第十九話 暗躍
第二章の始まりです。
よろしくおねがいします。
深夜の人通りのない裏路地で怪しげな取引をしているものがいた。
フードを目深に被り、いかにも怪しいのだが、探索者の男は気にする素振りも見せずに怪しい奴に話しかける。
「例のアレ、頼むわ」
「効き目ばっちりでしょ?」
「あぁ。早くしろ」
どうやらフードを被っているのは若い男のようだ。
ポケットからゴソゴソと袋を取り出すと、中には白っぽい錠剤が数粒ある。
探索者の男は、小さな薬をじっと見つめるその瞳には、迷いはなかった。
金を渡すと、錠剤が入った袋を受け取ってそそくさとその場を離れた。
ほくそ笑みながら受け取った札を指ではじいていく。
そして誰もいなくなった路地裏で、フードの男は小馬鹿にした声で独り言を漏らす。
「くくく、用法用量を守ってお使いくださーい。お大事にー」
そう言って男は笑いながら路地裏へと消えていった。
浅見が日下部とチームを組んでから半年ほどが経っていた。
身の回りで変わったことといえば、ダンジョン協会があの変異種を一千万円という、手違いのような値段で買い取ってくれたおかげで、浅見は車を買った。
一千万円ものあぶく銭が入ったのだ。さぞかしグレードの高い高級車を買うのかと思いきや、十万キロ近く走っている軽自動車を購入していた。
お世辞にもカッコイイとは言い難い軽自動車を見た日下部が、
「この車でデート行けませんよ? こんな車で迎えに来られたら、彼女どころか道端の猫も逃げますって」
と苦言を呈していたが、浅見も反論して、
「五百万円の光り輝くダイヤモンドの指輪と、百万円の切れ味バツグンの刀剣ならどっちがいいですか?」
と聞かれてぐうの音も出ない事態に陥っていた。
もちろん日下部は宝石類で着飾る事よりも、刀剣の方がいい部類の人間なのは言うまでもない。
そして大きく変わった出来事と言われれば、もう一つある。
あの変異種の騒ぎ以降、ダンジョンのモンスターの数は増えたままだった。
ダンジョン協会は、「これが本来の正常な状態」と発表したが、それはつまり、ダンジョンの危険度が上がったということを意味する。
その影響で、街中では武道が軽いブームになっていた。
特に、剣道や古武術など、実践向きの武術が注目を集め、各地の道場は賑わっていた。
そして浅見も日下部の道場に通い始めたのだ。
きっかけは浅見が見つけた広告だった。やけに道場やレッスンのチラシが多い事を日下部に話した。すると日下部が、
「興味があるなら、試しに稽古に来ます?」
と誘ったのだ。
そんな日下部の誘いを受けた浅見だったが、教えられた住所を検索してみた瞬間、ここ十年で一番驚いていた。
地図上で表示された日下部家の敷地は、普通の住宅が何軒も建つほどの広さがあるのだ。
以前に『しがない小さい道場』と言っていたが謙遜が過ぎるにもほどがある。
実際に訪れてみると、総本山という印象を受ける。門構えが和歌山城と近しいのだ。
その門をくぐると、道場の前では、どう見ても『先生』にしか見えない人々が、日下部に深々と頭を下げているのを見て浅見は驚いていた。
来客用のスリッパに履き替えて中に入ると、柔道場のような畳が敷いてある一角もあり、柔剣道場と言える。畳みの上では、胴着や袴を着て取り組みを、板張りの道場では何人もの人が竹刀や木刀を持ち、仕合や素振りに励んでいる。
そんな柔剣道場の壁には数えるのも嫌になるほどの、名札が掛けられており、『師範』の欄には日下部真姫の名があった。そして、もう一人『日下部修一』という名が並んでいた。
「父です。で、師範代の志乃が母です」
浅見の視線が止まっているのを見た日下部が説明をした。
どうやら根っからの武道一家という事が分かる。
稽古は平日なら夕方から日付が変わる頃まで、休日は人がいる限り道場は解放されている。その間の入退館は自由にしてもいいし、休憩をとるのも個人に任されている。
浅見は初心者なので、学生たちに混じって素振りや基礎を学ぶことになった。中には同年代の男性の姿もある。
とはいえ、『弱い』と馬鹿にされるかもしれないと、少し警戒していた浅見だったが、杞憂に終わる。
日下部の道場で、真剣に学ぶ意思がある者を馬鹿にする者など、一人もいなかった。
ただ宇佐美がふざけて浅見をからかったのを告げ口されて、日下部の指導が入る出来事があったりした。
それなりに充実した日々を送っている浅見は、今日も城にあるダンジョンでスライムを集めようとしていた。
しかし、待ち合わせの時間が近づいても日下部が来ない。とはいえ、まだ三分前だったが、常に十分前には到着していた人間が急に時間ギリギリだと心配になる。
浅見も何かあったのかと、スマホを取り出して連絡しようとするが、ちょうど入り口に息を切らせた日下部がやってきた。
