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第十三話 新種

読んでくれてありがとう!

 浅見がモンスターが増えていると日下部に教えられてから数日経ったある日、浅見は部屋でだらけていた。

 スライムの数も確かに増えていたが、その分、探索者の数も増えており、思うように稼げず、気分が沈んでいるのだ。


「気晴らしにどこか行くか」


 浅見は久しぶりに私服に着替えると荷物を持って家を出た。


 レンタカーを借りてナビに目的地を設定する。高速を使って1時間ほどかかるようだ。

 途中何度かサービスエリアで休憩を挟みながら車を走らせる。下道に降りると海が見えてくる。天気にも恵まれ、一面に青が広がっていた。

 適当に車を止めてこの景色を眺めながら、のんびりするのもいいかもしれないが、浅見の目的地は少し先にある。


 先ほどの海から一変して木々が茂るなか、魚の絵が描かれた建物が姿を現す。

 この『とれとれ市場』が今日、浅見の目的地だった。


 駐車場に車を止めて、早速中に入る。

 市場に足を踏み入れると、威勢のいい声が飛び、目の前には新鮮な魚介類がずらりと並んでいた。


「んー。何を食べるか……迷うな」


 大きな伊勢海老、ウニ、イクラ、分厚いマグロの切り身、あらゆる海鮮が並んでいて、見ているだけで食欲がそそられる。

 イカとマグロ、カンパチなどの刺身盛り合わせを買った浅見は、イートインのコーナーヘ向かう。この場所はフードコートのようになっており『とれとれ横丁』と名前が付いている。

 とれとれ横丁でも様々な刺身や丼ものといった料理があるが、市場内で買ったものも持ち込んで食べることができる。


 さらに浅見はとれとれ横丁で、和歌山名物の『めはり寿司』を購入した。酒は飲むことができないのでお茶で我慢する。


 席に座り、刺身と寿司を並べると、ちょっとしたパーティ気分だ。


「くー、美味い。たまらん」


 観光地で食べる食事は、なぜこんなにも美味いのか。浅見は食べきると、さらに物色をする。手に取ったのはサーモンいくら丼。

 難なく食べきると満足そうな表情を浮かべている。


「もう何も入らん……」


 苦しくなったお腹をさすりながら後片付けをすると、運動がてら市場内を一周した。色々と買いたくなるが、直帰しないため、ぐっと堪えて浅見は市場を後にする。


 車の中で浅見はスマホを取り出した。本当はすぐ横にある『とれとれの湯』に向かうつもりだった。ただ、折角白浜で来たからにはと、有名な温泉を調べることにしたのだ。


 そして決めた。浅見は車を走らせる。


 着いたのは『崎の湯』。

 

 日本書紀や万葉集にも登場する歴史のある名湯だ。浅見は受付を済ませると中に入る。

 脱衣所を抜けると眼前に広がるのは紀伊水道。絶景が広がっていた。

 湯につかり一息つく。

 海と青空と温泉、何と素晴らしい組み合わせな事か。

 浅見は心ゆくまで温泉を満喫した。






 観光で心身をリフレッシュすることができた浅見は、翌日から気を入れ直しダンジョンへ向かう事にした。

 相変わらずモニターにはモンスターが増えている注意喚起が表示されている。


 浅見はゲートを通るついでに、職員に聞いてみる。


「まだモンスターが増えているんですか?」

「そうですね。依然として増えているようです」


 職員は浅見が背負う大きなバックパックを見て続けて言った。


「数日活動するようでしたら是非、計画表をご利用くださいね」

「あー、一階層の予定なので。ありがとうございます」


 お気をつけて、と職員の声を聴いて浅見はダンジョンに入っていった。


 相変わらず人が多い。ただスライムも多い。

 浅見は順調にスライムを退治していった。そして広場の入り口でスライムを見つけたが、他の探索者と被ってしまう。


「あ、どうぞ」


 浅見はこういった場合は相手に譲ると決めていた。無駄な言い合いをするより、さっさと譲って次を探したほうが効率的だ。スライム1匹の為に揉めるとは思えないが、浅見は譲った。

