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第二十五話 事実

早いもので二十五話です


 西条が足を進める後ろを付いていく二人だが、初めての研究施設に日下部の視線は忙しく動いている。

 

 この研究室には保管庫がいくつも並び、モンスターの臓器や組織のサンプルが収められている。しかし扉は閉じられており、中の様子は分からない。

 いくつか並べられている試験管には、透き通った液体に浸かった黒い細胞片のようなものが浮かんでおり、異様な雰囲気を醸し出していた。

 顕微鏡が並べられている天井には、無数の無影灯が取り付けられており、どこにも影が落ちないように計算されていた。そして数多くのモニターには、遺伝子配列や細胞の拡大映像が映し出されている。


 四枚のモニターが繋がれた解析用の大型コンピューターの前で、西条の足が止まった。

 手慣れた動きでモニターの電源を入れていくと、レントゲン写真やCTスキャンの輪切り画像、MRI診断の画像が映し出されていく。


「適当な椅子を持ってきてかけてくれ」


 西条に言われるがまま、そのあたりにあった椅子を持ってきて座ると、西条が口を開いた。


「少々興味深いことが分かってな。だから、ここに来てもらったわけだ」

「さっさと言え」

「君たちが戦ったあのモンスターだが、通常のモンスターではない」


 そんな事は百も承知している日下部は怪訝そうに西条を見る。

 恐らくあの場にいた探索者や企業探索者なら全員が、日下部のような顔で西条を見ただろう。

 だが西条は、日下部の視線などお構いなしに話を続けた。


「分かるか? 通常ではないという事がどれほど異常な事か」


 日下部の中で、西条の印象に『面倒くさい男』という評価が加わった。


「私がこれまで見てきたモンスターの進化とは明らかに異なっている。つまり『環境適応』ではなく、『異常変異』だというわけだ。この十年でモンスターが進化といえる成長をしている種がいくつかあるが、――知っているか?」


 眼鏡のレンズ越しに観察するような視線が日下部を捉える。日下部は聞かれたことに素直に答えた。


「いいえ」

「だろうな」


 評価に『友達になれそうにない男』と、さらに一つ追加された。


 西条はパソコンを操作すると、モニターに同じ種類の魚型モンスターの写真が、二枚並べて表示される。ただし、右側に映っている魚のほうがが少し口先が鋭利になっており、鱗も若干だが長くなっているように見える。


「鱗が研磨剤に使われる魚型モンスターだが、左が発見当時、右がここ最近の写真だ。見れば一目瞭然だろう。――噛みつくために鋭く流線形になった口、水の抵抗を小さくするために変わった鱗。これが環境に適応した進化だと言えるな」


 猿人から長い時間をかけて人間へと進化したように、この魚型モンスターも十年という月日をかけて少し進化した。


「さらに――」


 西条が続けようとパソコンを操作し始めた所で城戸が止めた。


「分かった分かった。さっさと本題に入れ。ありがたい授業を聞きに来たんじゃないんだぞ」

「学生には評判がいいんだがな」


 城戸の嫌味もまるで通じていない。


「本題に入る前にもう一つだけ言わせてくれ」


 そういって再度パソコンを操作すると、亜人型、獣型、魚型の様々なモンスターの写真が映し出される。その隣にCTスキャンされた脳の写真が表示されているが、どの写真にも、小指の爪ほどの大きさから、米粒ほどの大きさに白く映る部分があった。体の大きさに比例して、白く映る部分の大きさも大きくなっている。


