第十一話 武器講習会②
蟻が登場するので昆虫が苦手人は気を付けてください。
ドスっと鈍い音を立てて浅見が振るった刀が宇佐美の肩に当たった。
「いっ……!」
「すみません! 大丈夫ですか?」
痛みで顔を歪めた宇佐美を見て、浅見はすぐに謝った。だが、謝罪は不要のようだ。
「油断してたとはいえ、はじかれるとは思ってなかったなー。あと、謝らなくていいです。完全にあたしの……」
何かに気づいたのか、宇佐美はピタリと動きを止めた。
「どうしました? 痛みます?」
痛みが遅れてやってきたのかと心配する浅見だが、どうやら違うようで首を小さく振っている。ひどく動揺しているようにも見えた。
経験者が素人に一本取られたのがよほどショックだったのだろうか?
何といってフォローしようか浅見が迷っていると、宇佐美が蚊の鳴くような声で聞いてきた。
「姫ちゃんこっち見てない?」
「ちょくちょく名前出てますけど誰ですか?」
「日下部師範……」
日下部さんって師範なんだ、と思いながら浅見は日下部を探す。
すると、2組隣で訓練をしていた日下部が、浅見と宇佐美のペアを凝視していた。それはもう、ガン見である。瞬きすらしていないように見えた。
「めちゃくちゃこっち見てますね」
「あぁ……。見られてた……。稽古が死ぬほど辛くなるの決定じゃん……」
「稽古ですか?」
「そ。あたし姫ちゃんの道場に通ってるんだけどさ、あの人、普段は適当ぶっこいてるのに、武道の事になったらマジで笑えないほど厳しいんだよね……」
「そんなに、ですか」
「あの『型』見たでしょ? 姫ちゃんと稽古で立ち会うけど、あの人、絶対に地上でも使える新スキルを持ってる。もしくは未来が見えてる」
確かに日下部の『型』の披露は凄いものがあった。素人でも違うと分からされるほどだ。宇佐美がこれほど言うのだから実力も相当あるのだろう。
それにしても、次第によそ行きの口調が抜けて、すっかり地が出てきた宇佐美は止まらない。
「同い年なのに、意味わかんない強さしてるんですって! なのに探索者してないのも意味わからないと思いません?」
「それは人それぞれだろう」と内心で突っ込んだ。口には出さない。こういう相手の時は黙って聞くに限る。
しかし、そうも言っていられない状況になった。
「あ、宇佐美さん、そろそろ――」
「あたしだってそれなりに訓練してるんですよ? 昼間もダンジョンでちゃんとモンスターと戦ってるのに、ぜーんぜん勝てな……ひぃっ!」
宇佐美の肩にそっと手が乗せられた。
口は笑っているが、目が笑っていない日下部が、すぐ後ろに立っていた。
彼女が近づいていることに気づいていた浅見は、宇佐美を止めようとしていたのだが間に合わなかった。
「さーや? 分かるよね? 講習中なんだけど。……ね?」
「ひゃい……」
穏やかに抑揚のない声で告げると、日下部は戻っていった。
咳ばらいをして宇佐美は取り繕うが、もう遅い。被ってた猫は逃げていった後だ。
「んっ、それじゃ続きやろっか」
浅見はスキルを使わずに、自力で頑張った。
しばらく振り下ろされるパイプを防ぐ練習をしていると、宇佐美が突然、刺すようにパイプを繰り出してきた。
「あぶなっ!」
「いい感じじゃんか。昆虫型のモンスターは直線的にくるのが多いからね」
なんとか外側へ弾くように、受け流すことに成功した浅見は褒められる。
急に突き始めたのにも理由があったようだ。宇佐美はさらに回転数を上げる。
ガンッ、ガンッとぶつかる音が、短く、そして速くなる。
ゴッと鈍い音がなったと思ったらパイプが内側入ってくる。
浅見はとっさに下がりながら、刀で叩き落とすように振るう。そして盾を使って押さえ込み、なんとか捌くことができた。
「いいじゃん! 反撃して!」
この体制でどうしろというのか。首をあげた浅見が宇佐美を見るが、先ほどの笑っていた宇佐美はいなかった。油断や気を抜くことをやめている。
この体制で反撃といわれても困る浅見はとりあえず、切り上げるが手首を抑えられて振りぬけない。パイプを手放した宇佐美が合気道のような動きで浅見を投げた。
背中から落ちるかと思ったが、いつの間にか掴まれてたジャケットを引いてくれたおかげで、浅見は地面と衝突せずに済む。
「すごいですね」
頭一つ分小さい宇佐美に、何の抵抗もなく簡単に投げられた浅見は素直な感想を言う。
褒められて悪い気がしない宇佐美だったが、城戸の怒声が響き、肩をすくめた。
「おい! 誰が対人訓練をしろといった!」
「城戸ッちもやれば分かりますって。浅見さんってば飲み込みが早いから、ついつい……その、……色々と……、すみません……」
城戸の背後で鬼がこちらを睨みつけていた。
それからというもの宇佐美は粛々と指導にあたることになった。
