第二十一話 稽古
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和歌山マリーナシティでマグロと温泉を楽しんだ翌日の日曜日、浅見は日下部の道場へと顔を出していた。
更衣室で自身の名前が刺繡が入った立派な袴に着替える。以前は四苦八苦していたが今ではすんなりと袴を履けるようになった。胴着の肩には「日下武館」と日下部の道場の名前が入っている。
この武道着は日下部が浅見にプレゼントしたものだった。
女性が男性にといったものではなく、日下部の道場では三ヵ月間稽古に参加した者に、刺繍が入った武道着を送る風習があった。
馬子にも衣裳とはよく言ったもので、浅見も一見すれば立派な武道家に見える。
壁際へ荷物を置いた浅見は、どうしようかと道場内を見渡している。
日曜日の昼過ぎということもあり、体育館ほどの広さがある道場内は、多くの人が稽古に励んでいた。
浅見は赤い帯を巻いた人に話しかけた。
「すみませんが、素振りを見ていただいてもいいですか?」
「はい、是非。今日は人も多いので、外に行きましょうか」
赤い帯を追加で巻いている者は、師範代の目印の意味がある。
嫌な顔一つせず髪を短く整えた好青年は、道場の外で浅見と向き合うようにして共に木刀を振るう。
「ちゃんと止まれてるし、ブレてもいないですね。もう素振りは卒業して、打ち込みに入ってもいいと思いますよ。それにしても、――いい手首してますね」
浅見の手首をじっと見つめる好青年。何の意味か分からず、浅見が聞き返そうとした、その時だった。
「あれ? 兄貴とあさみんじゃん。どしたのこんな場所で」
「え?」
浅見と、好青年の声が被った。
「妹の言う『アサミさん』が浅見さんだとは思いませんでした。その、随分と印象が違うので……」
浅見が宇佐美の方を見ると慌てた様子で取り繕う。
「別に変な事言ってないってば。あさみんはいい人で優しいよってぐらいしか言ってないって。ホント」
「お前、そんな呼び方やめろよ。失礼だろ。すみません浅見さん……」
「いえ、もう慣れたと言いますか、はい。元気な妹さんで……」
二人して頭を下げているのを宇佐美は笑って見ていた。
「あ、自分は、これの兄の司です。司って呼んでください」
「浅見直哉です。適当に呼んでやってください」
自己紹介が終わったところで、宇佐美がもう一度聞いた。
「それで、なんでこんな場所にいんの?」
「浅見さんに素振りに誘われたけど、中がいっぱいだったから外でしてんだよ」
すると宇佐美が道場の足元にある小さな窓『地窓』から中を覗く。
「げっ、めちゃ混みじゃん。どうしよっかなー」
一人でぶつぶつと言っている宇佐美を放って、浅見は先ほどの『手首』の事を司に尋ねた。
「さっき司さんが言ってた手首って何のことですか?」
「さん、だなんて、呼び捨てでいいですって。――手首が柔らかそうで羨ましいなと思いまして」
思い当たることのない浅見が自身の手首を見つめて、動かすがピンとこない。
「それに運動神経も良さそうですし」
「そーそー。講習の時もセンスいいなって思ったもん」
「講習?」
「ダン協のやってる武器取り扱い講習。あたしが応援で行った時、あさみんについたんだけど、武器を弾かれてそのまま、ね」
宇佐美は手で、ここに当てられたと言うように肩を叩く。
あの時の浅見はスキルを使ってしまっていた。本人の持つ純粋な力ではない。
それに、スキルのことを大っぴらに言うつもりのない浅見は、愛想笑いでごまかした。それを聞いた兄の司が、驚いた様子で聞いた。
「え? 浅見さんに負けたの?」
「負けてないっての。たまたま油断して弾かれて、偶然に当たっただけだってば」
「お前、それ先生の前でも言えんの?」
ピシリと宇佐美が固まった。
あの時の事を思い出したようだ。
「……現場に姫ちゃん、いた。みられた」
蚊の鳴くような声だった。
「それは何というか……。まあ油断してたお前が悪いな。――そういや結構前に、動けなくなったお前を迎えに来たけど、あの時か!」
「たぶん」
「何をやらかしたかと思ってたけど、それだったら仕方ないわなぁ」
この時、浅見は「自分も気を付けよう」と心に決めた。
「皆さんおはようございますー。こんな場所で、どうしたんです?」
宇佐美兄妹がピクリを肩を震わせた。
兄は先生の登場に緊張し、妹はあの時の稽古を思い出して震えた。浅見はごく普通にしている。
この道場の主、圧倒的な実力をつ日下部は、稽古着を身に纏っていた。それだけで普段とは違う雰囲気がある。
「おはようございます!!」と司が腰を折り曲げ、
「おっはー」と宇佐美が手を振って、
「おはようございます」と浅見が挨拶をした。
「私の素振りを司君に見てもらっていたんです。中がいっぱいで」
「そんなですか?」