「これが、ダンジョンに生息するモンスターの脳内に必ずあるものだ。写真にも映っている」


 西条は白く映る箇所を指差しながら、ガラスシャーレの上に載せられた小さな石を二人に見せた。白くデコボコしている見た目は小さな軽石のようだ。


「結石みたいだな。モンスターってのは病気か?」


 と城戸が冗談めいて言うが、西条はいたって真面目に答える。


「これが結石のような成分だったら苦労はしない」

「なんなんだ?」

「分からない。――だが、当然、これも研究をしている」


 そういってパソコンを操作する。

 そして映し出された映像を見て城戸と日下部は声を上げた。


「おい!」

「なんで!」


 そこには目こそは赤いままだが、縁取りは金色に変わり、白い体毛は所々が黒く染まり、カメラに向かって牙を剥いている実験用マウスが映っていた。


 日下部は嫌というほど、あの金色の目を見ている。見間違うはずがない。


「新種と同じ……」

「これはどういう事だ」

「このモンスターの脳内にある石を粉末状にし、マウスの餌に混ぜて与えた結果がこれだ。異常変異と言える」


 シークバーを操作して、流される映像には、普通のマウスに襲い掛かる無残な映像が流れている。

 その凶暴性は収まらず、ケースまでも攻撃している。


「さすがに三十㎝の防弾ガラスは割ることが出来なかったようだが、通常のマウスとは、比較にならないほどの力を持っていた」


 さらにシークバーを動かすと次は、黒く染まった金色の目をしたマウスが数匹映る。しかし、先ほどとは違って大人しい。


「一匹のマウスをリーダーとして認め、統率が取れた動きを見せるようになった。次に、石を与えたマウスの写真だ」


 白く映る部分は一ヵ所だけだった先ほどの写真とは違い、脳のあちこちに白い影が点在している。


 そして西条が、新しいCTスキャンの写真を映すと、変異種と化したマウスと同じように白い影があちこちに点在していた。


 さすがにここまでの流れで城戸は気が付いた様子だった。


「これは、新種の画像か?」

「ああ、そうだ」

「というと、モンスターがモンスターを食べたら、こうなる可能性があるってことですか?」


 日下部が思いついたことを西条に聞くが、小さく首を横に振った。


「この十年で初めて発生した事象という事を考えても、それは考えにくい。それに再度、あの異常変異したマウスに石を混ぜた餌を与えた所で、変化らしい変化は見られなかった」


 そう言われて日下部は納得した。

 ダンジョン内にも食物連鎖はある。魚型モンスターを獣型のモンスターが食べ、獣型モンスターをオーガやゴブリンといった、亜人型のモンスターが食べる。

 魚型モンスターを丸のみにするモンスターも多くいるが、今まで新種の報告はされていなかった。


「おい、つまりあの新種は、お前がネズミにしたように、誰かがあの石をモンスターに食わせたということか?」

「半分正解で半分間違いだ」


 城戸の目が早く言えと西条をにらむ。


「誰かがあの石を食べさせたのは正解だがな……、モンスターにじゃない。言ったはずだ。変異したマウスに再度与えても変化が無かったとな」


 城戸はじわりと嫌な汗が滲み出たのが分かった。

 西条は実験用マウスに石を与えていた。モンスターのマウスではなく、ただの動物のマウス。

 背筋を伸ばし、二足歩行をして高い知性を持ち、棍棒を中段に構えることが出来る動物……。


 日下部はこの話を聞きたくないのか、目を瞑り両手で耳を抑えてしまっていた。


「お前が当事者なんだから、しっかり聞いとけ」

「やです! すでに平社員が聞くような話じゃないでしょ!」

「聞こえてるじゃねえか」


 手で塞いだところで、外部の音を完全に遮断できるはずもなく、日下部の抵抗は無駄に終わった。

 我関せずと西条はパソコンを操作し始める。


「で、硬かったと言う皮膚だが、その下に、――日焼けで皮をめくったとでもイメージしてくれ。背中の皮の下にこれがあった」


 薄くなって見づらくはあったが、天使の片翼のデザインと、スタイリッシュな英文のタトゥーが映っていた。


 そして西条の口からとんでもない事実が告げられることとなる。


「あの新種、異常変異したモンスターは、――元は人間の可能性が高い。石を食べたか、あるいは……。いずれにしても試し用がないからこれ以上の事は言えん。ダンジョンに入った行方不明者を探してみるといい」




 研究施設を後にした城戸と日下部の表情は暗い。


「どうするんですか」

「どうするって何がだ」


 きょろきょろと周りを見渡して、誰もいないことを確認した日下部が小さな声で、器用に叫んだ。


「あの新種の事ですよ」

「表沙汰になれば、とんでもない騒ぎになるわな」

「あれが人間って……。こんなこと、もっと大きな支部で調べる事件でしょ」

「自分で研究したかった西条が、適当な報告をしたんだろうよ」


 まるで他人事のような城戸を横目に、日下部は『知りたくなかった』とぼやいた。



読んでくれてありがとうございます

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