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9. 盛りのついた犬

※※ 過激な表現が含まれています! ※※


このお話は第9話になっていますが、読み飛ばしてもストーリー上問題ありません。


苦手と思われる方は次の第10話をお読みください。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 家の中はいつもメチャクチャだった。

 父さんが帰ってこないと、あの女が酔って暴れる。


 いつも!


 父さんが帰ってこなくなった原因を作ったのはあんたなのに、あたしや義妹の髪を掴んで殴ってくる。

 義妹は、割れたグラスで指を切った翌週に、割れた瓶を投げつけられて怪我した。どっちも外科で処置してもらったから、虐待を疑われた。


 当然だ!


 中学生が小学生の付き添いして医者に行くんだから。

 義妹――あの女の連れ子の瑞穂は、家がこんなになった原因を知らない。まだ小6なんだし、親の汚い話は知らない方がいい。

 結果、あたしが悪者にされる。姉妹ケンカで妹に怪我させた姉。近所では、「綺麗な顔した悪魔」と呼ばれているのも知ってる。おばちゃんたちは、聞こえる声でイヤミを言うから、筒抜けなのよ!

 瑞穂は、瓶で切った左足の膝下を8センチ縫った。怪我が治って包帯が取れるまではスカートだった。でも、それからスカートは履いていない。気持ち悪い傷跡が見えるから。医者には「消えないよ!」とあたしが怒られたし。


 腹立たしい!


「祥子!どこにいるの!?」

 ヒステリックにあの女が呼んでいる。


 今度は何!?こっちもイライラするんだけど?


 隠れていると余計怒られるので、渋々出ていく。

 いきなり平手が飛んできた。体がぐらつくが、耐える。ここで転んだら、滅多打ちにされるから。

「『ゴミの分別できてない』って戻ってきたのよ!」

 そんなの、あんたが手当たり次第物投げて壊すからでしょ。

 今日は資源ゴミ(ガラス)の回収だったはず。市で配布しているゴミ出しカレンダーで確認する。間違いない。

 次に、返されたゴミ袋の中身を確認する。割れ物は新聞紙やいらないプリントで包んでいるので、『ガラス』だと信じることにする。瀬戸物が混じっていても、いちいち広げないとわからないから。見える場所に『割れ物』と書かれた包みを除けていく。すると、袋の底から固まったマニキュアの瓶が出てきた。全部で三本。

 ため息が出る。何度言って聞かせても覚える気がない。

「お義母さん、マニキュアの瓶は『不燃ゴミ』に入れてください。お願いします。」

「そんなの、私は捨ててないわよ!祥子のじゃないの!?」


 また?


 まともな中学生なら、こんな紫色のマニキュアなんて買わない。っていうか、学校にしてかないし。持ってない物を捨てることはできない。言っても聞いてもらえないから黙ってるけど。

 うちのマンションは、いつでもゴミを出せるけど、どの家庭が出したかわかるように、部屋番号と名前を書くことが義務づけられてる。市指定ゴミ袋にも住所と氏名を書く欄があるので、そこに油性マジックで書くだけだけど。

 不燃ゴミと瓶ゴミは袋を分けなければダメだ。缶ゴミは半透明のビニールで大丈夫。ペットボトルなど、リサイクルできるプラスチックゴミは、ゴミ集積場にある大きなカゴに入れてくる。このゴミには名前を書かなくていい。

 不燃ゴミは、そのままではリサイクルできないごみで、環境センターで分解やら仕分する必要のあるゴミ。缶、プラスチック、ガラスは、そのままリサイクル業者に回せるゴミ――と分けられていると小学校で習った。自治体によって違うらしいけど、あたしはここしか知らない。

 無駄な労力は使いたくないので、無言のまま、マニキュアの瓶を別の小袋に入れて、ガラスゴミの袋の口を閉じる。二つの袋を持って、一階にあるゴミ集積所に出しに行くことにした。

