第十六話 決着
いつもありがとうございます。
第一章も残すところ、あとわずかとなってまいりました。
お楽しみいただけてますでしょうか
先に動いたのは日下部だった。刀を振るうが、やはり傷を負わせるには至らない。むしろ、左腕に攻撃を受けた影響で動きが鈍っている。左手にうまく力が入らないようだ。
剣士にとって左手はとても重要になってくる。その左手、左腕を負傷したとなれば、勝機は限りなく薄い。
変異種もそれを察したのか、大きく手を広げ、周囲のゴブリンを煽るように吼えた。
「ホァアアア!!」
「ギャッ! ギャッ! ギャッ!」
「……なにを勝った気でいるんですか。私はまだ負けてませんけど」
すると、変異種はゴブリンの棍棒を奪い取った。
見よう見まねで、中段に構えたかと思うと、豪快に振り下ろした。
日下部はこれを受けるわけにはいかない。サイドステップで躱したが、変異種はすぐに横薙ぎへと切り替えた。
刀の切っ先を棍棒の下部に滑り込ませ、変異種の力を利用して、そのまま上へといなした。
躱されたことに腹を立てたのか、変異種はさらにゴブリンの棍棒を奪い取った。二本の棍棒を手にした瞬間、その口元がニヤリと歪む。
ただでさえ圧倒的な腕力を持つ化け物が、左右の手に持つそれぞれ凶器を力任せに振るう。
「ガァアアアア!!」
次の瞬間、怒涛の連撃が始まった。
左右交互に繰り出される猛攻。一撃でも食らえば、即座に決着がつくほどの破壊力。
日下部は紙一重で躱し、負けじと踏み込みつつ棍棒を持つ手へ反撃を試みるが、変異種の棍棒は止まらない。
技も何もない、ただの力任せの、がむしゃらに振られる棍棒を、横へ、後ろへ、避け続ける。
だが、これも長くはもたなかった。
ついに、避けきれなくなった日下部は、刀で棍棒を受けてしまった。
衝撃が腕を痺れさせ、骨が、刀が悲鳴を上げるように軋んだ。
「ぐっ……!」
それでも変異種の攻撃を何とかいなし、流し、躱し続ける。
だが、変異種が上半身をしならせて放ったの渾身の一撃――。
やむを得ず受けた瞬間、甲高い音を響かせ、刀は宙を舞い、日下部は衝撃で地に倒れこむ。
「……っ!」
「日下部!!」
城戸がとっさに駆けだすが、とてもじゃないが間に合う距離じゃない。分かっていても動かずにはいられなかった。
無防備な状態で、変異種の棍棒が振り上げられた。
――躱せない。
「ははっ……」
最後まで生き残るために変異種の攻撃を捌こうと両手を掲げるが、本人も無理と分かっていた。
日下部から思わず自嘲の笑いが漏れ出る。
無情にも変異種の棍棒が振り下ろされ、死が眼前に迫ってくる。
――その時、突風が駆け抜けた。
耳をつんざく衝突音。変異種が持つ棍棒が衝撃に耐えきれずに、粉々に砕け散った。
「え……」
「なっ……」
目の前で起きている光景を脳が処理できていない、日下部と城戸が固まった。
着ているジャケットの内側が薄っすらと赤い。一階層で活動する新人の探索者に好まれている装備だ。そんな装備でこんな場所まで来るなんてどうかしている。
まして相手は日下部や城戸ですら倒せない、変異種だ。
その変異種が全力で振り下ろした、木で出来ているとは言えど、その一撃を見事に防いだ、目の前にいる新人探索者の名前を日下部はよく知っていた。
初めて会った時は可笑しなことをいう人だと思った。ダンジョンに車で突っ込んで主を倒したなんて、質の悪いナンパかと思ったほどだ。ところが本当に困っていそうな顔をしていたのを今でも覚えている。
「あの……何してるんですか……?」
「えっ? いや、なんか新種のモンスター戦ってるって聞いて、その、けが人も凄かったですし……」
「ほんとにもう……。無事に戻れたらお説教ですから」
「えっ!?」
ゆっくりと立ち上がり埃を払った日下部が珍しく声をあげる。
「あたりまでしょ! 一階層の探索者が五階層、――こんな場所に一人で来るとか頭の中身どうなってるんですか! まあ? 助けに来てくれたことには、すごく感謝していますけど……」
この時、変異種は急に現れた浅見を警戒し動けずにいた。忽然と目の前に現れたかと思えば、振り下ろした棍棒を、難なく砕いた男を警戒しないわけにはいかなかった。
まるで浅見が砕いたかのように見えているが、実際にはが衝撃に耐えられず砕け散っただけだ。変異種はそれに気づかない。
ゴブリンたちの王と思われていた存在が、初めて相手を警戒した。
象徴だったはずの存在が、一歩後ずさった瞬間、ゴブリンたちの間に動揺が走った。ギャ、ギャと何か会話をしているのか、その動揺は次第に広がっていく。
それを耳障りに感じたのか、それとも自らを奮い立たせるためか……、変異種が吠える。
「ガァァァアア」
