッセージアプリを開く。そこには日下部や宇佐美のメッセージが並んでいるが、綺麗と並ぶ画面をみて浅見は嬉しくなった。
刀を取り扱った事のない浅見は、メッセージで「夕食後に稽古に行こうと思うので、その時に扱い方とか教えてください」と送信した。
日下部の反応は早く、可愛い熊がOKのボードを掲げたスタンプが送られてきた。
夕食後、浅見は道場へ向かった。
いつも通りに稽古着に着替えると、壁際の定位置へ。横には刀の入ったケースが置かれている。
そこにタイミングよく素振りを終えた宇佐美が戻ってくる。浅見の隣に腰を下ろし、にじり寄ってきた。
「それで、あの刀っておいくら万円?」
教えなかったらずっと聞かれると考えた浅見は耳元でささやくのだが、その値段を知った宇佐美の顔が歪む。
「うへぇ……、ボーナス4回分じゃん……」
「日下部さんが来るまで素振りしてくるんで、勝手に触らないでくださいよ」
「さすがに人の荷物まで勝手に開けないって」
そういって浅見は素振りをしている集団へと混ざりに行った。
しばらく素振りをして汗を流していた浅見に、宇佐美から声がかかった。
「あさみーん、準備できたってさ」
何の準備だ? と思いながらも宇佐美の方に行くと日下部が入り口から顔を覗かせていた。
「こっちですー」
浅見は言われた通りにケースを持って日下部の前に行くと、場所を変えると言われ後を付いていく。
道場を出た日下部と浅見と宇佐美は、母屋がある方へと向かっていく。
「こっち側って、日下部さんの家の方?」
「そうですね。門下生はあまりこちらには来ません」
「私は結構行くけどねー」
そしてある建物に入った。中では宇佐美の兄である司が何やら準備をしていた。
テニスコートほどの大きさがある道場のような場所だった。壁には道場と違い、刀が置かれている。
「あれ? 司君?」
「こんばんわ。今日は見学させてもらおうかと思いまして」
そう言いながら司は水に浸した畳表を取り出し、ぐるぐると巻いていた。
「先生、何本にしますか?」
「一本でお願いします」
巻き終わった畳表を台の上に固定した。
宇佐美は待ちきれない様子でそわそわと落ち着きがない。その様子をみて日下部が困ったように、浅見に言った。
「待ちきれない人がいるみたいなので、そろそろ始めましょうか」
浅見は腰を下ろすと、三人が浅見側へ腰を下ろした。
そしてケースの金具が外されて蓋が開く。
「うわーー、写真より全然綺麗!! あ、スマホがカバンの中だった……」
「すごっ」
「あの強面の見た目なのにセンスはいいんですよね……」
宇佐美がスマホがないことを嘆き、司が一言で息をのみ、日下部がなぜか悔しそうにしていた。
浅見は日下部の方にケースをずらした。
「刀を触ったことがないので、日下部さんにお任せしたいのですが」
「いいんですか?」
「はい。日下部さんより適任な人はいないと思います」
真っすぐな視線に射貫かれた日下部が、頷いて刀を手に取った。
「それでは失礼して」
日下部が小太刀を手にして、数歩離れた場所へ行くと、鯉口を切り抜刀した。
刀身は闇を吸い込んだような深い紫に染まっていた。D-GEARの見本の刀身と色がまるで違う。
浅見が光の当たり加減でこうも変わるものか? と首をかしげていると日下部が答えとも言える原因を言った。
「これは、玄爺さんだいぶ奮発しましたね。とてもじゃないですけど、あの値段で買える代物じゃないですよ。それに小太刀よりも若干長いってことは、浅見さんの体に合わせて調整もしてくれたんでしょうね」
通常よりも大分いい素材を使われているため、これほど濃い色になっている。小太刀の長さといい、素材の質といい、これは久堂玄武からの餞別とも言えた。
蛍光灯の光を浴びると、紫の刃がわずかに鈍く煌めいている。
日下部は静かに鞘へ収める。
「買う……」
宇佐美がつぶやいた。
この場にいた三人の視線が宇佐美に集まるが、浅見は驚いた。感極まったのか、宇佐美の目には涙が溜まっていた。
日下部と、兄の司は感受性の強い宇佐美のことをよく知っている。
「絶対にあたしも買う!」
「簡単に言うけど、お前、あれほどの一振りをどうやって……」
「姫ちゃんから一本取って、あのオジサンに頼んでもらう!」
ただ友人の日下部におねだりする訳ではなく、一本取ってから頼むと言うあたりに宇佐美の負けん気が表れていた。
日下部も宇佐美のそういった部分には好感を持っている。すぐ調子に乗るのが玉に瑕だが。
「いいですよ。さーやが私から一本取ったら玄爺さんに頼んであげます」
勝敗に関係なく、その時が来たら口添えするつもりではあった。
「あさみんと兄貴が証人だかんね!」
そういって、さっそく稽古へと向かおうとした宇佐美を、司が止めた。
「待てって。今から試し切りするんだから見ていけよ」
宇佐美は元の位置におとなしく座った。
「司さんが言いましたけど、浅見さん、試し切りしてみませんか?」
「え!? 私が? まだ手ほどきを受けてませんし、ちょっと怖いと言いますか、その、日下部さんにお任せします。切れ味の確認」
稽古で木刀や竹刀を使って打ち込みをしているが、今までこれほど刃渡りがあるモノを、触ったことがない浅見が怖がるのも無理はなかった。
「私?」
「はい。ぜひお願いします」
日下部が腰へ小太刀を佩き畳表の前に立った。
両足をわずかに開き、無駄のない動作で静かに構える。音もなく、日下部の腕が流れるように動いた。
抜刀の音は驚くほど軽やかだった。
滑るように鞘から放たれた一閃は確かに畳表を通り抜けた。しかし切られたはずの畳表は、まるで何もなかったかのように、その場に佇んでいる。
そのまま両手で柄を握り直した日下部が、腰を落とした構えから一気に刃を振り下ろした。
紫の刃が閃き、わずかな小太刀の声が道場に響いた。
袈裟切りにされた畳表が力なく床に落ちた。
日下部は刀を返すと、流れるように鞘へと収める。
そして無言のまま日下部が、指で畳表をつつくと抜刀で斬られた部分を境目に、袈裟切りで残っていた部分が静かに床に落ちていった。
「鳥肌立った」
宇佐美の呟きに司と浅見が頷いていた。
「すごい良い刀ですねー。私も欲しくなってきました」
「稽古してくる!」
宇佐美が道場へ戻って行く後ろ姿を見届けた浅見は、日下部と補助に回った司から、刀の取り扱い方を学ぶのだった。
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