宇佐美が覗いていた地窓から、日下部も中の様子を伺った。
「おー、今日はいつにもまして多いですねー」
「それで、外でしてたんですけど、良かったですか?」
「ええ。特に問題はないですよ。それで、素振りはどんな感じです?」
日下部に聞かれた浅見は試しに数回素振りをする。
その素振りを見る日下部の背後にいた宇佐美兄妹だったが、宇佐美が司の胴着を引っ張った。
「な……?」
なんだ、と言いかける前に、宇佐美が人差し指を唇に当てて、静かにしろとジェスチャーに気が付いて、口をつぐんだ。そしてそのまま引っ張られていく。
宇佐美に連れられる形で、司は、道場の入り口付近までやっくると、ようやく解放された。
「一体なんなんだよ。折角、俺も先生に見てもらおうと思ったのに」
司は浅見の後に、見てもらおうとしていたようで、邪魔をされて文句を言うが、宇佐美にとってはどうでもよかった。
「そんな事より、見てよ姫ちゃん。楽しそうじゃない?」
「んー?」
ドアの影から覗くように見ると、笑顔で浅見の素振りを見て、指導をしている日下部の姿があった。
道場にいる時も、真面目に稽古をする人には優しく人当たりがいいが、それよりも明るい印象を司は受けた。
「めっちゃいい笑顔。ってことは、浅見さんって先生の……?」
「まだ違うけど、多分、ありよりのあり。だって、かれこれ五年ほど姫ちゃんといるけど、こんなに男と楽しそうにしてるの見たことないし。ダン協の職員を休職までしてまで、ダンジョンに一緒に付いていかないでしょ普通」
確かに。と司が妙に納得しているが、ダンジョンに付いて行ってるのはスキルの事があるせいだが、宇佐美は知らない。城戸も、もちろん宇佐美には伝えていない。そのせいで、違った意味で面倒くさいことになっていた。
「姫ちゃん、家の事で色々あったみたいだし、幸せになってもらわんと……。だから兄貴も邪魔しないでよ。分かった?」
「お節介してるお前の方が問題ありそうだけどな」
「これぐらいしないと進展なさそうだし。――さて、兄貴、仕合しよう仕合。今日こそは勝つ」
こうして宇佐美兄妹は道場へと入っていく。
仕合の結果だが、宇佐美が床に転がされて地団太を踏んでいた。
初めて長時間の稽古に参加した浅見は、道場の裏手にある建物の前で驚いていた。
「風呂っていうより銭湯ですねこれ……」
「稽古終わりに自由に使っていいって、先々代の時に作ったみたいですよ? タオルも中にありますんで、このままで大丈夫です」
一軒家を改装して作られたそれは、風呂と言うよりも銭湯と言った方がいいだろう。
汗だくのまま着替えて帰ろうとしたところを、司に誘われる形で一緒に入ることになった。
暖簾で男湯と女湯が分かれており、浅見たちは暖簾をくぐり中へ入る。
広々とした明るい脱衣所にはカゴが並び、壁際には洗面所が四つ並び、ドライヤーや体重計なども備え付けられている。浴室へ続く扉の隣には、白いタオルが積まれていた。
そして、驚くことに飲料水が入れられた冷蔵ショーケースがおかれていた。コンビニなどでペットボトル飲料が並ぶアレだ。
さすがにコンビニほどの大きさはないが、それでもゆうに百本は入っている。
浅見はまさか、と思いながら隣にいる司に聞くことにした。
「司君、ひょっとしてあの飲み物って――」
「はい。自由に飲んで構いませんよ。ただゴミの分別はしっかりお願いします」
男湯にもあるという事は、女湯側にも、もちろん設置されている。
これだけでも十分に驚いていた浅見だったが、中学生や高校生が使い終わった後の洗面所を綺麗に掃除していたのをみて、さらに驚くこととなった。
浅見は中学生の時や高校生の時に、一度でも洗面所の掃除をしたことがあったかどうかと、思い出そうとするが無い記憶はどうがんばっても思い出せない。
むしろ大人になった今でさえ、年末の大掃除の時ぐらいしか、洗面所を掃除しない。
「たまには掃除するか……」
と、浅見が独り言ちた。
浴室へと入ると、蛇口が十ほどならんでいる。
湯船も大きく十数人は一度に入ることができる大きさがあった。
頭や体を洗い、湯舟へと浸かると、稽古の疲れが溶け出ていく。
浅見が浸かっていると司がやってきた。
「熱っ……。昨日、沙耶がお世話になったようで。お礼を言うのが遅くなってすみません」
「あー、問題ないですよ。私も温泉を満喫できたので」
「稽古に行くって出ていったのに、帰ってきたらマリーナシティに行ってきたって言うもんで……」
「ははは、活動的で元気があっていいじゃないですか」
「兄としては、もう少し落ち着いてほしいんですけどね……」
「ははは」
二人は裸の付き合いで友好を深めていた。
文字数で迷っていたりします。
3.500文字ぐらいがいいのか、3.000文字ぐらいがいいのか……
短くすっきりと纏められるよう頑張ります