「お母さん、どうしたのー?」

「ゴミの分別ができてないって話よ。瑞穂は勉強してなさい。」

「はーい…」

 廊下の向こうから、あいつと義妹の会話が聞こえてくる。

 そうか、と思った。今日は瑞穂の家庭教師が来ないから、機嫌が悪かったのか…。




 ゴミ捨てをして、そのまま近所をブラつく。すぐに帰るのも嫌だし、かといって行く当てもない。携帯電話をいじっていたら、中学校の近くまで来ていた。

 本当は今日も部活がある。見つかる前に、と回れ右して帰る――が、間の悪いことに校外に走りに行っていたメンバーに見つかった。

「あれ?牧野じゃん。今日部活休んだんじゃね?」

「あ、ホントだ。ってか、ほっぺたどうしたん?真っ赤な紅葉(笑)。」

 陸上部の長距離選手、やんちゃ三人組がガヤガヤと騒がしい。ヤバい。無視して帰ろうとしたところで腕を捕まれた。

「牧野。お前が部活サボってたこと内緒にしといてやる。だから…ヤらせろよ?」

 咄嗟に腕を振り払って逃げようとした。だが、鍛えた男相手ではできなかった。

「おい、抵抗すんなよ(笑)。」

「…やめて。」

「どうせ一回ヤったら、二回も三回も一緒だろ?」

「部室閉じ込めて鍵かけとこうぜ。どうせもう道具仕舞い終わってるだろ?」

 言うが早いか、同期の男三人に囲まれて、裏門からグラウンドの隅にある部室に連れてこられた。捕まれたままの腕がヒリヒリと痛む。そのまま部室に押し込まれ、外から鍵をかけられてしまった。

 一人、薄暗い部室に閉じ込められた。窓はない。携帯電話を持っていたことに気付いたが、一体誰に助けを求めればいいのか――。途方に暮れ、コンクリートの床に蹲る。

 すぐに話し声が近づいてきて、さっきの三人が中に入ってきた。

「今日の部活終わり~(笑)」

「マジいいご褒美じゃん(笑)」

 顔を伏せたまま、聞こえてくる声や音を聞く。どうせ逃げられない。三年が引退して、あたしら二年はやりたい放題だから。悪い噂も耳にしている。――そこに自分も加わっただけだ。

 ロッカーを開ける音がした。

「おい、牧野。早く脱げよ。」

 一人がロッカーから毛布を出して、直接コンクリートの床に敷いている。更に、クッキー缶を出して中身を三人それぞれが取り出していた。コンドームだ。

 一つ小さくため息を吐いて、携帯電話を隠すように服を脱ぐ。

「相変わらず鶏ガラだな、お前(笑)。」

「顔はいいのに、残念~。」

 無駄に男たちを喜ばせないために、手早く全裸になった。

「いい脱ぎっぷり~(笑)。」

「わざわざ部活サボってヤられに来るとかウケる(笑)。」

 あたしは、携帯電話が服に隠れていることを手探りで確認して、毛布の上に四つん這いになった。



 まだ明るい時間に外に出たのに、家に帰ったのは真っ暗になっていた。

 静かに玄関を開けて家に入る。早くシャワーを浴びたい。部活終わりの汗臭い男たちに好き放題された体からは、とても嫌な匂いがした。

 着替えを持ってお風呂に向かうところで、あの女と出くわした。

「あんた…」

 そう言いながら、手を伸ばして髪を鷲掴み、ぐいと引っ張られた。くんっ、と匂いを嗅いで手を放し、言った。

「こんな時間まで、男と遊んできたの?その顔で男漁りしてんじゃないわよ!?」

 言い終わるかどうかで平手が飛んできた。

 いつもなら耐えられるのに、今日はもう足腰が立たない、よろけて廊下に尻餅をついた。頭上で「ハッ」と鼻で笑うのがわかる。

「みっともないこと!そんなになるまで、どこの破落戸ごろつきにヤられてきたの(笑)。」

 そのまま、高笑いを上げながらリビングに引っ込んでいった。


 絶対に瑞穂に聞かれてる!


