第二十四話 研究施設
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ちらし寿司を満喫したところで、待ってましたと言わんばかりに、宇佐美が日下部に聞いた。
「それで何してたのか教えてよ」
「浅見さんの手の握り幅とか、振りやすい重心とかを玄爺が確認してたの」
「そなの?」
「木刀ぐらいの大きさの鉄板みたいなので、何回かに分けて素振りしましたね」
「それで分かるもんなの?」
「言っても玄爺は、刀匠として一流ですからねー。簡単に測ってましたよ」
日下部と浅見の間で、宇佐美が忙しそうに顔を右へ左へ振りながら話を聞いていた。
そして「あたしも欲しいなー」と言う宇佐美に、日下部が一振りの値段を耳打ちをすると、宇佐美の顔が引きつって「やっぱいらない」と言っていた。
それから他愛ない談笑を続けていると、祥子が和室へとやってきた。
「もう食べた? 大丈夫そうなら下げちゃうわね」
と、残ったちらし寿司を下げていく。
慌てて居住まいを正し、改めてご馳走様、と礼を言うが、さすがにただ座っているのも気が引けるため、各々が取り皿を集めたり、テーブルを布巾で拭いたりした。
そして日下部が取り皿や箸を持って祥子の後をついていった。
しばらくして戻ってきた日下部だが、祥子の姿は無い。すると玄関が開いた音が聞こえてくる。
「それじゃ今から移動になりまーす。行先は着いてからのお楽しみで」
今日は久堂鍛刀場に行くとしか知らされていない浅見たちは顔を見合わせた。
車の中で揺られながら、浅見は日下部に聞いた。
「久堂さんに何も言わずに出てきて良かったんですか?」
「いいんですよ。鍛冶場に顔をだして、へそでも曲げられたら面倒ですから」
「ほんと気分屋で頑固で不愛想で、ごめんなさいね」
玄武の妻である祥子も、この場にいるのだが、お構いなしに日下部は言ってのける。祥子も祥子で夫の玄武のフォローをするでもなし、日下部に謝っていた。
一体ベタ惚れの話はどこへ行ったのか……。
玄武は日下部の剣の腕に惚れ込んでいるだけで、男女がどうこういうものではないが、浅見は知らないため首をかしげていた。
鍛冶場を生で見たことが無かった浅見は、本音を言えば少し見学がしたかったが、とてもそう言える感じではないため、口をつぐむ。
浅見は、奴なら「鍛冶場見たかったなー」と言い出しそうだと思い、いつもの勢いを見せろと言わんばかりに宇佐美へと視線を向けるが、司と一緒になって外の景色に夢中になってる。どうやら援軍は期待できなさそうだ。
大人しく車に揺られて十数分で目的地の学文路天満宮へとやってきた。
下車して、運転席側へ回ると祥子が心配そうな顔で話しかける。
「それじゃあ私は帰るけど、ほんとうに大丈夫? ここから駅まで少し歩くわよ?」
「はい、道もスマホで調べられますし、この距離なら大丈夫です。今日はありがとうございました」
ここから駅までは半時間ほどだ。天気もいい。それに祥子が待っていると思うとゆっくりと境内を回るのも気を遣う。
「そう? ならいいけど……。またいつでも遊びに来てね」
「お昼ありがとうございました」
と各々が礼を言うと、にこにこと笑顔で祥子は帰っていった。
「それで、なんで神社に来たの? 仏閣巡りとか好きだっけ?」
「昨日、地図で見てたら有名だって知って、皆で来たいなーって……」
照れくさいのかもじもじと歯切れの悪い日下部に、宇佐美が抱き着いた。
「いじらしい姫ちゃん可愛いー」
「ちょっと、やめ、離れなさいって!」
男二人はその光景を微笑ましそうに眺めていた。
学文路天満宮をお参りし、記念撮影を終えた一行は無事に学文路駅に到着した。
時間があれば、仏教の聖地として有名な高野山へと行くこともできるが、すでに時間は16時を過ぎていた。
時間も時間だという事で大人しく帰ることにした。
「今度、高野山も行ってみたいね。誰か行ったことある人?」
和歌山駅に着き、改札を抜けてコンコースを歩きながら、宇佐美が音頭を取ったが、誰からも手が上がらない。
「白浜なら割とよく行くんですけど、高野山は無いですね」
浅見が言ったその一言を素直に聞き流す宇佐美ではない。
「あたし誘われてないんだけど!」
「いや、誘うも何も、一人旅ですし……」
「閃いた!」
もう高野山の話はどこかへ飛んで行った。
宇佐美がスマホを取り出して何やら操作を始める。すると日下部と司のスマホが鳴る。この音は浅見にも聞き覚えがあった。メッセージアプリの音だ。
「はい。姫ちゃんはあさみんを招待してね」