浅見めがけて拳が振り下ろされるが、すでにその場には誰もいない。一部のゴブリンの輪が乱れていて、その先に浅見はいた。城戸の隣で、日下部を抱きかかえている。
ゆっくりと日下部を下ろすと、心配そうに浅見が聞いた。
「すみません。ゆっくり運んだつもりですけど、大丈夫ですか?」
「えっ、あ、だいじょぶですけど、これって……」
色々とスキルの実験をしてきたが、生身の人間を抱いた状態でスキルを試したことがなかった浅見は、ぶっつけ本番で使わざるを得なかった。
浅見の心配とは裏腹に、盾や武器と同じ扱いになるようで、影響はなさそうだ。
「よかった。それであいつって何なんですか? めちゃくちゃいかつい見た目してますけど」
そんなことよりお前のそれは何なんだと、どれほど言いたい事か。ただ、目下の問題はあの変異種をどうするかであって、浅見のそれではない。
「新種だ。ゴブリンを統率し、肌が異様に硬く、それなりに素早く、知恵がある。今のところ分かってるのはそれぐらいだ」
「私も斬れませんでした」
「すごいモンスターもいるんですね。ちょっと怖いですけど、――やってみます」
なにを…という前に浅見の姿が目の前から消えた。
「ドンッ!!」という激しい音が響く。あわてて2人は音のほうを見ると変異種の首が大きく跳ね上がっていた。
何が起きたのか分からずに、変異種は反射的に拳を振るうが、あたらない。
「ガァァァアア!!」
咆哮と同時に拳を振り下ろすが、拳が届くよりも速く、浅見の姿はすでに別の位置にあった。
「すまんけど……」
浅見がつぶやいたかと思った瞬間、
「グガァァァァアア!!」
日下部と戦っていた時とはまるで違う声色。痛みに耐え切れずにあげた悲痛な叫びだった。
ズンと、浅黒い巨体が膝をついた。痛みで曲げることができない膝からは鮮血が流れ出ている。
生まれて初めて味わう痛みだった。
変異種は恐怖に身を震わせている。
「あれってなんのスキルだ? 聞いたりしてないのか?」
常軌を逸している浅見の動きに、城戸はスキルの存在を日下部に聞くが、知らされていないために小さく首を横に振る。
しかし、日下部は何となくだが、こういう事なんだろうな、と仮説を立てていた。
噂程度の話だが、ダンジョンの主を倒せばスキルが得られるといったものがある。浅見は前に発生したダンジョンの主を轢き殺していた。
そしてすぐに探索者になったことから、その時に何かあったなと思うのにそう時間はかからなかった。
これほど強力なスキルを持ちながら、なぜスライムを集めているのか。
こればかりは本人に聞くしかないが、新人は一階層からやるべきだとか、有名になって人前に出るのが嫌だとか、そんな理由だろうと日下部は思う。
じゃないと武器取り扱い講習なんかに参加しないだろうし、さっさと稼げる深い階層へ行っているはずだ。
だから日下部は城戸に、こう答えた。
「くそ真面目な人ですからね……、あの人は」
要領を得ない日下部の言葉に城戸が不思議そうにしている中、日下部はいい笑顔をしていた。
四つん這いで立ち上がることのできない痛みに襲われている変異種は、浅見の事を危険だと今になって判断した。
歯を食いしばり、貫かれた膝をかばいながら、ふらふらと立ち上がる。
だが、踏ん張りが利かず、それでも必死に攻撃を繰り出した。ただの手打ちのパンチだが、人に当たれば脅威ともいえるそれを、浅見はわざと盾で防いだ。
微動だにしない盾を前に、半狂乱になりながら攻撃を繰り返すが、簡単に防がれてしまう。
浅見は圧倒的な速度で、変異種の力を凌駕していた。
これで心が折れて逃げくれないか、と考えているが、倒しきらないとこの騒動は終わらない。
初めての人型のモンスターという事もあり、心のどこかに歯止めがかかっていた浅見が、意を決した。
音が消えた世界で、浅見は最後の一撃に移った。狙いは刀が走った跡が薄く残っている喉だった。
鈍い音を立てて浅見の武器が変異種の喉へと深々と突き刺さった。
まだ変異種は刺されたことに気づいていない。だが、その金色の瞳孔がわずかに揺れた。浅見は迷わず、別の角度から振り下ろす。
何度も、何度も――。
世界に音が戻った瞬間、変異種の金色の瞳が大きく見開かれ、息を詰まらせる。首からはおびただしい血が流れ出る。
「ゴアッ……」
変異種は短く息を詰まらせると、その場に膝をつき、――崩れ落ちた。
金色の瞳が虚空を彷徨い、力なく伸ばされた手が地面に落ちた。
「ギャ……ギャギャァ!!」
王が息絶えたことを知ったゴブリンたちは、恐怖に震えながら悲鳴に近い声をあげて、次々と逃げ散って行く。
――こうして、五階層に現れた変異種による騒動は終わりを迎えた。
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