 譲ったスライムに気づかれないように遠回りをして広場に入る。


「今日も賑わってるなぁ」


 大勢の探索者をみて浅見がつぶやいた。そして黙々とスライムを集め始めた。


「よし、もうワンセット行っとくか」


 満タンになったペットボトルをバックパックに入れる。他のペットボトルはすでに満タンになっていた。

 買い取り所を経由して、再度ダンジョンへ向かう。そこで、ふと二階層の様子が気になった。

 入り口から50mほどはモンスターが寄り付かないこともあり、浅見は「見るだけだから」と二階層へ向かった。


 相変わらず二階層は地下とは思えない様子が広がっている。入り口の膜から少しずれて浅見は腰を下ろす。


「ひょっとして弁当をここで食べればいいのでは?」


 前に一度、一階層で昼食を取ったが薄暗く湿っているせいで美味く感じなかった。だが二階層ならピクニックのような感覚で食べることができると浅見は考えたのだ。


 風が気持ちよくとても平和だ。遠くで武器を振り回す探索者さえ視界に入れなければ。

 ただ、どうみても50mも離れていないところにモンスターがいる。どうみても20mほどだ。

 浅見は膜の位置とモンスターの位置を見て閃いた。安全地帯は膜を中心とした直径50mなんだ、と。


「25mしか安全地帯は無いのか」


 まあ二階層で活動する気はないけど、と付け加えていた。


 家にいる時のようにリラックスし、お茶を飲んでいた浅見は、視界の端で何かが動くのを捉えた。

 バックパックから双眼鏡を取り出して、そちらに向けると大きな蛾が飛んでいた。どう見ても、あの蛾は浅見をロックオンしている。

 しかし蛾は半円を描くようにふわふわと漂っているだけだった。


「ここから飛び道具で狙えば簡単に退治できそう」


 二階層用に買った双眼鏡も初めての役目を終えバックパックに戻される。

 休憩も十分できた浅見は一階層に戻ってスライムを集め出した。




「八千八百円になります」

「はい。ありがとうございます。ペットボトルは持ち帰ります」


 2セット目を終えて少し小腹が減った浅見は、ティータイムを楽しむべく食堂でマイブームのホットケーキとコーヒーを頼んでいた。

 ちょうどおやつ時ということもありホットケーキはダブルにした。


 浅見がホットケーキを食べ終わり、今から3セット目を始めようかと席を立った時だった。ゲートで動きがあった。

 職員が慌しく走り、手に持っているのは救急セットに見える。

 けが人が出たのか、程度の感想しかこの時の浅見は抱かなかったが、思いのほか事は重大だった。


「足りない! もっと持ってきて! 救急車も!!」

「応援を呼べ! 早くしろ!!」


 金切り声と怒声がセンターに響きわたると、センター内は一気に騒がしくなった。

 1人の職員がコンビニへ走り、カゴいっぱいの救急セットを持ってゲートへ走っていく。


 そんなにけが人がいるの? と浅見は邪魔にならなさそうな場所からゲートの方を覗いた。

 頭から血を流す探索者の姿や、腕を応急処置をした姿の探索者、元気そうに見えるものは見当たらない。かなりの人数が怪我をしているようだった。


 3セット目がどうとか言ってられなくなった浅見は、食堂の席で騒ぎが収まるのをじっと待つことにした。


 しかし、騒ぎは収まるどころか大きくなるばかりだ。救急隊員も駆け付けて、けが人をストレッチャーで運び出していく。

 近場で話していた探索者の噂話を聞く限りでは、死人はいないようだが……。

 救急セットがモンスター素材配合だったために何とか一命を取り留めたらしいが、モンスターに瀕死にさせられ、モンスター素材のおかげで命が助かる。

 噂話を聞き耳を立てていた浅見は、何とも言えない気持ちになった。



 1時間ほど経ったころようやく騒ぎが落ち着いてくる。数十人いたけが人は全員病院へ搬送されていった。

 これもモンスターが増えたことが原因だった。


 一階層以外は大変だなと、どこか他人事の浅見は3セット目を始めるべくゲートへ向かったが職員に止められた。


「すみませんが、少しお待ちください。救助の探索者たちが通った後でお願いします」


 救助? と分からなかったが職員がそういうなら仕方ないと、浅見は返事をして戻っていく。

 スマホでダンジョンのモンスターが増えている事を検索している時だった。

 入り口から多くの探索者が入ってくる。


 先頭に大柄な講習の講師を務めた城戸がいた。職員も混ざっているようだ。

 するとやはり彼女の姿もあったが、講習で型を披露した時と同じ格好をしていた。

 浅見は近づいて声を掛ける。


「これから入るんですか?」

「どうもどうも。五階層で見たことのないモンスターが出たらしくて、ちょっと行ってきますね」

「……気をつけて下さい」

「はい」


 普段の日下部とは違う表情に、浅見はこれ以上話しかけられなかった。

 続々とゲートに入っていく集団の中に宇佐美の姿もあった。医療物資を背負う人もいる。


 思ったより大変なことになったようで、救助に向かった探索者たちの姿がなくなったセンター内は、水を打ったような静けさに包まれていた。

 浅見もすっかりやる気の火が消えてしまっていた。


「帰るか……」


 そう呟いて浅見は家に帰っていった。


 家につくとすぐにパソコンをつけて、日下部が言っていた見かけないモンスターについて調べはじめる。

 案の定何も出てこないが、モンスターの数が増えているのは日本全体で起きているようで、次々と検索にヒットする。


「大丈夫かな」


 知っている人間が危険な場所に行くと知ってしまうと、今まで他人事だったのに急に気になり始める。

 浅見はそわそわと落ち着かない夜を過ごすのだった。


いつもありがとうございます

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