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第6話 機密

 焔は話を続ける。


「強力な磁場エネルギーの存在は、一部の人間しか知らない極秘情報だった。だが、その力を手に入れれば強大な権力を得られる。それ以来、磁場エネルギーの存在を巡って、激しい情報戦が続いている」


「でも、場所はおばあちゃんが突き止めて、みんな知っているんじゃ…?」


「明らかになったのは『場所を突き止めた』事実だけだ。幸村藍子は具体的な場所を公にしなかった。今も、正確な場所は誰にもわからないままだ」


 私は恐る恐る頷いた。


「磁場エネルギーに関する情報争奪戦は、ここ十年ずっと水面下で続けられている。そんな磁場エネルギーを我が物にしようと、躍起(やっき)になっている(やから)は大勢いるが、とびきり危険なのが『終末(しゅうまつ)使徒(しと)』、通称『ミレニア』という宗教団体だ」


「宗教団体?」


「ミレニアは終末思想を持っていてな。この世界を破壊して、新たな秩序(ちつじょ)や楽園を作り上げていくことを目的に掲げる、過剰な思想を持つ団体だ」


「世界を破壊って、それじゃあ、そのために磁場エネルギーを…」


「奪おうと躍起になっている。そして、そのミレニアの追手が、君のところもやってきたというわけだ」


「え?」


 私は一瞬話がわからなくなった。今日?今日って…。


「もしかして、学校で襲ったのも…?」


 焔は頷く。


「そうだ。それに、今日君をこっちの世界に引き込んだのもミレニアの連中だ。実は、ミレニアも並行世界を行き来できる装置を持っていてな。それを使って君を引き込んだ」


「ちょっちょっちょ…」


 私は両手を顔の前に掲げる。


「どうして私なんですか?おばあちゃんは九年前に死んじゃったし、私を呼び寄せる理由がまったくわからないんですけど」


「それは、君が…」


 焔は意を決したように、こう言い放った。


「強力な磁場エネルギーがある場所を知っているからだ」


 私は驚き、またフォークを手放しそうになるが、焔は素早くそれをキャッチして私に渡す。


「す、すみません。動揺して」


 私は呼吸を整え、焔に毅然と告げる。


「でも私、磁場エネルギーの場所なんて知りません!もちろん、おばあちゃんからも聞いてないですし!誤解です!」


 焔は深く息を吐き、懐から封筒を取り出し私に渡した。


「出所は言えないが、これが証拠だ」


 恐る恐る封筒を開けると、和紙のような紙が出てきた。数行の文字と共に、おばあちゃんの達筆な署名が見える。赤い印が押されている…これは…。


「幸村藍子の血判状だ」


 血判状…。確か、決意や覚悟を示すための誓約書だと本で読んだことがある。赤い印は…血? 私は誓約書を読む。


『害をなす者にこの情報が渡ることを厳に禁ずる。命の危機に瀕した場合のみ、一人に限り口伝(くでん)するものとする』


「口伝…?」


「口頭で伝えるという意味だ。情報を紙に残すのは危険だからな」


「…でも、私に伝えたとは限らないんじゃ…?」


 焔は冷静に続けた。


「血判状にはまだ続きがある。『口伝で秘密を伝えし者は、秘密を託した者の名前を八咫烏の一族へ申し伝えることとする』」


「八咫烏…?」


「ヤトの一族だ。彼が普通のカラスではないことは、何となくわかるだろう?」


 …確かに、今日の出来事は驚きの連続だったけど、ヤトが話せるなんて信じられない。


「幸村藍子は亡くなる十日前に、ヤトの父親に君のことを託したらしい」


「…おばあちゃんが私のことを?」


「覚えていないか?」


 私は首を振った。


「全く覚えていません」


「…幸村藍子は、とにかく用心深い性格だったそうだ。あからさまな暗号のような意味合いで残しているとは限らない。普段の何気ない言葉の中に、ヒントが隠されているかもしれない。繰り返し言っていた言葉はなかったか。じっくり考えて欲しい」


 私は顔をしかめる。そんなこと言われても…。


「…あの、SPTさんは磁場エネルギーの場所を突き止めてどうするつもりなんですか?」


 焔は、持っていたフォークを丁寧に皿に置いて、鋭く、真剣な眼差しを私に向ける。


「我々がするべきことは、人類を滅ぼしかねない元凶と組織を、跡形もなく消し去ることだ」


 鬼気迫る表情でそう告げる焔。その鋭い眼差しに、私は恐怖すら覚えた。だが、その瞳の奥には、切迫した焦りと深い真剣さが感じ取れた。


「そのために、協力して欲しい」


 相変わらず、思い出せる気はしない。まるでしないけど…。それでも、私はゆっくりと深く頷いた。フォークを静かに皿に置き、両手を膝の上で重ねる。


「…できる限りのことはします。思い出せるかわからないけど。ただ、その…。私は元の世界に帰れるんでしょうか?」


 焔はハッとした表情を浮かべる。


「これは、失礼した。こちらの事情ばかり話してしまったな。元の世界には帰れる。だが、ミレニアが君をこっちに呼び寄せたせいで、私とヤトが急遽こっちの世界に戻って来なければならず、行き来に必要な磁場エネルギーが、その…ほとんど無くなってしまった。元の世界に戻るには十分な磁場エネルギーを溜めないといけないから、恐らく…。戻れるまで半年はかかってしまうだろう」


「は、はんとし…?」


 私は思わずうなだれた。半年後っていったら十二月だ。それまで家族や友達に会えないなんて…。それに、十二月には剣道の全国大会も終わっている。ここまで練習してきたのに…。そう思ったらやるせなくなった。


「…申し訳ない。我々がちゃんと君を守っていれば、こんなことには…」


 私は力いっぱい笑顔を作り、両手を顔の前でパタパタとさせる。


「いえ、大丈夫です。帰れると聞いて安心しました」


 とは言うものの、気は滅入る。が、なんとか明るく振る舞おうと、話題を変えた。


「そういえば、さっきヤトが私を護衛していたって言ってましたけど…」


「あ、ああ。そうだ。確実に磁場エネルギーの情報を知っている幸村藍子が狙われるのは間違いないだろうということで、十年前からヤトの一族が幸村家を護衛していた」


 そんな昔から…?私は目を丸くした。焔は少し微笑んだ。


「去年、ヤトの御父上が亡くなって、本格的にヤトが君の護衛についたのは今年からだ。彼は、本当によく君を守ってくれていたんだよ」


 それを聞いて、私の心は少しホッと暖かくなった。


「だが、知っての通りヤトが怪我をしてしまってね」


 私の脳裏(のうり)に、一週間前体育館の裏口に倒れ込んでいたヤトの姿が思い浮かぶ。


「…ヤトに傷を負わせたのも、さっきの黒装束の小男だ」


 私は一気に表情を強張らせた。ヤトが、あの小男に?


「その知らせを聞いた私が、急遽ヤトの代わりに君を護衛していたというわけだ。小男が君の周辺をうろついていたようだったので、万が一に備えてすぐ連絡できるようスマホを渡しに行った。怪しまれるのを覚悟でね。…それでも、君があのスマホから着信を入れてくれて助かった」


「そうだったんですか」


 焔は頷いて時計を見た。


「まあ、今話せるのはこんなところか。お腹は膨れたか?」


 私はテーブルの上を見る。すると、ほとんどの皿が空になっていた。どうやら、話を聞きながらもしっかり食べていたらしい。


「はい、かなり」


「よし」


 私たちは立ち上がり、食堂を後にした。

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