 義妹はいつもあたしに絶対零度の視線を向けてくる。義妹にとって、「母」の言うことは絶対!正しい。あたしが気を遣ってたって気付きもしない。常に悪者はあたし――。あの女があたしを口汚く罵るのは、全部あたしが悪いから。僅かの疑いもなく、純粋にそう、思っている。

 足の上に涙がこぼれ落ちた。「泣くものか」と思う。こんな家、絶対に出てってやる!――心の中で強く誓った。



 部屋に戻ってベッドに横になる。

時計は午後の七時五十分。イスに座るのも嫌だ。勉強は明日の朝にしよう。

 部屋の明かりを消して携帯電話を見る。…メールが来ている。敦からだ。あたしを「鶏ガラ」と言った男――。

 敦とは以前付き合っていた。高身長でちょっと顔がいい、爽やか系。勉強はイマイチでも、走ってる姿はカッコ良かった。

 今となっては昔のこと。

 敦は、うちに遊びに来た時に、あたしがお使いに出てる間にあの女と寝ていた。しかも、あたしの部屋で!キモチワルイ!!その上、よほどあの女の巨乳を気に入ったのか、それからも何度かうちでヤってたのも知ってる。

 それから、敦はあたしの貧乳をなじるようになった。ユニフォーム着ればわかるじゃん!?こっちは走れる体に必死で引き締めてるのに。

 最初からわかってたことを、なんで今更ネチネチ言われるのかわからない。あの女と寝てるの見た時点でムリだったから、「ネチネチうるさいあんたが嫌」と言って別れようとした。


「バラされたくなかったら、黙ってろ、か。」


 どっちがバラされて困るんだか。

 敦はあたしがあいつとの現場を見たことを知っていて、別れ話を切り出したら、「お前には口止めが必要だ」とかって、あの二人も連れてきて、部室で輪姦まわされたんだ――。

 それから敦は、「顔より胸」で彼女選んで、とっかえひっかえ部室に連れ込んでたっけ。偶然、逃げ出してきた子に出くわして、「レイプされた」って聞いたところで見つかって、結局、二人で輪姦された事もあった。泣いて嫌がる女の子を押さえる手伝いをやらされた…。

 あたしが敦と別れてしばらくしてから、あの女に「彼氏こないの?」と聞かれた事があった。仮にも義理の娘の彼氏寝取ってよく平気だな、と薄気味悪く感じた。その時は殴られなかったし。




 あの女は、あたしの母親を酷く憎んでいる。


 父さんが母さんを選んだのが相当悔しかったらしい。

 結果、不倫の果てに略奪結婚したのに。いつからだったか、もう覚えていないけど、男癖の悪さが災いして、父さんは段々と家に帰ってこなくなった。今では外に愛人みたいな人がいるみたいだし。

 正直、あいつの連れ子の瑞穂が、父さんの実子だったとしても驚かない。でも、全然似ていないし、瑞穂は少し色弱がある。変な色の化粧品を買ってくるあの女も、若干色弱なのかもしれない。けど、あたしの父さんはなんともないから、瑞穂の父親は色弱の別の男ってことになる。



 親戚やら仕事関係の人達から聞いた話を総合すると、父さんは取引先の母さんに一目惚れして、猛アタックしたらしい。それこそ、会社を通して見合いの席を設けるほど、熱心に。

 あの女は、父さんと同じ職場だった。そこそこの外見で出世株だった父さんに目を付けてたけど、あっさり袖にされたらしい。それからは、執念でダイエットを成功させ、外見を磨き、別人のように化けたと聞いている。瑞穂は普通体型で、顔立ちも平凡。父親似なのかと思うけど、もしかしたらあの女が整形している可能性もある。

 超リアリストだった母さんは、結婚しても出産しても、仕事にしがみついた。「自分で生計立てれるように」と言っていたっけ。正直、父さんは「自分が頼りなく見える」と母さんが働き続けるのに難色を示していた。

 両親の関係がぎくしゃくし出したきっかけは、あたしが小学校に入ったばかりの頃、高熱から酷い脱水症状を起こして入院した時だと思う。家事のまったくできない父さんが一人、家に残されてどうしたのか…?

