第二十六話 謎の男
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久しぶりに一人でのダンジョン活動をしていた浅見が三セット目を終えようとセンターへ向かっていた時だった。
「お兄さんちょっとお話いいですか?」
今までダンジョン内で他の探索者と話をするときは、スライムが被った時ぐらいで、それ以外で声をかけられたことが無かった浅見は、少し驚いた様子で足を止めた。
相手がまぶしくないように気を使い、ヘッドライトのスイッチを切ってから、振り向いた。
そこには、少し小柄で、ニコニコと笑顔で愛想の良さそうな若い男性がいた。
少し前まであった、日下部と組んだ事へのやっかみかとも思ったが、違うようだ。
「えっと、私になにか?」
「一階層メインで活動されてますか?」
「えぇ。そうですね」
すると、そうですかそうですか、と嬉しそうに頷いている。
少しだけ胡散臭い雰囲気が孕む男に、浅見は話を切り上げようとした。
「私、急いでまして、ご用が無ければ失礼させていただきますが……」
「いい話があるんです。 私どもは決して損をさせません」
名前も所属も明かさない相手に、そう簡単に乗っかる浅見ではない。
「いえ、結構です」
「残念です。稼げるノウハウが私どもにはあるのに、あなたは今、棒に振りましたよ」
そういって男は、奥へと歩いて行った。
「なんだあれ。宗教か何かか?」
浅見は気にせずに買い取り所へと向かっていった。
その夜、浅見は日下部の道場へと向かっていた。
今では、防具を着けて簡単な打ち込みなどをやらせてもらえるほどに成長していた。
しかし、奥では師範代が日下部と、防具も何もつけずに仕合をしているのを見て、気が萎えそうになる。
すると、稽古着姿の宇佐美が肩を叩いた。
「あさみんの気持ちは分かるよーうんうん。俺もどうすればあの領域に到達できるのか……」
「勝手に声を当てないでください。それに、そこまで調子に乗ってませんよ」
「まー、才能もあるんだろうけど、これ姫ちゃんに内緒ね。姫ちゃん、才能って言われるの嫌いだから。それに小さい頃、物心ついた時にはもう稽古してたんだってさ。そこから今まで、ずーっと稽古漬けの日々だって言ってた」
浅見には日下部が過ごしてきた日々が想像できなかった。
普通の生活を送っている人間には、日下部の送ってきた日々の辛さは理解できないだろう。
「風邪の時でも、絶対休まなかったって言ってた。稽古とか組み手をしなかった日は、ほんとに一日もないんだって。努力の賜物なんだよね、あの強さって」
「それであんなに格好いいんですね」
二人の視線の先で、日下部が師範代を床に転がしていた。
「だよねー。私は姫ちゃんから一本取るのを目標にしてるんだけど、あさみんもどう? 姫ちゃん討伐隊に入る?」
「なんですかそれ。他に誰がメンバーにいるんですか?」
「兄貴とあたしと、花村ちゃん」
「うーん……。とりあえず私は宇佐美さんから、一本取るのを目標にしますよ」
「いつでも受けて立とうじゃないの!」
宇佐美が胸を張ったが、浅見はまだ仕合をしてもいいと言われていない。この対決はもう少し先になりそうだった。
次の日、日下部はセンターで浅見を待っていた。昨日、研究施設で聞かされた変異種の事を浅見には黙っていることにした。
入り口に浅見の姿を見つけた日下部が軽く息を吐いた。そして普段通り、いつも通りに、にこやかな顔で迎え入れる。
「今日は私の方が早いですね!」
「どうかしました?」
ドキリと日下部の心臓が跳ねた。だが、おくびにも出さない。
「何がです?」
「いつも五分ぐらい前なのに、今日は早いですから何かあったのかなと」
少し早いことが気になっただけのようで、日下部は胸をなでおろした。そしてごまかすように浅見の腕を引っ張っていく。
「あー、何となく家を早く出たんですよ! ほら、早く行きましょう! スライムが私たちを待ってますよ」
