第十八話 これから
第一章最終話です。
よろしくお願いします。
あの新種のモンスター騒動から一週間が経ったが、テレビや新聞などで取り上げられることもなく、SNSでも話題に上がることもなかった。
以前のSNSでの騒ぎの投稿は軒並み削除され、今となっては確認できない。あの騒ぎが変異種によるものなのか、ただモンスターが増えてけが人が出ただけなのか、真相は闇の中だ。
あれだけの数のけが人が出た五階層の出来事で、重傷者はいたものの、幸いなことに死者はゼロだった。救助に向かった城戸たち職員や、企業探索者の尽力によるものだろう。
この事さえ称えられないのだから不満の声があがる。世間に知ってほしいと。
だが、漏らした者は探索者資格を剝奪すると言われれば、さすがに誰も言い返せなかった。
浅見はあれから城戸と日下部、ダンジョン協会のお偉いさんに、みっちりとお説教をされた。簡単に言うと、スキルがあるからと言って調子に乗るな。身の程をわきまえろ。という事だった。
いい大人になってから、しこたま説教されるなんて、最近なかった浅見は、心の傷を癒すために二日ほど休みを取ったが、その後、一階層でスライムを集め始めた。
相変わらず探索者の数は多いが、スライムの数もそれなりになっているため、不満はない。ぼちぼち稼げている。
高い買い物だと思っていた盾とアイスピックだが、これのおかげで全員無事だったのだから安い買い物だ。
今は使う予定がないために、家の棚に保管している。
今日も一階層でスライムを集めるべく浅見は準備をしていた。
少しくたびれてきたバックパックに、2リットルのペットボトルを4本立てて並べる。センターの宿泊施設で食べてしまった保存食も補充済み。
水分補給用の水をサイドポケットに差し込んで、漏斗の確認もよし。
後は家を出るだけというところで、呼び鈴が鳴った。
セールスと思って無視をする浅見だったが、凄まじい勢いで連打される呼び鈴。今日日の小学生でもこんな遊びはしない。
「なんだよもう」
苛立ちながらもドアを開けたら、そこには日下部がいた。
「え?」
「来ちゃった」
そっとドアを閉めようとするが、相手は武の達人である。すぐさま足を差し込まれて閉められなくなる。
普段の制服姿とは違って、カジュアルなジャケットを羽織りデニムを履いた私服姿での登場だった。
「ちょっと、何しにきたんですか、……ってか何で、うちの住所を!」
「私は浅見さん担当ですから。さっさと開けてくださいってば!」
「何ですかそのシステム! 初耳なんですけど! 足! どけてください!」
職員とはいえ、探索者の個人情報が簡単にわかるのはどうなんだろうか。
「開けてくれないと、叫びますよ! いいんですか!?」
33歳の中年の家で二十歳そこそこの女性が騒いでいる絵面は、誤解を招きかねない。浅見の動きがぴたりと止まった。
浅見は観念して力なくドアを開いたが、せめて小言を言ってやろうとした。
「若い女性が男の家に……」
途中まで言いかけたが、途中で口をつぐんだ。
本当なら『若い女性が男の家にほいほい上がるもんじゃありません。何かあったらどうするんだ』と言うつもりだった浅見。
ただ相手はあの日下部だ。武器など無くても、徒手空拳で相手を葬れることを思い出し、黙った。
「おじゃましまーす」
ただ浅見は一応玄関の扉は開けておくことにしたようだ。
「へー結構綺麗ですね」
そう言ってテーブルの横に正座する日下部の所作は、いちいち洗練されていた。
茶の用意をしながら浅見が話しかける。
「それで、今日は一体どうしたんですか?」
「そうそう、これを渡しに来たんですよ」
「なんですか? その封筒」
お茶を入れたコップを日下部の前に置いて、封筒を手にする浅見。封筒にはダンジョン協会と書かれている。早速封を切る。
「えーっと……え!? 一千万!?!?」
封書の内容は、あの変異種をダンジョン協会が一千万円で買い取るため、振込先を記入するために窓口まで来るようにと書かれていた。
新種のモンスターであり、高い戦闘能力を有し、研究材料としての価値も非常に高いと評価されたようだ。
「わざわざこれを渡しに?」
簡易書留で事足りるのになぜ? と疑問が残る。
浅見は日下部の言葉を待つ。
「私、ダン協を休職してきたんです」
「えっ? そうなんですか」
正直な話、それがどうしたんだ。という感じだが、それが封筒を持ってくるのと繋がらない。
そして次にとんでもない事を言い出した。