 恐らく、あの女が手伝いに来ていたのだろう。家事をこなすだけでなく、余計な置き土産を残していった。洗濯物に混じったいろいろ――。洗濯物を干そうとしていた母さんの顔色が変わったのを、はっきりと覚えている。

 母さんは元々、仕方なく結婚したんだと思う。それくらい、父さんは自分勝手で――何でも思い通りになると思っている人だった。だから、母さんは、「慰謝料さえしっかり貰えるなら、後腐れなく別れます」と両親、義両親らが集まる前で宣言できたんだろう。

 逆に、父さんは、両親に不貞を責められて逆上した。挙げ句、「俺以上に完璧にこなすのが気に入らなかった」と母さんの仕事への態度や家事の出来を責めた。

 その一言に、普段から腹に一物あったらしい母さんの両親がブチ切れたのは、離れた部屋で従姉妹らと遊んでいたあたしにも聞こえた。

 それから一週間とせず協議離婚が成立した。

 母さんは、父さんの実家にあたしを連れて行って、「嫁としての務めは果たしましたので」と言って去っていった。この時、子どもながらに「母さんは最初から結婚したくなかったんだ」と理解した。



 あたしは、二週間くらい学校を休んで、そのまま転校させられた。小学校1年生の初夏だった。その小学校の子らは、入学時から一緒だと勘違いしていた。それくらい、最初の小学校は短かった。

 小学5年になる時、父さんが「再婚するから同居する」と言ってきた。びっくりした。だって、あたしをじじばばに預けっぱなしで全然会いに来ないから。おじさん、おばさんは、従姉妹たちと変わらずに育ててくれたけど。

 案の定というか、父さんはじじばばと揉めてたけど、「5年以上付き合ってるから」とか問題発言してたな。結果、じじばばとは縁を切られたっぽい。聞こえた話では、母さんに支払った慰謝料もじじばばの金らしいし。当然の結果なんだろうな。高給取りだったはずなのに、みっともない。

 小4から小5になる春休み。「学年の変わり目でキリがいい」と、問答無用であたしは父さんたちの新居になる今のマンションに連れてこられた。以前使っていた学習机がそのまま、新しい部屋に置かれていて、昔を思い出してちょっと辛かった。

 そこで初めて、継母と義妹を紹介された。

 小3になる瑞穂は、「お姉ちゃんができた」と喜んでいた。

 あたしを除いた三人は、最初から家族だったかのように振る舞っている。――のけ者の気分だった。

 どうやら瑞穂も転校するらしく、春休み中に市役所と学校に行って手続きした。ただ、出席番号は、「牧野」なのに「山口」の次にされた。手書きで追加されたクラス表を見て、ここでものけ者の気分になった。――仕方がない。



