第二十三話 久堂鍛刀場
お楽しみいただけてますでしょうか?
午前九時。
待ち合わせの時刻にはもう少し余裕がある。和歌山駅構内は通勤の時間も終わり、さほど混雑はしていない。
今日は久堂鍛刀場へ行くことになっていた。
三ヵ月かかると言われた浅見の黒狼の小太刀。それが日下部の直通電話でオーダーメイドに早変わりした。
以前の仕事では、直通電話を受けて、要望をねじ込まれる側だった浅見は、釈然としないが、早く出来上がることは嬉しい。どっちつかずの気持ちを処理できずにいた。
少し待って宇佐美兄妹が正面から歩いてくる。もはやお決まりのメンバーとなっていたが、それに一人追加された。
「おっはー」
「すみませんお邪魔しちゃって」
手を振る宇佐美は相変わらずラフな服装だった。
白の七分袖Tシャツに細身のデニムを合わせ、歩きやすそうなスニーカー。腰にはジャケットを巻いている。
斜めに掛けられたウエストポーチが宇佐美の活動的な一面を表していた。
一方で兄の司は頭を下げながらやってきた。
紺色のシャツに黒のジャケット、ベージュのチノパン。
さわやかな男は何を着てもさわやかだと浅見は思った。
「いえいえ大丈夫です。今まで男一人だったんですよ。来てくれて助かります」
「両手に花なのにもったいない。……ん? あさみん、その袋ってなに?」
「これは、今日は行く久堂さんに渡す菓子折りです」
開かれた紙袋には缶に入った煎餅の詰め合わせが入っていた。
「ほぇー。あさみん社会人みたい」
「無理をお願いするんだから当然でしょう」
そして待ち合わせ時間の十五分前になり、日下部が歩いてくる。
黒のパーカーに白のロングTシャツを着て、紺色のカーゴパンツを履いている。宇佐美よりも少し大きいカバンを斜め掛けにしていた。
日下部が浅見たちを見つけると、どうやら自分が最後と分かったようで、着くなり頭を下げた。
「お待たせしましてすみません」
こうして揃った四人は久堂鍛刀場に向けて出発した。
和歌山線に乗り込み、のんびりとした電車の旅が始まった。
電車に乗り込むと思ったよりも空いていて、余裕で座席を確保することができた。
しばらくは市街地を走っているが、すぐにのどかな風景が広がりだす。
電車は各駅に停まりながら橋本駅へと向かう。
途中、様々な駅を通過する頃には、乗客もまばらになり、電車内はより静かになっていく。
他愛ない話をしているうちに電車は橋本駅に到着した。
ここから南海高野線に乗り換えになる。
ただ和歌山線とは違ってそれなりの人がホームにいる。中には外国人の観光客の姿もあった。
「こっちは人がちょっと多いね」
「高野山とか行くからじゃない?」
乗り込んだ電車が動き出すと、窓の外の景色がまた少し変わり、山々が近くに見えてくる。そして十五分ほどで目的地の学文路駅に到着した。
難読駅名として上がることもある学文路駅だが、学問の路に入ると読めるために受験生に人気があり、そういった入場券も販売している。
また、近くには学文路天満宮があり、学問の神である菅原道真公を祀っている。
受験シーズン時にはたくさんの受験生が訪れる場所だ。
駅を出て通りに出ると、停車している一台のバンから女性が降りてきた。
久堂玄武の妻であり、透の母の久堂祥子だ。明るく気さくな性格で、その見た目からも優しさが伝わってくる。
挨拶もそこそこに車へと案内されて、久堂鍛刀場へと向かった。
久堂鍛刀場は、九度山の静かな山間にあった。
入り口には、木製の看板が掲げられており、達筆な文字で「久堂鍛刀場」と書かれている。
鍛刀場の建物は古民家のような作りをしており、和歌山城にあるダンジョン探索センターにどことなく似ていた。
車の音に気が付いたのか鍛冶場から、白髪でがっしりとした玄武が姿を現した。
難しそうな顔をしており、その視線だけで思わず、口を閉じてしまいそうな威圧感があった。
車を降りると日下部は玄武に近寄っていく。
「相変わらず不機嫌そうな顔ですねー」
「はっ、おめえは相変わらず、ちんちくりんだわ」
初めて久堂鍛刀場へときた宇佐美と浅見は一触即発な雰囲気におろおろとしているが、司は何度か来ているため、いつもの事と分かっているため、微笑ましく眺めていた。
「それじゃ、みんなはご飯食べちゃいましょうか。こっちにどうぞー」
祥子は祥子で、自分のペースで話を進めていく。
司は祥子についていく素振りを見せたため、分からないなりに浅見と宇佐美も、司についていこうとした。
