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第二十話 和歌山マリーナシティ

早いもので二十話目です。

よろしくお願いします。


 休日は惰眠をむさぼるに限る。気が向いたときに起きればいい。

 時計の針が十時を指していても浅見は、まだ布団の中にいた。

 すやすやと心地よい眠りについていると、それを邪魔するように枕元のスマホが鳴り響く。


 目覚まし時計が鳴った、という訳ではない。休みの日に浅見は目覚ましをセットしない。

 顔を歪ませながら音の鳴るほうに手を伸ばし、数回目でスマホを探り当てることに成功する。画面には日下部と表示されていた。


「んだよ、こんな時間に……。――はい、もしもし?」

『浅見さーん? あたし! 宇佐美だけどー!』


 あまりの声量にスマホから耳を遠ざける。

 寝起きの良い浅見は、すぐに体を起こしてスピーカーに切り替えた。


『って、聞いてるー? ねぇーー!』

「寝起きで聞きそびれました。もう一度言ってもらえますか?」

『今、姫ちゃんのとこでくつろいでるんだけど、そしたら何かの再放送でマリーナシティが映っててさ! んで、姫ちゃんがポルトヨーロッパとか何一つ覚えてないって言うからさー――』

「うん」

『――今からみんなで行こうよ!』



 取りつく島もなく『十二時過ぎに道場まで迎えに来てね』と言い残して、一方的に電話を切った宇佐美に軽く苛ついた浅見だったが、ふとあることを思い出した浅見はスマホで和歌山マリーナシティを調べ始める。


「お、やっぱあったよな」


 満足そうに見ている画面には『紀州黒潮温泉』が表示されていた。そして『黒潮市場』を続けてみていた。

 電話を切った直後は、「二人で行けばいいのに」と思っていた浅見だったが、今ではすっかり乗り気になっている。


 シャワーを浴びて軽く身支度を整えると、少し時間を潰し、着替えとタオルやらを詰めたカバンを持って家を出た。



 天気にも恵まれて、まさに初夏と言うにふさわしい穏やかな気候だ。


 浅見は12時前には日下部の家、道場の駐車場へ到着するが、すでに二人は準備万端で浅見の到着を待っていたようだ。

 どちらも、ひらひらしたオシャレを意識した服ではなく、ブルゾンを羽織った運動部のような出で立ちをしている。


「おじゃましまーす」と二人が後部座席に乗り込むと浅見は出発した。


「それでね、姫ちゃんがドライブスルーもしたことないっていうから、ハンバーガーでお昼にしようと思うんだけどいい?」

「んー、三種類ほど店が思いつきますけど、どこがいいとかありますか?」


 リーズナブルな店、リッチな店、鶏の店。

 宇佐美は、希望があるかどうか日下部の方を見るが、ピンと来ていないようだ。


「浅見さんにお任せー」

「了解ー」


 来た道を少し戻り、目的のドライブスルーへ向かうと、日下部と宇佐美は、メニューの看板を楽しそうに見ていた。

 女二人しかいないが十分姦しい。


「あたし海老カツセット、ジンジャーエール!」

「私はテリヤキにしようかなー。セットで、メロンソーダで」


 車をゆっくり進めてマイク越しに注文する。ちなみに浅見はフィッシュのセットを注文していた。

 支払いをすませ、商品を受け取った浅見は、手を伸ばしてきた宇佐美に手渡した。


「いくらー?」


 宇佐美が聞いてくるがすでに車を走らせている浅見は、助手席に置いていた財布を左手で探し当てると、後ろに見せた。


「札の所にレシートが入ってますんで、入れといてください。財布にお釣りの小銭が足りなかったら、ここに小銭入ってますんで」


 浅見が指差した場所は、運転席と助手席の間にあるドリンクホルダーの場所だが、小銭で埋まっているため、ドリンクは置けそうになかった。


 流石に他人の財布を受け取るのは躊躇う宇佐美だったが、日下部が受け取ると、レシートを取り出した。それぞれの値段を言うと、千円札を入れて、ドリンクホルダーから小銭を取っていく。


 二人が財布をしまった頃合いを感じて、浅見が手を伸ばすと日下部が財布を渡す。

 それを見た宇佐美が「熟年夫婦みたい」とつぶやいていた。



 車は国道42号線を南へと進んでいく。キャアキャアとハンバーガーの食べ比べをしたり、ドリンクの置き場所に困ったりと、初めて車内でハンバーガーを食べた日下部は、食べ難そうにしていたが、終始笑顔だった。