 瑞穂は勉強が得意だった。成績が中の上のあたしと違う。でも、運動ならあたしの方が得意。お互いに張り合わないでいられる――そう思った。

 でも、あの女は、自分の娘があたしに負けるのが気に入らなかったらしい。

 別に運動が苦手だっていいじゃない?勉強できるんだから。

 あいつは、あたしには「顔だけ良くて頭の弱い女」と言った。

 ある時、瑞穂が思い詰めた顔であたしの部屋に来た。

「お姉ちゃん、あのね、お母さんが『お洒落や化粧の勉強もしなさい』って言うの。…お姉ちゃん、わかる?」

 ――唖然とした。まだ小学校3年生の娘に、何を望んでいるんだろう、と。

「あたしもわかんないよ。やったことないし。自分に『似合う』って思う格好してればいいでしょ?」

「あのね、私…よくわからない色があるの。」

 この一言を聞いて、ぴんときた。瑞穂は時々変な色使いをする。

「それって…色が正しい色に見えてないってことで、合ってる?」

 瑞穂が僅かに頷いたので、サイドワゴンから24色入りの色鉛筆を取り出し、開いて見せた。

「右から順に、何色に見えてるか言ってみて?」

 色鉛筆の並びを替えて何度か繰り返した。瑞穂は赤、緑、黄土色がわからない。三色とも「黄色がかった土の色」と答えた。ピンクは「薄い紫色」と答えたが、他の色ほど酷くなさそうと判断する。

 なるほど、確かに、これでは「お洒落」と遠くなる訳だ。瑞穂のコーディネートは基本的にグレートーン。色に自信がないから、そうなってしまうんだとは思う。

「あのさ。お母さんには話したの?」

 瑞穂はぼそぼそと答えた。

「話したけど、ちゃんと聞いてくれない。『色がわからないなんてはずないでしょ』って。あんまり言うと怒るから――言えない。」

 ため息が出る。きっとずっと悩んでたろうに。なんで怒る必要があるの?

「あんまりお母さんの言うこと気にしなくていいよ。…あたしも、瑞穂と比べられてるの嫌だし。」

「お母さん、何て?」

「……。『頭の弱い女』。」

 成り行きで、答えた。

「…え?」

 途端、瑞穂の顔が引きつる。

「なんでそんな酷いこと言うの?お母さん、そんなこと言わないよ!」

 やっぱり。あの女、瑞穂の前ではあたしのこと悪く言わないんだ。

「――そうだね。あたしバカだから、瑞穂と比べられるとそう言われてる気分になるんだ。」

「そうなの?私は眼鏡だから、『外見に気を遣いなさい』って言われるよ。」

 随分と遠回しな言い方だな。まあ、自分の娘だし。そういう言い方してるんだろうな、と思った。



 この頃の瑞穂は、まだあたしを「姉」と見てくれていたし、きっと仲良くしたいと思ってくれてた。

 けど、多分、瑞穂の家庭教師と浮気したのが父さんにバレたんだと思われる頃から、当たりがキツくなってきた。

 父さんが毎日深夜に帰宅するようになって、あいつが不機嫌になって。きっと、ないことないことあたしのせいだって、瑞穂に吹き込んだに違いない。

 最初はあたしにだけ当たっていたあいつは、一年もしないうちに瑞穂にも手を挙げるようになった。多分、アルコール依存症ってヤツだと思う。家のお酒がなくなるとキレる。父さんが帰ってこなくてもキレる。

 そんな母親の様子を、瑞穂は「お姉ちゃんのせいでお母さんがおかしくなった」と言ってあたしを責めた。

 知らないし。あたし、関係ないから。

でも、母さんに捨てられたあたしと違って、義妹はまだ母親を信じてる。あの女に口汚く罵られるのも、殴られるのも慣れてきた。だから、瑞穂だけは何も知らずに幸せになってほしい、と心から願った。




 中学3年の春。敦たちは捕まった。

 被害者の一人が妊娠したらしい。避妊に失敗したのか、最初からしてなかったのかは知らない。

 本人たちは否認したらしいけど、DNA鑑定の結果、父親認定されて犯行が露見した。

 あたしも呼ばれた。『元交際相手』って名目だったけど、警察はきっと被害者の一人と見てたと思う。もう縁が切れてなんとも思ってなかったから、「交際中はシてた」とだけ答えた。

 余罪を追及されたくないあいつらも、被害者が多すぎたのか、あたしの名前は出さなかったらしい。…もしかして、『合意』と思われてたのかも。

 どうでもいい。

 部活はかろうじて大会に参加できた。未成年だし、事件内容があれなだけに、個人競技での参加には影響なかったのか。あの3人の長距離と駅伝には急な選手交代があって、間に合わないからって当日棄権したけど。大会上層部には連絡してたのかな?

