第十七話 凱旋
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静かだった。
ゴブリンたちも散り散りに逃げた後で、浅見は変異種を見下ろしていた。
光を失った金色の瞳に浅見が映る。まるで何かを訴えかけるように、静かに浅見を見つめていた。
浅見は大きく息を吐いた。
「無事でよかった」
日下部も城戸もそうだが、自分自身のこともだ。
静寂の中を歩く音が近づいてくる。
「お疲れさまでした。しっかし、こんなすごいスキルを持ってるって、なんで言ってくれないかなぁ」
ぐりぐりと浅見の腕を肩で押す日下部は、冗談交じりに黙ってた理由を聞こうとした。
「いや、ダンジョン協会のスキル一覧にも載ってなかったし、色々聞かれたりするかなーって思って」
「ほぉほぉ。載ってない新スキルと。後でじっくりと聞き出すとして、私の刀ちゃんはどこかなー」
日下部は飛んで行った刀を探しに歩いて行った。
「……その、まあなんだ」
城戸が気まずそうに口を開く。
「感謝する。助かった」
「はい。無事でよかったです」
刀を見つけた日下部が鞘に収めようと奮闘する姿を2人で眺めているが、城戸の目は明らかに浅見の事を警戒していた。
ダンジョン内でスキルを使った事件が少なからずある。スキルをモンスターに使わずに、悪意を持って人間相手に使う輩だ。
城戸はまだ浅見の事を詳しくは知らない。あの得体の知れない力が人間に向くかもしれないのだ。
「やっぱ曲がっちゃってる。お気に入りだったのになー。……どしたの城戸さん?」
「ん、いや、何でもない」
その道の達人でもある日下部には通じない。すぐさま見透かされた。
「何を警戒して……。あぁ、そういうことですか。取り越し苦労もいいとこですよ」
浅見は何の話か全く分からない。黙って成り行きを見守っていると、日下部が向いた。
「浅見さんってば、そのスキルで荒稼ぎする予定ってあります?」
「急に何の話ですか。まあ、スライム相手にスキルを使うことってないですけど、探すときには薄く使ってますね」
「はははは、薄くって何! 初めて聞いたんだけど!」
「いやいや、スライムを八宝菜の餡に例えるよりましだと思いますけど」
これだけのスキルを持ちながら、まだ一階層でスライムを集めるという浅見。
日下部がこらえきれずに噴き出すと、負けじと浅見も言い返している。
警戒していた城戸も、やりとりを聞くうちに肩の力が抜けた。
こんな奴が、悪意を持ってスキルを使うわけがないと、そう思えてきた。
すると誰かの腹の音がなる。城戸は日下部を見るが、
「ち、違いますよ!」と慌てて否定すると、恥ずかしそうな浅見が白状した。
「スキルを使うと異様に腹が減るんですよね」
人の何十倍もの速さで動けるスキルは、その速さで腹も減るという事だった。まあ、あまりにも小さな代償ともいえる。
「ふふ、それじゃあ戻りましょうか! 城戸さんあれの回収よろしくお願いしますよ」
「へえへえ」
こうして3人はセンターに戻るべく歩き始めた。
一方でセンター内は騒然としていた。運び出されたけが人を搬送し終え、職員らに詳しい事情を聞かれていた。
その中で、椅子に座ってゲートを睨みつけ、今か今かと待ち構えている女性の姿があった。
宇佐美である。
「宇佐美さん。病院にいかなくていいんですか?」
「いい」
心配そうに声をかけるのは花村だった。
だが、宇佐美の態度は素っ気ない。
所属する会社は違うが同じ企業探索者同士、日頃から情報交換をしたり、一緒にダンジョンに潜ったりすることもあり、2人の仲は悪くない。
そして、どちらも日下部の道場に通う者同士だった。
――こうなった宇佐美は、何を言っても聞かない。
城戸や日下部といった上司の立ち位置にいる人ならまだしも、花村では……。
花村はため息をつくと、諦めたように横の椅子を引き寄せ、宇佐美の隣に腰を下ろした。
待っている間、疲労もあり花村はウトウトと舟をこぐ。
そして椅子の倒れる音で花村が浅い眠りから覚醒する。隣にいる宇佐美に何かあったのかと、確認するが宇佐美の姿はなかった。
「姫ちゃーーーーん!!」
センター内に響き渡る甲高い叫び声。
猛ダッシュで駆けていく宇佐美の姿に、周囲の探索者や職員が驚いて目をやった。
手を広げて走る宇佐美の先には日下部の姿がある。花村も胸をなでおろしていた。
突撃するように抱きついた宇佐美を、日下部は避けもせず、そのまま受け止めた。