以前のような装備ではなく、一階層用のよく見かける装備に変わっている。頭にはオシャレヘルメットとライトが装備されていた。背中には浅見と似たようなカバンが背負われている。
「すみません……。ちょっと、ダン協に、行ってまして……はぁ……」
「遅れてないから問題ないですけど、休職の関係ですか?」
「まあ、それは入ってからで」
普段なら人目を気にせず話をする日下部が、言葉を濁したことを不思議に思う浅見だったが、無理に聞き出すことはせずに、二人はゲートを通りダンジョンへ入っていった。
普段通りにスライムを集めていると、突然、日下部がおかしな事を言い出した。
「一年ぶりに入るダンジョンで、八階層の素材を取って帰ってきた人がいたらどう思います?」
探索者活動を休止していた熟練者ならそういう事もあるだろう。
浅見もそう予想した。
「んー、その人って、日下部さんみたいにその道の達人とか?」
「いいえ。最後の記録ではスライムですね」
「なら、この一年ですごく訓練したとか」
「そういった話もないですね」
達人でもない人間が、スライム集めをやめた一年後に、八階層で活動し始めるとなれば、その人物が一攫千金を狙って無茶をしたか、浅見のように偶然にスキルを手に入れたか――。
浅見がまさか、と日下部のほうを見るが日下部は首を横に振る。
「偶然スキルが取れた人が十数人も現れたりしませんって」
意味が分からないと浅見は降参するように手を挙げた。
「今日は帰りに食堂で何食べます? 私としては魚が食べたい気分ですねー」
脈絡もなく急に違う話をする日下部に、何か言いたげな顔をする浅見だったが、以前の市役所での事を思い出して、誰かが近づいてきたと察したようで口をつぐむ。
すると角から別の探索者がやってきた。
「こんにちわー」
「ちわっすー」
お互い挨拶を交わして十分な距離が開くと、日下部はトーンを落として話始めた。
「しかも、その十数人は、もともと素行が悪い探索者だったんですよ。先に戦っていたモンスターを強引に横取りしたり、しょっちゅう喧嘩したりと、評判は散々です」
「そんな人が急に深い階層の素材を……。誰かに取ってこさせてるとか?」
「どうなんでしょうね。その階層で活動している人が、チンピラまがいの小物のいう事を聞くとは思えませんし」
八階層で活動する探索者は、もはや熟練といってもいい。日下部の言う通り、そんな探索者が小物の言う通りにするとは考えにくかった。
残る可能性は、家族なり大事な人間を人質に脅すという事だが、十数人が同じ日から急に脅し始めたなどと、これも考えにくい。
結局分からずじまいだ。
「そんな感じの事があるらしいんで、城戸さんがダンジョン内で何か気が付いたら教えてくれって言ってました」
「何か、ねぇ」
ここ最近の一階層の様子を思い出しながら、浅見はスライムの酸を避けた。
そして17時になった所で二人はダンジョンから出た。
買い取りを済ませると明日の予定について話し合う。これもいつもの流れだった。
「明日は土曜なんで、いつも通り休みでいいですか?」
「りょーかいです。それじゃまたでーす。たまには稽古に来てくれてもいいんですよーー」
大きな声で話しながら帰っていった日下部の相手に、センター内の視線が集まる。
探索者としても有名で実力も折り紙付き。
さらには、容姿端麗で性格も明るく見え、人当たりもいい女性となれば、他の男性探索者から嫉妬を含んだ鋭い視線が、浅見を貫くのも仕方ないと言えた。
それでも、ここ最近は減ったほうだった。日下部とチームを組んで数日間はすごかった。
わざわざ浅見の前まで来て、舌打ちをして何も言わずに去っていく探索者が大勢いたのだ。
「モテモテですねー」と笑う日下部を、半眼で見る浅見の姿がたびたび目撃されていた。
浅見も一応男だ。
鋭い視線を送る探索者たちの気持ちも、1ミリぐらいは理解できる。
とくに言い返すこともせずに、ほとぼりが冷めるのをただ待つことにしたのだった。
センターを出た浅見は、車へと向かう道すがらで日下部に言われた稽古の事を思い出していた。いつ顔を出してもいい日下部の道場は、放任主義と言えた。
来たければ来たらいいし、嫌なら来なくてもいい。ただし来たら真面目に真剣に取り組む。
下世話な話、月謝を支払っている浅見は、稽古に行かなければ損なのだが、学生時代に運動部に所属していたにも関わらず、稽古に行った次の日は、やる気が起きないほどの疲労感が残るのだ。
「次の日がなぁ……。俺ももう歳だよなー」
老いに抗うように、軽いランニングと、なんちゃって筋トレを続けてはいるが……。
明日の稽古どうしようかと迷いながら、浅見は家に帰っていった。
いつもありがとうございます。