 この時、あたしが3年、瑞穂が1年。

 生徒が補導されたし、大分噂になってたことだったから、義妹の耳にも入ってた。

「お姉ちゃん、ヘンなグループと付き合ってんの、サイテー」

 とか言われたけど、「あんたの母親が寝取った男だよ!」とは言わないでおいた。我慢。それでも言い返したい時は違うことを言った。

「ずっとは付き合ってないし。部活が一緒だからって、あたしまで仲間みたいに言わないでよね?」

 多分、これが決定打。

 義妹はあたしを冷めた目で見るようになっていった。



 あたしは塾。瑞穂は家庭教師。

 理由は、あの女が連れ込むのに丁度いい相手だったからだと思う。

 敦の後に付き合った男子は、三度目にうちに来た後、態度を豹変させた。

「お前の家に関わるの、ムリ。もう話しかけないで!」

 そんな、よくわからない言葉でフラれたあたしは、その実、原因がわかっていた。

 あの女だ。またあたしの彼氏に手を出そうとしたんだ。そう直感した。

 でもいい。敦の時みたいに面倒なことにならくて。フラれたショックよりも、正直、そう思った。




 高校は、近いけど全寮制のスポーツ学科のある私立を選んだ。腐っても高給取りの父さんは、あたしの進路に反対しなかった。

 けど、400mハードルで記録を出すのはしんどかった。

 それでも!この時だけは、実家を出れる解放感に浮かれたっけな。

 部活は厳しかった。授業でも体育ばかりなのに、放課後もしごかれる。それでも、成績が下がって普通学科に編入になるのは避けたかったので、長距離の自主練を続けた。おかげで、400mハードルの選手と800mの補欠に入れたけど。吐いてたのは、みんな一緒。地獄の日々が楽しかった。




 事件が起きたのは、高3の夏休みに帰省した時だった。

 帰宅したあたしは、玄関にある父さんよりもサイズの大きい靴に気づいた。平日の午後。あの女が連れ込んだ男だろう、と当たりを付ける。

 家に入って自分の部屋に向かい――部屋の中から睦まじい男女の声が聞こえてきた。


 ちっ!


