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第十話 武器講習会①

あれも書きたいこれも書きたいとつい長くなってしまいました。

すっきりとまとめるのが難しい。


 武器の取り扱い講習の申し込みをしてから浅見は、二階層の事を思いつく限り調べた。

 二階層は5km四方ほどの広大なエリアを持ち、一階層のような迷宮型ではなくフロア型と呼ばれる構造をしていた。そして何種類かのモンスターが出現するそうで、総じて昆虫型と呼ばれている。

 このフロアにはさまざまな昆虫型のモンスターが生息しており、蟻、ムカデ、バッタ、蛾、蜘蛛……、多くの種類が存在するらしい。


 中でも一階層から降りて来たばかりの新人は、蟻を相手にするのが良いらしい。昆虫モンスターの中で動きが遅く飛び道具を持たず、噛みつく以外の攻撃をしてこない。そのため土エリアは人気が高く混雑しているようだ。ただ、集団でいることが多いようで注意喚起がされていた。


 今日はその二階層で必要になる武器の取り扱い講習の日だ。

 講習の案内に書かれている通り、浅見は一階層で活動しているそのままの装備で行くことにした。


 集合場所の和歌山城にあるセンターの一角で探索者たちが集まっていた。浅見もその一角へ向かうとバインダーを持った職員が近づいてきた。


「講習の参加者ですか?」

「はい。そうです。浅見と言います」

「浅見さん……っと、はい確認できました。始まるまでしばらくお待ちください」


 開始時間まで残り20分ほど。始まるまでの間、浅見はこの場にいる探索者を眺めていた。

 浅見とさほど変わらない装備をした参加者らしき4人の男女の他に、企業のロゴが入った装備を付けている企業探索者の姿があった。


 赤く塗りつぶされた四角の中に、白字の漢字一文字が書かれている。

 和歌山で知らない人はいない、あの「踊りながら歌うスーパー」のロゴだった。


 浅見はあの職員を探すと、前で真面目な顔で打ち合わせをしていた。

 今日は日下部も探索者用の装備を身に着けていた。

 黒っぽい色のパンツ姿に革の胸当てをしている。よく見るとヘッドギアのような鉢金と籠手も付けていた。鉢金は額だけではなく前頭部分も覆っている形をしていた。


 集合時間より少し早いが全員揃ったようで講師の男性が前で声を張る。とても大柄で筋肉質な職員だ。


「今から二階層へ向かう! 二列に並ぶように!」


 浅見を入れて参加者は7人。なぜか、浅見だけが最後尾に回されていたが、背中の大きなバックパックのせいらしい。

 他の参加者がなぜ手ぶらなのか、浅見には理解できなかった。一階層に行くときは必ず装備を持つはずだ。手ぶらで行くなんてありえない、と内心で憤慨する。


 ダンジョンへ続くゲートはすでに解放されており、全員がスムーズに通っていく。

 すると、浅見のすぐ後ろにいた企業探索者の女性が、不意に話しかけてきた。男女の企業探索者がいたが、話しかけてきたのは女性のほうだ。

 茶色のロングヘアを軽くウェーブさせた、どこか余裕のある雰囲気の女性だった。手には布で巻かれた武器を持ち、革の胸当てを着けている。年齢は日下部と同じくらいだろうか。


「ねえ、それ……なんでカバン背負ってるの?」

「え? いや、案内に『一階層で活動している装備で』って書いてましたよ?」


 浅見が首を傾げると、彼女はぷっと吹き出した。


「ははっ、姫ちゃんの言う通りじゃん」


 話しかけてきた女性の隣を歩いていた、男性の企業探索者も荷物を背負っている。要領を得ない彼女の言葉だったが、満足したのか再び最後尾の警戒へと戻っていった。


 そうこうしている間に二階層へ続く階段を降りていくと、その先にはゆらゆらと揺れる膜があった。


「二階層に入った所にはモンスターがいないとはいえ、勝手な行動は慎むように!」


 講師が注意を促したところで列が進み始めた。



 二階層に入ると景色が一変する。目の前に広がるのは、まるで地上のような光景だった。穏やかに風が吹き、草が揺れている。空には雲が流れ、太陽らしき光源が輝いている。薄暗く肌寒い一階層とは違って、いい陽気といえた。


 初めてこの階層に来た探索者達がざわめくのも無理はなかった。


 どこまでも続く一階層に似た壁だけが、ダンジョンの名残を感じさせた。


「それでは各自、広く間隔を取るように! あー、入り口は塞がないように」


 講師がそういうと浅見たちは、すこしずれて横に広がっていく。前に4名の企業探索者と男性職員と日下部が並んだ。いつの間にか日下部や企業探索者たちは、武器を巻いていた布を外して各々装備していた。


「今回の講師を務める城戸だ。よろしく頼む」


 武器の取り扱い講習の講師を務める城戸は、探索者としての経験もあり、過去には企業探索者だった経歴を持つ。厳しい一面があるが面倒見は良いと評判が高い。


「それでは、講習を始める前に『型』の披露をしてもらう。日下部」


 城戸が短く名前を呼ぶと、日下部が前に出た。


「はーい、日下部です。今から簡単な『型』をします。後で皆さんにも振ってもらうので見ていてくださいねー」


 この時、浅見は簡単な型と言われて、剣道で言う『面』のような振り下ろすようなものと予想していたが、その予想は裏切られた。


 日下部がふっと息を吐いた。

 リラックスしているように見えたが、次の瞬間、その瞳が鋭くなる。


「――始めます」


 その一言がすでに普段の声色と違っていた。

 浅見は息をのんだ。


 左腰に佩いていた小太刀を左手で持ち上げ、右手で軽く柄に触れる。

 そして刀を寝かせると濃口を切り、重心を落とした。左手を引き腰を回して抜刀する。

 

