第153話 余情
中央刑務所での死闘から三日後。安吾と咲良は共に入院し、それぞれ聴取を受けることになった。付き添ったのは、二人の協力者である遊佐。彼は二人が退院するまで、毎日見舞いに訪れた。
咲良の聴取を任されたのは、焔だった。だが、病室の扉を開けた瞬間、咲良の怒号が飛んだらしい。
「私はねえ、あんたと話してる暇なんてないの!あんたはとっとと安吾に会ってきな!」
焔はその話を苦笑交じりに語ったが、どこか嬉しそうだった。咲良なりの気遣いを感じ取ったのだろう。
焔はその後、毎日安吾の見舞いに行き、可能な限り同じ時間を過ごした。離れ離れになった時間を、埋めるかのように。
そんな矢先、安吾の新しい住まいをSPTで用意する話が出た。焔の家に身を寄せるという案も出たが、安吾はそのどちらにも静かに首を振った。
彼が選んだのは、咲良がこれまで一人暮らしをしていた小さなアパート。二人で話し合って、これから一緒に暮らすことを決めたという。そして、焔もその選択を受け入れた。退院後、焔と安吾は盃を交わし、近いうちに人狼増の村へ行く約束をした。かつての同胞たちを、改めて弔うために。
瓜生は妹の件で深いショックを受け、暫く口がきけなくなり、食事にも手をつけようとしなかった。そんな彼女を、財前はひっそりと紅牙組に連れ帰り、SPTの目を盗んで匿った。状況を知った丹後が激昂して紅牙組に乗り込んだが、財前は怯むことなくこう言い放った。
「丹後とやら。お前、なんか勘違いしてんじゃねえか?紅牙組は確かにSPTと手を組んだ。だが、俺たちと対等に話ができるのは、焔だけ。そう組長とも話がまとまってんだよ。俺たちと対等に話がしてぇってんなら、あの堅物を連れて来やがれ、この怪力野郎」
実は、財前はかつて瓜生と剣を交えた時、彼女に「匿ってやる」と提案していた。正直、私は話半分だと思っていたのだが、そうではなかった。彼は瓜生のために、本気でその言葉を守ったのだ。
そして、瓜生の看病を託されたのは花丸だった。花丸が彼女に好意を寄せているからだけではない。財前は信じていたのだ。花丸の優しさが、瓜生の心を溶かしてくれると。
「俺はなァ、凪。あいつの底なしの優しさを、心から尊敬してるんだ」
そう語った財前の横顔は、少し誇らしげだった。財前によると、花丸は毎日拙いマジックを瓜生に披露したらしい。最初は無反応だったそうだが、一週間ほど経った時、ようやく少し微笑んで、食事にも手をつけるようになったという。
そして、紅牙組との交渉役を一任された焔は、誰にも気付かれることなく、長官から託された一通の手紙をこっそり瓜生に手渡した。身寄りもなく、最愛の妹を亡くした今、彼女には帰る場所がない。一度SPTを裏切った瓜生を復職させることはできないが、それでも「これから生きていくための援助は惜しまない」と長官はそう手紙に記した。瓜生は手紙を読み、長官の恩情に涙したという。
その後、SPTは組織として大きな転換期を迎えた。ミレニアの壊滅により一時は解体の声も上がったが、元々SPTは地元警察と連携し、尋問や要人警護を担ってきた経緯がある。
結局、今回の功績が高く評価されたこともあり、解体の話は流れ、新たに国防に関わる任務を引き受けることが決まった。
私自身はというと、連戦続きの疲労と咲良の救命で精神力を使い果たし、ミレニアとの決戦後、暫く入院することになった。
そして迎えた退院の日の夜。SPT幹部メンバーをはじめ、長官や上木、花丸、そしてあの財前をはじめとした紅牙組まで駆けつけ、慰労会兼、真の八咫烏となったヤトを祝う盛大なパーティーが開かれた。
「よく頑張ったな、カラス」
「本当に格好良かったよ」
「間違いなく天才だよ、お前は」
みんなに撫でられ、抱きしめられ、褒めちぎられたヤトは、嬉しそうに羽を広げ、誇らしげだった。ヤトにとっても、忘れられない夜になっただろう。
そして、このパーティーの夜、上木がぽつりとこんな話を打ち明けてくれた。
「実はね、天宮隊長に……来週末一緒に出掛けないかって誘われて」
そのひと言に、私のテンションも爆上がり。私たちはキャッキャと喜び合った。大仕事が終わって、いよいよ天宮も本気を出してきたらしい。上木は頬を赤らめながら、悩みを口にする。
「でも、どんな服を着ていこうか迷ってて。天宮隊長ってどんな服が好きかな?可愛い系?それとも、綺麗系……?」
頬を緩めながら迷う上木は、とてつもなく可愛かった。結局、私たちはその数日後、一緒に服を買いに行く約束をした。
せっかくだから、私も服を買おうかな。SPTのお給料も入ったことだし。
焔さんは、可愛い系と綺麗系、どっちが好きなのかなァ……。
ふとそんなことを考えながら、私は会場の隅で天宮と談笑している焔を見つめた。以前、星空の下で彼から言われた言葉が、胸の奥からふと浮かび上がる。
──約束する。私は君から、離れない
あの時、焔は何を想っていたんだろう。
その真意は、今もわからないままだ。
賑やかな声が響く中、ふと心にぽっかりと穴が空いていく。
ヤト、上木、財前、天宮、丹後、江藤、そして焔──。
私はこの世界の人間じゃない。温もりに包まれたこの夜、私は確かな時が近づいているのを感じていた。
別れの時は、もうすぐそこまで迫っているのだ。