 思わず舌打ちしてしまったが、中の二人は気づかないようだ。

 久々の実家に気分が落ち込んでいたのに、あのベッドで寝るのか、と思うと最悪な気持ちになる。

「マジで勘弁して…」

 一人、悪態をつきながらリビングに戻ってソファに腰かけた。

 そこに、高校1年になった義妹が帰宅した。

「お姉ちゃん、いたの。」

 相変わらず、愛想がない。少し眼鏡の度が強くなったような、レンズの端から見えるゆがみが大きくなっている。

「…ただいま。」

 ソファにもたれかかったまま、挨拶だけした。

 瑞穂は、冷蔵庫の麦茶を飲んで――廊下の向こう、あたしの部屋のある方に行こうとした。

「瑞穂!今、そっちダメ‼」

 咄嗟に声が出た。

「…はぁ、なんで?」


 そんなん、理由聞かないでよ!あんたのためなんだから‼


 瑞穂が廊下に繋がるドアを開けた。瞬間、絶頂する女の声が聞こえた。

 目に見えてわかるほど、瑞穂の体がビクついた。

「――何⁉」

 あたしは、大きくため息を吐いた。もうムリ。

「――あんたの母さんよ。あたしの部屋に男連れ込んでるみたい。」

 瑞穂が目を見開いた。低音が家に響く。

「はぁ?何言ってんのよ!」

 言うが早いか、瑞穂は廊下を物凄い勢いで歩いていき――あたしの部屋のドアを開けた。

「瑞穂⁉」

「お母さん‼――先生⁉」

 廊下の向こうからヒステリックな声が聞こえる。

 帰宅して早々、面倒なことになったので、あたしは荷物を持って家を出た。



 その日は、小学校からの友人の家に泊めてもらった。

 友人の両親も、温かく迎えてくれた。


 これが普通の家族なんだ。


 そう思ったら、夕食の食卓で泣いてしまった。みんなに心配されて、少しだけ中学の頃の虐待の話をした。

 さすがにお盆前には、と実家に戻ることにしたが、居場所を作ってくれた友人と友人の家族に感謝だ。もう、ずっと会ってないじじばばの家を思い出す、幸せな時間だった。



 午後四時。

 三日ぶりに帰宅した。

 リビングにいた瑞穂が「お帰り」とぶっきらぼうに声をかけてきた。

「お姉ちゃん、いつまで家にいる?お父さんに連絡するから。」

「お盆中はいるけど?進路相談あるから、お父さんには会うよ。――で、あの人は?」

「お母さん?――実家に行ってる。お盆明けには戻ってくるって。」

 操作していた携帯電話をテーブルに置いて、瑞穂が尋ねてきた。

「――あのさ。お姉ちゃんは知ってたの?その、お母さんのこと。」

 あたしは、床に荷物を置きソファに腰掛ける。少し、瑞穂の様子を観察した。

 元々、離れて暮らしていたのでわからないが、「痩せた」というよりやつれた感がある。

 無理もない。瑞穂はお母さん子だから。恐らく浮気相手だろう塾の先生との付き合いも長い。

「瑞穂がずっと、あの人信じてるから言わなかっただけ。」

 気を遣おうとしたけど、ぶっきらぼうな言葉しか出てこなかった。

 あたしの言葉を肯定と捉えたらしい瑞穂は、一瞬引きつった顔をした後、訥々と話し始めた。

「あたしね、高校入ってから、先生と付き合ってたの。けど、なんだか二股されてる気がしてね…。お姉ちゃんかと思ってた。だって、お母さん、先生といくつ違うと思う?」

 その告白を聞いて、やはり義妹の中では、あたしは悪者だったんだ、と思った。

「別に、年の差は関係ないよ、あの人。中学んときのあたしの彼氏とも寝てたから。」

 瑞穂は、両目をいっぱいに見開いている。さすがに衝撃が大きすぎたと思う。

「覚えてる?陸上部で補導されたのいたでしょ。あれ。その前は、あんたの家庭教師だったし。そんなばっかやってたから、お父さん帰ってこなくなったのよ。まぁ、どっちもどっち。似たもの夫婦とは思うけどね。」


 ――そう。似たもの夫婦、と思う。


 なんだかんだで、父さんも外に愛人がいる。以前はあの女で、今は別の女。誰かは知らないし知らなくていい。どうせ――?

「ねえ、あの人、お父さんにバレたの?」

 ふと思いついて、瑞穂を見た。

 瑞穂は、ソファに膝を抱えて蹲っている。

 これは、連絡したな?と思ったけど、別に責める気もない。

「大丈夫よ。お父さん、同じ事の繰り返しだから。外の女も変わってるみたいだしね。――離婚はしないよ。瑞穂の学費は大丈夫。」

 多分、瑞穂は離婚になると思ってる。そしたら、無職のあの女に、瑞穂の学費は払えない。――あたしの母さんみたいに、仕事にしがみつかなかったから。


 どうして母さんが、父さんに責められても仕事を続けていたのか、わかったような気がした。


 反吐が出る。子どもは親を選べないから。なんでこんなことになってるんだろう、と腹が立つ。行き場のない思いでいっぱいになって――ふと抜けていった。

「こんな家、出ればいいのよ。」

 思わず呟いていた。



 父さんだけでなく、あの女も実家と似たような関係になっていた。生活基盤を失いたくなかったのだろう、あいつは、離婚ではなく別居という形に同意した。

 父さんも時々は帰ってくる約束をした。一応、子どもの様子を見に来る、という建前だけど、世間体を気にしてなのは見え見えだった。

 そして、あたしはというと、全寮制から実家に戻って、あの女との同居生活に戻っている。地元の女子短大に合格して、そこに通うからだけど。

 高校の同級生たちは、大部分が大学に進学した。一部実業団に入ったり、普通に就職した人もいる。けど、もとが普通科じゃないから、大学進学はスポーツ推薦。短大受験する人は皆無だった。まぁ、高校も、普通学科だったら実家から通える距離だったんだしね。ずっと地元で進学してる感じ。