「それで私、決めたんです。浅見さんとチームを組むことにしました」
チーム。仲間。パーティ。相棒。バディ。これらは相手の了承を無しに組めるものじゃないのだが。
「えー……。えー……」
「何ですかその迷惑そうな顔は。自分で言うのも何ですけど、私って結構探索者としては有名なんですよ? そんな私と組めるなんて、……えーっと、何ていうんだっけ、羨ましいって見られる――」
「羨望の眼差しね」
「そう! それです。皆から羨望の眼差しで見られること間違いなしですよ!」
目立ちたくないから日下部が変異種を倒したってことにしたのに、他の探索者から注目を集めては意味がない。
それに浅見は今の生活スタイルを、それなりに気に入っている。怪我のリスクが低いスライムを集め、気が向いたら小旅行に行く。
もし仲間やチームを組んだら、「今日は休もう」と思っても、相手がダンジョンに行きたいと言えば、意見の対立が待っている。
極めつけは浅見が深い階層に、行くつもりが微塵にもないという事だ。
「え、普通に断りたいんですけど……」
「ははーん。さては照れてますな? ま、浅見さんが私の事を好きすぎるのは知ってますし? わざわざ危険を冒して助けに来てくれるぐらいですからねー」
「何言ってんだ。ともだ……、知り合いが危ない目に遭ってるって聞いて、解決できる力が合ったら助けに行くでしょ普通」
小恥ずかしいのかそっぽを向きながら浅見が言った。
しこたま説教をされたが、命の危険があるダンジョンで、その普通はあまり褒められた行動ではないが……。
「ふふ。私、決めましたよ。浅見さんが組んでくれるまで、帰りません」
「……勘弁してくださいよ」
浅見とチームを組むことが日下部のいう『いい考え』だった。これなら浅見が道を外れそうになった場合止めることができるし、城戸も少しは安心できるだろうと考えた。
城戸にとってはロクでもなくは無かったが、浅見にとってはロクでもない考えだ。
日下部は浅見が道を外れた行動をするなど微塵にも思っていない。それは建前で、本音は楽しそうだからという理由が大半を占めている。
「それに浅見さんにとって悪い話ばかりじゃないですよ?」
「なんです?」
「私のほうが先輩探索者ですから、色々と教えてあげられますよ。それにこっちも」
そういって手を刀に見立てて振り下ろした。
浅見は段階というのを非常に大事にする傾向があった。探索者になる前に、ダンジョンツアーに参加したり、二階層に行く前には武器取り扱い講習を受けた。
これからも色々な講習に参加するつもりでいるし、今後、もしかしたら三階層や四階層で活動することがあるかもしれないと考えた浅見は、揺れた。
その揺れに気が付かない日下部ではない。浅見の好みそうなセリフを並べて追い込んでいく。
「ネット情報とかじゃない、探索者としての生の声ですよー。細かいところまで質問できますよー」
「くっ、卑怯な……」
「予定はすべて浅見さんにお任せします! 私はなーんにも言いませんし、何でもいう事聞きますよ! ……太ももまでなら触ってもいいです!」
「誰が触るか!」
難しい顔をしている浅見とは違い、ニコニコ顔の日下部。もう日下部には浅見が首を縦に振ることが分かっている様子だった。
そしてその通りになる。
「はぁ、分かったよ……」
結局浅見が折れる形になるわけだ。
「ふふふ、それじゃあ、さっそく一階層に行きましょう! 手伝いますね!」
「その格好で?」
「はい。一階層だし問題ないと思いますけど」
「いいや駄目だ。何があるか分からないんだぞ」
一階層で日下部がスライム相手にどうかなるとは思えないが、浅見は注意をする。
ダンジョンで活動する探索者には、それ相応の恰好というものがあるのだ。
「えぇ……、もし何かあっても浅見さんのスキルで何とかしてくださいよ」
「スキルは出来るだけ使わないようにしているから駄目」
「えぇ!? 何か……そこまで行くと真面目を通り越して、ただの頑固オヤジですよ」
「嫌なら組まない」
「かぁーー! 分からずやですね! 私、日下部真姫なんですよ!?」
「駄目なものは駄目」
どっちもどっちの、不毛な言い合いが続いた。
浅見はこの言い合う時間も意外と悪くはないと感じ始めていた。
無事に第一章が終わりを迎えることができました。
閑話のようなものを挟んで、第二章に進みます。
ここまで続けられているのも、読んでくれる人がいてくれるおかげです。
ありがとうございます!