 車は海岸線沿いを走り、もうすぐ目的地というところで宇佐美が声を掛けた。


「浅見さんさー」

「なんですか?」

「それよそれ。その話し方。あたしたちって知り合って結構長いじゃん? 同じ道場にも通ってるしさ。そろそろ本性さらけ出して行こうぜ」


 宇佐美が言うと説得力が違った。彼女の被っていた猫は、あの講習の時に逃げてどこかへ行ったっきり戻っては来ていない。


「まあそれが浅見さんっぽいんですけどね。私は慣れました」


 ポテトをつまみながら日下部が続いた。


 浅見も以前の職場の同僚相手には、砕けた口調で話している。

 ただ、日下部と初めて話をしたときは、職員に質問をする立場だった。いきなりフランクに話すわけにもいかない。

 宇佐美もそうだ。講習に参加し、教えを乞う立場の浅見に教える側の宇佐美。これも当然、いきなり馴れ馴れしくするわけにはいかない。

 それに加え、この二人が自分よりかなり若いというのも影響している。どう接していいか分からず、無難に丁寧な話し方をしているのだ。


 丁寧な言葉を指摘されるとは夢にも思っていなかった浅見は困った様子だ。


「何か、こう、女性に馴れ馴れしくすると、チャラ男みたいじゃないですか?」

「かぁー。分かってない。分かってないよあさみん」

「あさみんて……」


 宇佐美は残り少なくなったジンジャエールを音を立てて勢いよく吸い込んだ。


「馴れ馴れしいのと親しいのは、ちっげーから! あさみんはカスみたいな奴らじゃないって分かってるんで! あたしら友達じゃん! ね、姫ちゃん!」

「私は、その……、まあそんな感じですかね」

「そういうなら、出来るだけ前向きに考えたいと思います」


 玉虫がきらりと光るような答えに「政治家かよ!」と宇佐美の突っ込みが炸裂した。



 和歌山マリーナシティに続く橋を渡ると、青く広がる海とリゾートホテルが見えてくる。マリーナに停泊するヨットやボートも、美しい風景を作り出すのに一役買っていた。


 駐車場に車を停めて、まずポルトヨーロッパに向かう。

 中世地中海の港街をモチーフに作られており、フランスの街並みや、イタリアの港街、スペインの古城といった建物が並び、石畳の道は異国に来たような雰囲気が漂っている。

 開園からそれなりの年月が経っているためか、色あせている箇所もあるが、それがいい味を出している。


「日本じゃないみたい……」

「姫ちゃん、写真撮ろうよ!」


 そして自撮りするようにお互いの顔を近づけると、機関銃のようなシャッター音が鳴る。浅見も浅見で風景をスマホで撮っていた。


 フォトスポットとして、セルフタイマーがあるカメラを乗せる台も備わっており、これを使わない手はない。

 三人は記念撮影をしたが、真ん中に挟まれた浅見の表情は少しぎこちなかった。


 一行は異国情緒あふれる街並みを堪能した後、黒潮市場へと向かった。




 市場に入ると、すぐに漂ってくる魚介の香りに、新鮮な魚がずらりと並んでいる。


 人だかりができている場所では大きなマグロが台の上に乗せられていた。浅見たちも、見える場所へと移動する。


「うわ、マグロでかっ!」

「立派ですねー」


 そして始まったマグロの解体ショー。職人が大きな包丁を手に、見事な手さばきでマグロをさばいていく。

 それを見ていた浅見の腹は決まった。


「姫ちゃんも捌けるんじゃない?」

「えー、流石に魚は斬った事ないってば」

「料理とかすればいいのに。それにしても美味しそう」


 もう皆の口は海鮮になっているようだった。昼にハンバーガーしか食べていない浅見は、すでに空腹状態だった。


「何か食べますか。向こうにフードコートありますし」


 各々が注文や購入したものを持ち帰ってくる。

 浅見はマグロ尽くしと言った感じで、マグロ丼にマグロの握りに刺身。日下部はサーモンとイクラが乗った丼。宇佐美は、エビにホタテにイクラにシラスと色々乗った海鮮丼を頼んでいた。