 瑞穂は家庭教師ではなく、塾に通うようになった。難易度の高い進学塾。あたしの頭では通塾も出来ないところ。自分の意見で選んだから、立派だと思う。

 子どもたちは親離れに向けて動き出した。




 短大に入学して、役員決めがあった。あたしは学祭担当。

 ここは女子短大だから、当たり前だけど、男子トイレが教員用しかない。以前、構内に潜んで、学生を襲おうとした人がいたとかって理由もあって、学祭は毎年近くの共学大学でやっている。打ち合わせの度に出向くのが嫌で、誰もやりたがらない役員になったのは、話し合いが面倒だったから。ぐだぐだやってるのが嫌で、勢い引き受ける格好になった。

 高校時代とは違う、ぬるま湯に浸かった生活に刺激がほしかったので、まぁ、ちょうどいいかも、と思ったくらい。

 他学部の学祭担当と何回か打ち合わせして仲良くなった。

 さすが女子短大。みんなお洒落で華やかだ。過去の地味でストイックなあたしとはオサラバした。

 甘い蜜に誘われて、沢山の男たちが群れ集まってくる。

 敦と別れた後、あたしも何度か付き合ったけど、ここで言い寄ってくる男たちはムリだった。下心ありあり。ヤり目的なのがはっきりとわかる。いろんな男を薦めてくる友人たちには、適当に流していた。



 そんなこんなで梅雨が明けそうなある暑い日、あたしたちは大学に出向いた。両校まみえての場所決めと、今後の共同運営体制に向けた話し合いが主だった。

 それぞれの学校で、大体の企画は決まっている。毎年、各学年・学部とサークル別で企画してくる。しかしながら、企画に合わせた場所決めは、中々決まらなかった。指定してきた教室の広さが合わないとか、安全面の問題でそもそもできないとか。ドライアイス・ロケット?飛ぶの?

 何度か大学に足を運んでいて、ふと気になった事がある。

 女子短大と一緒にやる企画だからか、大学では男子に人気の役員と聞いていたのに、まったくなびかない男子がいた。

 長身で、細身に見えるけどしっかりした体躯の色白な人。顔立ちは地味だけど悪くない。硬派かな?と思った。

 周りに聞けば、副実行委員長。壊滅的に女子に人気のないサークルの人間だとか。

 チラチラと見ていたら、大学の男たちが近づいてきて、肩をぶつけてきた。

 キモチワルイ。

 すり寄ってきた男たちの一人が言った。

「あいつ、なんて呼ばれてるか知ってる?」

 他の男たちも声を揃えて言う。


「「『変人女子に捨てられた男』(笑)。」」


 ぴん、ときた。

 あたしを遊び相手と思っている男たちに向けて、とびきりの笑顔を作り、言う。

「いいじゃない!それだけ一途で真面目って事でしょ。」

 男たちは意外そうな顔をしているが、関係ない。


 だって、「あたし」に対して誠実なのが大事だから!


 それからのあたしは、今まで付き合ってきた男たちとはまったくタイプの異なる男に夢中になった。人の噂なんかでなく、本当のあたしを見てくれそうだし、――あの家から連れ出してくれそう、と思ったから。

「絶対、あんな家出てってやるんだから。」

 あたしは強く、何度も誓った。



祥子のバックボーンでした。

出奔後、離婚後の出来事もあるのですが(書いてない)、挿入するのにちょうどいい場所がなく…

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