そしてしばらくして、浅見のスマホにも通知が来る。言われるがまま浅見は許可をした。
「よーし。これからは、どこか行くときは誘ってね! それじゃあたしら帰るから!」
じゃあねー、と言いたいことを言い切った宇佐美は歩いて行ってしまった。
「慌しくてすみません。今日は色々と見れて楽しかったです。ありがとうございました」
礼儀正しく頭を下げて、司は妹の後を追っていった。
「あの、浅見さん」
「どうかしました?」
「さーやは、ああ言ってますけど、一人で息抜きしたいときもあると思いますんで、全部が全部、言わなくてもいいと思いますよ?」
以前の浅見なら一人の方がいいと思っていたかもしれない。
ただ、この慌しい感じの高校時代に戻ったような雰囲気も悪く感じない。それを面と向かって言うのは、少し気恥ずかしいものがあった浅見はごまかした。
「その時次第ですかね」
「ま、私と二人っきりがいいって、言うんでしたら、話は変わってきますけどね」
「是非その時がありましたら、何卒宜しくお願い致します」
「うわ、よそ行きの言葉ですねー。ちっとも感情が乗ってない!」
普段と変わらない軽口を交わして二人は分かれる。
こうしてこの日は解散となった。
翌日、浅見は普段と変わらずに一階層で仕事をしているのだが、隣には日下部の姿は無い。
喧嘩をしてチームを解散しただとか、スライム相手に並んで歩くのが非効率だからとかではなく、城戸から呼び出しがあった、と日下部から今朝に連絡があったのだ。
その日下部はというと――。
和歌山市郊外にある、ダンジョン協会和歌山支部の部研究施設に日下部と城戸の姿があった。
日下部はダンジョン協会の制服を着ている。
「私、休職してる身なんですけど」
少し前にも呼び出されていた日下部が、不機嫌そうに城戸に食って掛かる。
城戸はダンジョン協会の職員カードを守衛が見守る中、カードリーダーに通す。
「まあ黙ってついてこい」
続いて日下部も職員カードをカードリーダーに通した。
守衛が無線で二言三言話すと、ランプが緑に光り入り口の扉の鍵が開かれた。
中へ入ると、広々としたロビーがあり、白を基調とした無機質なデザインが、なんとも研究施設らしい。申し訳程度に置かれている観葉植物が白に映えていた。
そして、持ち物検査を終えた後、次は身体検査が待っていた。
日下部は城戸とは別の部屋に通され、女性警備員に見られながら、制服を脱ぐよう指示された。
そして金属探知機で全身をチェックされる。
その間に別の女性警備員が制服をチェックしていた。
「初めて来ましたけど、二度と来たくないです」
「今日初めて意見が合ったな」
通路を通るたびに警備員に職員カードを通すように言われ、辟易した様子だがセキュリティ上で必要だから仕方ない。
施設の奥へ進むと、巨大なガラス越しに、モンスターの解剖や素材の加工を行う研究室が見えてくる。
白衣を着た研究者たちが顕微鏡を覗き込んだり、特殊な機械でモンスターの組織を分析したりしているが、日下部には研究者たちが何をしているのかさっぱり分からなかった。
そして通路の一番奥に、厳戒態勢と言える区画があった。
「この先は全て録画され、数人の職員がリアルタイムで監視しています。入室すればそれに同意したとみなされることを覚えておいてください」
扉の前に立つ警備員にそう忠告をされ、城戸と日下部は中に入った。
「こんな場所まで連れてきたってことは、私が戦ったあの新種のモンスター関連なんでしょうけど、電話じゃ駄目だったんですか?」
「万が一、盗聴のようなことがあると、面倒なことになるって言われてな」
まさか、と言いかけた日下部だったが、城戸の表情を見て冗談を言っているようには見えなかった。
「……二分遅い」
低く抑えた声の持ち主が顔を上げた。彼はいつもの癖のように、人差し指を曲げて第二関節で眼鏡を押し上げる。
四十代前半、やや痩せ型の体型で、短く切りそろえた黒髪の彼が座る机の上は、綺麗に整理整頓がされている。
日下部は、一目でこの男が神経質そうだと感じた。
白衣を着た研究者の名は西条雅紀。
ダンジョン協会、和歌山支部の研究施設の副所長だ。
城戸とは古くからの知り合いであり、ダンジョン発生直後から協力し合っている間柄でもあった。
「人の服を追いはぎみたいに脱がす時間が無けりゃ、間に合ってたがな」
「そういう決まりだ。――ついてこい」
そう言って西条は、机の上のファイルを手に取り、歩き始めた。
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