「怪我は!? 生きてるよね!? 無事!? ねえ! 姫ちゃああ……うわぁぁぁ……!!」
宇佐美は目を真っ赤にして、日下部にしがみついている。
「はいはい。大丈夫だから。ありがと、ありがと」
赤子をあやすように、日下部は宇佐美の頭を撫でる。
すると、それが引き金になったかのように、宇佐美の肩が震え、わんわんと泣き出した。
その横を通り城戸は、変異種の死体を抱え直すと、買い取り所へと歩き始めた。
センター内が一気にざわめく。
「すげぇな。あれが今回の新種のモンスターか? でかいし、黒いし……」
「首が落ちてるってことは、日下部さんがやったのか?」
「他の探索者が言ってたけど、さしでやりあったらしいぞ」
「やっぱり剣の達人は違うな……」
こうして、日下部が変異種を倒したという構図が自然と広がっていく。
これには訳があった。
センターに戻るために一階層を歩いていた時、浅見の荷物を回収したときの事だ。血が完全に抜けきっておらず、多少滴っていた。
これを見た浅見が気を利かせて、センターを汚さないように止血用包帯で巻けばどうか、と提案した。
それもそうかと、城戸が止血用の包帯を受け取ると力任せにぐるぐる巻きにしたのだ。もともと千切れかけていたことと、モンスター素材配合で強度も上がっていた包帯に、城戸の力が合わさって首が取れてしまった。
もともと目立つことは苦手な浅見は、このまま日下部の手柄にするようにお願いしたという事があった。
「隣の男、誰だ?」
「……んー、最近よくスライム集めてるの見るな」
「はは、一階層の逃げ遅れか?」
そんな心無い会話が飛び交う中、当の本人はホッとしたような顔をしていた。
やがて浅見の存在は、完全に意識の外へと押しやられた。
買い取り所には、多くの探索者が集まっていた。
一目、新種のモンスターを見ようと、人々がカウンター周りを囲んでいる。
カウンターの上に、ドンと置かれる変異種の死体。城戸は、説明をするため奥へと向かった。
「オーガって何階層に出るんだ?」
「十階層ぐらいじゃないのか?」
「でもオーガってこんな黒くないだろ」
探索者たちがひそひそと話し合う中、浅見は無関係を装いながら、食堂で食事をしようとするが、ゲートにいた職員に止められてしまう。
「少しお話を伺いたいのですが、よろしいですか?」
浅見が腹を満たせるのはもう少し後になりそうだった。
ゲート横にあるブースで簡単な話を聞かれた。二階層の蟻が一階層に出た時のことや、逃げ遅れた人を助けたこと、そのあとは一階層で隠れていたが、日下部たちに拾われて帰ってきたなど、本当の事と作り話を混ぜて話をした。
解放されたときはもう夜も遅い。もう家に帰る元気も残っていなかった浅見は二階にある宿泊施設を利用することにした。カバンから栄養バーの保存食をむさぼり食べると、そのままの恰好で爆睡した。
浅見が爆睡しているころ、買い取り所の奥で城戸と日下部、買い取り所の責任者が話をしていた。
「あんだけ硬かったのに、今は普通の皮膚みたいに柔らかい」
「どれほどの硬さがあったんですか?」
「私が全力で斬っても薄皮すら斬れなかったぐらいかな」
責任者の顔が引きつった。
「よく倒せましたね。日下部さんの奥義か何かで?」
「ううん」
視線が城戸へ向いた。
「俺でもない」
怪訝そうな顔をする責任者に城戸がくぎを刺す。
「いいか。こいつをやったのは日下部ってことにしておけ。日下部ですら手も足も出なかったモンスターを簡単に始末できるほどの実力者なんだぞ? わかるよな」
首が取れる勢いで縦に振っている。
そんな実力者の不興を買う事になればどうなるか分からない。
まあ浅見がそんなことをするとは思わないが、責任者は浅見が倒したと知らない。
これでよかった。この様子を見るに責任者は口外しないだろう。
「また難しい顔してる。あの人なら大丈夫だってば」
一度は問題なさそうな人柄に警戒を緩めたが、やはり心のどこかでは信用しきれていない城戸。
「誰か1人ぐらいは警戒しても罰は当たらんだろ」
「だいじょぶ、だいじょぶ。私にいい考えがあるから。動向もしっかり把握できるナイスでグッドな案がね」
嫌な予感が城戸の脳裏をよぎる。
「どんな案だ」
「秘密」
ほら見ろ。絶対ロクでもないことを考えてるぞ、あいつ。城戸は内心で突っ込んだ。
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