 窓口で軽口を叩き、適当に浅見をからかいながらも、仕事はそつなくこなす日下部の姿ではなかった。目の前の日下部はまるで別人だった。


 日下部は軽く足を開き、刃を中段に構えた。


 一歩踏み出した瞬間、空気が切り裂かれる。流れるような太刀筋が見るものを魅了した。

 踏み込み、斬る。

 そして、斬り上げて振り下ろす。

 足を引き、払う。


 武道のことなどまるで分からない浅見ですら、その動きが只者ではないことは理解できた。暖かい二階層で肌寒さを感じるほどだった。


 目の前の光景は、ただの型の披露ではない。本当に『見えない敵』と戦っているような迫力があった。

 やがて最後の一閃が振るわれた瞬間、日下部はぴたりと動きを止め、刀を静かに構え直した。

 そして刀を収めると、数秒その場で静かに佇む。


「――終わりです」


 そう言った日下部はいつも通りの飄々とした表情をしていた。


「型って何気に疲れるんですよねー」


 先ほどまでの凛々しさが嘘のような、パタパタと顔を仰ぎながら軽い口調で言う日下部だが、周囲の探索者たちもしばし沈黙し、誰もが息を飲んでいた。

 パチパチと一人の企業探索者が拍手をする。茶色のロングヘア―の一階層で話しかけてきた女性だった。その音で我に返った浅見たちは遅れて拍手を送る。


「どうもどうも。毎回の事ですけど慣れませんなぁ」


 拍手を送られた日下部が居心地が悪そうに体をくねらせた。


「と、まあこんな感じで今日は武器の振り方などを教えていく。各々武器を取りに来い。刃は潰してあるがふざけるんじゃないぞ」


『こんな感じと言われても』、探索者の考えが見事に一致した瞬間でもあった。


 城戸の声で、企業探索者の男性が大きな荷物を前へ運ぶ。

 その中には講習用の武器が入っていた。

 

「各自取ったら開始ー!」


 1人につき1人の講師がつくようだが、城戸は2人の受講者を受け持つようだ。

 浅見も鞘から抜いて準備をすると、一階層で話しかけてきた茶色のロングヘアーの企業探索者が近づいてきた。

 どうやら彼女が浅見の担当らしい。

 お互いに自己紹介をする。


「よろしくね。あたし宇佐美っていいます」

「私は浅見と言います。よろしくお願いします」


 そして浅見が適当に取った刀を見て考える宇佐美は、違う一本の刀を持ってきた。


「浅見さんはこっちのほうがいいかな?」


 手渡されたのは刃渡りが40㎝ほどの刀だった。違いが分からない浅見は宇佐美の言う通りにする。

 渡された刀は、先ほどのものよりも柄が短いようだった。


「これ、ひょっとして片手で持つんですか?」

「そうそう。逆の手で盾とか持ったらいいと思うよ」


 試しに浅見は振り下ろしてみる。そこまで重たくはなく十分振れる重さだった。

 バックパックで動きが鈍るかと思ったが、意外と気にならない。

 浅見は宇佐美に言われる通りにしばらく振り下ろしを続けるが、盾がない事には始まらない。


 しばらくして同じロゴを胸に入れた男性の探索者が、二階層にやってきた


「あ、やっと来た。純ちゃん遅いってばー」


 彼も大きな荷物を背負っていた。これで企業探索者が5人になった。


 小走りで駆けていった宇佐美が荷物の中から丸い盾を取り出して戻ってくる。

 革と金属を組み合わせた、直径40㎝ほどの盾だった。


「はい。これ左手に持って」


 腰を少し落として盾を顔の前で構えて、何となく刀を振るうがすぐにダメ出しをされる。


「それじゃ相手を見れないでしょ。もう一度」


 宇佐美の声が鋭くなる。先ほどまでの軽い雰囲気は消え、真剣そのものだった。

 もちろん浅見も遊びではない。すぐに気を引き締め、宇佐美の指導に集中した。


 小一時間ほど訓練に熱中した浅見の額には、じわりと汗が滲んでいた。そろそろ疲れが見えてくる時間でもあった。


「休憩しようか」

「ふぅ……はい」


 ぎこちなく刀を鞘に収めると、サイドポケットからペットボトルを取り出して水分補給をすませると、ヘルメットを外してタオルで汗を拭った。


「足りなくなったら向こうにお茶とかあるからね」

「まだ余ってるので多分大丈夫です」


 完璧な準備をしてきた浅見に抜かりはなかった。



 15分ほどの休憩を挟んで訓練に戻るが、宇佐美がおかしなことを言い出した。


「もう素振りは十分だと思うからさ。あたしがモンスター役をやるね」

「はい?」


 いつの間にか宇佐美の手には単管パイプのような物が握られている。


「軽く行くから防いでね」

「え、ちょ、っと、あ痛っ!」


 振り下ろされたパイプを盾で防ぐが芯で捉えられない。盾にあたり勢いは多少なり殺せたが、そのまま右の腕にパイプが当たってしまった。


「なんだったら反撃してきていいから!」


 そういって今度は袈裟に振り下ろしてくる。まっすぐでも難しいのに、斜めに振られると防ぐのはさらに困難だった。

 浅見は無意識にスキルを使ってしまう。

 スキルが発動し、世界が静寂に包まれる。音のない空間で、パイプの動きがゆっくりと見えた。

 浅見は盾を押し出し、振られるパイプを弾き飛ばした。スキルが解除された瞬間、彼女の体が大きく仰け反り、バランスを崩す。

 ここぞとばかりに、浅見は刀を振るった――。



今日も予算が余ることで有名なスーパーですね。

踊っている方は劇団員らしいです。


読んでいただいてありがとうございます。

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