パキっと軽い音を鳴らしてコアが割られたスライムが縮んでいく。
浅見は何万回と繰り返した動きでスライムを回収しながら、昨日の宗教勧誘のような出来事を話した。
「そういえば昨日、スライムを集めた帰り道で、変な勧誘にあったんですよ」
「変? チームの誘いとかですか?」
「よくわからないんですけど、胡散臭くて取り合わなかったら、稼げるチャンスを捨てたみたいな捨て台詞をおいて、行っちゃいましたね」
「稼げるチャンス、ですか……」
中には脅したり弱みを握って、探索者にモンスターの素材を集めさせ、それを自らの懐に入れる探索者がいるにはいる。もちろん取り締まりの対象だ。
休職中とは言え、ダンジョン協会の職員である日下部と組んで動いている浅見は、良くも悪くも有名人だ。その浅見に、胡散臭そうな話を持ち掛ける探索者は、この城のダンジョンをメインに活動している中にはいない。何かあれば、すぐ隣の日下部に話が行くのだから。
それに昨日、西条から聞かされた新種の話の事や、一年ぶりにダンジョンで活動し始めた素行の悪い探索者の件もある。
日下部はもう少し詳しく聞くことにした。
「それは、職員として詳しく聞く必要がありそうですね」
「詳しくって言われても、一、二分も無いぐらいでしたし、背は低めで若い男性でしたよ」
「服装とか、髪型とかどうですか?」
「えーっと、よくある装備品でしたね。こんなジャケットで、髪は帽子をかぶってたので分からないです。でも荷物は何も持ってませんでしたね」
二階層以降は武器が必要になるし、一階層でもスライムを入れる容器がいる。手ぶらでダンジョンに入るのは珍しい。
仲間に運ばせている可能性もあるが、そのあたりのことはゲートの記録を見ないと分からない。
「なんだかやな感じ」
また何か一波乱起こりそうな、予感めいたものを感じた日下部がつぶやいた。
十階層にあるオーガの集落で、浅見に声をかけた男が腰を下ろしていた。あの時は黒目をしていたが、今は薄っすらと黄色が混ざったような色になっている。
両腕は血に染まり、その血が滴り落ちているが、この男の血ではなかった。足元には胴体に大きな風穴を開けた事切れたオーガが倒れており、その上に男は座っていた。
あちこちでこの男が座るオーガのように、体に穴を開けて絶命している死体が転がっていた。すでにこの集落で動ける状態のオーガは残っていない。
「せっかク、田舎のダンじョンに移っダっでノに、カモが全然集まラね。おっと」
呂律が怪しくなっていた男は、自身の言葉に気が付いたのか、咳ばらいを数回すると、黄色の瞳が次第に黒くなっていく。
「まだ、安定しねえなあ、改良の余地ありだな」
男は腕に付いたオーガの血を、無造作に振り払いながら、不満げに呟いた。
「宗さん、向こうのやつらの石は集め終わりました」
探索者に見える男が向こうからやってきて、オーガに座る宗と呼ぶ男に小さな袋を手渡すと、受け取った宗は立ち上がって伸びをする。
「ラボに帰るかー」
間延びした声で言いながら、振り返って面倒くさそうに指示を出す。
「後は適当に素材を持って帰っていいぞ。あー、それから、あれの量は守れよー。あいつみたいに人間やめちゃうからな」
「分かってますって。――素材あざっす!」
袋を受け取った宗に頭を下げるが、それは宗が見えなくなるまで続けられた。
小さい袋を持って悠々と歩く宗の姿は、まるで家の近所を散歩しているようだった。
しかし、ここはダンジョンで十階層という、それなりに深い階層だ。一階層で活動するような簡単な装備品しか身に着けず、ましてや武器を持たずに歩くような場所ではない。
すると一体のオーガが宗を発見した。
このまま戦闘が始まるかと思われたが、オーガは襲い掛かることもせずそのままどこかへ行ってしまった。
そして宗は掘っ立て小屋のような建物へと入っていった。
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