「待て。貴様はこっちだ」
だが、玄武の声がかかる。その視線の先には浅見がいた。
「あ、はい……」
「上着は脱げ。その荷物も置いておけ。尻の財布も、携帯も置け」
まるで追いはぎのような物言いだが、言う通りに浅見は羽織っていた上着を脱いで、財布やキーケース、スマホを紙袋の中に入れる。
「預かっておきますよ」
司が気を利かせて紙袋を手に取った。
Tシャツとズボン姿になった浅見をみて、玄武は歩き始める。
「さ、浅見さん行きましょう」
「はい」
先を歩く玄武に変わり日下部が浅見に声を掛けた。
どこに向かっているのか分からないまま歩いている浅見は、愛想のかけらもない玄武を見て、どこが日下部にベタ惚れなんだよ、内心で思っていた。
祥子に案内された宇佐美兄妹は、母屋にある和室で座っていた。
手伝いを申し出た二人を、有無を言わさないマシンガントークで丸めこんだ祥子はと言うと、台所へと消えていった。
「ねえ兄貴」
「どうした?」
「さっきの強面のおじさんが言ってた人?」
「そうそう。久堂玄武さん。以前は普通の日本刀とか作ってたみたいだけど、ダンジョンが出来てからは、モンスター素材を使って刀を作る第一人者って言われてる」
「へー。なんか意外」
妹の言葉の意味を汲み取れなかった司が、続きを話すように促した。
「だってさ、こういういかにも職人気質ですって感じの人って、変な素材で刀を作るのは邪道だ、って怒りそうじゃん?」
「だから第一人者として名高いんじゃない?」
玄武が何を思い、モンスター素材を使って刀を打ち始めたのか司には分からない。有耶無耶のまま、この話は終わりを迎えることとなった。
「お待たせー。いっぱい作ったから、いっぱい食べてってよ!」
大きな木の桶をテーブルの上に置いた祥子。桶の中には、色鮮やかに輝く、ちらし寿司が入っていた。
酢飯の上に、錦糸卵がたっぷりと敷かれ、エビにマグロにサーモンと海鮮類が乗せられている。イクラも散らされており光り輝いている。
甘辛く煮つけられたシイタケや、レンコンも見え隠れしている。
一目見ただけで御馳走と分かるちらし寿司だった。
「おいしそーー!! 写真撮ってもいいですか!?」
「ふふ、こんなのでよければどうぞどうぞ」
機関銃のようなシャッター音が鳴り終わると、祥子は取り分けていく。宇佐美兄妹は頂きますと、声を合わせて美味しそうに食べ始めた。
それを見て祥子もうれしそうに食べ始める。
「食べすぎた……くるしい……」
お腹をさすりながら宇佐美が苦しそうに唸っている隣で、司が正面に座る祥子へと聞いた。
「今日は透君はいないんですか?」
「息子なら、何か研究所に行くとかで、朝からどこかに行っちゃったわね」
「研究所?」
聞きなれない単語に宇佐美が反応すると、祥子も分からない様子で「さぁ?」と首をかしげるだけだった。変わりに知っている司が、それに応えた。
「武器に使うモンスター素材を研究したり、新しい加工方法を調べたりするのを手伝ってるんだよ」
「へぇー」
宇佐美と祥子の声が重なった。司が小さく笑いながら、突っ込みを入れた。
「相変わらず興味が無さそうですね」
「わたしにはさっぱり分からないのよねぇ」
夫である玄武と息子の透の仕事には、全く興味がない様子だった。
意外と祥子がこういう感じだからこそ、久堂鍛刀場は上手く機能しているのかもしれない。
「ごめんくださいー。浅見ですー。ご主人にこちらへ行けと言われてー」
「はいはーい」
玄関から浅見の声が聞こえてくると、祥子がパタパタと小走りで向かっていった。
「何してたんだろね?」
「刀の事なんじゃない?」
多分だけど。と一言付け加えた司がお茶を啜った。
祥子の案内で和室へとやってきたのは、浅見だけではなく、日下部の姿もあった。
日下部は宇佐美の隣へ、浅見は司の隣へ腰を下ろす。
司から紙袋を渡された浅見が、ありがとうと礼を言って、その流れで祥子へと手土産を手渡した。
「あらあら、ご丁寧にありがとうございます。――是非いっぱい食べて行ってくださいね」
そういって祥子は席を外した。
和室には顔見知りのメンバーだけになり、遠慮もなくなってくる。
「姫ちゃんたち何してたの?」
「先に食べさせてよ」
それもそっか、と宇佐美はお茶を入れてあげた。
浅見と日下部が手を合わせると、ちらし寿司を美味しそうに頬張っていた。
読んでくれてありがとうございます。