そして終了時間が近づいてきたときだった。
「大体の動きは分かったかと思う! 最後に蟻のモンスターと戦いたいと思うが、やりたいものはいるか!」
城戸が受講者の顔を見て回るが、さすがに手を挙げる者はいない。
「ふむ。仕方ない。とりあえず全員移動するぞ」
訓練用の武器をしまうと戦闘を城戸と日下部が、受講者を取り囲むように企業探索者が辺りを警戒する。一行はモンスターがいるほうへ進んでいく。
草原だった風景から地面が見える場所にやってくると、城戸たちが足を止める。ここが目的の場所のようだ。他の探索者の姿もある。
「この土が見える場所を運動場と呼んでいるが、ここでは蟻やムカデが出る。さらに奥に行くとサソリ型のモンスターもいるが、初めのうちは絶対に奥へ行くな。ソロ探索者もやめておけ。
初めのうちは蟻がいいが、地表を歩いているはぐれを倒すのが最も安全だ」
城戸も言うように蟻のエリアは人気が高い。現に他の探索者たちが蟻を求めて何人も歩いている。奥へ行けば蟻を見つけやすくなるかもしれないが、他の危険なモンスターに遭遇する確率が上がる。悩ましい問題だった。
「では進むぞ」
さらに歩いていくと、途中で蟻と戦っている探索者がいた。3人組のようで1人が蟻の正面で頭を押さえつけて、残りの2人が攻撃するといった感じだった。
蟻の大きさを実際に見た受講者たちは、その大きさに驚いていた。
そして1人の男性企業探索者が城戸に駆け寄った。腰に矢筒を装備している。
「城戸先輩、そろそろ釣ってきましょうか」
「そうだな。頼む」
そしてその企業探索者は1人で先へ駆けて行った。
「蟻は見ての通りの大きさだ。指なんか簡単に噛みちぎってくる。装備品を付けていれば骨折程度で済むから、装備品は絶対に外すなよ」
そういって城戸は素手の受講者を睨んでした。
「城戸さーん。釣ってきましたー! 2匹余計に! 付いてきちゃいましたー!」
向こう側で先ほどの企業探索者が走りながら戻ってきた。その後ろには蟻が3匹追いかけてきている。日下部が腰を落としたのと同時に、宇佐美や他の企業探索者も構えを取った。
「おーし。2匹の処理は任せたぞ」
やる気になった城戸が腕まくりをするが、どうみても何もつけていない。
『大丈夫なの?』と言う考えが受講者たちの頭に浮かぶ。
そして蟻を連れてきた企業探索者はそのまま走り抜けて行った。
まず日下部がすれ違いざまに抜刀し、一閃で蟻を真っ二つにした。
もう1匹も盾で受け止められて勢いがなくなったところを宇佐美らが首を落としていた。
残りの1匹だが……。
城戸の足元でもがき苦しんでいる。
「よく見ておけよ。この顎で噛みついてくる」
ガチガチと蟻が噛み合わせて威嚇するが、頭を踏みつけられているためどうすることもできないようだ。
「探索者が持ち帰るべき場所は、外骨格だ。主に頭と胴だな」
コンコンと手で頭をたたく城戸。初めて蟻を間近でみた浅見たちの顔は引きつ言っている。
「解体だが、二か所に筋がある。そこをナイフ等で……、まあ見たほうが早いか。日下部、頭を落としてくれ」
「城戸さんが退治したら体無くなっちゃいますもんね」
そう言って、日下部はスッと刀を滑らせた。
「ここで注意だが、昆虫は頭だけになっても直ぐに死なないからな。昆虫の生命力を侮るなよ」
確かに城戸の足元で頭だけになった蟻が、ガチガチと威嚇を続けている。
宇佐美らが退治した蟻が前に並べられ、頭、胴、尻の3つに分けられた。そして胴の部分を立てるとナイフを入れた。線に沿って入れられたナイフは抵抗なく蟻の胴を半分にした。すると蟻の器官が姿を現した。
浅見を含む受講者たちは、思わず顔を背けるが、城戸に「目をそらすな」と注意された。
縦に半分にした胴体の中を、ナイフで簡単にこそいで完了となる。
「頭も解体して持って帰ってもいいが、解体にはコツがいるため、あまりおすすめはしない。まずは胴体ばかり集めるように。尻は必要ない」
「はい」と各々が返した。
「これで今日のところは解散となるが、二階層から怪我では済まない場合がある。それを忘れないように。日々の訓練も忘れるな。そんな事では一人前の――」
「というわけで、今日はこれで終わりです。お疲れさまでした! 他にもいろいろと講習あるんで、良かったら参加してみてくださいねー」
城戸の長話が始まりそうになった瞬間、日下部が口を挟み無理やり講習を締めくくった。
こうして無事に武器の取り扱い講習が終わりを迎えたが、何事もなく全員がセンターに戻ってくることができた。
受講者たちは疲労困憊の様子で、それぞれ帰路についた。
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