 席に着き、目の前に並ぶ新鮮な海鮮料理に思わず笑みがこぼれる。

 皆が笑顔で食事を始めた。



 食事が終わり黒潮市場を後にしたところで、浅見が二人に向きなおった。


「そこの紀州黒潮温泉にいきませんか? タオルも貸出があるみたいなんで、手ぶらでも入れますよ。こういった温泉が苦手でしたら諦めますけど」

「大丈夫ですよ。むしろ稽古終わりに皆で入ることが多いので、人より慣れてるかもしれません」

「あたしなんか姫ちゃんの身体で知らないとこはないぐら――いてっ」


 調子に乗った宇佐美が尻を叩かれていた。



 受付を済ませ、それぞれ男湯と女湯に分かれる。


 脱衣所で宇佐美がつぶやいた。


「着替えも持ってきたらよかったなー」

「温泉入って帰るって思ってなかったしね」


 服を脱ぎ終わった日下部が、ただ立っているだけで、周りの女性の視線を集めていた。


 薄っすらと割れた腹筋に、きめの細かな白い肌。無駄な肉は一切なく、尻の形も整っている。裸でタオルを手に持ち宇佐美を待つ姿は、モデルがポーズを取っているようにさえ見える。


 しかし、その姿を見た宇佐美が小声で日下部に言った。


「いや、姫ちゃん。ここ道場のお風呂じゃないからさ、一応はちょっとぐらい隠したりしない?」


 そういわれた日下部は恥ずかしそうにタオルで隠していた。



 自前のお風呂セットを準備していた浅見は、頭や体を洗い終えて大浴場へ。


「あぁ……」


 湯船に浸かると、じんわりと体が温まり、食後の心地よい眠気も相まって、浅見は思わず目を閉じた。


 このままだと本当に寝てしまうと、湯船から上がる。体は十分に温まった。

 風呂を出た浅見は、二人の姿を探したが、まだ出てきていなかった。女性の風呂は長いと相場は決まっている。

 浅見は休憩コーナーで待つことにした。



 しばらくして日下部と宇佐美がやってきた。


「あ、あさみん寝てる」

「さーやが電話した時、寝てたんでしょ? あんま寝てないのかも。ちょっと寝かせてあげたら?」

「さすが正妻は旦那の体調が……すみません。調子に乗りました」


 握りこぶしを見せつけられた宇佐美は素直に頭を下げた。

 浅見の近くに腰を下ろした二人は、探索者の話や、最近の人気のある探索者の話といった世間話を、浅見が起きるまでの間楽しんだのだった。




 道場まで送り届けてもらった二人は浅見の車を手を振って見送った。

 休日という事もあり、道場には多くの人が稽古に励んでいるようで、威勢のいい声と竹刀同士がぶつかる音が響いている。


「どうだった? 二回目のマリーナシティは」

「楽しかった。――すごく良かった」


 今日の事を思い出すように日下部が言った。

 

「遠足で行った時に地面しか見てないって聞いたときは、さすがに、あたしもビビったからね」

「仕方ないじゃんか。誰も話し相手になってくれなかったんだから……」

「あの目じゃ怖すぎるでしょ。目が死んでるんだもん」

「うるさいな! あれは高校卒業後の写真でしょ! 小学生のころは笑顔、だった……と、思う……きっと、多分」


 当時の自分を思い出しているのか、自身が無くなり言葉尻が小さくなり、あやふやになっていく。

 宇佐美が言う目の話は、日下部の探索者カードにある顔写真のことだ。以前に、浅見に見せるときに指で隠していた『深く暗い乙女の事情』の部分。

 あの頃とは同一人物とは思えないほど、日下部の表情は明るくなっている。


「これからもっと色んなとこに行ったらいいじゃん。運転手もいるんだし!」


 浅見がいないのを良い事に、遠慮のない宇佐美と違って、日下部は若干遠慮気味に言った。


「さすがに、ずっと連れまわすのは悪くない?」

「何だかんだ言いながら楽しんでるって、あさみんは。ただ、車が小さすぎん? 男って車にこだわるんじゃないの? うちの兄貴なんか見るたびに装備品変わってるのに」

「そういや、私も言った事あった。車の事」

「でも、あの車見て、確かにあさみんだって思った」

「わかるわかる。浅見さんが高級車に乗ってたら何か違うもんね」


 盛り上がる話題には事欠かない。終わる気配のないガールズトークは、陽が落ち、道場に灯りがつけられるまで続いた。


イルミネーションや花火といったイベントもあります。

是非足を運んでみてください。


読んでいただきありがとうございます。

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